猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

文字の大きさ
上 下
11 / 62

放任主義

しおりを挟む
 六魔導

 それは魔術界における最も偉大な六人の魔術師である。

 〈凶弾の魔術師〉〈変化の魔術師〉〈激雷の魔術師〉〈堕落の魔女〉〈風円の魔術師〉そして〈虹の魔女〉の六人だ。

 それぞれが圧倒的な戦闘能力を保有し、研究の論文をいくつも発表しさまざまな新理論を生み出して魔術界の発展の貢献してきたことから、知識の多さと幅の広さは他の魔術師とは一線を画すほど。

 そんな人のもとで学ぶことができるというのは全魔術師の憧れである。

 ……のはずなのだが、

「いいか、まず俺がお前に教えることはない」

「え?」

『師匠』がいなくなったあとグレンが開口一番にそういった。

「俺は放任主義なんでな。別にちゃんとした理論を教え込むつもりはない」

 ポカーンとしていると、グレンが笑い出す。

「別に、意地悪で言ってわけじゃねえし、本当に鍛えてやるつもりはある。だが、お前は理論を学ぶよりも経験をしろってわけさ」

「経験?」

「魔術理論というのは、単純に多くの人にとって学びやすいというものなんだ。だが、必ずしも万人に合うわけではない。だからその時その時に自己流で学んでいくのが一番だと俺は思ってる。俺がそうだったからな」

「実戦で学んできたの?」

「あぁ……」

 ちょっと気まずそうに頬をかくグレン。

「俺の場合は紋章が低階級だったから誰も教えてくれなかったんだ。そんな奴らを見返してやろうと思って、大量に仕事をこなして実際に必要な魔術をその場で学んでいったんだ」

「あ、なるほど……」

 レインの持っている【水龍の紋章】は別に一番階級が高いわけではない。だが、一般的に見れば恵まれた紋章である。ただ、紋章なんていう魔術との相性をものともせず、自分の努力と天性の才能によって『六魔導』にまで上り詰めた男こそ〈凶弾〉のグレンなのである。

 グレンの言いたかったことについて納得し、軽く首肯で返す。

「はい、わかりました。それで経験はどうやって積めばいいんですか?」

「さっきも言った通り、仕事だよ仕事。いろんな魔術師の助手をやったり、一般の人から依頼された雑用や特別な任務……そして、俺の研究の補助だ」

「おぉ……」

 魔術師にとって研究とは実績であり、研究が終了するまでは秘匿されている。それの補助をさせてもらえるというのはとても信頼されている証だ。まあ、会ったのは今日が初めてなのだけど。それだけ『師匠』が信頼されていたということだろう。

「だがな、俺は〈虹の魔女〉ほど甘くはねえから覚悟しておけ」

「甘い?」

 あれが?

 一週間水中の中に猫を閉じ込めるような『師匠』が甘い?一体何を言っているのだと頭が痛くなる。

「まず、お前生活費は自分で稼げ」

「!?」

「メイドもいるらしいから別に生活費はかさむな……それと、お前は俺とは別の場所で寝泊まりしろ。最初に一週間だけ金は手配してやったから離れた宿を探せ。そして、俺が呼びつけたら走ってこい。魔術師だからって体力をつけないのはバカがすることだ、身体を鍛えておくことで魔力欠乏による症状を軽減することもできる」

「え、ええ?」

「毎朝十キロは走ってから、仕事をしろ。仕事の斡旋はしないぞ、自分で見つけ出せ。『六魔導』の弟子になったからって調子に乗らせてもいいことないし、恨むなよ」

 それに関しては不満はない。元々そこまですごい人たちと関わり合う機会があるとか思っていなかったから。ただ、少し不安なのは、人間ではないレインがいきなり人間のように仕事をこなして運動をして修行をするということを同時にこなせるようになるのか。

 ……いや待て、そもそもこの身体じゃ走ることすらままならないんだが?

 やっと最近人の身体を使って歩くことを覚えたばかりなのに……と、気分は落ち込んでいく。

 最初は猫の身体で走ることにしよう。幸いにしてグレンには偽装した肉体であることはバレたものの、レインが猫であることまではバレていないのだ。

「わかりました。がんばります」

「おう、頑張れよ」

「あの、早速仕事してもいいですか?」

「あ?」

 魔術師の仕事と聞いてウズウズしているレインを見てグレンは少し呆れ顔になる。

「仕事にそこまでワクワクできるやつは初めて見たな……ほれ、向こうにある受付に行ってこい。登録したての『初級魔術師』でもできる仕事を渡してもらえ」

「……『初級魔術師』?」

「なんだ?階級知らないのか?」

「いえ、そういうわけではなくて……」

 自分なんかがもう魔術師を名乗っていいのかと疑問に思ったのだ。魔術師とは何年もかけて知識を深めていくことでなれる職であり、ぽっとでのレインが少し齧った程度で名乗れるような簡単なものではない。

 そんな負い目を感じていると、グレンはまた頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「大丈夫だ。お前は立派な『魔術師』だよ。お前の『師匠』がそう認めたんだからな」

「あ……」

『師匠』が連れてきてくれた。少なからず『師匠』は自分のことを認めてくれたのだ。初級ではあるものの魔術師を名乗ってもいいと。とても嬉しくて、口角が自然と上がる。

 ああ、感情が昂ると魔術の操作が……。

 やっぱりまだまだ学ぶことは多かったようにも思える。だが、『師匠』に成長した姿を見せるために、頑張ってここからもっと学んでいくんだ。

「行ってきます!」

「おう、仕事が終わったらまたここへ来い。その時に渡すもの渡してやる」

 この日、レインの魔術師としての新たな生活が始まった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...