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お世話係

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「レイン、今日はこの小屋にメイドがやってきます」

「メイド?」

 授業中、『師匠』が唐突に思い出したようにそうレインに声をかける。対してレインは、現在魔力操作の修行を行なっている真っ最中であった。

 魔力を外に放出させないように、かつ、魔力を身体の外へと出すという一見矛盾しているようにも思える作業をやらされている。全身を魔力で覆い、簡単な防護膜を作ると言う授業内容であった。

 いまだにレインの水の魔術の授業は行われていない。通常、魔術とは何年もかけて習得するものである。それがたとえ魔術師界隈で言うところの初級魔術であってもだ。どんなに才能があったとしても、魔術を全く理解できていない間は一生前に進めない。どんなに短くても1年はかかる計算だ。

 魔術とは知識である。

 日常生活に起こりうるすべての物理現象から、魔術との関連性……あるいは無理やり関連させる方法を常に模索し、研究し、実践する……その結果に生まれる知識こそが、魔術師の力の根源であった。

 たとえば、なぜ木からなったりんごはそのうち地面に落ちるのか。この世界には『重力』という物理現象があり、それが常にかかっている。りんごは熟れていくと、そのうち重力の力に耐えられず地面に落ちるのだ。

 水が上から下へ滴るのと同じ現象であると言える。水は何故他の水とくっつくとまるで一つになったかのように見えるのか……あるいは一つになったのか。

 火はどうして暑いのか、また何故特定の匂いしか感じられないのかなどなどと、それらを検証し、物理現象を捻じ曲げて可能になった魔術は数多くある。

 魔術とは歴代の魔術師の積み重ねなのだ。

 まあ、学び始めて一週間のレインに、そんなことをいきなり言ってもできるはずがなく、よって基礎となる魔力操作から学んでいる。

 本来ならば、話しかけられると集中力が切れるか揺らいでしまうはずなのだが、レインはとても器用であったため、これはすぐに習得した。今現在も『師匠』に話しかけられつつも、魔力を波立たせることなく身体に纏わせることに成功している。

 身体が小さく使う魔力が少ないと言うのもあるが、これは十分に早い習得速度だと言えるだろう。『師匠』曰く、数ヶ月はかかるものを一週間で習得したのは前例がなく、間違いなく『異常』であるらしい。

「メイドの名前はなんですか?」

「ロザリーです。女の子ですよ、よかったですね」

「別に、人のメスは好きじゃないです」

 最近の『師匠』はレインのことをどこか人のように思っている節がある。それも、人の言葉を発するレインのせいではあるのだが、それを覚えさせたのは『師匠』であった。

「なんでメイドを雇ったのですか?」

「あぁ、ちょっと私の研究の手伝いをしてもらうためです」

「研究?」

「今行っているのは、『無重力空間における魔術的現象の調査』です」

 残念なことに重力魔術は存在しない。よって、無重力空間を再現する方法はないかに思われるが……『師匠』はどうやら重力魔術に近しい技を身につけているらしい。特に無重力空間に対する反応は薄く、どうやらやりたい実験ではないようだ。

「はぁ、上の人たちがうるさいんですよ。早く論文を発表しろって」

「さぼってるのです?」

「そう言うわけじゃないです。今、私は『猫の魔術師化』の実験の最中です」

「……酷いです」

 実験動物扱いはいくらレインでも悲しかった。チラリと『師匠』の方を見ると、じとっとした目でこちらを見つめて、何かに負けため息を吐く。

「まあ、実験以外にもペットとして猫を飼おうと思ってたんですよ」

「僕、ペット?」

「そうです、さあ私に跪きなさい」

「ははー」

 そんな茶番をしていた時、玄関口の戸を叩く音がした。

「来たようですね」

「ワクワク……」

 玄関口に我先にとかけていくレイン。すぐさま取っ手に飛びつき、ガチャリと扉を開けた。扉の向こう側からなにやら短い悲鳴が聞こえてくる。

「っ!?」

 なにも返事を返さずにいきなり扉を開けたのが悪かったのだろう。取っ手を握ったまま一人の少女が前に倒れ込んできた。咄嗟にレインは魔力で身体を包み込む。潰されないためには魔力で膜を張ると言う先ほどまで練習していたものが役に立つが、そうするとこの少女だけ怪我をしてしまうかもしれない。

 流石に自分のせいで他人が怪我をするのは居た堪れないので、レインはやったこともなかったが、魔力を自身に触れた少女の服を通じて少女を纏わせていった。

「きゃ!」

 倒れた瞬間の音を再現するのであれば、それは「ポスっ」である。特にレインも倒れてきた少女も怪我をすることなく無事であった。

 ただ、少女の体重で押し潰されているレインは少々無事ではなかったが。

「重いです……」

「重いって、失礼ですよ!」

 と、少女が勢いよく立ち上がる。が、

「あ、あれ?猫?」

「はい、猫です」

「?????」

 どうやら猫が喋っている現実を受け止められずに、頭がオーバーヒートしてしまったらしい。ぼーっとレインを見つめている。その無言の空気を破ったのは後ろから遅れてやってきた『師匠』のわざとらしい咳払いであった。

「こほん、いらっしゃいロゼリー。これからしばらくお世話になるよ」

 いつもより若干高い声で『師匠』はロゼリーと呼ばれたその茶髪でそばかすが少しありつつ、年頃の可憐な少女に声をかける。が、ロゼリーの意識の中はずっとレインのことでいっぱいであった。

 そう、『師匠』は一つ見落としてたものがあった。

 それは、

 ロゼリーはとんでもない猫好きであるという点であった。

「猫ちゃんだー!」

「ふぎゃ!?」

 目に見えないほどの薄い魔力の膜、その分展開速度は早いのだが……それすらも間に合わないほど素早い動きでレインはロゼリーに抱きしめられていた。親から新しいぬいぐるみを買い与えられた子供のようにはしゃぐロゼリーに絞め殺されかけているレインと、呆れ顔で「また厄介な奴が……」と嘆く『師匠』。

「しにゅぅ……」

「わあ!話せるんですね!すごい!どうやって話してるの?」

「えぇ?ふ、普通に共通語を覚えただけ、です」

「すごい!猫ちゃん天才なんだね!」

 天才

 何故だがその一言はレインの心を奥底から喜ばせた。意味は知らないけど、なんだかとても嬉しい気持ちになった。普段あまり褒めない『師匠』、拾ってくれた恩と魔術に出会わせてくれた恩の二つがあるが、レインの中でロゼリーの好感度はこの一瞬で『師匠』に並ぶほど急上昇していた。

「決めました、私この猫ちゃん付きのメイドになります!」

「は?」

『師匠』があんぐりと口を開ける。

「よろしくお願いします、ロゼリーさん」

「はい!」

「のおおおい!?なに勝手に話進めてるんです!?私の研究は!?ねえ!?ちょっとおおおおぉ!?」
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