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連れ戻し

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 王都襲撃から数日が経過した。

 改めてトラウマを再認識したため、実力よりも心の成長が急務である。だけど、どうやったら心が成長するのかはよくわからない。

 前世のトラウマ『だった』はずの殿下はトラウマであることすら忘れるほど仲良くなった?つもりだ。なのに、傀儡はトラウマが強い。

 やられたことはそれなりに同等だと思う……なのに殿下は心のどこかでもうとっくに許してしまっている。殿下のことが好きだったからなのか、それとも別の理由でもあるのか。

 そんなことを考えながら、私は学院に足を運んでいた。

「「「先生!」」」

「おお!?」

 生徒たちの教室の前の廊下を歩いていると、黒髪の集団がいきなり私のことを囲んだ。異世界から召喚された、私の担当していた子たちである。

 広い廊下なはずなのに、いろんな方向から押されて潰れてしまいそうだ。

「あははっ、ちょっと大袈裟よみんな」

「先生、また授業してくれるんですか?」

「ううん、私はもう先生じゃないから授業はできないよ」

 そういうと、しゅんとなった犬のようになってしまった。

「大丈夫、全部落ち着いたら私また教師になるから」

「「「本当!?」」」

 と、期待の眼差しが飛んでくる。

 参ったな……どうやら将来の職業は決まってしまったようだ。


 ♦️


 生徒たちを振り切って私が設立して放置してしまっていたクラブまで足を運ぶ。殿下がどの教室にいるのかわからないついでに回っている最中だ。

 クラブ室の中に入ると、そこには何人か生徒がいる。私の知らない生徒もいるから、私がいなくなった後でも入ってきてくれた子たちだろう。ありがたやありがたや。

 久しぶりに再開したペットの猫たちはまだ私のことを覚えていたようで、にゃーにゃ泣きながら私のところへ寄ってきた。

「おーよしよし」

 でもごめんよ、私すぐに行かなくちゃいけないんだ。言葉に出さずとも私がすぐに出ていくことを理解しているかの如くしがみついてくる可愛い猫たち。そんなことをされたら行きづらいから!勘弁してくれ!

「あの、ベアトリスさんですか?」

「?はい、そうですけど」

「私ファンなんです!サインしてください!」

「え?え?」

 と、新しく入ってきたであろう新顔の子がそう言ってきた。どうやら私のファンクラブができているようだ。

 主観的評価なしに私の顔はそれなりに整っている……と言うわけではないらしく、どうやら『二つ名』の方の名声が強いようで。

 あーどうせ私の目つきは悪いですよーだ。顔はマシでも目つきが人殺してるってよく言われます(大嘘)。

 冷静に考えて私って二つ名を二つも持ってるんだよね、これって実は史上初なんだよね。

 私すごくね?

 って自惚れつつ渡された色紙にとりあえずサイン書いとく。って、こんなことしてる場合じゃないんだけどね。


 ♦️


 裏庭の方へと歩く。裏庭の中央にはどこからか持ってきたであろうでかい木が新しく生えていた。

 そして、その木の下に見覚えのある後ろ姿があった。私の探し人である。

「ラウル様、何してるんですか」

「っ!?」

 後ろから殿下に声をかけると、とても驚いたご様子。こんな表情は久しく見ていなかったから懐かしい。

「ベア……!」

「わっ!?」

 抱き寄せられ、殿下と密着する。洗濯したばかりの制服と、殿下の香水の優しい匂いが私の鼻に伝わってくる。

「すぐにいなくなるんだから……」

「ごめんなさい、でもやらなきゃいけないことが多くて……」

「わかってる。わかってるけど……僕のことをもっと見てくれよ……」

 そう言う殿下の顔は駄々をこねる子供のようで、今にも泣き出してしまいそうだ。

 私はもう、殿下を好きになることはできない。前世を許せたとしても、私の記憶の中の過去は消せない。一度の裏切りの代償は大きいのだ。

 それでも、そんな顔されたらこっちも悲しくなる。

「ごめんなさい、でも殿下だって本当は私なんか好きじゃないでしょ?」

「っ!そんなことは!」

「だって……」

 過去にあった出来事、それはあくまで私が体験した未来のこと。今の殿下はそんなことをしたとは知らないのだ。

「……何を根拠にそんなことを言ったのかは知らないけど、僕はずっと君しか見てない。どうか僕の元にいてくれ」

「……善処します」

 精一杯の返答。殿下を悲しませるとはわかってても確約はできない。

「昔みたいにまた王城に遊びにきてくれ、歓迎するから」

「あの時のラウル様は可愛かったですもの。まだ小さいのに一端にカッコつけてね」

「……そんなことを言うな」

「あー、ラウル様がお風呂入ってるところを覗いちゃったのはいい思い出」

「はい?」

 おっと、これはまだ誰にも言ってなかったんだった。

「ちゃんと見てました」

「……そんなこと言わなくていいだろ」

「ごめんなさい」

 多少場が和み、私は本題に入ることにした。

「王城へ即時帰還?」

「はい、実は王都……いえ、どちらかというと王城が襲撃されまして」

「何?」

「その際に国王陛下が負傷なさったのです」

「父上が!?」

「命に別状はありません、人的被害は軽微です。建物の損傷は修復すればいいですが、一度襲撃されたということを考えると、二度目の可能性も視野に入れないといけません。その時も国王陛下が無事でいる保証はなく……」

「なるほど、陛下は『遠くの地』で療養なさる必要があるようだね。ってことは、実質僕が国王代理として国務にあたる必要があるわけだ」

 話の理解が早くて助かる。

「王都の民は王城が襲撃されたことをとても心配しています。そこで、私が王都に結界を張ろうと思うんですが……許可をもらえますか?」

「それは構わないが、結界を張るのであれば僕は必要はないのでは?」

「いえ、どうせ『我が領にも!』とか『国王を優遇するな』と貴族派が騒ぎ立てると思うので、それの処理をしてもらおうと」

 処理は問題ないにして、次に問題になってくるのは傀儡の権能だ。

 傀儡の権能は『操作』

 あらゆる物事、あらゆる事象を自分の思い通りに操作することができる権能。この権能があれば自身の肉体が死んでも、別の体を操作して乗っ取ることができる。実質的な不死身。

 魂の根幹から破壊しなければ倒せない。それに、事象を操作するという方においてはあまりにも強力すぎる。

 私がメアリ母様とヘレナ母様のことをずっと勘違いし続けてきたのは、この『事象操作』によるものだ。

 メアリという人物が存在しないという『事象』に操作したらしい。だが、それには莫大な魔力を消費するではなく、『封印』しないといけないという制約があるらしい。早々に頻発できる能力ではないのが唯一の救い。

 仮に、私の結界を捻じ曲げるような操作をされれば結界など意味を成さないだろう。あくまで民を安心させる気休めに過ぎない。

 どうやら狙いは王城だったっぽいし。

 しばらく父様の捜索はお預けなようだ。まずは殿下を王城へ連れ帰るところからだね。

「そうだ、今日一日だけ王城に泊まることにします。ラウル様の部屋へ行っていいですか?」
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