上 下
434 / 504

山にとっては

しおりを挟む
 この修行には意外と集中力を使った。体のバランスを取るためには精密な魔力のコントロールが必要となってくる。

 並の魔法使いよりかは精度がいい私でも流石に体全体のバランスを取るにはまだまだ修行が足りない感じだ。それでも着実に良くなってきてはいる。

 あぐらの体勢が一番バランスが取りやすいのだが、それでも体を安定させるのには程遠い。なぜなら、要所要所で

 《高度を上げてください》

 と監督ツムちゃんから指令が飛んでくるのだ。その通りに高さを調節しようとするとまたバランスが崩れせっかく時間をかけて作り上げたバランスが全て崩れ去るのだ。

 一体どれくらいの時間が経過しているのかわからない。目を開けている暇すらないほど集中仕切っているからだ。

 額には汗が滲んできて、残りの魔力も少々心もとないほどになってきていた。

 《では、今日のところはもうこれくらいにしておきましょう》

 そのセリフを待ってました!

 とばかりに私は魔力の一切を断ち切り地面に降りる。

「はぁ……死ぬかと思った」

 まあそこまではないにしろ、かなり難易度が高いのは確かだ。

 汗がぼたぼたと垂れてくる。久しぶりにここまでの高強度のトレーニングをしたのだから体が鈍っていた。

「まだまだね、もう少し……時間をかけていかないと」

 この修行は明日以降に回そう。そう思って立ち上がると、空はすでに夕暮れ時でオレンジ色に変わっていた。

「そろそろ帰ろうかな……って、あれ?なんか景色変わった?」

 あたりを見渡す。私は確か山の頂上……私が吹き飛ばしたせいで草木が何も生えていない地面で修行を始めたはずだったのに、気づけば草木が大量に発生してさらに、私を囲むように木が伸びている。

「しかも……なんか大きさ変じゃね?」

 《主が魔力を放出し続けた結果、木々は変化したようです》

「ほほう?木の背が伸びただけならいいんだけど……」

 《魔力によってこの山はあなたのことを『主』と認めたことを除けばそれだけです》

「そこが一番重要なんだよ!」

 主人として認められたって?山なんだからそういうのあり得ないでしょうが!

 《いえ、八呪の仙人も霊峰を自らの所有としています。よって、主も立場だけならこの山にとっては『仙人』と呼べる存在でしょう》

 仙人なっちゃったよ……。

「ま、まあ山にそう思われようが私の知ったこっちゃないし?別に私が何もしなくても山は生きていけるから!」

 気にしない気にしない。気にしたら負けなのだ。

「何も見てないぞ、私は」

 そして、私は宿へ帰るのだった。


 ♦️


 一方その頃、幕府軍は将軍様の言っていた『知り合い』という女性を探して悪戦苦闘していた。

 幕府の人の中で将軍がとてつもない強さを誇ることは有名な話。各領主が用意した腕利きの護衛たちがなんの役にもたたずに『断罪』されるのはよくある話だった。

 一説には将軍様は不死身だの、不老不死だの、仙人だの……辿れば辿るほど人間ではない何かであるかのように語られる。それが数百年ずっと続く噂だった。

 ただ、もちろん将軍様は人間であるために、噂の半分ほどは嘘か誇張だろう。だが、そのような噂が流れるほどのお方であるというのは間違いない。

 そう言って実力を疑っていたものも、今日をもって誰もいなくなることになった。

 都周辺の警備に当たっていた兵士の中に奇妙な報告が記載されているものを見つけた。そこには「山の一部が抉れてなくなっていた」との報告がされていた。

 これと、将軍様が将軍様の『知り合い』と戦ったという話と合致することから、将軍様は少なくとも山を吹き飛ばせる存在と互角の強さだと幕府の中で認識されるようになった。

 自らが忠誠を誓ってきた将軍様が、ここまでの存在だとは誰も予想できていなかったが同時に誇りに思うものが多数いた。我らが将軍様は誰にも負けぬ文字通りの天下無敵の存在だったのだと。

 そうなってくると、問題なのは将軍様の知り合いだ。

 ただの知り合いと『戦い』に発展するなど絶対にあり得ない。つまり知り合いとやらは将軍様の『敵』という認識をした方がいい。

 山を吹き飛ばす……それがどれだけのことなのかは子供でもわかる。そんな化け物が日ノ本に現れたということは日ノ本の一般市民のとっては一大事に他ならない。

 現れたという表現の仕方が正しいのかすらわからない。日ノ本は他国とは違い、はるか昔から日ノ本の守り神として、『仙人』という不思議な存在が確認されている。

 仙人は何者にも倒すことができず、日ノ本が誕生してからというもの、常に外敵からこの国を守り続けている。仙人たちは一人一人が超級の強さを有しているため、彼らならば山を吹き飛ばすくらいわけないだろう。

 新たに確認されたその『敵』も仙人である可能性が高い。ただ、たとえそれが仙人であったとしても、やることは変わらない。

 将軍様に仇なすものは全員が等しく敵だからだ。

「明日にでも軍を派遣しろ。ただし、絶対に怒らせるな」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

かわいいは正義(チート)でした!

孤子
ファンタジー
 ある日、親友と浜辺で遊んでからの帰り道。ついていない一日が終わりを告げようとしていたその時に、親友が海へ転落。  手を掴んで助けようとした私も一緒に溺れ、意識を失った私たち。気が付くと、そこは全く見知らぬ浜辺だった。あたりを見渡せど親友は見つからず、不意に自分の姿を見ると、それはまごうことなきスライムだった!  親友とともにスライムとなった私が異世界で生きる物語。ここに開幕!(なんつって)

二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~

K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。 次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。 生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。 …決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

処理中です...