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新たな選抜者

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 霊峰の渓谷の中へ降りるのは一苦労した。渓谷の崖を車椅子で駆け下りていくのはとても大変だった。

 なお、降り終わった後で浮遊魔法を思い出したのは気にしない。

「どうせいつものところにいるんだろうな」

 仙湯があるところまで向かっていくと、人の気配がした。

「こんにちはー」

 一応あいさつして中に入っていく。車椅子の操縦は慣れたが、段差があるとすぐに前に向かえないのが難点。

 そうして仙湯に近づいた時、その姿は見えた。

「どういうこと?」

 仙湯の周りには何かが戦った跡が残っていて、ボコボコな穴が開いている。そして、仙湯の真ん中にいる八呪の仙人がもう一人の誰かの体が仙湯の上に横たわっていた。

「ベアトリスか?」

「え、ええ。そうだけど?」

 八呪の仙人が来るっと振り返り私の方へ向かってくる。

「体は大丈夫なのか?車椅子かそれは?」

「うん、一応体は無事だよ」

 無事……なのかはわからない。自分でももう自分の体がどうなっているのかわからなくなっているから。

 肉体は龍族のように固く、寿命はエルフ並みに長い。本当に人間卒業している。

「そうか、それはよかった」

「?」

 八呪の仙人は安堵したような顔を作る。いつも無表情な彼が表情を変えているのはとても珍しい。

「なんか……変わった?」

「そうか?」

「なんというか、感情豊かになったね」

「そんなことはない」

 そんなことないと言いつつ、表情はムッとした感じに変化した。

「そっちの方が接しやすいから良いんだけどね」

「そうか」

「ところで、そっちに横たわってるのはもしかしなくても八光の仙人さん?」

 一番気になっていたことを聞いてみる。すでに鎧のような姿はなく、そこにはただの好青年がいた。

 横たわっている体は仙湯につかり、若干の発光を伴っている。

「ああ……」

 八光の仙人は意識がないものの、呼吸は乱れた様子はなくまだ生きているようだ。

「突然に渓谷に子供が現れたんだ。そいつがなにかをしたと思ったら、ずっと眠りっぱなしになってしまった」

 なんだか嫌な感じがする。突然現れた子供って私の知っている中でそんな突発的に現れるのは一人しかいない。

「悪魔だよ、それ」

「悪魔だと?人間の皮を被っているとは思っていたが、やはりそうだったか」

 人間の皮を被っているということには気づいていたのか。一度目に戦った時、一瞬人間じゃない姿へ変化したのを見たことがあるが、あれは明らかに常軌を逸した存在であるのは確かだ。

「よく怒らなかったね。もし戦いを仕掛けてたら、いくらあなたでも負けていたと思う……」

「ああ、本能的に感じた。これまで何千年と生きてきてあんな禍々しい気配を放っていたのはあの子供が初めてだ」

 ってことはあの悪魔の少女も何千年か生きている計算になる。そんなことってあるのだろうか?

 《原初の悪魔と呼ばれる悪魔たちはこの世界が誕生する前から生きているので何万年と生きている可能性はあります》

 世界が誕生する前!?

 《原初の悪魔はこの世がまだ神に創造される以前から存在する悪魔のことです》

 神に造られた悪魔は普通の悪魔。世界が誕生する前からいたのが原初の悪魔たち。

 そして、八呪の仙人はこの世が生まれてわりかしすぐに造られた仙人。そんな彼が勝てないレベルなのであれば原初の悪魔である可能性は高いか。

「でも、何で殺さなかったのかな。あの悪魔がやってきて八光の仙人が死ななかったのは、私からして言わせれば不自然なんだけど」

 どう考えても悪魔の少女はこの世界で最強の存在だ。それなら、仙人程度なら軽く殺せるのでは?

「それは我にも分からない。ただ、とんでもない殺意は感じた」

 あれが怒ったらもう世界終わっちゃうよ。それくらい化け物だもの。

 空間を支配して自分の思い通りにする権能に加えて、純粋な肉体能力と元魔王のユーリよりもはるかに多い魔力量。そして、頭もいいときた。

 いつかはあれを倒さなくてはいけない。今の私でも勝てる気がしないんだけど?

「なにより、我が一番感じたのは違和感だ」

「違和感?」

「心ここにあらず……とは違うかもしれないが、感情的なように見えて感情的ではないというような……そんな違和感を覚えたのだ」

「よくわからないわ」

「そして、何よりベアトリス、お前に似ていた」

「は?もしかして私のこと侮辱してる?」

「違う。ただ、何かの共通点を感じたのだ。似ているようで違っていて、違っているようで似ているというような」

 あーもうよくわからない!

 とにかく私と少し似てるってこと?見た目は明らかに似ていないから、もしかして内面?前世の私と性格似てるっていうこと?

 こういう時のツムちゃん!助けてツムちゃーん!
 だが、返ってくる返答は無常である。

 《権限レベルが足りないため、答えることはできません》

 はい?自分のことを聞いているだけなのにどうしてそれに権限レベルの話が出てくるわけ!?

 《これは、権限レベル5でお答えできます》

 しかも最高レベル!?なして!?

「まあ……いいや。とにかく八呪の仙人が元気そうでよかったよ」

「我は本体が全く傷ついていないからな。それに、完璧に無事というわけにはいかなかったが、八光を正気に戻すことはできたのだ。最悪でもあと数百年待てばまた目覚めてくれるさ。我ら仙人にとって数百年は数日にしか感じないのでな」

 百年が一日程度の気分で過ごしているのはよくわかった。おそらくは悪魔の少女が呪いでもかけたのだろうから、数百年後にまた咲いた幻花を使えば治療はできるだろう。

「よかったね、友達助けられて」

 仙湯の上で横になって南無っている八光の仙人を見ながら、私は言った。いつもは固まった表情しかしない八呪の仙人。

 さっきも感情が豊かになったのか、顔を緩ませていたが今回はもっと緩くなっていた。

「ありがとう」

 最大限の笑顔なのだろう、とてもいい笑顔でそう言った。

「まあ、無事なら安心したよ。じゃあ私は帰るから」

 そう言って戻ろうとした時、

「待て、我からも一つ話がある」

「話?」

「我に移ったスキルについてだ」

「あっ!」

 完全に忘れていた。

「新しい選抜者になった感想はどう?」

 何を聞いていいのかよくわからないから、変な質問をしてみる。権限レベルは1のはずだから大したことは答えられない。

「笑えるほどうるさい奴が頭の中で喋ってる。ベアトリスはどうやって黙らせてるのだ?」

「うるさい奴?ツムちゃんそんなにうるさいの?」

「ツムちゃん?」

 あれ?ツムちゃんもしかして八呪の仙人に嫌がらせしてるの?

 《いえ、私は主であるベアトリスのみに仕える『紡ぐ者』なので、八呪の仙人の中にいる紡ぐ者は全くの別人です》

「なんか私のツムちゃんとは別人の人らしいよ?」

 人じゃないけど。

「そうか、まあいい。無視していれば無害だからな」

「そうなのね」

「それで、この『権限レベル』というのは一体何なんだ?」

「ああ、これ?権限レベルっていうのはこの世界の秘密的なものを知れる権利みたいなものでね。権限レベルが上がっていけばいくほどこの世界の真実に迫れる、みたいな?」

「ほう?我はこの権限レベルが1なのだが、ベアトリスはいくつだ?」

「私は2だよ。でも、権限が足りない人には2で知れる内容は教えることが出来ないの」

「そうなのか……」

 そういえば、権限レベル2になったことで新たな情報が解禁されたはずだ。特に気にしてなかったから聞いたなかったけど、教えてくれるツムちゃん?

 《かしこまりました――》
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