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唐突な命令

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 学校での生活においての最も充実した日。それは全ての仕事が終わった時。

 仕事が終わればあとは帰るだけ。家がすぐそこにあることだけは唯一の癒しだ。

 そして、家に……というか部屋に帰れば元気に出迎えてくれる仲間が……

「何か増えた?」

「気のせいだよ、ご主人様」

「おいらも気のせいだと思う!」

「……気のせい、ということにしておきますね」

「いや、明らか二人増えてるでしょうが」

 最後に言葉を発したレオ君だけがまともな発言をしてくれる。

 なんということでしょう……入学試験が終わり、新たに入ってくる新入生のために部屋を用意する必要があるため、ターニャとシルさ……くんにあてがう部屋がなくなってしまったのだ。

 いまだにシル様呼びが治らないが、それはおいておこう。

 とにかく、面倒事を持ち込んできた私の責任だということで、二人がこの四人部屋に押し込まれた。合計五人で四人部屋を使うことになったわけだが、これが狭いのなんの。

 とはいえ、五人だからまだマシだった。しかし、同性だからという理由でターニャと一緒のベッドで寝ることになったのは最悪だった。

 寝る時になると悪戯してくるのだ。せっかくもうすぐ寝れる……というところで、髪の毛をいじってきたり耳を触ってきたり……全くこれだから子供は。

「そういえば、明日は遠征だっけ?」

「ん?あーそうそう!ユーリとレオ君もいくからね」

「はーい」

 遠征と聞くとかなり遠出のように聞こえるが、実際はそんなことない。

 どこにいくのかといえば、私アナトレス家の領地まで向かうのだ。その目的は、生徒が異種族の文化と触れ合って、さらに争いの悲惨さを学ぶ会を行う、とのこと。

 その争った張本人が私ということで、私はもちろんその場にいた二人も同行することになった。

 これは私の担当するクラスだけに行うもので、異世界人の認識改善のために行われる。

「ターニャとシルくんも一緒に着いてってもらうから、そのつもりで……」

 無論私のクラスに編入した二人もだ。シルくんに関していえば、初めて兄を目にした日から、お兄ちゃんっ子になってしまったので、片時も離れたくないと思っていそう。

 だが、残念ながら別のクラスであるアレン……ついでに殿下も来れない。

 シルくんや、お兄ちゃん成分足りなくて死なないようにね。

「?」

 憐れみの瞳で見つめておく。

「もう遅いから、みんなそろそろ寝るわよ」

「「「はーい」」」


 ♦️


 次の日。

 今日は金曜日、そして遠征をする日。遠征は二泊三日。生徒が待ち望んでいる土曜と日曜は少しばかりつぶれるが、二日目と三日目はほとんど自由行動なので許してほしい。

 そして、朝からホームルームがあるというのに、なんと理事長から呼び出しを食らってしまった。

 何かやらかしたのだろうか?だが、それに身に覚えがない。

「失礼します」

 慣れたもので、ここまで来れば緊張感なんてものは一切ない。

 部屋に入るまで、私はそう信じきっていた。

「座って」

「え、はい」

 凄まじい剣幕で座るように進めてくる理事長。

 私が座ると同時に理事長は目の前にあるソファではなく、私の隣に座ってきた。

「え、あの……」

「ベアトリス……」

 何が怒ってるのか理解できないまま、私はいきなり理事長に抱きしめられた。

「ええ?」

「ごめんねほんっとうにごめんね……」

「な、なんなんですか?」

 いきなり泣き始めてしまった理事長。その理由には思い当たる節はなく、謝られる筋合いもない。

「泣き止んでください、そして何があったんですか?」

「そうね、私が泣いていてもしょうがない……」

 と、ふうと息を吐いたのち話し始める。というよりも、その一言で全てが終わった。

「ベアトリス、あなたに教師の仕事をやめてもらいます」

「え?」

 いきなりすぎるし、あまりにも予知していなかった言葉に私の頭は一瞬何も考えられなくなった。

 理事長は少なくとも私のことを気に入ってくれていたから、教師にしてくれて……少し仕事でミスしたこともあるけど、笑ってお茶を濁してくれた。

「な、なんで!」

「……それがなのよ」

「命令……?」

 理事長はこの大学院を経営する最高責任者。上がいるはずないが……おそらくそれは、

「実は、私は貴族の家系なの」

「知ってます」

「そうよね、知らない……え!?」

 残念ながら、私には前世の知識があるため、貴族家系であることは元から知っていた。だが、その貴族家系からは脱却したはずでは?

「貴族じゃなくなったあなたに命令できるってことは、やはり国王から?」

「なんで知って……まあもういいわ。その通りよ」

 市民に降格すれば、命令できる人物は増える……と、思われがちだが、領民を動かすことはたかが貴族にはできない。

 自由権……というのだろうか?貴族からの命令であれば任意で断れる仕組みなっている。ただ、一定の条件下であれば、国王が強制的に命令を発令することができるのだ。

 一定の条件下というのは、国の危機だったり……。

「王国に危機が?」

「違うわ……ただ、それに準ずる危険が迫っているということ」

 国の危機に準ずるのであれば、相当な騒ぎになっているはずだが、私の耳には入ってないぞ?

「準ずる危険……それは、貿易国とのラインが止まったこと」

「それは……大問題ですね」

 王国は基本的に見れば賑やかで人手も多く、生活必需品が不足することはほとんどない。だがそれは、他国からの輸入によって成り立っている。

 今回起きたのは、王国が輸入する品物の大半を占めていた国で内乱が起きたとのこと。その内乱のせいで輸出入は止まってしまった。

「それに最近は諸外国の動きが変なのよね」

「変って?」

「敵国同士だった国が、いきなり同盟を発表したりとかね。それも『東の島国』に近い地域の国ね」

「ってことは東の島国が今回の内乱の?」

「そうなるわね……」

 そうなってくると、私に下った命令とはやはり、

「私……いや、ベアトリスに下った命令は東の島国『日ノ本』の調査と、内乱の収束よ。このままでは生活品が足りなくなってしまう」

「でも、それは別の国に……」

「一応言っておくけれど、そんな簡単に話が進むわけないからね?」

 今王国はピンチに陥っている。生活必需品というのは食料も含まれる。そうなれば物の価値が上がり、財政が不安定になる。

 そんな状況になって仕舞えば他国からの侵攻も予想されるため、安易に貿易してくれなんていないというわけだ。

「そんなことわかってますよ」

「私もあなたみたいな優秀な教師は手放したくないけど……お国のためだからね」

「この生活、気に入ってたんだけどなぁ……」

 辛い激務だが、やっぱり楽しかった。

「そういえば、遠征があるのよね?それがあなたの最後の授業になる……生徒たちと別れはそこで済ませなさい」

「はい」

「それともう一度……私が勝手に教師として引き取ったのに、勝手に手放してしまうなんて……最低よね、ごめんなさい」

 深々としたお辞儀。

「頭を上げてください。あれは、精霊様がおっしゃって……」

「どんな理由だろうと、最終的に決断したのは私。申し訳ないことをしたとは思ってる。だから、せめて最後の授業先で幸福があるように願っておくわ」

 そういうと、理事長はスッと立ち上がる。

「さて、仕事を再開しますかね」

 だが、明らかに声が震えていた。まだきて一ヶ月経っていないんじゃないかと思わせるほどに短い期間の付き合い。だが、その間に作った思い出はかなりあったようだ。

(一ヶ月の付き合いで、ここまで教師を思いやれるなんて)

 やっぱり理事長はいい人だ。

「では、失礼しました」

 そういうと、私は部屋を後にした。
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