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心情は柔く
しおりを挟む帽子を取った瞬間に視界が広くなる。
ごくごく当たり前の話だが、私は解放感を感じていた。
もう隠さない。
私はその沼から、抜け出す。
転移で抜け出し、手に付いた黒い液体を振り払う。
「教……官?」
後ろを見れば、衛兵が驚きの表情を浮かべている。
その視線が痛くて、悲しかったが、そんなの気にしている場合じゃない。
「ああああ!」
雄叫びを上げ、悪魔に向かっていく。
帽子を取っただけで、相手に通じるわけない。
実力差がある相手において、それだけで勝てるわけがない。
ただ、私には秘策があるのだ。
「ふん、脳なしめ」
また同じように、私を捕まえようとする悪魔。
私はその腕に、
『吹っ飛べ』
唱えた瞬間、片腕だけが宙に舞った。
「なに?」
「舐めるな、私だってやるときゃやるのよ!」
私の秘策は、自分の心の声に耳を傾けること。
私には、なんとなく感じていることがある。
私の心の中にはもう一人の私がいるような気がしてならなかった。
言うなれば前世の私。
《私に変われ》
そう言われているような気がしてならない。
だから、私は怖くなってそれを封印した。
あるかわからない私の心の声を封じたんだ。
魔法って便利ね。
「絶対にぶっ倒す!」
「ちっ、このガキ……」
いつもならやらないような戦い方。
力押しだ。
自分が持つ全ての力をぶつける。
これも、前世のおかげだろうか?
強さを手に入れるだけじゃ、どうやらダメだったようだ。
《本気で相手を倒す意志。あなたにはそれがない》
その通りだった。
前世の私の性格はまさにそれ。
邪魔する者は全て敵。
顔色を伺いつつ、陥れる。
そんな前世の記憶を思い出す。
《私に変われ》
再び聞こえたような気がした心の声。
『変わらない。だけど、力は借りる』
欲張りな回答。
前世に囚われたくない。
だけど、前世の性格を借りなくちゃ戦えない。
だったら、借りればいい。
そんな私の回答に、
《面白い、流石私ね》
そんな言葉が聞こえた気がした。
『捻じれろ』
「!」
悪魔の腕が捻じ切れる。
これで両手は消え去ったわけだが、そんな簡単に勝てるわけもなく、すぐに再生した。
「空間系か?いや、それとはもっと別の力……不思議だ。早急に捕らえねば」
「余裕をかます暇はないわよ」
「な!」
懐に飛び込んで、悪魔に向かって魔法を放つ。
なんでもいい、とにかく連発した。
「効かぬ!」
「でも、蓄積はしていそうね」
「なんだと!」
私の冷静な分析。
こういう時に前世は役に立つ。
動揺することなく、相手を沈める。
フォーマの時と同じように……。
「あなたのその鎧、あなた自身にダメージは通ってないけど、鎧は疲弊しているみたいね」
金属疲労というのか?
いつかは壊れる。
それが私の勝機だ。
「クソガキがああ!」
「いいわね、もっと遊びましょ!」
笑みを作る。
笑いかけた私の顔は、さぞかし狂っているようだったろう。
「狂人め!八つ裂きにしてくれる!」
怒った悪魔は強かった。
最短距離で攻撃を仕掛けてくるからだ。
だが、それはさっきよりも弱く感じた。
考えずに行動する……そんなんで私に当たるわけがない。
「ふざけるなあ!」
心臓に向かって飛んでくる手刀。
私は、それを掴んだ。
「なに!?」
「いいわねえ、もっと足掻いて見なさいよ。私にさぁ!」
「化け物が……!」
普段の私なら、敵相手でもこんなこと言わないだろうに。
やっぱり前世を思い出したから?
どうでもいいけど。
抵抗する悪魔。
しかし、私から逃れることはできない。
魔法を駆使し、その悪魔を拘束した。
悪魔ほどのポテンシャルを考えたら、逃げ出すことも出来ただろうに……怒りで我を忘れている悪魔にはそれすら出来なかったようだ。
「呆気なかったわね。じゃあね」
「くそがああああああ!」
「!」
耳が痛くなるほどの劈く声が轟いた。
その咆哮によって、森は一瞬静まり返る。
だが、すぐに音がした。
「魔物!?」
再び、魔物の群れが襲いかかってきた。
しかも私には目もくれず、衛兵たちの方に向かっていく。
「ははははは!いけえ!殺せ!」
目の前にいるのは、私よりも弱い弱者じゃなかった。
目の前にいるのは、悪魔なのを思い出す。
「俺を殺しても、魔物は止まらないぞ!さあどうする!?」
「……………」
ユーリもレオ君もいない。
私一人でなんとかしなくちゃ……。
そんな時だった。
《私の力をお使いください》
心の声とは別にそんな声が聞こえた。
それは聞き覚えのある声で……
『精霊さん!』
《私の力を使って、不浄なる魔物を追い払ってください。私は動くことができませんが、あなたの呼ぶ声に答えることはできます!》
その言葉を聞き、大体を察せた。
精霊は自ら自主的に行動することが禁止されている。
それは半ば牢獄で閉じ込められているようなものだ。
救いたい命があっても、出ていけない。
だったら、
「私が呼べばいい!」
私は祈った。
精霊さんに祈りを捧げる。
普通の人が祈るだけじゃ、きっと精霊には届かない。
だが、私は精霊の加護を持っている。
その心は届いた。
「ベアトリス様、ただいま参りました」
「久しぶりです!」
その時には私の邪悪な口調も治り、普段に戻っていた。
耳を傾けても心の声は聞こえなくなっていた。
神々しい光が私の目の前に現れて、それは人の形を作り出す。
その精霊は相変わらず光り輝いていた。
美しい精霊と、怒る悪魔が目線を交わす。
「魔物たちの相手をお願いします。私は……悪魔と話し合いがありますので」
そう笑顔で告げる精霊。
(この人を怒らせるのはやめておこう……)
そんなことを考える。
魔物たちの殲滅は楽に終わる。
「うわあああ!」
衛兵に飛びかかっていた魔物も私にかかれば一瞬で倒せた。
衛兵を殺そうとしていた魔物は衛兵の横に倒れ伏し、その衛兵と目があった。
私の教えた生徒だった。
「ひっ!」
「……………」
なにも言えなかった。
ただただ無言で次の人を助けることで、それを忘れた。
衛兵たちも次第に逃げていき、私の役目も終わりを迎えてきた。
(やっぱり、悲しいかな)
切ない笑みを最後の一人に向けるのだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎
教官が人間だった。
意外ではなかった。
並外れた力に、怪しい部分もたくさんあった。
だが、それと同時に優しかった。
困って助けを求めた少女がいた。
その少女の母親は病弱で、今にも死にそうな勢いだった。
それを救ったんだ。
まるで精霊様のように思えた。
加護をもたらしてくれた精霊様のようだったんだ。
黒髪黒目
伝承によれば、森を一度滅ぼしかけた忌子の人間。
信じたくなかった。
そんな人に今まで教わってきたのかと思えば、そんな人のもとで実力を蓄えて行ったのかと思えば!
だが、それ以上に俺たちは感謝してたんだ。
嫌悪感を抱くよりも先に、役に立ちたいと思った。
俺たちに親身に接し、時に助けてくれ、時に一緒に笑った。
そんな彼女はみんなの目から見てもエルフの仲間だった。
いつも笑顔だった彼女が、泣いていた。
泣きそうな顔をしていた。
性格が変わったかのような彼女に一瞬怯んで声を上げてしまった。
だが、次の瞬間にはいつもの彼女に戻り、切なそうに笑いかけた。
そして、次の人を助けに行った。
守られたばかりじゃないか。
あんなに辛そうにしている教官がいるのにさ。
種族が違うってだけで、見捨てていいわけないだろ。
誰であろうと。
それは俺たちの大切な教官なんだ。
俺は他の衛兵組を眺めた。
全員の意思は一つであり、考えは同じだったようだ。
「魔物をぶっ倒すぞ!少しでも教官の負担を減らすんだ!」
「「「おお!」」」
その声がベアトリスに届くことはなく、衛兵たちは勇敢に魔物に立ち向かっていくのだった。
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