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妹を名乗る

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 ひとまず、音のする方に向かってみる。
 騎士団駐屯地。

 足跡で作ったかのようなおぼそかな柵で囲われているそこは、子供でも簡単に侵入できそうだった。

 だが、中に一歩踏み入ってわかった。
 圧倒的な圧!

 なんていうべきか、騎士団の気迫というか、目には見えない覇気のようなものが私の体を襲いかかった。

(ただの訓練でこれ?)

 何人の騎士さんがここにいるのかは知らないが、ひとまずそれなりに腕の立つ人がいるということだけは伝わった。

 私は剣術、ひいては獣人に詳しいわけではない。
 だから、この気迫の正体もあまり掴めてはいないが、おそらく『気力』と呼ばれるものだと思う。

 獣人は人間と違い、魔力が一切ない。
 さらにいうと、寿命も三十歳前後の種族から、二百何年まで生きるという長寿なものもいた。

 その代わりに身体能力が高く、気力というものがあるという感じ。
 違いと言ってはこんなぐらいだ。

 気力がどんなときに役に立って、どんな力を秘めているのかは知らない。
 きっとこの訓練とやらも、気力を使っているに違いないとは思う。

 足を進め、とりあえず、張ってあるテントの横で、訓練の様子を覗き見する。

 そこには、数名の騎士の姿があった。
 しかして、表情はおおよそ訓練のものではなかった。

 なんというか、ガチで殺しにかかっている感じ。
 お互いがお互いを本気で殺そうとしている、そんなほどに怒気の混じる表情をしていた。

 若干恐怖感を覚えながらも、じっくり観察する。
 先ほども言ったが、私は剣術に詳しいわけではない。

 知識として知っているだけ、兄様……素人の訓練をちょっとだけ見させてもらっただけ。

 当時の兄様は、まだまだ弱かった。
 同じく当時の私にとっては、目で追うのも大変だったけどね。

 それが今となったは可愛いほどの剣さばきが目の前で行われている。

 飛び交う剣筋。
 響く金属音。
 感じる覇気。

 それら全てが訓練場を支配していた。
 私はその剣筋を見て勉強することにする。

 私には剣術の才能はない。
 なので、身体能力だけ高まってしまった。

 素人がいくら素早く動けても意味がない。
 武術も見様見真似で習得したし、剣術もなんとか……。

 そんなことを考える。

 剣を振り回すだけなら誰でもできる。
 それをただ素早くするだけの私にとっては、いい勉強の機会だと思った。

(なるほど、手首の返しによって攻撃の位置をずらせるのね)

 戦場ではその一手がとても重要。
 やはり勉強になる。

 そうしているうちに、

「何をしている?」

「!?」

 騎士達の訓練を眺めていたせいで、近づいてくる気配の気付かなかった。
 誰かの手が私の肩に当たる。

 それを感じ、すぐさま振り返るとそこにはいたのは、

「カイラス……さん?」

「君は、確かラディのお見舞いに来ていた子、か?」

「あ、はい。そんな感じで、です」

 前回会った、とはいうものの、入れ替わるように私が出て行ったので、よく顔を見ていなかった。

 騎士の鎧を身につけていてもわかるようなほどに、絞りあげられた筋肉。
 鍛え上げたその体に、似合う頬の傷。

 そして、人間よりの見た目に赤みがかった髪の毛が目に入る。
 まあ、イケメンの部類だよね。

 だが、それら全てが可愛い『耳』&『尻尾』によって薄れているのが、なんとも言えない……。

「君は何をしに来たんだい?」

 表情は少し厳しく、敵を警戒する目をしている。
 当たり前だ。

 いくら知り合いの看病(大嘘)してくれた人とは言え、赤の他人が騎士団駐屯地に入り込んでいるとなれば、警戒するのが普通。

「私は、お、兄ちゃん……を待っているんです!」

「お、お兄ちゃんだと?そいつは誰だ?」

「ラディです」

「は?あいつがか?」

 おかしな物を見たかのような目で私を見つめてくるカイラスさん。
 次の瞬間には、

「はは、ついにラディもそれなりに家族に認められたのだな」

「それはどういう……」

「なあに!心配ないさ!ラディは真面目に働いてくれているからな!一度任務を失敗したところで、誰も責めたりしないさ!」

 言葉を遮るように、私の両肩を叩きながらカイラスさんが言う。

「団長!そこで何をしているんですかー!」

「あ……」

「おう!ラディの妹が遊びに来てくれたんだ!」

 あ……………。

「そうなんですか!?うわー!副団長とは似ても似つかない可愛らしいお顔立ちですね!」

「でも、目元とかはかなり似ていないか?」

「ほんとだー!」

 やってきた二人の騎士。
 会話で盛り上がるのはいいけど、そろそろ誤解が私のとっての『過ち』に発展しそうなのやめてもらいたい。

「ほら!お前らさっさと訓練にもどれ!」

「「はーい!」」

「かなりフランクなんですね」

 二人の騎士は訓練に戻っていく。
 私の問いかけに、カイラスさんは、

「ここはそういう場所だ。行き場をなくしたガキや、平和のため自ら志願してくるような者達を集めた結果こうなった」

「それが理由ですよね?」

「はは!楽しくていいじゃないか!」

 思っていたよりもフランクで気持ち警戒度を下げる。

「そうだ、せっかくここまで来たのだから、一緒に訓練に参加してみるか?」

「え?でも私、剣とか苦手で……」

「問題なかろう!初心者相手にもうちの騎士達は優しいぞ?」

 いや、そういうことじゃねえよ!

 と、声を大にして言いたかった。
 だが、そんな度胸が私にあるはずなく、手を引かれて騎士達の前まで連れていかれた。

「あ……(察し)」

「ちょいとこの子も訓練に混ぜてやってくれ!」

「「「はい!」」」

「あ……(絶望)」

 私に何をしろと申すか、カイラスめ……。
 リアルがちでそんなことするつもりはなかったのだが?

「さあ!一緒に混ざってくれ!」

「よろしくね!」

「頑張って!」

「俺たちがついてるから!」

 先ほどまでの覇気は何処へやら。
 なんだろう……。

(嬉しいような、悲しいような……)

 この言葉が初めてしっくりくると思いながら、私は考えることをやめた。
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