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交渉

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「私は一体どうしたら……」

 ドミニク伯爵家、今代の当主。
 それが私、ガレイル・フォン・ドミニクだ。

「なにを間違えたんだ!」

 娘が誘拐された。
 それが私の気を狂わす。

 犯人はすでに見つけた。
 というよりも、自分から名乗り出てきた。

「侯爵め……潰してくれる!」

 とある侯爵家、野生派の疑いがあった。
 それはわかっていた。

 今回は、理性派として侯爵を勧誘しにきたのだ。
 派閥争いは激しく、たとえ敵の疑いがある人物だとしても、勧誘をするほど理性派はおされつつある。

 それほど、抗争は激しい。
 現在は人を使った戦争は起きていないが、睨み合いが続いている。

 いつからこうなった?
 そこから間違っていたのでは?

「そんなことはいい!早く娘を……」

 自らの娘を助けれなければ!
 犯人が見つかっていないのに、手出しできないなんて……。

(こうなったら、暗殺を……)

 でも、もしばれたら娘も帰ってこないし、没落してしまう。
 代々守ってきた、この伯爵の地位も娘もなにもかも……。

 あの自信たっぷりの表情、何か対策があるのだろう。

「私はどうしたら……」

 侯爵家の屋敷から逃げるように出ていく。
 急ぎすぎて、何度も転んでしまった。

 服が泥で汚れ、なんとも惨めな姿になる。
 それを嘲笑うかのように、背後の屋敷の門が勢いよく閉じる。

「くそ……」

 とにかくなんとかしなければ……。

 そんな時だった。

「お困りですか?」

「え?」

 私の心を読んだかのようにタイミングよくそんな声が聞こえた。

 若い女子の声。

 どこからの声かあたりを探す。
 見渡し、その正体を見つける。

「君は……?」

 侯爵家の門の上、そこにいた。
 黒い猫の獣人、こちらを鋭い目で見ていた。

 心なしか、目も怪しく輝いているような気がした。

「私はベアトリスっていうの」

 門の上から飛び降りて、私の元、地面まで降りてくる。

「ちょっと、協力しない?」

「君は……私が誰か、わかっているのか?」

 私は惨めな格好をしている。
 自分でもそれはわかっている。

 先ほど、侯爵家に出し抜かれたばかりだ。
 気は緩めない。

「もちろん。伯爵様でしょ?」

「なんと……なぜ知っているのだ?」

 立ち上がり、泥を払う。
 いつまでも惨めな姿をしていては、伯爵の名誉を落としかねない。

「常識ですものね、貴族の名前くらい覚えていて当然」

「そうか……それで協力とはなんのことだね?」

 見た感じの服装は貴族の子息のもの。
 だが、あんな見た目……顔を見たことがない。

 おそらく十歳前後だろう、故に社交界に一度も出たことないというのはあり得ない。

 つまり、怪しいのだ。
 なにをしてくるかはわからない。

 警戒を強めなければ……。

「そんなに警戒しなくれもいいのですよ?」

「!?」

 思わず素で驚きかけてしまった……。

(なぜだ?表情には出していなかったはずだ!)

 私は二十代後半と若い貴族。
 だから、ポーカーフェイスが下手だった?

 そんなことない。
 貴族たるもの、ポーかフェイスは完璧にできるもの。

 それが当たり前だ。
 なのに、なぜこの少女には私の顔色がバレてしまったのだ?

 これは、どこぞの貴族の子供という線も残しておいたほうが良さそうだ……。

「私が協力して欲しいのは一つです。侯爵家について……」

「侯爵家だと?」

「はい、知っている情報を話してもらえませんか?」

「なぜ私がそんなことをしなくてはならない?」

「もちろん、口封……あなたの娘さんを取り返すためですよ」

「私の、娘……?」

 ニヤッと笑い、続け様に少女ベアトリスは告げる。

「私には、誘拐されたあなたの娘さんを取り戻す手段があります」

「なんだと!?」

「ですので、情報を話してください」

「…………見返りはなんだ?」

 私にとってこの提案は願ってもいないことだ。
 侯爵家の暗殺や奇襲に対してのあの自信……何か仕掛けていると思われる。

 それを私如きが突破できるかと聞かれたら、わからない。
 所詮は下っ端貴族というわけだ。

 だが、自分のプライドに賭けて娘だけは取り返さなければならない。
 手段は選ばないつもりだったが……それを考えてもこの提案にベアトリスという少女側のメリットが一切感じられない。

 正体を彼女が明かしていないというのもあるだろう。
 故に、侯爵家に恨みがあるのだろうかと思う。

「見返りは……いりません」

「は?」

「特に欲しいものがあるわけでもないですし……」

「ちょ、ちょっと待て!それじゃあ私が納得いかん!せめて何かものではなく、こう……」

 貴族として、商人を相手にすることもある。
 だから、高待遇というのは怪しいと、裏があるとはっきりわかる。

 提案には甘んじてのる。
 だが、見返りを用意しなくては後が怖いのだ。

「そうですね……。じゃあ、一つ」

「なんだ?」

「娘さんが誘拐されたからって、侯爵様のご家族に手を出すような真似はしないでくださいね?」

「それはどういう——」

 私が言葉を続けようとした時だった。

「したら、わかるわね?」

 ゾクッと、背中に悪寒が走る。
 辺りの気温が一気に下がり、周囲から色が抜け落ちていくような感覚。

 視界が安定せず、呼吸が荒くなる。

(威圧?子供がこんな……)

 まるで、百獣の王を相手にしている気分だった。
 了解の意を示すため、首を縦に振る。

「……それはよかった。じゃあ、情報を話してもらえます?」

「あ、ああ……」

 威圧感が収まり、流れる汗が止まる。

(この少女は一体何者なんだ?)

 謎は深まるばかり。
 これは、後で国王にも報告しなければ……。

 ひとまず、私は知っている限りの情報を話すのだった。
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