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「え、あの男の人逃げたの?」

「らしいぞ?」

 現在、私はゴルさんがいる酒場に単独で訪れていた。
 昨日、ぶん殴った男。

 怪しさ満点だったが、とりあえず気絶したと思い、見逃した……というか、これからくるであろう衛兵に丸投げしたつもりだったが、どうやら逃げられてしまったらしい。

 気絶したと思い、私がそそくさと転移でさっとのも問題だったのだろう。
 いや、警備兵たちが民衆の多い場所にいなかったせいだといいたい。

 警備兵、衛兵。
 呼び方はどちらでもいいが、獣人が多くいたその広場的な場所。

 普通は監視を付けておくだろ?
 そう思って、ゴルさんに聞いてみた。

「いや、人が多い場所で犯罪が起こることなんて滅多にないだろう?」

 ド正論だった。
 確かにそうかもしれないが、警備がいないってのはここを治めてる領主にも問題が……。

 そこで思い出す。
 ターニャの父が、ここの領主だった……!

 ターニャは別に悪くない。
 その父親がどうやら私と狙っているらしい。

 もちろん殺人的な意味で。
 ターニャに非は一切ない。

 それはわかっているのだが、ターニャの父親にいのち狙われていて、のんきにしていられるかと聞かれたら、無理でしょ?

 というわけで、単独行動に移ったわけである。
 ユーリと、獣人君は危ないのでお留守番だ。

 それに私一人で行動していれば、相手が油断してしっぽを掴めるかもしれない。

 昨日のあの男は取り逃がしてしまったらしいが、次は捕まえる。

「そういえば、倒れていた人はどうだったの?」

「ああ、路地にいたやつか。今は意識が戻っているらしいぞ?」

「ほんと?ちょっと、どこにいるかわかる?」

「あ、ああ。だが、妙な気は起こすなよ?」

 それだけ忠告して、ゴルさんが立ち上がる。

(妙な気を起こすな?一体どういうこと?)

 気になりながらも、私はゴルさんのあとについていく。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎


「ここだ」

 ついた先は、この街の端にある、小さな診療所だった。
 中は木造で、なかなかに古く、昔から経営しているのだろうということがわかる。

 そこを受け持つ店主というか、お医者さんというか……もかなり優秀で、傷口をふさいで、包帯を巻き、ベットに寝かせているという神対応。

 血が不足しているとのことで、まだ立ち上がることはできていないそうだが、十分すごい医者だということは伝わった。

 その診療所の中に入ると、玄関のすぐそばに男が立っていた。
 白衣姿が見てわかったので、私も警戒せずに話しかける。

「すみません、先日運ばれてきた、男の方……いらっしゃいませんか?」

「おや?かわいいお嬢さんに、そっちはゴルか。確かにいるよ」

 保護者同伴ならいいか……そんなつぶやきが聞こえる。
 保護者って、私は子供じゃないぞ!

 とツッコミながら、案内される。
 奥の一つの部屋、そこの角っこに一人の青年?が本を片手に体を起こしていた。

 と言っても、ベットの上でだが……、それが相まってか光の加減でめちゃめちゃ映えている。

 絵にしたら高値で売れそうだなという、考えすぐさま放棄し、一歩前に進み出る。

「あの、あなた、昨日倒れていた人ですよね?」

 そう尋ねる。
 一瞬私のほうと医師のほうを見て、本を閉じる。

「お前は誰だ?ガキの知り合いはいない。とっとと帰れ」

 ……………。

 ………?

 口悪!

「そんないい方しなくてもよくない?」

「ガキにはこれくらい言わないと、わからないからな」

 とりあえず、こいつは口が悪いのは分かった。
 もし、私に関しての話じゃなかったら、一発どころか三発は殴っていた。

 いったん深呼吸をして、心を落ち着かせる。

「あの、黒いフードの男に見覚えは?」

「なに?」

「昨日あなたにケガさせたやつです」

「なぜおまえが知っている?」

 後ろからため息をつくように、お医者さんが、

「その子があなたを見つけたんですよ?ちゃんと感謝してくださいね?」

 ナイスフォロー、お医者さん!
 ゴルさんも我が子を自慢するように胸をはる。

 返ってきた返答は、

「知らん」

「それだけ?」

「何か問題でも?」

 ムキッー!

 まじで殴っていいですか?
 話進まんくなるけど、殴っていいですか?

「ふん、そのくらいで怒るようなら、騎士にはなれんな」

「ならないわよ!って、それよりあなた騎士だったの?」

「それがなにか?」

「ふーん、だったらあなたが所属してる部隊の人に、『不意打ちを食らって気絶してしまいました』って、私のほうから言ってあげようか?」

 耳がぴくっと反応する。
 いまさらながら、このムカつく騎士は灰色の毛並みをしていて、人間寄りの見た目。

 ゴルさんも濃い茶色の人間寄り。
 お医者さんは獣寄りといった感じ。

 無論私も変装のために、猫の格好をしている。
 決して趣味ではない。

 ほんとだからね!?

「しょうがない。なにか言いたいことがあるなら俺に言え」

 諦めたように話に乗っかる男。

「じゃあ、まず名前はなんていうの?」

「ラディオス」

「そ、じゃあラディ?昨日何があったのか話してちょうだい?」

 一瞬の沈黙の後ラディの口が開く。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎↓獣人君視点↓


「暇だ」

「暇」

「キュンー」

 ベアトリスの部屋をたまり場としている三匹はそうつぶやく。
 ベアトリスがいないとこうもつまらないものなのか、と、ちょっと寂しく思いながら。

「しょうがない。獣人」

「はい?」

「ちょっと外に出てくる」

「うぇ!?」

「キュン!?」

 そう言って、フォーマが外に出ていく。
 転移していったので、この場には二匹だけとなった。

「僕たちだけになりましたね」

「キュン」

 あまりの気まずさにしゃべる内容が思い浮かばない。

「しょうがないか、僕も部屋の外に出てきますね?」

「キュン!」

『お庭に行きたい!』そんな声が聞こえた気がし、僕はユーリも外に出していやる。

「何しよっかな」

 そんなこと考えて歩いているときだった。

「……とか……方法…が……あるはず」

 そんなかすれた声が聞こえてきた。
 ドアが少しだけ開いていた。

 その近くのドアを興味本位で覗いてみた。

 その中には、ヘレナさんがいた。
 何やら一人ぶつぶつつぶやいている。

「だれ?」

「!?」

 座って何やら読んでいた彼女に見つかってしまい、僕は逃げるのはよくないと思い、部屋の中に入る。

「あら、君だったのね」

「はい、ヘレナさん……その、覗いてしまってすみません」

 そう謝ると、

「いいのよ。あ、そうだ!ちょうどいいから一つお願い事を頼まれてくれない?」

 いいこと思いついたといわんばかりに、ヘレナさんが満面の笑みを作る。

「はい」

「一つだけ、覚えてほしい言葉があるの。もし、その時が来たらその言葉を使ってね?」

「え、えと……わかりました」

「言うわよ?『その時が来ば、我はきみぐし、来る厄災まで身を潜む』覚えていおいて」

「はい……」

「ふふふ、わかったら部屋を出てってちょうだいな?」

 そう言われて部屋を追い出される。

(なんだったんだ?)

 獣人が、この言葉の意味を知るのはもう少し先の話である。
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