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熟考

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「全く、恥ずかしいとはありゃしない……」

 あいつら、からかいたいだけだろ。
 私がまさかからかわれるとは思わなかった。

 あまり仲良くない人だったら、反射で殴ってしまうところだった。

 屋敷の中はターニャの部屋に比べれば圧倒的に豪華だった。
 シンプルイズベストな整頓されたターニャの部屋とは異なり、廊下には無駄に高そうな絨毯が敷かれ、カーテンも豪華。

 至る所……とまではいかないが、壁に対して一枚以上は絵が飾ってある。
 曲がり角を曲がる度に新しい絵と出会えるのだから、新鮮でいい。

「勢いで飛び出したけど、勝手にとって行っちゃダメだよね……」

 もちろんのことながら、私はこの屋敷の住人にとって赤の他人なのだ。
 そんな得体も知れないやつにティーカップやらなんやらを渡すわけない。

 そもそも、使用人に会えるかも不安だ。
 ターニャの屋敷は使用人が少ない。

 貧乏ってわけではないのだろうが、私の家と比べてら半分もいないだろう。
 こんなでかい屋敷をたった数人の使用人で切り盛りしていると考えると、使用人一人一人のレベルの高さがうかがえる。

(確かこっちの方に……)

 向かう先は入り口の方向にある使用人室。
 そこは、使用人が休憩を取るための部屋であり、必ず一人くらいは使用人がいるだろうと、思ったのだ。

 そこへ向かう途中の角、そこで、

「いた!」

 何かとぶつかる。

「貴様は?……っち、しくったか」

「え?」

 ぶつかったのは、猫獣人。
 銀色の毛並みをしていて、筋肉と脂肪がちょうどよくついているその体はまさに健康体であろう。

 だが、口から出た言動はおよそ貴族のものとは思えなかった。

(しくったって?)

 高身長の猫獣人が放ったその一言に私は疑問を募らせる。
 私の顔を見て、驚きの表情を浮かべ、瞬間、機嫌が悪くなった。

 それだけでも、十分だった。

(もしかして、私狙われてた?)

 私の存在を認識した途端、しくじったと言い放ったのだ。
 私も馬鹿ではない。

 貴族社会ではよくあることだ。

 暗殺

 それは古来より行われる貴族の粛清法の一つ。
 暗殺者を雇ってターゲットを始末なんてよくある話だ。

 それが別国となれば尚更だ。
 大使が暗殺されることだってある。

 もし、私の正体がバレているのなら、それは明らかだ。
 歩いていく猫獣人の後ろ姿、基服装を見て、かなり高貴な身分だということはわかった。

 おそらくこの館の主人、ターニャの父親だろう。
 ただし、性格はターニャとは真反対なんだろうな……。

(しかし……まずいわね)

 私が何かされそうになっていたは事実っぽい。
 どうするべきか?

 ターニャに言っても信じてもらえるかわからない。
 だったら黙っておいたほうがいいだろう。

 幸い、私はそこそこにできる女なのだ。
 自衛くらいはできる。

(私の存在がバレたのなら、多分獣王国の王様にも知られるでしょうね)

 人間とは友好的だという王様を信じるほかない。
 ひとまずはこのことを忘れよう。

 飲み物を取りにきただけなのだから……。

「どうなされましたか?お客様」

 私が倒れた体を起こそうとすると、近くからそんな声が聞こえた。
 女性の声。

 振り返れば、案の定女性のメイドさんがいた。
 やっぱり耳も尻尾も生えている。

 メイド服と相性バッチリだ!

「あ、えと、飲み物でも取りに行きたいなと思って……」

「かしこまりました、すぐにターニャ様のお部屋までお持ちしますね」

「あ、ちょっと待ってください!」

 そそくさと、動くメイドさんを引き止める。

「なんでしょうか?」

「あの、私って怪しいですか?」

「はい?」

 少なくとも、変装は完璧だったはずだ。
 変身魔法は大袈裟だと思い、つけるだけの耳と尻尾を着用している。

 だが、高クオリティで私の体によくあっている。
 なのにもかかわらず、あの男の人にはバレた可能性すら感じた。

 きっと私の正体もバレている。
 そうでもしないと自分の娘の知り合いに何かしでかそうという気にはならないだろう?

「怪しくなんてありませんよ、むしろ逆です」

「逆?」

「今の国王は猫獣人の方なのですが、昔からその代の王の種族を敬うようにと法律で定められているんですよ」

「そうなんですか?」

「見たところ、猫獣人の方ですよね?今代の王は猫獣人の方なので、代替わりが起きるまで周囲からは敬われるはずです」

 思っていた回答とは違うものが返ってきたが、それは好都合だ。

「それに、黒い人は珍しいですし、そこが唯一怪しいのでは?」

「黒い……確かに街じゃ見かけないわ」

「基本的には皆同様に、赤色、青色、緑色など……濃い色の毛をお持ちなのですが、白と黒だけは別扱いなんです」

 メイドさんは詳しく説明してくれる。

「まず、白というのは『原色』と呼ばれ、特別な力を持つとされています。ここの屋敷の主人である旦那様は銀色の毛並みをお持ちなので、それに近しい強さを持っているはずですよ」

 さっきの男の人か。
 やっぱり、ターニャの父親で間違いなかった。

「そして、黒に関しては、まずあり得ないんです」

「あり得ない?」

「黒の毛をお持ちの方は、一般的な茶色や赤色などの全ての色を先祖に持つ必要があります」

 つまりは、全色の獣人の血を引く必要がある。
 それは確かに不可能だ。

「しかも、貴方様のようなお綺麗な黒髪となれば、ものすごく珍しいんですよ?基本的に濁った色が普通です。汚い色として迫害を受けることもありますが」

 え!?
 それ私大丈夫!?

 だから、ターニャのお父さんも私のこと嫌いだったの!?

「貴方様の色はとても透き通っていてお綺麗ですので、その心配はありませんね」

 そう微笑んでくるメイドさん。
 じゃあ、やっぱり、ターニャの父親はなんか知ってるってこと?

(考えても無駄ね)

 今は、友達と楽しむべき。
 ちょうど心の隙間も埋まりかけているのだ。

 今更、変なことに首を突っ込むつもりはない。
 メアリ母様に守ってもらったこの命、自分で守らなくては……!

「はい、こちらをお持ちください」

「え?いつの間に用意したの?」

 メイドさんが私にティーセットをおもむろに渡した。

「お話ししている間にですよ」

 視線が動く。
 その先を追ってみれば、グッドサインを送っている別のメイドの姿があった。

 本当に洗練されていると、感心しながら私はひとまず私はターニャの部屋に戻ることにする。

 ——その後は何事もなく、一日を終えることができた。
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