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笑顔は幸せの証(オリビア視点)

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 オリビアはごく普通の少女である。
 一般的な家に生まれ一般的に学び、一般的に生きていた。

 だが、全てが普通というわけではなかった。

 容姿だけはそれなりに良くて、みんなからよく褒めてもらっていた記憶がある。
 それが嬉しかった。

 私は馬鹿でどうしようもないと思っていた。
 が、一つでも褒めてもらえたことがとても嬉しかった。

 そして、今日もお母さんは私のことを褒めてくれる。
 だけど、いつもとは少し違うものがあった。

「オリビア、聞いて!神官様からお呼び出しされたわよ!聖女かも、だって!」

「せ、聖女?」

 その言葉の意味を教会で理解した。

 聖女

 それは勇者を補佐する存在。
 聖女なしで勇者が魔王を倒した……。

 そんな話は古今東西、存在しない。
 つまり、勇者の歴史において、聖女がいなかったことはない。

 この時点で聖女が勇者と同等に重宝されているのは明らかである。
 ただし、聖女は勇者がいない……勇者が様々な要因で死亡し、新たな勇者が誕生するまでの間にも“いる“ことができる。

 なにが言いたいかといえば、勇者がこの世に居なくても、聖女は存在し続けるのだ。

 勇者は魔王が復活するとほぼ同時に召喚される。
 数百年、魔王が現れなければ、勇者も現れないのだ。

 だが、聖女は違う。
 人を癒す聖女は人類の希望であり、崇拝される存在なのだ。

 聖女という肩書だけで、それは神と等しいことになる。
 その肩書を私は欲していたわけではなかった。

 幸いして、確定ではない。
 あくまで聖女候補。

 数多いる候補たちが存在する中に、私が飛び入り参加したに過ぎない。

「可能性は低いでしょうが、我々教会はあなた様こそ聖女様だと信じております」

 白々しい。
 誰も本気にはしていないくせに。

 私のなにを知っているというのだろう。
 勝手に本人の幸せを決めつけ、それが絶対だと信じ込む。

 あまりに、横暴だ。

 こんな人が神官?
 おかしい。

 神様はこの世界にいないのか?

 私は本気疑問に思った。
 当時五歳の私にしては、なかなかに鋭い判断だったと思う。

 私から出た結論は、

(この世に絶対はない)

 これが真実。

 どんなに強い人でも寝込みを襲われたら死ぬ。
 どんなに当選確率の高いくじ引きも、中止になれば意味がない。
 どんなに、神がいると信じ込んでも、いるという保証はどこにもない。

 子供ながらに夢がないなと思った。
 でも、これが私なのだ。

 馬鹿でどうしようもなくて、夢がない。

 あの日からお母さんは聖女についての話しかしなくなった。
 途端に私の幸せは崩れ去った。

(なんで、聖女の話しかしないの?私のことをもっと話してよ!)

 心の叫びは届かない。
 いい子でいなくちゃいけない。

 父は癇癪持ちだった。
 怒れば、お母さんが怪我をしてしまう。

 私だって殴られるかもしれない。

 だが、癇癪を起こしていない間は本当に素晴らしい父親だった。
 他国との戦時中であれば、こんな態度の父親は普通にいた。

 出兵でストレスが溜まった結果である。
 ただの癇癪……これは仕方ないこと、私はそう割り切っていた。

 だから、我慢もたくさんしてきたし、“いい子“であり続けた。
 それで、私の幸せが守れるなら……。

 だが、その日はやってきた。

 聖女育成施設。

 本当の呼び名はわからない。
 少なくとも説明を聞いた私はそういう名前がパッと思いついた。

 その日から父もおかしくなっていった。
 あれだけ、癇癪を起こしては私に暴言を吐いてくる父。

 だが、本当は私とお母さんをとても愛していたそうだ。
 父は酒に溺れた。

 心の支えであった私がいなくなると知り……。
 妻が、その娘を後押ししていることに激怒し……。

 酒は不思議なものである。
 思ってもないことを口に出したりしてしまうのだから。

 私が家を出てくまで、怒涛の日々を過ごした。
 毎日、仕事に行かずお酒ばかりを口する父親。

 それにふつふつと怒りを募らせる母親。

 案の定、二人はぶつかった。

 醜い。

 それが私の感想だった。
 この世に絶対はない。

 私が二人の前からいなくなることぐらい普通にあり得るのに。

 二人は私以上に馬鹿だったんだ……。

 若干の軽蔑。
 育ててくれた恩は絶対に……おそらく忘れない。

 醜い喧嘩は私にも被害が出始めた。

 酒瓶の破片が流れ弾として、飛んでくる。
 だが、私は慌てなかった。

 否

 あまりの痛みになにが起こったのかわからなかった。
 患部を抑える。

 刺さったのは胸の真ん中あたり。
 心臓にはささらなかったようだ。

 それに気づき、少し安堵した瞬間。

 パアッと明るい緑の光とともに、私の感じる痛みが和らいでいく。
 初めて魔法というものを行使した。

 私は二人に気づかれないように外に出る。
 あんなに大切にしてくれていた母親は、私を気にすることもなく、争っている。

 父親は、怪我をさせたのに、謝りもしない。
 所詮はその程度の愛情しかなかったのである。

 路地へと逃げ込む。
 そこで、私は激しく嗚咽を漏らす。

「どうして、私ばっかり……」

 路地の鳴き声は反響する。
 だからこそ、

「どうしたんだい?」

 この人にも聞こえたのだ。
 黒髪黒目の青年だった。

「誰?」

「俺かい?うーん、愉快なお兄さんさ!」

 戯けた表情は私の気持ちを穏やかなものに変える。

「どうして、ここにいるの?」

「子供には言われたくなかったなー。ま、いろいろあんのさ!」

「なにそれ……」

 苦笑い。
 だが、それは確かに笑みだった。

 久しぶりに感じた幸福感だった。

「見たところ、何か悩んでいるみたいだね……どれ!お兄さんの方に来てごらん!いいおまじないを教えてあげるよ!」

 言われるがままだった。
 それは確かに自分の意思だった。

 いい子であろうとしていた私は消えてなくなり、自分の笑顔を第一に考えるようになっていた。

 この人は私を笑わせてくれた。
 それだけで信用に足るのだ。

「莠…蠖「……隨代o縺……」

 かすれて聞こえたその声を聞いた瞬間。
 私は全てに納得がいった。

(ああ、私は笑っていいんだ)

「ありがとうお兄さん!元気になったよ!」

「そう?ならよかったよ」

 私は気持ちを切り替えた。
 親の喧嘩を仲裁し、仲直りさせる。

 また平穏が戻った。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎


 それから二年——

「はじめましてオリビアと申します。私は貴族ではないので、右も左もわかりません。どうか、仲良くしてください」

 笑顔で告げる。
 それはきっとことだろう。
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