上 下
20 / 504

ベアトリス、誕生日会をする④

しおりを挟む
 勇者

 それはこの世界でおける最強の存在。
 その攻撃は全ての闇を打ち払い、全ての敵をなぎ倒す。

 魔王を何度も滅してきた歴代の勇者たちの名前を子供ながらに俺も覚えている。
 中でも、記憶の中に新しいのが先代勇者である。

 黒髪黒目で、温厚な性格の好青年だったらしい。
 彼がこの地に召喚されたのは、数十年前の話だからである。

 当時の彼は恐怖を隠しながらも魔王討伐の旅に出ていた。
 同行するのは先代聖女のルーシー様、剣聖のドルド様、そして大賢者マレスティーナ様である。

 彼らの実力は本物。
 当時の彼らは成人したてのひよっこだったらしいが、成長を続け、ついには魔王を討伐するに至った。

 しかし、一つだけ残念な点があった。
 それはーー

 勇者が激戦の末、死亡したということだ。
 相打ちだった、と、大賢者は語る。

 彼の放った光の閃光が魔王の放つ邪悪なる波動とぶつかり合う。
 そこで相殺されるはずだった力は、周囲に分散されるはずだったその余波はあろうことか、勇者に向かっていった。

 勇者はとっさに『聖鏡の盾』で跳ね返した。
 それは魔王を死に至らしめるに十分な威力だった。

 そして、その死の波動は勇者を死なせるに十分なダメージだった。
 死属性に耐性がある魔王が死んだのは単純にその威力の問題。

 勇者が死んだのは、即死の波動は一瞬浴びたから。
 両者はその場で倒れ伏す。

 それが、最後に見た彼の勇姿だった。
 と、先代聖女も語っていた。

 彼らは今は引退している。
 十数年にも及ぶ長い戦いに嫌気がさしたから。

 彼らは十分に働いた、それは当然のことであった。
 先代聖女は隠居、剣聖はいまだに剣士への指導係として活躍、大賢者は………行方不明。

 そのうちふらっと戻ってくるだろうと言われている。

 現に彼女の体験談はほんとして出版され続けている。
 彼女本人にしか知らないはずの内容が書かれているため、信憑性は高いだろう。

 だが、俺の思考はそんなことはどうでもいい、というように情報を遮断していく。

 今必要としている情報は勇者のもののみ。
 召喚の儀式によって現れる勇者は、決まっている事柄がある。

 勇者は必ず温厚な性格をしているということ。
 先代勇者も先先代もそうだった。

 現勇者はいまだに存在しない。
 召喚が“まだ“行われていないためだ。

 だが、稀に召喚とは関係なしに勇者が現れるという記載もあった。
 稀人、神人、はたまた異世界人などと呼ばれる彼らは、捕らえた全員が呼ばれたという回答を残している。

 そして、今伝えたいのは、異世界人の存在ではない。
 俺が言いたいのは、この異世界人と勇者にも共通点があるということ。

 それはーー

 であることだ。
 全員が全員、俺は、私は、にほん人であると言っている。

 どこか遠い国の名前かと思い文献を調べても、そんなものはなかったらしい。
 口裏を合わせることはほぼ不可能と言ってもいい。

 見つかった当時の年代が違うからだ。
 王国暦1,018年に一人、王国暦1,500年に一人、そして最近になって再び現れたと聞く。

 まあ、なんだ。
 俺が結局何が言いたいのかと言えばーー

 ベアトリス嬢もまた黒髪黒目なのである。
 これが示していることが果たしてなんなのかはわからない。

 だが、この公爵家の家系は代々金髪だったり、茶色だったり、明るい色の髪色だったはずだ。

 彼女一人だけが違うのだ。
 それは異端であるといえよう。

 そして、予想通りの化け物っぷりを発揮していた。
 勇者ですらできるかわからない、他系統の術式を同時展開して、混ぜ合わせるという高等技術。

(彼女は勇者なのか?)

 勇者に女がいたという記録はないが可能性は捨てきれない。
 そうなれば、彼女の心は他勇者たちと同じで温厚であるということになる。

(だったら、謝罪に行かなければ、ならないだろう)

 わざとではないにしても、水を………しかも毒入りのものをかけてしまったのだ。

 もし、次代の勇者候補だった場合、俺自身が消されかねない。
 そんなのはもちろん嫌だ。

(よし、もう一度改めて、謝罪に行こう)

 俺はそう決めて応接室まで歩き出す。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎


「誰もいないだと?」

「え?おかしいですね。確かにベアトリスお嬢様はこちらに入られたと思っていたんですが………」

 警備兵は心底不思議そうに首を傾げる。
 だが、俺の視界にはある場所が捉えられていた。

「窓?」

 そこには開いた窓があった。
 その先では月が綺麗に輝いている。

(誘拐?)

 不安な言葉が脳裏によぎる。
 その言葉を振り払うと同時に俺はその窓によじ登る。

「第一王子様!?何をなさっているのですか!?」

「お前はそこで待機だ。いいか?これは“命令“だ」

 その言葉を聞いて、警備兵は大人しく立ち位置に戻っていく。

(だからつまらない。ルールに縛られるものはこれだから嫌なんだ)

 自由が欲しい。
 そう願う気持ちが一層強くなる。

 窓をよじ登ったことは初めてで、慣れない手つきでそこから地面に降り立つ。
 裏庭だった。

 木々が何本か生えており、それがグリーンカーテンのようになっていた。
 ただし、月は見える。

 狙ってやったのなら神業だが、おそらく違うだろう。

「ベアトリス嬢はどこに?」

 俺は木々の間にをするりと抜ける。

 そこに彼女はいたーー

「何をしておられるのかな?」

「ひえ!?殿下!?どうしましたの!?」

 心底驚いた様子で仰天する彼女はベンチに座っていた。
 そこからは、月の景色よく見えた。

「月が綺麗だな」

「ええ、そうですね」

 すぐさま平常心を取り戻すのはさすがといえよう。
 自分でもできない。

「応接室にいるのではなかったのかな?」

「ええ。気分も良くなってきたので、外の空気を吸いに……。兵士さんが外に出してくれそうになかったので、無理やりこっちから出てきちゃいました」

 はにかんだ笑顔をこちらに向けてくる。
 温厚………そう、この笑顔は温厚だな………。

「そうか、ならよかったよ」

「殿下こそ、どうしてこちらにいらしたんですか?」

「俺………私はベアトリス殿………いえ、嬢を探しにきました」

 やはりまだ慣れない。
 社交界に慣れていないためか、私生活や敬称の付け方がおかしい。

 しかし、そんなことは気にも留めない様子で、

「そうでしたの。ありがとうございます」

 と、お礼の言葉を述べてくる。

「そして、すまなかった」

「え?」

 流石に急すぎたか、と思い、付け加えて説明する。

「ベアトリス嬢、あなたに水をかけてしまったことに対して、です」

「あらま、そうだったかしら?覚えていませんね」

 悪い人だ。
 あからさまにもわかる。

 少しは根に持っているのだろうか。
 だとしたらもっとちゃんとした謝罪がーー

「ふふ、でも大丈夫ですよ。服ならすぐ乾きますしね」

「あ、ああ」

 終始彼女のペースにのまれっぱなしである。
 これが彼女の使う舌術であり、“戦略“であるとしたら、それは知恵が回るどころの話ではなくなってくるだろう。

「心配になってきてくださったんですか?殿下お一人で………」

 周りの様子を確かめながら問うてくる。

「まあ、同じ屋敷内なのだから、警備は要らないと思ったんだ」

「私はそっちの口調の方が好きよ?」

「え?」

 そして、気付く。
 これもまた戦略なのだと………。

 自分の素を引き出そうとして、このような質問をしたのだろう。

(だめだ、ダメだけど………)

 話していくうちにどんどんペースが呑まれていく。
 だがーー

「ふふ、いい子ですね」

「!?」

 頭に何か柔らかい感触があった。
 それは手だとすぐに理解できた。

 ぽんぽんと叩いたり、優しく撫でたりーー

(やっぱりダメだ!)

 心臓の鼓動が早くなるのを感じて、俺はすぐにかぶりを上げる。

「年下、だからって撫でない方がいい。俺は王子だ」

「あらあら、そうでしたね」

 悪戯な笑みを浮かべるベアトリス嬢と、顔は平静を保ちながらも、耳は赤くなっている俺の会話は闇に溶け込んでいた。

 静かに辺りに響くだけだった………。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

異世界に転生!堪能させて頂きます

葵沙良
ファンタジー
遠宮 鈴霞(とおみやりんか)28歳。 大手企業の庶務課に勤める普通のOL。 今日は何時もの残業が無く、定時で帰宅途中の交差点そばのバス停で事件は起きた━━━━。 ハンドルを切り損なった車が、高校生3人と鈴霞のいるバス停に突っ込んできたのだ! 死んだと思ったのに、目を覚ました場所は白い空間。 女神様から、地球の輪廻に戻るか異世界アークスライドへ転生するか聞かれたのだった。 「せっかくの異世界、チャンスが有るなら行きますとも!堪能させて頂きます♪」 笑いあり涙あり?シリアスあり。トラブルに巻き込まれたり⁉ 鈴霞にとって楽しい異世界ライフになるのか⁉ 趣味の域で書いておりますので、雑な部分があるかも知れませんが、楽しく読んで頂けたら嬉しいです。戦闘シーンも出来るだけ頑張って書いていきたいと思います。 こちらは《改訂版》です。現在、加筆・修正を大幅に行っています。なので、不定期投稿です。 何の予告もなく修正等行う場合が有りますので、ご容赦下さいm(__)m

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

処理中です...