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ベアトリス、誕生日会をする④
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勇者
それはこの世界でおける最強の存在。
その攻撃は全ての闇を打ち払い、全ての敵をなぎ倒す。
魔王を何度も滅してきた歴代の勇者たちの名前を子供ながらに俺も覚えている。
中でも、記憶の中に新しいのが先代勇者である。
黒髪黒目で、温厚な性格の好青年だったらしい。
彼がこの地に召喚されたのは、数十年前の話だからである。
当時の彼は恐怖を隠しながらも魔王討伐の旅に出ていた。
同行するのは先代聖女のルーシー様、剣聖のドルド様、そして大賢者マレスティーナ様である。
彼らの実力は本物。
当時の彼らは成人したてのひよっこだったらしいが、成長を続け、ついには魔王を討伐するに至った。
しかし、一つだけ残念な点があった。
それはーー
勇者が激戦の末、死亡したということだ。
相打ちだった、と、大賢者は語る。
彼の放った光の閃光が魔王の放つ邪悪なる波動とぶつかり合う。
そこで相殺されるはずだった力は、周囲に分散されるはずだったその余波はあろうことか、勇者に向かっていった。
勇者はとっさに『聖鏡の盾』で跳ね返した。
それは魔王を死に至らしめるに十分な威力だった。
そして、その死の波動は勇者を死なせるに十分なダメージだった。
死属性に耐性がある魔王が死んだのは単純にその威力の問題。
勇者が死んだのは、即死の波動は一瞬浴びたから。
両者はその場で倒れ伏す。
それが、最後に見た彼の勇姿だった。
と、先代聖女も語っていた。
彼らは今は引退している。
十数年にも及ぶ長い戦いに嫌気がさしたから。
彼らは十分に働いた、それは当然のことであった。
先代聖女は隠居、剣聖はいまだに剣士への指導係として活躍、大賢者は………行方不明。
そのうちふらっと戻ってくるだろうと言われている。
現に彼女の体験談はほんとして出版され続けている。
彼女本人にしか知らないはずの内容が書かれているため、信憑性は高いだろう。
だが、俺の思考はそんなことはどうでもいい、というように情報を遮断していく。
今必要としている情報は勇者のもののみ。
召喚の儀式によって現れる勇者は、決まっている事柄がある。
勇者は必ず温厚な性格をしているということ。
先代勇者も先先代もそうだった。
現勇者はいまだに存在しない。
召喚が“まだ“行われていないためだ。
だが、稀に召喚とは関係なしに勇者が現れるという記載もあった。
稀人、神人、はたまた異世界人などと呼ばれる彼らは、捕らえた全員が呼ばれたという回答を残している。
そして、今伝えたいのは、異世界人の存在ではない。
俺が言いたいのは、この異世界人と勇者にも共通点があるということ。
それはーー
黒髪黒目であることだ。
全員が全員、俺は、私は、にほん人であると言っている。
どこか遠い国の名前かと思い文献を調べても、そんなものはなかったらしい。
口裏を合わせることはほぼ不可能と言ってもいい。
見つかった当時の年代が違うからだ。
王国暦1,018年に一人、王国暦1,500年に一人、そして最近になって再び現れたと聞く。
まあ、なんだ。
俺が結局何が言いたいのかと言えばーー
ベアトリス嬢もまた黒髪黒目なのである。
これが示していることが果たしてなんなのかはわからない。
だが、この公爵家の家系は代々金髪だったり、茶色だったり、明るい色の髪色だったはずだ。
彼女一人だけが違うのだ。
それは異端であるといえよう。
そして、予想通りの化け物っぷりを発揮していた。
勇者ですらできるかわからない、他系統の術式を同時展開して、混ぜ合わせるという高等技術。
(彼女は勇者なのか?)
勇者に女がいたという記録はないが可能性は捨てきれない。
そうなれば、彼女の心は他勇者たちと同じで温厚であるということになる。
(だったら、謝罪に行かなければ、ならないだろう)
わざとではないにしても、水を………しかも毒入りのものをかけてしまったのだ。
もし、次代の勇者候補だった場合、俺自身が消されかねない。
そんなのはもちろん嫌だ。
(よし、もう一度改めて、謝罪に行こう)
俺はそう決めて応接室まで歩き出す。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「誰もいないだと?」
「え?おかしいですね。確かにベアトリスお嬢様はこちらに入られたと思っていたんですが………」
警備兵は心底不思議そうに首を傾げる。
だが、俺の視界にはある場所が捉えられていた。
「窓?」
そこには開いた窓があった。
その先では月が綺麗に輝いている。
(誘拐?)
不安な言葉が脳裏によぎる。
その言葉を振り払うと同時に俺はその窓によじ登る。
「第一王子様!?何をなさっているのですか!?」
「お前はそこで待機だ。いいか?これは“命令“だ」
その言葉を聞いて、警備兵は大人しく立ち位置に戻っていく。
(だからつまらない。ルールに縛られるものはこれだから嫌なんだ)
自由が欲しい。
そう願う気持ちが一層強くなる。
窓をよじ登ったことは初めてで、慣れない手つきでそこから地面に降り立つ。
裏庭だった。
木々が何本か生えており、それがグリーンカーテンのようになっていた。
ただし、月は見える。
狙ってやったのなら神業だが、おそらく違うだろう。
「ベアトリス嬢はどこに?」
俺は木々の間にをするりと抜ける。
そこに彼女はいたーー
「何をしておられるのかな?」
「ひえ!?殿下!?どうしましたの!?」
心底驚いた様子で仰天する彼女はベンチに座っていた。
そこからは、月の景色よく見えた。
「月が綺麗だな」
「ええ、そうですね」
すぐさま平常心を取り戻すのはさすがといえよう。
自分でもできない。
「応接室にいるのではなかったのかな?」
「ええ。気分も良くなってきたので、外の空気を吸いに……。兵士さんが外に出してくれそうになかったので、無理やりこっちから出てきちゃいました」
はにかんだ笑顔をこちらに向けてくる。
温厚………そう、この笑顔は温厚だな………。
「そうか、ならよかったよ」
「殿下こそ、どうしてこちらにいらしたんですか?」
「俺………私はベアトリス殿………いえ、嬢を探しにきました」
やはりまだ慣れない。
社交界に慣れていないためか、私生活や敬称の付け方がおかしい。
しかし、そんなことは気にも留めない様子で、
「そうでしたの。ありがとうございます」
と、お礼の言葉を述べてくる。
「そして、すまなかった」
「え?」
流石に急すぎたか、と思い、付け加えて説明する。
「ベアトリス嬢、あなたに水をかけてしまったことに対して、です」
「あらま、そうだったかしら?覚えていませんね」
悪い人だ。
あからさまにもわかる。
少しは根に持っているのだろうか。
だとしたらもっとちゃんとした謝罪がーー
「ふふ、でも大丈夫ですよ。服ならすぐ乾きますしね」
「あ、ああ」
終始彼女のペースにのまれっぱなしである。
これが彼女の使う舌術であり、“戦略“であるとしたら、それは知恵が回るどころの話ではなくなってくるだろう。
「心配になってきてくださったんですか?殿下お一人で………」
周りの様子を確かめながら問うてくる。
「まあ、同じ屋敷内なのだから、警備は要らないと思ったんだ」
「私はそっちの口調の方が好きよ?」
「え?」
そして、気付く。
これもまた戦略なのだと………。
自分の素を引き出そうとして、このような質問をしたのだろう。
(だめだ、ダメだけど………)
話していくうちにどんどんペースが呑まれていく。
だがーー
「ふふ、いい子ですね」
「!?」
頭に何か柔らかい感触があった。
それは手だとすぐに理解できた。
ぽんぽんと叩いたり、優しく撫でたりーー
(やっぱりダメだ!)
心臓の鼓動が早くなるのを感じて、俺はすぐにかぶりを上げる。
「年下、だからって撫でない方がいい。俺は王子だ」
「あらあら、そうでしたね」
悪戯な笑みを浮かべるベアトリス嬢と、顔は平静を保ちながらも、耳は赤くなっている俺の会話は闇に溶け込んでいた。
静かに辺りに響くだけだった………。
それはこの世界でおける最強の存在。
その攻撃は全ての闇を打ち払い、全ての敵をなぎ倒す。
魔王を何度も滅してきた歴代の勇者たちの名前を子供ながらに俺も覚えている。
中でも、記憶の中に新しいのが先代勇者である。
黒髪黒目で、温厚な性格の好青年だったらしい。
彼がこの地に召喚されたのは、数十年前の話だからである。
当時の彼は恐怖を隠しながらも魔王討伐の旅に出ていた。
同行するのは先代聖女のルーシー様、剣聖のドルド様、そして大賢者マレスティーナ様である。
彼らの実力は本物。
当時の彼らは成人したてのひよっこだったらしいが、成長を続け、ついには魔王を討伐するに至った。
しかし、一つだけ残念な点があった。
それはーー
勇者が激戦の末、死亡したということだ。
相打ちだった、と、大賢者は語る。
彼の放った光の閃光が魔王の放つ邪悪なる波動とぶつかり合う。
そこで相殺されるはずだった力は、周囲に分散されるはずだったその余波はあろうことか、勇者に向かっていった。
勇者はとっさに『聖鏡の盾』で跳ね返した。
それは魔王を死に至らしめるに十分な威力だった。
そして、その死の波動は勇者を死なせるに十分なダメージだった。
死属性に耐性がある魔王が死んだのは単純にその威力の問題。
勇者が死んだのは、即死の波動は一瞬浴びたから。
両者はその場で倒れ伏す。
それが、最後に見た彼の勇姿だった。
と、先代聖女も語っていた。
彼らは今は引退している。
十数年にも及ぶ長い戦いに嫌気がさしたから。
彼らは十分に働いた、それは当然のことであった。
先代聖女は隠居、剣聖はいまだに剣士への指導係として活躍、大賢者は………行方不明。
そのうちふらっと戻ってくるだろうと言われている。
現に彼女の体験談はほんとして出版され続けている。
彼女本人にしか知らないはずの内容が書かれているため、信憑性は高いだろう。
だが、俺の思考はそんなことはどうでもいい、というように情報を遮断していく。
今必要としている情報は勇者のもののみ。
召喚の儀式によって現れる勇者は、決まっている事柄がある。
勇者は必ず温厚な性格をしているということ。
先代勇者も先先代もそうだった。
現勇者はいまだに存在しない。
召喚が“まだ“行われていないためだ。
だが、稀に召喚とは関係なしに勇者が現れるという記載もあった。
稀人、神人、はたまた異世界人などと呼ばれる彼らは、捕らえた全員が呼ばれたという回答を残している。
そして、今伝えたいのは、異世界人の存在ではない。
俺が言いたいのは、この異世界人と勇者にも共通点があるということ。
それはーー
黒髪黒目であることだ。
全員が全員、俺は、私は、にほん人であると言っている。
どこか遠い国の名前かと思い文献を調べても、そんなものはなかったらしい。
口裏を合わせることはほぼ不可能と言ってもいい。
見つかった当時の年代が違うからだ。
王国暦1,018年に一人、王国暦1,500年に一人、そして最近になって再び現れたと聞く。
まあ、なんだ。
俺が結局何が言いたいのかと言えばーー
ベアトリス嬢もまた黒髪黒目なのである。
これが示していることが果たしてなんなのかはわからない。
だが、この公爵家の家系は代々金髪だったり、茶色だったり、明るい色の髪色だったはずだ。
彼女一人だけが違うのだ。
それは異端であるといえよう。
そして、予想通りの化け物っぷりを発揮していた。
勇者ですらできるかわからない、他系統の術式を同時展開して、混ぜ合わせるという高等技術。
(彼女は勇者なのか?)
勇者に女がいたという記録はないが可能性は捨てきれない。
そうなれば、彼女の心は他勇者たちと同じで温厚であるということになる。
(だったら、謝罪に行かなければ、ならないだろう)
わざとではないにしても、水を………しかも毒入りのものをかけてしまったのだ。
もし、次代の勇者候補だった場合、俺自身が消されかねない。
そんなのはもちろん嫌だ。
(よし、もう一度改めて、謝罪に行こう)
俺はそう決めて応接室まで歩き出す。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「誰もいないだと?」
「え?おかしいですね。確かにベアトリスお嬢様はこちらに入られたと思っていたんですが………」
警備兵は心底不思議そうに首を傾げる。
だが、俺の視界にはある場所が捉えられていた。
「窓?」
そこには開いた窓があった。
その先では月が綺麗に輝いている。
(誘拐?)
不安な言葉が脳裏によぎる。
その言葉を振り払うと同時に俺はその窓によじ登る。
「第一王子様!?何をなさっているのですか!?」
「お前はそこで待機だ。いいか?これは“命令“だ」
その言葉を聞いて、警備兵は大人しく立ち位置に戻っていく。
(だからつまらない。ルールに縛られるものはこれだから嫌なんだ)
自由が欲しい。
そう願う気持ちが一層強くなる。
窓をよじ登ったことは初めてで、慣れない手つきでそこから地面に降り立つ。
裏庭だった。
木々が何本か生えており、それがグリーンカーテンのようになっていた。
ただし、月は見える。
狙ってやったのなら神業だが、おそらく違うだろう。
「ベアトリス嬢はどこに?」
俺は木々の間にをするりと抜ける。
そこに彼女はいたーー
「何をしておられるのかな?」
「ひえ!?殿下!?どうしましたの!?」
心底驚いた様子で仰天する彼女はベンチに座っていた。
そこからは、月の景色よく見えた。
「月が綺麗だな」
「ええ、そうですね」
すぐさま平常心を取り戻すのはさすがといえよう。
自分でもできない。
「応接室にいるのではなかったのかな?」
「ええ。気分も良くなってきたので、外の空気を吸いに……。兵士さんが外に出してくれそうになかったので、無理やりこっちから出てきちゃいました」
はにかんだ笑顔をこちらに向けてくる。
温厚………そう、この笑顔は温厚だな………。
「そうか、ならよかったよ」
「殿下こそ、どうしてこちらにいらしたんですか?」
「俺………私はベアトリス殿………いえ、嬢を探しにきました」
やはりまだ慣れない。
社交界に慣れていないためか、私生活や敬称の付け方がおかしい。
しかし、そんなことは気にも留めない様子で、
「そうでしたの。ありがとうございます」
と、お礼の言葉を述べてくる。
「そして、すまなかった」
「え?」
流石に急すぎたか、と思い、付け加えて説明する。
「ベアトリス嬢、あなたに水をかけてしまったことに対して、です」
「あらま、そうだったかしら?覚えていませんね」
悪い人だ。
あからさまにもわかる。
少しは根に持っているのだろうか。
だとしたらもっとちゃんとした謝罪がーー
「ふふ、でも大丈夫ですよ。服ならすぐ乾きますしね」
「あ、ああ」
終始彼女のペースにのまれっぱなしである。
これが彼女の使う舌術であり、“戦略“であるとしたら、それは知恵が回るどころの話ではなくなってくるだろう。
「心配になってきてくださったんですか?殿下お一人で………」
周りの様子を確かめながら問うてくる。
「まあ、同じ屋敷内なのだから、警備は要らないと思ったんだ」
「私はそっちの口調の方が好きよ?」
「え?」
そして、気付く。
これもまた戦略なのだと………。
自分の素を引き出そうとして、このような質問をしたのだろう。
(だめだ、ダメだけど………)
話していくうちにどんどんペースが呑まれていく。
だがーー
「ふふ、いい子ですね」
「!?」
頭に何か柔らかい感触があった。
それは手だとすぐに理解できた。
ぽんぽんと叩いたり、優しく撫でたりーー
(やっぱりダメだ!)
心臓の鼓動が早くなるのを感じて、俺はすぐにかぶりを上げる。
「年下、だからって撫でない方がいい。俺は王子だ」
「あらあら、そうでしたね」
悪戯な笑みを浮かべるベアトリス嬢と、顔は平静を保ちながらも、耳は赤くなっている俺の会話は闇に溶け込んでいた。
静かに辺りに響くだけだった………。
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