デュランダル・ハーツ

創也慎介

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第15話 作戦会議

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 作戦室へと帰還したリオンらを、すでに着席していた“彼女”がまるで待ち構えていたかのように笑顔で迎え入れる。ある程度は予測していたものの、それでもリオンは唐突に投げかけられた“女騎士”のその快活な声に怯んでしまった。

「やあ、おかえり! 皆揃っているようで、なによりだ。ちゃんと合流できたようだな」

 満面の笑みを浮かべる隊長・アテナを前に、リオンは「お、おお」とたじろぎながら返すほかない。彼が連れてきた二人の隊員――包帯を巻いた男性・ニーアと、ダークエルフの少女・ココは隊長に返しつつ、そそくさとそれぞれの席へとついていく。

 リオンは定位置を計りかねていたが、ニーアに案内されるまま彼の隣に座る。それぞれが着席したのを見計ったかのように、狐型獣人の女性・カンナが実に嬉しそうに盆を運んできた。

「お疲れやす。これ、うちの地元から取り寄せたお菓子ですんで、どうぞどうぞ」

 言いながらも彼女は人数分の茶を注いだカップと、件の菓子――茶色い揚げまんじゅうを取り分け、てきぱきと受け渡していく。隻腕でありながら実に手際のいい彼女の姿に、思わずリオンは見惚れてしまった。

 それぞれの目の前に茶と菓子が並び、カンナが椅子に座ったことで、アテナがどこか仕切り直すような語り始める。

「いやぁ、ようやくこうして全員が揃うことができたな! リオンが加入してから、まだ一度も勢揃いしたことがなかっただろう? 改めて、我ら“7番隊”へようこそ!」

 唐突に歓迎し直されてしまい、リオンはまたもや「お、おお」と言葉に詰まる。うろたえる彼に対し、カンナとニーアが実ににこやかに「ようこそ」と続いてくれた。

 そんななか、ただ一人、小柄なダークエルフ・ココだけは、むすっとした表情で頬杖をついている。

「隊長ぉ。あくまでこいつは、“捕虜”ってポジションでしょ? わざわざ、こんなふうに手厚くしてやる必要ないっての」
「まあまあ、そう言わずに。リオンはすでに情報提供だけでなく、我々と“廃棄地区”に赴いて共闘もしてくれてるんだ。もはや立派な“協力者”と言っていいだろう」

 アテナの快活な言葉を受けてもなお、ココはどこか腑に落ちていない様子だった。彼女に睨みつけられ、リオンは思わず視線をそらしてしまう。

 敵意を丸出しにしたココの姿を、他の隊員たちも苦笑しながら見つめていた。リオンはどうにも対応に困ってしまうが、隊長である女騎士はまるで怯むことなく本題に入っていく。

「それに、リオンのおかげで今回の一件――“富豪殺し”について色々な側面が見えてきたのは事実だ。今日は事件について、現段階で分かっていることをそれぞれ共有したいと思う」

 彼女が“作戦会議”の趣旨を語ったことで、わずかに場の緊張感が高まる。アテナは一度、全員の真剣な眼差しを眺めた後、ただちに手元の資料に目を落とし本題へと入っていった。

「この城塞都市・ハルムートでこれまでに殺害された富豪は4人。そのいずれもがリオンが“義賊”として盗みに入った者たちなんだが、彼らの経歴を調べてみたところ、新しい事実がいくつか分かってきたんだよ」
「新しい事実……それは、やつらが実は“悪徳”な方法で富を得ていた、ってこととは違うのか?」
「ああ。それについてもリオンから聞き及んでいた通りだったんだが、肝心なのはその先――彼らは皆、『タタラ教団』の信者だったんだよ」

 この思いがけない一言に、リオンは「なんだって」と声をあげてしまった。明確にうろたえる彼に対し、アテナはどこか不適に笑っている。

「本当なのか、それは? じゃあ……あいつらは皆、“邪教団”の関係者だった、と?」
「そのようだな。これについては、ニーアが詳しく調べてくれているよ」

 アテナは唐突に、バトンを包帯まみれの男性隊員・ニーアに受け渡す。隊長の一言を受け、彼は動じることなく、資料すら見ずに調べてきた内容を披露した。

「それについては間違いなさそうです。いずれの富豪も1年ほど前から件の教団に入信し、関係を持っていたようですよ。事実、彼らの遺品のなかからも、教団との繋がりを示す証拠品が多数押収されました」
「まじか、それ……てことは、富豪たちは皆、あいつ――殺されたトモジとも繋がるってことになるのか」
「ええ。当初は富豪らと教団の繋がりなんて見過ごしていたんですが、そのトモジという商人の言葉から改めて確認したところ、見事に全員が『タタラ教団』という団体に関係性がありました。これはどうも、偶然には思えませんね」

 ニーアが淡々と語る内容に、リオンは思わず生唾を飲んでしまう。事件の真相へと切り込んでいく彼らの姿には、どこか妙な迫力のようなものが感じられた。

 唖然としてしまうリオンを前に、今度は反対側に座るココが口を開いた。相変わらずどこか太々しい眼差しを浮かべてはいたが、それでも彼女は自身が調べ上げた内容を包み隠さず伝えてくれる。

「こっちは言われた通り、『タタラ教団』について洗いざらい調べたわ。書庫にあった情報によると、奴らが活動し始めたのはおおよそ3年前――教祖であるタタラって男が、各地で過激な教えを広めて、それについてくる人間を少しずつ取り込んでいったみたいね」

 リオンが改めて彼女を見つめると、ココもまたこちらを睨みつけてきた。少女のその視線に怯んでしまうが、なおも彼女が語る興味深い内容に引き込まれていってしまう。

「奴らの本拠地は不明。思想は“過激派”もいいところで、人間の肉体から“魂”を解放して、苦しみから解脱させることを説いているみたいね。奴らにとって人間の肉体はただの“入れ物”でしかなく、なかにはその教えにほだされて自ら命を断つ信者もいるみたい。まぁ、どこにでもいる馬鹿馬鹿しい“カルト教団”にしか見えないわね」

 なんとも刺々しい物言いだったが、リオンは先程、書庫で見た彼女の姿を思い出してしまった。書庫のなかで宙に浮き、無数の書物を魔力によって彼女は閲覧していたのだが、おそらくあれは「タタラ教団」についての情報を収集していたのだろう。

 彼女の一言で、思わずリオンは手元を見つめて考えてしまう。当初は無関係を決め込もうとしていた彼も、気がつけば自身が巻き込まれた“富豪殺し”の真実を掴むべく、思考を巡らしていた。

「随分と過激な奴らなんだな。ということは、まさか例の死んでいった富豪たちも、自ら命を――?」

 しかし、この問いかけには隣に座るニーアが首を横に振ってしまう。彼はなおも丁寧な口調で説明してくれた。

「その可能性は薄いかと。『デュランダル』が死んだ富豪たちの遺体を解剖してみましたが、いずれも他者から受けた“切り傷”が死因となっていました。間違いなく、第三者が彼らを鋭利な刃物で殺害しているんです」

 彼の一言を受け、ココが「ほらぁ」と目を細める。彼女は親指で、リオンを容赦なく指差していた。

「やっぱり、こいつがやってるんじゃあないの? 鋭利な刃物なら、ちゃんと持ってるじゃないの」
「ち、違う! 断じて俺は殺しなんかしない。どんなことがあろうが、“師匠”の教えだけは絶対だ。破るわけがない」

 強く言い返してしまったリオンだが、ココは「ふうん」と訝しげな目で彼を見ていた。とことん噛みついてくる少女に対し、知らずのうちにリオンも表情が険しくなってしまう。

 だが、この緊迫した空気を女騎士の快活な笑い声が打ち破る。全員の視線が、隊長であるアテナへと向けられた。

「リオンの言ってることは“本当”だよ。彼は誠実な人間だから、きっちりと教えを守って盗みだけにとどめていたのだろう」

 アテナはやはり、なんの確証もないはずのリオンの言葉を素直に信じてくれる。唐突に賞賛されたことがリオンにとってはどうにも気恥ずかしかったが、他の隊員たちも隊長であるアテナの言葉に異論はないようだ。

 つくづく、リオンにはアテナの持つ“審美眼”の正当性が理解できない。彼女は魔法だの秘術だのの類を使わず、正真正銘、その目で見た第一印象で人間を見極めているだけなのだ。

 それでも、他の隊員たちの態度を見る限り、この場にいる誰しもがアテナの言葉を心から信頼しているのだろう。あのココですら、つまらなそうにはしているものの、それ以上、リオンにつっかかることはなかった。

 あっけに取られてしまうリオンの目の前で、アテナはなおも真っ直ぐな目でこちらを見ながら語っていく。

「どうやら今回の一件、間違いなくその『タタラ教団』が関連しているだろうな。もしかすれば、富豪たちを殺害した人間は、その教団内部の人間なのかもしれない」
「なるほどな……しかし、なんでまたそんな奴らが富豪たちを? 殺された奴ら、なにか教団の恨みでも買ったんだろうか」
「それはなんとも、な。ただ、あの商人――トモジという男を、ああも容赦なく殺めてしまう連中だ。人を殺すことくらい、きっと躊躇することなくやってのけるだろうさ」

 言われて、リオンの表情がわずかに曇る。その脳裏には、“廃棄地区”で殺害された闇の商人・トモジの強烈な死に様が浮かんでいた。

 この言葉を受け、ため息をつきながらもココが続いてくれる。

「あの商人の体も調べたけど、肉体に“呪印”が刻まれているのが確認できたわ。なかなか強力な闇の術式で、おそらく信者が裏切ったことを感知して、自動的に発動するものよ。とはいえ、肉体を内側から“串刺し”にするなんて、趣味が悪いにもほどがあるけれどね」

 彼女の言葉が真実ならば、トモジははなから教団に利用されていた、ということになる。彼の意思に関わらず、その肉体には解除不可能な“錠”が刻まれていた、ということになるのだろう。

 裏切り者を容赦することなく抹殺するというその手口は、「タタラ教団」がいかに過激かつ異常な集団なのかということを、存分に物語っている。

 どこか戦慄してしまうリオンだったが、唐突に語り出したカンナの柔らかな言葉が、湧き上がった恐怖や不安を払拭してくれた。

「うちのほうでは富豪はんたちが『タタラ教団』とどないな繋がりがあったかを調べてみたんどすけど、いまいちぱっとしませらん。富豪はんたち、いくつかの品を教団に横流ししとったらしおす」
「品を横流し……それは、どんな?」
「なんの変哲もあらへんもんばっかりどすえ。食料や燃料、ちょいした薬やら、なかには大量の“砂鉄”なんかもあって、使い道のわからへんものもありますなぁ。武器やらは一切のうって、検問にも引っかかってへんかったみたいやわ」

 カンナが語った事実に、リオンは腕を組んで「うぅん」と唸ってしまう。彼女が言う通り、富豪らが教団に送っていた代物は、そう怪しいものはなさそうだ。てっきり、武器などを売り捌くために密輸していたかと思ったのだが、どうやら邪推だったようである。

 様々な事実が見えてきたその実、どうにも八方塞がりな感も否めない。アテナが言う通り、十中八九、「タタラ教団」が今回の“富豪殺し”に関与しているのだろうが、その決定打や打開策がいまいち見えてこないのは、なんとももどかしい状況だった。

 リオンはなおも腕を組んだまま、手元を見つめて唸ってしまう。前進しているようで、いまいち事態が見通せないこの立ち位置が、どうにもやるせない。

「教団のことについてはかなり分かったけど、次の一手が見えてこないのは、やるせないな。それこそトモジが生きてりゃあ、もう少しなにか聞き出せたかもしれないんだが……」

 おそらく、こう言った形で足がつくのを恐れ、教団は信者に“呪印”を仕込んでいるのだろう。万が一、うっかり教団が不利になる内容を口走りでもすれば、たちまちあの闇の商人のように肉体を穴だらけにされ、殺されてしまう。

 どこか停滞のムードが立ち込めるなか、やはりそれを堂々と打ち破るのは、正面に座る若き部隊長であった。

「そう、落胆することもないさ。なにせ、“次の一手”については、目星がついてるんだからな」

 リオンが目を丸くするなか、他の隊員らも同様に驚いていた。どうやらここから先は、アテナだけが知り得ている情報らしい。

 誰しもが固唾を飲んで見守るなか、隊長は凛とした眼差しのまま、真っ直ぐに告げる。

「他の部隊にも協力してもらったところ、教団と関係を持っているであろう人物の一覧を洗い出すことができたんだ。そのなかに、少し興味深い人物がいたんだよ」
「なにか、『デュランダル』のほうでも心当たりがあるってことか?」
「いや、あいにくだが我々も初めて聞く名だ。ただ彼が加入している組織――“義賊連合”という名には、酷く心当たりがあったものでな」

 不敵に笑うアテナを前に、リオンは絶句してしまう。他の隊員らもリオンの狼狽っぷりに気付き、一斉に彼を見つめていた。

 思いがけず飛び出したその聞き覚えのある名に、リオンの瞳がわずかに揺れる。

「“義賊連合”――だと? なんで……解散したはずじゃあ?」
「そこから先は、我々にも分からない。無論、その人物が今回の一件に関わっているか、もな。だが少なくとも、突いてみる価値はありそうじゃあないか?」

 かつて、リオンの“師”・ヴァンが立ち上げた一大組織はその師の“処刑”によって解体されたはずだ。だというにもかかわらず、いまだにその組織がどこかに残留し暗躍し続けていたなど、リオンにとっても初耳の事実であった。

 ましてや、それが教団と関係性をもっているなど――リオンの眼差しに、鋭く、したたかな輝きが宿りつつあった。

 その光を感じてか、アテナもまた強い眼差しを彼に向ける。リオンは自ずと、真正面に座っている彼女に対し、真剣な面持ちで問いかけていった。

「そいつらは、今どこに? 場所のあてはあるのかい」
「いや、残念ながらなにも。なにせ、“義賊連合”なんて言葉自体、我々もつい最近聞き及んだばかりだからな。だからこそ、専門家である君に知恵を拝借したいんだよ」

 リオンは心のなかで「なるほど」と頷いてしまう。「デュランダル」の面々にとって、影で暗躍するその組織に切り込むための“きっかけ”が、リオンにかかっているということなのだ。

 妙な予感に、リオンの心がざわついていく。再び耳にしたその古き組織の名に、どうしようもなく鼓動が高鳴った。

 武者震いなのか、あるいは不安と恐怖からなのか。リオンは気がついた時には、机の下で強く拳を握りしめ、微かな震えを感じていた。

 誰しもがこの先に待つ“なにか”を予感し、戦慄する。そんななかで唯一、一同を率いる隊長のみは肩の力を抜き、堂々と、悠然とその場に座していた。

 アテナはようやく、手元のカップを手に取り茶に口をつける。その所作が実に優雅に見えたものの、彼女はいきなり目を丸くし、大声をあげてしまった。

「――あっつぅ!?」

 隊長の思いがけない一言に、全員が目を丸くする。見ればアテナはカップから口を離し、情けないほどに顔を歪めて舌を出していた。

 どうやら、よほど茶が熱かったらしい。辛そうに「ひー」と声を上げる彼女に、くすくすと笑いながらカンナが水を持ってくる。

 張り詰めかけた緊張の糸は、アテナの奔放な立ち振る舞いで再び緩んでしまう。困ったように笑う隊員たちの姿を前に、リオンは思わず深いため息をついてしまった。

 次なる一手への不安はたしかにある。だが一方で、目の前の彼ら――7番隊の面々が繰り広げる“いつもどおり”の姿が、心に宿る過度な緊張を解きほぐしていってくれた。

 “義賊連合”――記憶に刻まれたその名を前に、リオンの胸中には不安と安堵という矛盾した感情が渦巻いていた。
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