デュランダル・ハーツ

創也慎介

文字の大きさ
上 下
12 / 25

第11話 斬り裂き魔

しおりを挟む
 殺気立つ一同のなかで、真っ先に動いたのは巨大な体躯を持つ妹であった。ピーギィ=ブリュレは咆哮と共に一歩を踏み出し、拳を振り下ろしてくる。

 リオンら三人は各々の方向に跳びのき、直撃をかわす。標的をとらえ損なった大岩のような拳は、そのまま教会の床の板へと真っ直ぐ叩きつけられた。

 型も流儀もないピーギィの原始的な一撃は、轟音と共に床板を砕き割り、建物全体を激しく鳴動させた。リオンは吹き飛んできた瓦礫を咄嗟に避けたが、木板の破片がわずかに頬をかすり、朱を引いてしまう。

 ピーギィの豪快な一撃は凄まじい衝撃と共に建物全体を揺らし、粉塵がもうもうと周囲にたちこめた。周囲の景色が一気に霧がかったように霞んでしまい、すぐそばにいるはずのアテナやカンナ、他の悪漢たちの姿が見えなくなってしまう。

 そのまま転がるように退避したリオンだったが、顔を上げた時には既に数名のならず者たちが襲いかかってきていた。血走った目で得物を握る男たちを前に、リオンも躊躇することなく腰の短剣を引き抜く。

 二刀を逆手に構えるリオンの耳に、教会の奥からハーディ=ブリュレの下卑た笑い声が届いた。

「さあさあ、どうするよぉ、リオン君? ぼさっとしてると、あの世行きだぜぇ!」

 危機的状況を楽しむハーディの笑い声は、リオンにとってただ不快でならない。思わず握りしめた二刀に余計な力がこもってしまうが、周囲を取り囲む悪漢三人は容赦することなく武器を振り下ろしてくる。

 リオンはこちらに飛んでくる三つの刃を見据え、その軌道と速度を見切る。当たれば首が飛ぶ殺意の塊を前に、焦る自身の気持ちを鎮め、目を見開く。

 呑まれるな、動け――かつての師の教えを胸に、リオンは一歩を踏み出す。男たちが振り抜いた剣のその隙間へと肉体を送り込み、見事に回避してみせた。

 悪漢たちだけでなく、俯瞰して状況を見ていたハーディもリオンの体捌きに息を呑む。蚊帳の外でへらへらと笑っている小柄のリザードマンに、リオンは凶暴な眼差しと共に告げた。

「ご忠告どうも。なら遠慮なく、全力で叩き伏せさせてもらう!」

 再び前に出ながら、リオンは数度、刃を走らせた。縦横無尽に駆け巡る二つの短剣は、悪漢たちの手首を見事に切り裂き、その手から武器を放棄させる。

 男たちの悲鳴が上がるなか、リオンは刃を携えたまま素早く周囲の状況を確認する。相変わらず建物内には粉塵が立ち込めており、状況を把握するのが酷く困難だ。

 真っ白に染まる空間のそこかしこで、鉄と鉄がぶつかる鈍い音と、悪漢たちの怒号が響き渡る。恐らく、アテナとカンナもそれぞれの敵と交戦しているのだろう。

 なんとか合流せねば――必死に二人の居場所を探るリオンだったが、不意に目の前に現れた巨大な影に「あっ」と声をあげてしまった。

 気がついた時には、リオンのすぐ目の前にリザードマンの女性・ピーギィの巨体が迫っていた。不意に対面してしまったその“怪物”の姿に、リオンは完全に虚を突かれてしまう。

 身をすくませてしまうリオンの姿を見て、やはりピーギィは大きく口を歪め、笑い声を上げる。

「ほらほら、逃げなよぉ。色男さぁん!!」

 瞬間、躊躇することなく岩のような巨拳が振り下ろされる。一発、二発と叩きつけられるそれを、リオンは背後へと跳びのきながらかわしつづける。

 ピーギィの拳が振り抜かれるたび、その軌道上にあるあらゆる物が破壊されていった。椅子、テーブル、床、柱――彼女が暴れれば暴れるほどに、即席で作り上げられた酒場はみるみるうちに荒廃し、瓦礫まみれになっていく。

 また一撃、ピーギィの放った振り下ろしをリオンは後方宙返りで交わしてみせる。なんとか体勢を立て直し身構えたのだが、不意に背中に伝わってきた感触に、息を呑んでしまった。

 気がついた時には壁際まで追い詰められ、退路をたたれてしまっている。リオンの圧倒的不利を察したのか、ピーギィは「きゃはぁ!」と嬉しそうな声をあげ、大きく踏み込みながら殴り込んでくる。

 リオンの全身が総毛立つ。自身の肉体がバラバラに砕かれる絵図に冷や汗が湧き出るが、それでもなおリオンは湧き上がる恐怖を振り払い、前へと飛び出した。

 リオンは向かってくる巨大な拳を掻い潜り、ピーギィの股下目掛けて滑り込む。彼女の拳が壁に大穴を開けるのと、リオンがその真下を潜り抜けたのはほぼ同時であった。

 紙一重の回避術を披露しながら、なおもリオンは攻め手を緩めはしない。巨体の股の下を滑りながら、同時にその足首目掛けて二刀で鋭く切り込む。

 ギャリンという嫌な音と共に、振動が刃から手首へと伝わった。その異次元の感触に息を飲みながらも、リオンは素早く立ち上がり、再び構え直す。

 ピーギィの足首は斬り裂かれていない。鱗を持つリザードマンの肌がそれを阻んだのか、あるいは凄まじい量の筋肉が刃を弾いたのか、とにもかくにも小さな短刀では彼女の肉体に満足な傷一つ残すことはできない。

 戦慄するリオンを前に、ゆっくりとピーギィが振り返る。彼女が壁に開けた大穴のおかげで風が吹き込み、室内に立ち込めていた粉塵をわずかに振り払ってくれた。

 改めて対峙するその“怪物”の姿に、リオンの背筋を冷たい感覚がなでつける。だがそれでも、彼は両手に携えた二刀を水平に構え、前へと強く踏み込んだ。

 気圧されていては、何も始まらない――怖気る肉体に喝を入れ、リオンは歯を食いしばりながら床板を蹴る。

 しかし、飛び出したはずのリオンの肉体が、不意に急停止してしまった。なにかが彼の足首を引っ張り、その進行を妨害してしまう。

 予想だにしない事態に思わず視線を走らせるリオンだったが、己の足首に巻き付いた“それ”を見て、絶句してしまった。

 粉々になったはずの瓦礫が組み合わさり、まるで“腕”のようにリオンの足首を掴みとっている。その異様な光景に目を見開いてしまうリオンだったが、視界の端に見えた小さなリザードマンの姿に、すべてを悟る。

 離れた位置に立つハーディが手にした杖をこちらに向け、“術”を発動していた。彼は魔法の力によって無機物を操作し、再構築することでリオンの動きを妨害しているのだ。

 魔法を行使する兄・ハーディと、力によって対象を粉砕する妹・ピーギィ。二人の連携に、リオンはまんまと絡め取られてしまった。

 明確にうろたえてみせるリオンに、ハーディが高らかに笑う。

「もっと視野は広く持たなきゃあなんねぇよぉ。“あいつ”に教わらなかったのかぁ?」

 ハーディの高笑いが響くなか、妹・ピーギィは身動きが取れないリオン目掛けて、容赦することなく真上から拳を振り落とす。幾度となく足を引き抜こうともがくリオンだったが、魔力によって繋ぎ合わされたそれは、容易には外すことができない。

 巨岩のような拳が真上から落ちてくる。迎撃しようと刃を持ち上げたが、迫ってくる凄まじい圧力になす術がない。

 リオンは腕を振り上げ、両腕で防御を固めて目を閉じてしまう。全身をこわばらせ来るであろう衝撃と痛みに耐えるべく、歯を食いしばった。

 どぅんーーと大気が揺れる。リオンの頭のすぐ上で大気が鳴動したが、その肉体に衝撃はまるで伝わってこない。

 不可解な状況に、リオンは恐る恐る目を開いた。そして、すぐそばでなびく“金色”の髪の美しさに、声をあげそうになってしまう。

 リオンだけではない。凶悪犯であるハーディとピーギィ。近くで飛びかかる隙をうかがっていた悪漢までも、“彼女”の登場に目を丸くしている。

 振り下ろされたピーギィの拳を盾で受け止めながら、『デュランダル』守護隊を率いる女隊長が笑う。

「凄まじい一撃だったなぁ。これほどの恵まれた肉体、悪党にしておくにはもったいない」

 すぐ真横で笑うアテナのその表情を、リオンは絶句したまま見つめるほかなかった。なんと彼女はピーギィの一撃を片腕で受け止め、余裕綽々の笑みを浮かべている。

 その想定外の状況に、誰よりも混乱していたのは巨漢・ピーギィだった。彼女は腕に幾度となく力を込め、体重を乗せることでアテナを押し潰そうとあがく。

 しかし、まるで効果などない。リザードマンが怪力を行使しようとも、アテナはびくともすることなく、背筋を伸ばして立っている。

 ピーギィの喉元から「ぬぐうう」という憤怒の声が漏れるが、やはりアテナはまるで臆することなどなく、凛とした眼差しを目の前の怪物に向けた。

「しかし、何事も力押しというのは良くないな。ましてや、“暴力”で誰かを屈服させるなど――言語道断!」

 ピーギィが押し込んだそのタイミングに合わせるように、ついにアテナが動く。彼女は強い踏み込みと共に盾に力を込め、リザードマンの拳を押し返した。

 瞬間、大気が再び鳴動する。ピーギィの拳はアテナの盾によって弾き飛ばされ、反動で巨体そのものが後方に跳ね飛ばされた。

 はじめて、巨大なリザードマンの喉元から悲鳴が上がった。ピーギィが尻餅をついただけで床板が砕け散り、建物全体が激しく揺れる。

 リオンを含め、誰しもが言葉を失ってしまった。そんななか、アテナは剣を微かに持ち上げ、隣に立つリオンに「伏せていろ」と不敵に告げる。

 理由はまるで分からない。だがそれでも、リオンは素早く身を屈め、彼女が仕掛けようとする“なにか”に備える。

 リオンがしゃがんだ瞬間、アテナは迷うことなく動く。大きく一歩を踏み込み、右手に構えた直剣を真横へと薙ぎ払ってみせた。

 彼女の放った薙ぎ払いが、突風を生んだ。一閃によって放たれた“剣圧”がすぐ近くにいた悪漢たちを薙ぎ倒し、残っていた粉塵を完全に払拭してしまう。

 圧倒的な彼女の剣技に、やはりリオンとハーディは口を開けたまま驚くことしかできない。アテナは迷うことなくリオンの足首に絡みついていた瓦礫を剣先で砕きわり、手を貸して立ち上がらせてくれた。

「大丈夫だったか? といっても、君の実力ならば、あの程度の相手に遅れをとることもないか」
「あ、いや……こっちは、なんとか。それよりあんたらこそ、大丈夫――」

 リオンは肩の力を抜いたまま、粉塵の消え去った部屋に視線を走らせる。何気なく見つめた教会のその光景に、再び息を呑んでしまった。

 教会――もとい野外酒場の至る所で、悪漢たちが倒れている。皆、気を絶しているようで、倒れたままぴくりとも動かない。彼らが手にしていた武器はそのことごとくが破壊され、ガラクタとなって床に転がっている。

 数十はいたはずのならず者たちは、瞬く間に戦闘不能となり、力無く横たわっていた。つい先程までとは形勢が逆転してしまっていることに、リオンはようやく気づき、またもや口をあんぐりと開けるほかない。

「こ、これ……あんたがやったのか?」
「ん? ああ、彼らのことか。大半はそうだな。といっても、皆、どうにも脆い者ばかりで少し拍子抜けだったよ。もう少し、武術の類を真面目に学んだほうが良いんではないだろうかな」

 アテナは無邪気に笑っているが、あいにくリオンは笑みなど浮かべることはできない。あいも変わらず化け物じみたアテナの実力に、緊張の糸が一気に緩んでしまった。

 しかし、離れた位置から響いた凶悪犯のこえが、リオンの意識を引き戻す。

「おい――おい、おい、おいおいおいおいおい!! なにやってる、なにしてんだぁ、おおおおい!」

 リオンとアテナが振り向くと、壁際に立っていたハーディがぴょんぴょんと飛び上がり、歯を食いしばって地団駄を踏んでいた。彼は歯を食いしばり、涎まで撒き散らしながら怒りを露わにしている。

「ふっざけんじゃあねえぜ! なんだよこれ、なにしてくれてんだよぉ! やりたい放題しやがって、調子に乗ってるんじゃあねえぜえ!」

 リオンらが身構えるなか、ハーディは素早く杖を振り抜いた。彼の放った魔力はリオンら二人ではなく、そのすぐそばで昏倒していた妹・ピーギィへと働きかける。

 仰向けに倒れていたピーギィの巨体に、次々に瓦礫が群がっていく。先程、リオンの足首を絡め取ったそれと同様に、ハーディは魔力で無機物を操作し、妹の巨体に集結させていく。

 予想外の事態にリオンとアテナはすぐそばで倒れているピーギィを見つめてしまった。そんななか、気絶していたピーギィもようやく目を覚まし、自身の肉体の変化に気づく。

 魔力を杖に集中させながら、ハーディは憎悪に染まった雄叫びを響かせた。

「起きろぉ、ピーギィ! こっからは全力だぁ! どいつもこいつも、跡形もなく消し飛ばしてやれぇ!!」

 兄の一喝で、妹は床から跳ね起きる。再び立ち上がった彼女のその異様な姿に、リオンとアテナは息を呑んでしまった。

 ピーギィの巨体の表面に、ハーディが魔法で構築した瓦礫の“装甲”が張り付いている。刺々しく、そして堅牢なそれは足跡で作り上げた“甲冑”といったところだろう。腕の先には岩や金属を合成して作り上げた巨大な刃が形成されている。

 無骨で、それでいて実に率直なその形は、彼らが持つ“暴力性”を具現化したかのようであった。

 兄から授かった足跡の凶器を纏い、ピーギィは凄まじい咆哮と共に動く。

 リオンは向かってくる怪物に、再び二刀を持ち上げ構えた。しかし、なぜか隣に立つアテナは「ほお」と感心の声を上げるのみで、剣と盾を持ち上げようとしない。

 その間の抜けた態度に、思わずリオンは声を上げてしまった。

「おい、なにしてる!? 来るぞ!!」

 リオンの声を掻き消すように風切り音を立てながらピーギィの右腕が振り下ろされる。先端に形成された瓦礫の刃が、目の前に立つ二人の首をまとめて切断しようと襲いかかった。

 避けるべきか、受け止めるべきか――刹那で思考を巡らせるリオンだったが、やはり不意に飛び込んできた目の前の光景に、蓄えていたはずの力が散ってしまう。

 リオンに続き、俯瞰で見ていたハーディが。そして最後に、腕を振り抜いた張本人であるピーギィが事態に気付く。

 鎧を纏った妹と、術を行使する兄は、期せずして同じ一言を放ってしまった。

「――はぁ?」

 振り下ろされたはずのピーギィの刃が、空中で切断されている。湾曲した刃が制御を失い、クルクルと宙を舞っていた。

 刃は地面に落ちるとバラバラに砕け散り、元の瓦礫へと戻ってしまう。その予想だにしない事態にリオンらが呆気に取られるなか、おっとりとした“女性”の声が響く。

 アテナのそれよりも柔らかく、そして独特の“訛り”を持つ、“彼女”の声が。

「あらあらぁ、そうどすかぁ。そないな風になるんどすなぁ」

 予想だにしなかった波長に、誰しもが一点を見つめてしまう。気がついた時には、いつの間にかピーギィのすぐ脇に着物を纏った“狐”の獣人が立っていた。

 目を丸くするピーギィの至近距離で、目を細めながらカンナが笑っている。彼女の隻腕には得物である“刀”が握られており、腕の動きに合わせてゆらゆらと切先が揺れていた。

 すぐそばに立つ彼女に、ピーギィは冷や汗を垂らしてしまう。自分よりも遥かに小さな女性だというのに、獣人から伝わってくる言い知れない“気迫”が、全身の細胞を震わせた。

「な、なんだお前ぇ……一体、なにしたんだ?」
「おもろいどすなぁ、それぇ。色々なものが組み合わさって、“ぱずる”みたいどす。その分、斬ったらさぞ、おもろい形になりそうどすなぁ――ね?」

 にっこりと笑った彼女の体から、冷たく、鋭い“なにか”が放たれ、ほとばしる。その異様な感覚はリオンの肉体までも貫き、呼吸を止めさせてしまった。

 気がついた時には、ピーギィはもう一方の腕を目の前のカンナに振り下ろしていた。絶叫を上げながら、肉体に絡みついてくるおぞましい気配を振り払い、巨体が襲いかかる。

 放たれた巨体の一撃を、カンナは真横に飛び退くことでひらりと優雅にかわしてみせた。すれ違いざま、彼女は手にした刀を振り抜き、ピーギィの腕を切り込む。

 瞬間、リザードマンの丸太のような腕が、真ん中で切断された。装甲として纏った瓦礫はもちろん、その中心にあるピーギィの腕もまとめて、すっぱりと。

 誰も彼もが、目の前で起こっている事態を理解しきれなかった。だがそんななかで、なおも嬉しそうにカンナは笑い、動く。

「あんた、大きい体してるねぇ。そやさかい“斬る”とこもぎょうさんあって、ほんまにうらやましおす」

 ピーギィが振り向こうとしたその一瞬で、すべてが終わった。カンナはそのまま刃を加速させ、目の前の巨体目掛けて幾度となく切り込む。

 巨大なリザードマンの腕と足が、あらゆる角度にめった斬りされた。手足を失ってしまった巨体は制御を失い、なすすべなく地面に倒れ込む。

 ピーギィの喉元から、悲鳴は上がらなかった。彼女は両手足の先からおびただしい量の鮮血を撒き散らし、壮絶な痛みから失神してしまったのだ。

 そんな地獄絵図を作り上げながら、なおもカンナは笑っていた。自身が切断したピーギィの肉体を間近で眺め、なぜかうっとりとした表情を浮かべている。

 その異様な光景にリオンまでも言葉を失い、完全に戦意喪失してしまう。離れた位置で一部始終を見ていたハーディも、妹のその無惨な姿を目の当たりにし、わなわなと震えるしかない。

 ただ一人、カンナのその猛攻を、アテナだけが変わらぬ表情で見つめていた。

「ああいう奴なんだよ、カンナは。彼女、何かを見ると、とにかくそれを“斬ってみたくなる”、そういう癖の持ち主なんだ」

 リオンが目を丸くし、アテナを見つめる。汗だくのリオンに対し、女騎士は苦笑を浮かべ、答えてくれる。

「元々、各地の戦場で暴れ回っていた“問題児”でな。誰かに加担するだとか、倒したい相手がいるからとか、そういうんじゃあない。彼女はただ、“斬ってみたいから”という理由で、常に戦場にいたんだよ」
「そ、そんなやばい奴だったのか、彼女!?」
「だから、私が何度も直接対決して、うちに引き込んだんだよ。そうすれば、あの凄まじい剣技だって世のために使うことができるだろう?」

 あっけらかんと笑うアテナだが、やはりリオンは笑み一つ浮かべることができず、再度、離れた位置に立つカンナを見つめてしまう。彼女は刀を手にしたままゆらりとその体の向きを変えていた。

 女侍のその目が、次の獲物を捉える。彼女は壁際で杖を手に呆けているハーディを見つめ、変わらぬ波長で笑った。

 一瞬、ハーディは杖を構え直そうとした。だが、カンナの笑顔のその奥から放たれる冷たい感覚が、小さなリザードマンの肉体を包みこみ、縛り付ける。

 リオンは確かに、カンナの手にした刀のその刃が、無色透明の大気を割り、粉塵を明確に分断するのをその目で見てしまう。

「そちらのお方はえらい小柄どすなぁ。そやけど安心しとぉくれやす。こもう、なんべんも斬ったら、きっと色々な形になるさかいな」

 ぞぞぞと、ハーディの背筋を冷たいものが撫でる。気がついた時には彼は杖を手放し、絶叫を上げてしまっていた。

 戦意喪失した凶悪犯を前に、リオンもただただ言葉を失うしかない。各地で悪名を轟かせていた凶悪犯の兄妹は、たった二人の『デュランダル』の隊員たちによって、なすすべなく制圧されてしまう。

 リオンは両手のナイフを下ろしながら、ただただ唖然とし、カンナの横顔を見つめる。

 目を細めて笑う獣人のその姿に、これまで見たこともない“人ならざる者”の気配を、確かに感じ取ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...