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第9話 廃棄地区
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通りに備え付けられた鉄門は錆びてしまっており、今日も相変わらず開け放たれていた。その“境界”を一歩踏み越えるだけで、すすけた空気が明らかに質を変える。肌を刺すぴりついた感覚は実に久々で、リオンは思わず通りを眺めながらため息をついてしまった。
思えばもう随分とこのエリアには足を踏み入れていない。かつてはリオンもごろつきの一人として、度々この“危険地帯”に出入りし、ときには危ない橋を渡ることもあった。
城塞都市・ハルムートの南方、廃墟が立ち並ぶその一角にリオンは数年ぶりに足を運んでいた。打ち捨てられた建物が並んでいるが、その所々に居場所を失った貧民や流れ者たちが集まり、居座っている。
“廃棄地区”――ハルムートでまっとうに暮らす者は一生立ち寄らないその領域に、リオンはゆっくりと分け入っていく。
だが、そんなリオンの張り詰めた意識を、不意に右隣を歩く一人の快活な声が緩めてしまう。
「ほぉ、これが噂の“廃棄地区”というやつなのだな。私もこうして訪れるのは、初めてだよ!」
声を荒げる彼女に、リオンは慌てて振り向く。リオン同様、薄汚いボロを被って変装しているアテナは、それでも目を爛々と輝かせ、周囲の荒廃とした風景を眺めていた。
リオンが「静かに」と制する前に、今度は左隣に立つ背の高いボロが柔らかなトーンで笑う。
「噂には聞いとったけど、ほんまにあったんやな。なんかえらい殺風景なとこやねぇ」
リオンは慌てて左の彼女――カンナへと振り向く。大声で会話する二人を前に、思わず彼は一旦足を止めてしまった。
「おい、頼むから静かにしてくれよ! あらかじめ言ったように、ここはやばい奴らの巣窟なんだ。余所者だってばれた途端、なにされるか分かったもんじゃねえんだぞ?」
小声ですごむリオンだったが、あいにくアテナとカンナは特にたじろぐこともなく、至ってマイペースに返してくる。
「ああ、もちろん重々承知の上だ! だからこそこうして、普段とは違う変装までしてやってきたんだからな」
「えらい動きづろおてかなわへん。早うどっかで脱いでまいたいわ」
真剣なトーンで語るリオンに対し、アテナとカンナは肩の力を抜き、緊張の色など微塵も見せずに応対している。リオンは周囲の目を気にしながら、慎重に歩みを進めていった。
「頼むぜ……ピクニックや観光に来たんじゃあないんだからさ」
「分かっているとも。目的はあくまで、“富豪殺し”の情報収集――それくらい、しっかりと覚えているさ」
その割には声のトーンを落とそうとしないアテナに、リオンは辟易してしまう。喋っていると自然とボロが出そうなので、おとなしく目的地を目指して進み続けることにした。
いわば“アウトロー”のたまり場として有名な廃棄地区だが、こんな無法地帯にやってくることを提案したのは、他ならぬリオンだった。
『デュランダル』の本部に拘束されたリオンは、アテナら7番隊の面々と各所で起こる“富豪殺し”について協議を重ねた結果、まずはなにか目ぼしい手掛かりがないか、“裏”の世界の住人たちを突いてみるのが得策だと考えたのだ。
リオンがそうであるように、影の世界を生きる住人たちはこの城塞都市・ハルムートのなかで、肩身の狭い思いをしながら生活している。まっとうな道を歩む市民とは違い、彼らは皆、ときには素性を隠しながら、世間の目に触れないよう立ち振る舞っているのだ。
そういった意味で、この廃棄地区は違法者たちにはうってつけの場所なのである。流れ者が住み着く場所として兼ねてから問題にはなっていたが、一方で管理者たちからしても“厄介”な代物として認定されたこのエリアは、知らず知らずのうちに誰の目も行き届かない大都市の影と化してしまっていた。
表に行きかう情報ならば、とっくの昔に『デュランダル』が調べてしまっている。ならば、裏の世界に流れるなにかにこそ、今回の“富豪殺し”という奇怪な事件を解明する鍵があるのでは、と考えたのだ。
通りを進むなかで一同は、明らかに瓦礫や廃墟の影からこちらを見つめている“誰か”の視線を感じてしまう。一つや二つではない。無数の敵意を孕んだ視線が通りを進む三つのボロを眺め、遠くから値踏みしているようである。
その懐かしい感覚に苦笑しつつ、リオンは路地の中へと分け入っていく。複雑な細道をいくつも曲がると、お目当ての場所へとたどり着いた。
崩れた階段の影に、一人の男があぐらをかいて座っている。彼は黒い布を張り合わせることで簡易的な“屋台”を作り上げ、その奥に鎮座していた。
リオンをはじめ、左右に立つアテナとカンナも、“露店”に並んだ品々を素早く眺めてしまう。所狭しと並べられたそれらは実に奇妙な代物で、手に取るのを躊躇させるようなものばかりだ。
大小様々な瓶のなかには、不可解な液体や無数の虫、ひとりでに動き形を変える黒い砂などが入れられている。
布にくるまれた本が数冊置かれていたが、背表紙の文字はなんとも奇妙な記号の羅列で、ハルムートで使われている公用語のそれとはまるで異なっていた。
露店の屋根からも動物の骨や光る石が縄で吊るされており、カンテラに入れられた蝶々が紫に燃える羽をはためかせ、淡い光をばらまいている。
奇々怪々なる品々に囲まれた店主は、目深にかぶった黒いフードの奥から、三人の姿を静かに見つめていた。リオンの反応を待たず、彼の口からかすれた声が漏れる。
「随分と珍しい客もあったぁもんだ。誰かと思えばぁ、巷を賑わせている“義賊”さんじゃあないか」
男はずいと顔を前に迫り出してくる。フードがずれ、彼の少し飛び出た大きな目があらわになった。
左右に立つ二人を制し、リオンが真っ向から店主と対峙する。
「久しぶりだな、トモジ。商売の方は順調かい?」
「あぁ、そういうまどろっこしい探り合いはナシだぁぜ。お前、一体全体、何の用でぇこんな所に戻ってきたぁ?」
予想外の形で切り返されてしまい、リオンは一瞬たじろぐ。しかし、すぐに調子を取り戻し、慎重に探りを入れていった。
「相変わらず、鋭いな。ちょっと今、厄介事に巻き込まれちまってるんだよ。俺の行く先々で、“富豪”たちが殺されちまってる。その犯人を突き止めたくって、情報を集めているところなんだ」
リオンは小細工を捨て、真っ向から店主の男・トモジに斬り込んでいく。アテナとカンナはボロの奥から、二人のやり取りをじっと見守っていた。
トモジは「あぁ~」と間延びした声を上げ、懐から大きめのパイプを取り出し、ふかしてみせる。彼の口から、何とも奇妙な紫の煙が立ち上っていた。
「聞いてるぜ、聞いてるぜぇ。てっきり、お前さんがぶっ殺しちまったんだぁと、思ってたんだがなぁ」
「冗談。俺は盗むだけさ。命を盗ることまではしないよ」
「あぁ、あぁ、そうだった、そうだったぁ。それがあいつの――ヴァンの教えだもんなぁ」
トモジがけらけらと細い体を揺らして笑うが、その一言でリオンの表情に険しさが宿る。アテナがそのわずかな変化に気付きはしたものの、リオンは何とか立て直し、話を進めた。
ヴァンという名が想起させる思い出をいったんは押し殺し、リオンは冷静になるよう努める。
「ただとは言わないさ。なにか情報をくれれば、それなりのものを出すよ。“富豪殺し”の犯人について、耳寄りな情報でもないか?」
リオンとてこのトモジという商人はいけ好かない人物ではあったが、一方で彼の本性――“情報屋”としての腕前は昔からよく知っている。なにか厄介事があれば、必ず彼の元に情報は集まるのだ。
リオンの言葉を受け、しばしトモジはパイプをぷかぷかとくゆらせていた。だが、思いの外あっさりと、彼はリオンに“情報”を手渡してくれる。
「水臭い水臭い。俺とお前の仲だぁ。その程度、いくらでも教えてやるよぉ。つい数日前、ここから東に行ったところにある酒場――あの、教会の跡地を利用したところだよ――そこに、妙な連中が出入りしてたぜ」
「妙な連中? それは一体――」
「なんでも噂によりゃあ、悪名高き『ブリュレ兄妹』だとか。やつら、手下を引き連れて、あの酒場の周辺を根城にしてるみてぇだ」
リオンはもちろん、情報屋の口から飛び出したその名に、アテナとカンナも息をのんでしまう。
これは、大当たりかもな――リオンは「なるほど」とため息をつき、苦笑いを浮かべた。
「随分と厄介者を招き入れたもんだなぁ。奴ら、今日もその酒場に?」
「ああ、ああ。いつも通り、昼間から酒飲んで騒いでるんじゃあねえかなぁ」
「そうか。ならまぁ、奴らに直接聞いてみるのが早いな」
リオンは視線を左右に走らせ、黙っている二人に合図を送る。次の目的地が決まったところで、リオンはさらに少しだけ目の前の“情報屋”へと斬り込んだ。
「ありがとうな、トモジ。しかし、本当に代金は良いのか? 守銭奴のお前にしちゃあ、珍しい行いじゃないか」
「へへへへ、俺も色々とあってなぁ。金は大事だけど、それ以上に俺を頼ってくれるやつらとの“縁”ってのを大事にするようになったぁのよ。お前さんとはそれこそ、ヴァンがいた時代からの付き合いだもんなぁ」
けらけらと笑う情報屋・トモジの姿を、リオンはしばし見つめていた。記憶の中のそれとは異なる情報屋の態度はもちろん、久々に聞いた“彼”の名に自然と全身が強張ってしまう。
だがやがて、リオンたちは商人に別れを告げ、元来た道を歩き始める。足早に去りながらも、リオンは小声でアテナたちに問いかけた。
「さっきの話、聞いてただろう? どうも厄介なやつらがこの近くに入り込んでるらしい」
「ああ。『ブリュレ兄妹』といったな。私の記憶が確かならば、隣国で指名手配されていた凶悪殺人犯たちだろう? 確か山賊あがりの兄妹で、国内の集落や村を襲っては強奪を繰り返してきた、かなりの悪党だと聞いているぞ」
リオンは「話が早いな」と苦笑してしまう。足早に歩いていくカンナも、柔らかな口調で件の兄妹について分析していった。
「そないな悪い人たちがやってきて、いろんなところでお金持ちが殺されてる。偶然にしてはできすぎてるなぁ」
「ブリュレ兄妹といやあ、“強欲”の権化みたいな存在だ。あいつらなら、富豪の一人や二人、躊躇することなく殺してみせるだろうさ」
想像しただけでも、三人の肌をぴりぴりとした緊張が走り、刺激した。これから向かう先に待っているであろう凶悪犯たちを思い浮かべるだけで、自然と肉体が臨戦態勢を取ろうとしてしまう。
しかし、一方でその兄妹の存在感が、今回の一件――“富豪殺し”との関連性を強烈に予感させてしまうのも事実だ。真相を確かめるためには、どちらにせよ都市に紛れ込んだ“厄介者”に会う他ないのだろう。
足早に路地を後にする三人のその背中を、情報屋・トモジは相も変わらず薄暗い露店の奥から見つめていた。彼はパイプをぷかぷかとあおり、しばらくして懐から小さな“石”を取り出す。
特殊な“魔法”が仕込まれたそれを、彼は親指で何度か操作し、またすぐにしまってしまう。再び彼が顔を持ち上げた時には、リオンたちの影は消え去ってしまっていた。
ご武運を――いなくなってしまった彼らに、トモジは一人ひきつった笑みを浮かべ、またパイプをくゆらせる。
紫の煙をたっぷりと吐き出しながら、彼は再会した“縁”の行く末を想像し、脱力したため息を漏らした。
思えばもう随分とこのエリアには足を踏み入れていない。かつてはリオンもごろつきの一人として、度々この“危険地帯”に出入りし、ときには危ない橋を渡ることもあった。
城塞都市・ハルムートの南方、廃墟が立ち並ぶその一角にリオンは数年ぶりに足を運んでいた。打ち捨てられた建物が並んでいるが、その所々に居場所を失った貧民や流れ者たちが集まり、居座っている。
“廃棄地区”――ハルムートでまっとうに暮らす者は一生立ち寄らないその領域に、リオンはゆっくりと分け入っていく。
だが、そんなリオンの張り詰めた意識を、不意に右隣を歩く一人の快活な声が緩めてしまう。
「ほぉ、これが噂の“廃棄地区”というやつなのだな。私もこうして訪れるのは、初めてだよ!」
声を荒げる彼女に、リオンは慌てて振り向く。リオン同様、薄汚いボロを被って変装しているアテナは、それでも目を爛々と輝かせ、周囲の荒廃とした風景を眺めていた。
リオンが「静かに」と制する前に、今度は左隣に立つ背の高いボロが柔らかなトーンで笑う。
「噂には聞いとったけど、ほんまにあったんやな。なんかえらい殺風景なとこやねぇ」
リオンは慌てて左の彼女――カンナへと振り向く。大声で会話する二人を前に、思わず彼は一旦足を止めてしまった。
「おい、頼むから静かにしてくれよ! あらかじめ言ったように、ここはやばい奴らの巣窟なんだ。余所者だってばれた途端、なにされるか分かったもんじゃねえんだぞ?」
小声ですごむリオンだったが、あいにくアテナとカンナは特にたじろぐこともなく、至ってマイペースに返してくる。
「ああ、もちろん重々承知の上だ! だからこそこうして、普段とは違う変装までしてやってきたんだからな」
「えらい動きづろおてかなわへん。早うどっかで脱いでまいたいわ」
真剣なトーンで語るリオンに対し、アテナとカンナは肩の力を抜き、緊張の色など微塵も見せずに応対している。リオンは周囲の目を気にしながら、慎重に歩みを進めていった。
「頼むぜ……ピクニックや観光に来たんじゃあないんだからさ」
「分かっているとも。目的はあくまで、“富豪殺し”の情報収集――それくらい、しっかりと覚えているさ」
その割には声のトーンを落とそうとしないアテナに、リオンは辟易してしまう。喋っていると自然とボロが出そうなので、おとなしく目的地を目指して進み続けることにした。
いわば“アウトロー”のたまり場として有名な廃棄地区だが、こんな無法地帯にやってくることを提案したのは、他ならぬリオンだった。
『デュランダル』の本部に拘束されたリオンは、アテナら7番隊の面々と各所で起こる“富豪殺し”について協議を重ねた結果、まずはなにか目ぼしい手掛かりがないか、“裏”の世界の住人たちを突いてみるのが得策だと考えたのだ。
リオンがそうであるように、影の世界を生きる住人たちはこの城塞都市・ハルムートのなかで、肩身の狭い思いをしながら生活している。まっとうな道を歩む市民とは違い、彼らは皆、ときには素性を隠しながら、世間の目に触れないよう立ち振る舞っているのだ。
そういった意味で、この廃棄地区は違法者たちにはうってつけの場所なのである。流れ者が住み着く場所として兼ねてから問題にはなっていたが、一方で管理者たちからしても“厄介”な代物として認定されたこのエリアは、知らず知らずのうちに誰の目も行き届かない大都市の影と化してしまっていた。
表に行きかう情報ならば、とっくの昔に『デュランダル』が調べてしまっている。ならば、裏の世界に流れるなにかにこそ、今回の“富豪殺し”という奇怪な事件を解明する鍵があるのでは、と考えたのだ。
通りを進むなかで一同は、明らかに瓦礫や廃墟の影からこちらを見つめている“誰か”の視線を感じてしまう。一つや二つではない。無数の敵意を孕んだ視線が通りを進む三つのボロを眺め、遠くから値踏みしているようである。
その懐かしい感覚に苦笑しつつ、リオンは路地の中へと分け入っていく。複雑な細道をいくつも曲がると、お目当ての場所へとたどり着いた。
崩れた階段の影に、一人の男があぐらをかいて座っている。彼は黒い布を張り合わせることで簡易的な“屋台”を作り上げ、その奥に鎮座していた。
リオンをはじめ、左右に立つアテナとカンナも、“露店”に並んだ品々を素早く眺めてしまう。所狭しと並べられたそれらは実に奇妙な代物で、手に取るのを躊躇させるようなものばかりだ。
大小様々な瓶のなかには、不可解な液体や無数の虫、ひとりでに動き形を変える黒い砂などが入れられている。
布にくるまれた本が数冊置かれていたが、背表紙の文字はなんとも奇妙な記号の羅列で、ハルムートで使われている公用語のそれとはまるで異なっていた。
露店の屋根からも動物の骨や光る石が縄で吊るされており、カンテラに入れられた蝶々が紫に燃える羽をはためかせ、淡い光をばらまいている。
奇々怪々なる品々に囲まれた店主は、目深にかぶった黒いフードの奥から、三人の姿を静かに見つめていた。リオンの反応を待たず、彼の口からかすれた声が漏れる。
「随分と珍しい客もあったぁもんだ。誰かと思えばぁ、巷を賑わせている“義賊”さんじゃあないか」
男はずいと顔を前に迫り出してくる。フードがずれ、彼の少し飛び出た大きな目があらわになった。
左右に立つ二人を制し、リオンが真っ向から店主と対峙する。
「久しぶりだな、トモジ。商売の方は順調かい?」
「あぁ、そういうまどろっこしい探り合いはナシだぁぜ。お前、一体全体、何の用でぇこんな所に戻ってきたぁ?」
予想外の形で切り返されてしまい、リオンは一瞬たじろぐ。しかし、すぐに調子を取り戻し、慎重に探りを入れていった。
「相変わらず、鋭いな。ちょっと今、厄介事に巻き込まれちまってるんだよ。俺の行く先々で、“富豪”たちが殺されちまってる。その犯人を突き止めたくって、情報を集めているところなんだ」
リオンは小細工を捨て、真っ向から店主の男・トモジに斬り込んでいく。アテナとカンナはボロの奥から、二人のやり取りをじっと見守っていた。
トモジは「あぁ~」と間延びした声を上げ、懐から大きめのパイプを取り出し、ふかしてみせる。彼の口から、何とも奇妙な紫の煙が立ち上っていた。
「聞いてるぜ、聞いてるぜぇ。てっきり、お前さんがぶっ殺しちまったんだぁと、思ってたんだがなぁ」
「冗談。俺は盗むだけさ。命を盗ることまではしないよ」
「あぁ、あぁ、そうだった、そうだったぁ。それがあいつの――ヴァンの教えだもんなぁ」
トモジがけらけらと細い体を揺らして笑うが、その一言でリオンの表情に険しさが宿る。アテナがそのわずかな変化に気付きはしたものの、リオンは何とか立て直し、話を進めた。
ヴァンという名が想起させる思い出をいったんは押し殺し、リオンは冷静になるよう努める。
「ただとは言わないさ。なにか情報をくれれば、それなりのものを出すよ。“富豪殺し”の犯人について、耳寄りな情報でもないか?」
リオンとてこのトモジという商人はいけ好かない人物ではあったが、一方で彼の本性――“情報屋”としての腕前は昔からよく知っている。なにか厄介事があれば、必ず彼の元に情報は集まるのだ。
リオンの言葉を受け、しばしトモジはパイプをぷかぷかとくゆらせていた。だが、思いの外あっさりと、彼はリオンに“情報”を手渡してくれる。
「水臭い水臭い。俺とお前の仲だぁ。その程度、いくらでも教えてやるよぉ。つい数日前、ここから東に行ったところにある酒場――あの、教会の跡地を利用したところだよ――そこに、妙な連中が出入りしてたぜ」
「妙な連中? それは一体――」
「なんでも噂によりゃあ、悪名高き『ブリュレ兄妹』だとか。やつら、手下を引き連れて、あの酒場の周辺を根城にしてるみてぇだ」
リオンはもちろん、情報屋の口から飛び出したその名に、アテナとカンナも息をのんでしまう。
これは、大当たりかもな――リオンは「なるほど」とため息をつき、苦笑いを浮かべた。
「随分と厄介者を招き入れたもんだなぁ。奴ら、今日もその酒場に?」
「ああ、ああ。いつも通り、昼間から酒飲んで騒いでるんじゃあねえかなぁ」
「そうか。ならまぁ、奴らに直接聞いてみるのが早いな」
リオンは視線を左右に走らせ、黙っている二人に合図を送る。次の目的地が決まったところで、リオンはさらに少しだけ目の前の“情報屋”へと斬り込んだ。
「ありがとうな、トモジ。しかし、本当に代金は良いのか? 守銭奴のお前にしちゃあ、珍しい行いじゃないか」
「へへへへ、俺も色々とあってなぁ。金は大事だけど、それ以上に俺を頼ってくれるやつらとの“縁”ってのを大事にするようになったぁのよ。お前さんとはそれこそ、ヴァンがいた時代からの付き合いだもんなぁ」
けらけらと笑う情報屋・トモジの姿を、リオンはしばし見つめていた。記憶の中のそれとは異なる情報屋の態度はもちろん、久々に聞いた“彼”の名に自然と全身が強張ってしまう。
だがやがて、リオンたちは商人に別れを告げ、元来た道を歩き始める。足早に去りながらも、リオンは小声でアテナたちに問いかけた。
「さっきの話、聞いてただろう? どうも厄介なやつらがこの近くに入り込んでるらしい」
「ああ。『ブリュレ兄妹』といったな。私の記憶が確かならば、隣国で指名手配されていた凶悪殺人犯たちだろう? 確か山賊あがりの兄妹で、国内の集落や村を襲っては強奪を繰り返してきた、かなりの悪党だと聞いているぞ」
リオンは「話が早いな」と苦笑してしまう。足早に歩いていくカンナも、柔らかな口調で件の兄妹について分析していった。
「そないな悪い人たちがやってきて、いろんなところでお金持ちが殺されてる。偶然にしてはできすぎてるなぁ」
「ブリュレ兄妹といやあ、“強欲”の権化みたいな存在だ。あいつらなら、富豪の一人や二人、躊躇することなく殺してみせるだろうさ」
想像しただけでも、三人の肌をぴりぴりとした緊張が走り、刺激した。これから向かう先に待っているであろう凶悪犯たちを思い浮かべるだけで、自然と肉体が臨戦態勢を取ろうとしてしまう。
しかし、一方でその兄妹の存在感が、今回の一件――“富豪殺し”との関連性を強烈に予感させてしまうのも事実だ。真相を確かめるためには、どちらにせよ都市に紛れ込んだ“厄介者”に会う他ないのだろう。
足早に路地を後にする三人のその背中を、情報屋・トモジは相も変わらず薄暗い露店の奥から見つめていた。彼はパイプをぷかぷかとあおり、しばらくして懐から小さな“石”を取り出す。
特殊な“魔法”が仕込まれたそれを、彼は親指で何度か操作し、またすぐにしまってしまう。再び彼が顔を持ち上げた時には、リオンたちの影は消え去ってしまっていた。
ご武運を――いなくなってしまった彼らに、トモジは一人ひきつった笑みを浮かべ、またパイプをくゆらせる。
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