デュランダル・ハーツ

創也慎介

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第2話 邂逅

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 深い赤に染まった絨毯の上を、鋼鉄の具足が容赦なく踏みつけていく。甲冑に身を包んだ男たちは隊列を組み移動しながらも、素早く情報を交換していった。

「東側への兵の配備は整っているか? 先程、部隊長から要請があったようだが」
「大丈夫だ、問題ない。すでに中隊が待機している。念のため、魔法兵も導入した状態らしい」
「なるほど。ならば、ひとまずは大丈夫そうだな」

 一人が安堵する一方で、すぐ隣を歩く兵はどこか言い澱んでしまう。

「しかし、わざわざこれだけの数を防備にあてる必要があるのか? 相手はたった一人のコソ泥なのだろう。この館の主とやらも、いささか小心者がすぎるように思うが」
「同感だな。まぁ、昼間に堂々と“犯行予告”なんざ送りつけられたもんだから、気が気じゃあないんだろうさ。なにせ、場合に寄っちゃあ今日限りで、富豪から貧民に落ちぶれる可能性すらあるんだろうからな」

 なんとも下世話な会話を繰り広げながら、兵たちは廊下を進んでいく。一方、彼らののん気な姿を、遥か上――天井に張り付いたままリオンは眺めていた。

(どいつもこいつも、ピクニックじゃあないんだからさ)

 警戒心すら抱かずに館を行き交う兵士を見ているだけで、リオンはマスクの下で口元を緩ませてしまった。

 なんとも緊張感のない彼らの姿にリオンはため息をつきながらも、あくまで警戒心だけは緩めない。彼はそのまま、迅速に行動に移った。

 どうやら昼間に送りつけた“予告状”は、きちんとこの館の主へと届いたらしい。結果的に今夜は凄まじい数の衛兵が招集され、館全体の警備が殊更厳重になってしまっている。

 一見すれば無益な行為に思えるが、リオンにとっては重要な“作法”の一つだ。なにせリオンはただのコソ泥としてではなく、大都市・ハルムートを揺るがす大泥棒として、広く己の名を知らしめたいのである。それは名声云々のためではなく、もっと大きな大義を心に宿しているゆえのことだった。

 “義賊”の存在が知れ渡れば、それは富豪と貧民、どちらにとっても大きな波紋となるだろう。違法な悪事に手を染めている富豪たちは皆、恐れおののき、一方で貧しき者たちにとってはそれが確かな“希望”となり得る。

 リオンからすれば、盗んだ物の価値などはどうでもよかった。重要なのは、この大都市であくどいことを行えば、それ相応の“報い”を受けることになる――そう、悪人たちの心に強く刻み込むことこそが、この活動の狙いだったのである。

 今回、狙いを定めた館もまた、とある大富豪が住む豪邸として有名な場所であった。広大な庭を持ち、何人もの召使いを抱えるとびきりの金持ちだと聞いているのだが、なんでも幼い子供を誘拐し売りさばいているという黒い噂もある人物だ。

 敷地は広大であったが、一方でその警備の甘さには肩の力が抜けてしまう。そもそも、かき集められたのは金によって雇われた者が大半で、衛兵としてのノウハウが不十分な輩も多い。先程の緊張感の欠けた姿を見ていても、それは明らかだろう。

 館の内部まで侵入するのは、リオンにとってそう難しいことではなかった。内部に入ってからは、この日のために用意した特殊な装具――両手にはめたグローブの力を活用し、天井や壁に張り付きながら、まるで“ヤモリ”のように自由自在に移動し、目的地を目指していく。

 一つ、また一つと警備の目を掻い潜り、欺きながら進んだ。重武装に身を包んだ衛兵たちはきっと、今夜、同じ空間に“義賊”がいたことすら気付かないのかもしれない。それほどまでに鮮やかに、悠々とリオンは広大な館の中心へと忍び込んでいく。

 慢心ではなく、確かな自信が彼の中にはあった。若きその身に宿した数々の盗みの技術は、これまでも徹底して己の気配を殺し、犯行現場に痕跡一つ残すことはなかったのだ。

 自身の腕前はもちろん、なによりもこの技の数々を授けてくれた“彼”を信じている。かつての“師”の教えがものの見事に効果を発揮するたび、リオンはどこか無性に胸の奥がむず痒くなってしまう。

 事実、今日もまた数々のセキュリティを突破するたびに、思ってしまうのだ。この程度、“師”ならば障害にすらならなかっただろう、と。

 音を殺し、気配を殺し、人々の意識の隙間を縫って走り続ける。暗闇の中ですら訓練した夜目を駆使し、周囲の空間を如実に把握しながら足を止めずに進んだ。

 丸く大きな屋根に上ると、遠くにようやく目的地が見えた。広大な庭を隔てた向こう側には、この館の主が眠っているであろう寝室が確認できる。庭園を見下ろしたいがゆえに壁一面をガラス細工の障壁にしたようだが、そのあまりにも奇抜な構造は完全な仇となってしまった。

 無論、庭園にもおびただしい量の衛兵が配置されていたが、もはやそれらに脅威など覚えない。リオンはすぐさま“滑空翼”を展開し、なんら躊躇することなく向こう側の屋根目掛けて飛翔する。

 風を全身で受け、大空に舞い上がるこの感覚が彼は好きだった。夜風の冷たさを存分に味わいながらぐんぐんと上昇し、やがて目的地の屋根の上に軽やかに降り立つ。

 翼をしまいながら確認したところ、なんとも不用心なことに大窓の一つが開いていた。本来ならば通り抜けられないような狭い隙間だったが、リオンは突入時に肩関節をわざと外すことで、難なくその隙間に肉体をねじ込んでしまう。

 拍子抜けするほどにあっさりと、リオンは館の中核である寝室へと潜り込んだ。部屋は真っ暗になっており、透明の壁から差し込む月光が室内をぼおっと淡く照らし出している。

 あらかじめ得ていた情報によれば、この館の主――貿易商・ザンビアは用心深い人間だが、それが行き過ぎたせいか極度の“人間不信”に陥っているらしい。そのため、自分以外の人間を信頼しきることができず、自分にとって真に大切なものは肌身離さず持ち歩かないと気が済まない“タチ”なんだとか。

 思えば、これほどまでに“盗賊”にとって都合の良いターゲットもいないだろう。金庫や格納庫ではなく、彼がいるであろう寝室にこそ、富豪にとって最も重要な“お宝”が眠っているということになってしまうのだ。

 リオンは息を殺したまま、足音を立てないように慎重に進んでいく。夜目を利かせながら、目ぼしい“宝”がないか、周囲をくまなく捜索していった。

 だが、一瞬足を止め、口元を覆っていたマスクを少しだけずらしてしまう。寝室に漂う妙な“匂い”に、思わず身動きを止めてしまった。

 上品な香のようなものかとも考えたが、それは明らかに鼻をつく“悪臭”であった。生暖かく、それでいてどこか嗅いだことのある不快な臭いが、寝室の奥から微かに漂ってくる。

 目の前には大きなカーテンが張られており、視界が遮られていた。おそらくこの奥には館の主・ザンビアが眠るベッドが置かれているのだろう。その方向から、明らかに“異臭”は立ち込めている。

 気が付いた時には、リオンは本能的に腰の一刀――愛用のナイフのうち、右側の一つを引き抜いていた。微かに響く鞘走りの甲高い音色を頼りに、意識を覚醒する。

(なにか妙だ……どこか――おかしいぞ)

 理屈ではなく、長年、様々な場所に“盗み”に入った彼だからこそ、直感でその異変に気付くことができた。

 一歩、また一歩と目の前のカーテンとの距離を詰める。肉体を前に押し込めば押し込むほどに、漂ってくる異臭も強さを増し、より鮮明に鼻奥の粘膜を刺激していく。

(間違いない。この臭いは――)

 リオンは恐る恐る、慎重にカーテンの端に手をかけた。音を立てないようゆっくりと、たっぷり時間をかけてそれを開いていく。

 予想通り、そこにあったのは大きなベッドだった。大人三人はやすやすと寝転がれそうなその上に、一人の男が横になっている。高級そうなガウンを身にまとった彼は、胸元を大きくはだけ、ベッドの上に仰向けに寝そべっていた。

 寝息は聞こえてこない。だがそれでいて、その肉体の周囲を“なにか”がべっとりと濡らし、あの悪臭を充満させている。

 夜目に慣れていたリオンだからこそ、暗闇の中にいながらして、目の前の光景を色鮮やかに知覚することができた。そしてこの時ばかりは、自身が身に着けたこの特殊能力をほんのわずかに呪ってしまう。

 ベッドの上にいるのは中年の男性だ。禿げあがった頭と風船のように膨らんだ頬、でっぷりと肥えた巨大な体は“いかにも”といった風体である。まるで今日まで彼が蓄え続けてきた欲望が、その肉体の内側に宿り、いびつに膨れ上がらせているかのようだ。

 そんな男の胸元には、深々とした傷跡が刻まれていた。切り裂かれた皮膚のその奥、えぐられた肉の谷間からおびただしい量の“鮮血”が流れ出し、一面を染め上げている。

 リオンはようやく、臭いの正体に気付いた。そして気付いたからこそ、その独特の“鉄臭さ”を前に全身をこわばらせてしまう。

 館の主・ザンビアが死んでいる。いや、彼は何者かによって――殺されていたのだ。

 盗みに入っておきながら、リオンは自身が置かれている状況にひどく混乱した。彼がここにたどり着く前に、何者かがザンビアへと近付き、その胸元を切り裂いて殺害していたのである。

(なんだ、これは。一体、何が起こって――!?)

 リオンは暗闇の中で息を殺し、必死に己を律した。ナイフを携え構えたままの肉体を、おびただしい量の汗が伝っていく。

 そのあまりにも予想外の光景に彼が唖然とするなか、突如、部屋の外から「ピリリリリ」という甲高い音が響いた。慌てて振り向くと、なぜか急に部屋の照明が灯され、視界を覆っていた闇が一気に晴れてしまう。

 完全に虚を突かれてしまったリオンの目の前で、部屋の大扉が音を立てて開いた。そこには無数の衛兵が立っており、こちらを見て驚きの声を上げている。

「――ッ!? 何者だ、貴様ッ!!」
「おい、見ろ。ザンビア様が!」
「貴様……なんてことを――!!」

 口々に怒号をまき散らす衛兵たちだったが、リオンは声一つ上げることなくたじろいでしまう。だが、ほんのわずかな時間で、自分が置かれてしまった状況が非常にまずいということだけは理解してしまった。

(おい、待てよ。違う、俺じゃあない!)

 衛兵たちは部屋の中の状況を素早く把握し、大いなる“勘違い”をしてしまっている。ナイフを構えたリオンと、その目の前で大量の血を流し息絶えている貿易商・ザンビア。その絵面から、なにが導き出されるかを想像するのは容易かった。

 まるでこれでは、リオンが“殺人犯”のようではないか。

 一瞬、自身は無関係だと強く否定したくなった。だが、正体がばれることを恐れ、リオンは容易に声を上げることができない。

 まごついている侵入者を前に、衛兵は「かかれぇ!!」の一言と共に、武器を手に一斉に飛び掛かってきた。

 密集した殺気が、瞬く間に室内へとなだれ込んでくる。これまであまりにも余裕の潜入で気が緩み切っていたが、ようやくリオンの心根にも火が灯った。

 彼はナイフを水平に構えたまま、素早く行動する。左手が腰の麻袋から数個の“球”を取り出し、躊躇することなく向かってくる衛兵たち目掛けて投げつけた。陶器の球は衛兵の鎧や盾にぶつかるやいなや、乾いた音と共に砕け、濁った粉塵を一面に撒き散らす。

 煙に包まれた兵士たちがうろたえ、そこら中から苦しい声が上がる。調合された粉末は粘膜に触れただけで激痛を走らせ、目や鼻、口の機能を麻痺させてしまった。

 特製の煙幕の中を、リオンは颯爽と駆け抜ける。衛兵たちとは違い、彼は堂々と煙を吸い込みながら集団をすり抜けてしまった。こんなこともあろうかと、あらかじめ煙幕の中和薬を内服しておいたのだ。

 彼は粉塵を突き抜け、そのまま廊下へと脱出する。相変わらず、次から次へと新たな衛兵が姿を現したが、あいにく、この場で集団と切り結ぶ気など毛頭ない。

 リオンは家具を足場に高らかと飛翔し、高い位置のガラス窓を投げナイフで破壊する。肉体の勢いをそのままに、彼は砕け散った窓枠から外へと脱出してしまった。

 兵士たちが「ああっ」と驚きの声をあげたが、まるで気にすることなくリオンは駆け抜けていく。夜風が熱った体を一気に冷やし、思考が徐々に冷静に研ぎ澄まされだしていた。

 館中で侵入者を知らせる警鐘が鳴っている。見つからないように物陰を移動しながら、それでもリオンは先程見た光景に思いを巡らせてしまった。

 貿易商・ザンビアは既に殺されていた。飛び散った血や傷跡の状態から見ても、おそらく殺害されてからそう時間は経っていない。まさにタッチの差で何者かがこの館に侵入し、彼を殺してしまったのである。

 本来ならばただ“お宝”を頂戴して退散するはずだったのだが、そうもいかなくなってしまった。必要以上に衛兵たちは殺気立ち、館中を駆け巡っている。こんな状態では隠れていてもいずれ見つかり、追い詰められてしまうのが関の山だ。

 正直なことを言えば、リオンとしては手ぶらで退散するということは避けたかった。予告状まで出してしまっている以上、必ずなにかを盗み出し、世間にまた一つ自身の行いを強く知らしめたかったのだ。

 しかし、湧き上がってくる“欲”を理性が抑え込む。もし、こんな場所で捕まってしまえば元の木阿弥だ。“盗み”を行う上では、正確に、迅速にリスクを計算し、正しい選択肢を選び取らなければいけない。

 あくまでリオンは、かつての“師”から受け継いだ教えに従う。今はとにかくこの館から退避し、見つからないように身を潜めておくことが先決だった。

 館になだれ込んでくる兵士の量は増す一方だったが、リオンからしたらさしたる問題でもなかった。駆け抜ける兵隊たちを幾度となくやり過ごし、瞬く間に新たな目的地へと到達してしまう。

 館の西端に辿り着いたリオンは、目の前の大きな塀を見上げた。その向こう側には城塞都市・ハルムートでも有数の大運河が流れているはずだ。

 リオンの見立て通り、西側の警備はかなり手薄だった。このザンビアの館の構造上、兵たちが正門と裏門に戦力を集中させることは予測済みであったし、ましてや館内が大騒ぎになっているとなれば、警備にあたっていた兵たちすらそちらに駆け付けているところなのだろう。

 状況はいまだに理解できないままだが、退散するリオンからすればよい目くらましとなってくれた。あらかじめ調べ上げていた通り、西端の塀には運河へと続く小さな扉があり、その周囲には誰一人姿はない。このまま扉を蹴破り、夜の運河を泳いで渡れば脱出完了である。

 ずぶ濡れになるのはなんとも気が引けたが、今は仕方がない。リオンは手にしていたナイフを鞘に納めながら、とにもかくにも熱いため息を漏らす。

(ったく、とんだ災難だったな……)

 なんともばつが悪い結果に歯噛みしつつ、それでも彼は呼吸を整えながら扉へと近付いていった。

 しかし、一歩を踏み出したところで足を止める。目を見開き、眼前の“気配”に意識を集中した。

 リオンが立ち止まったことが契機となったかのように、扉が一人でに開く。運河へと続く扉の向こう側にいた人物が、ゆっくりと、静かに姿を現した。

 待ち伏せされていたのか、と再び義賊の肉体に緊張が走る。だが、扉から歩み出てきたその姿に、強張っていた全身の力が微かに緩んでしまった。

 それは、目も覚めるような金の長髪をなびかせた、女性だった。

 一瞬、裾の短い蒼のドレスを身にまとっているように見えたが、彼女もまた兵士の一人であることをすぐに悟る。両手足の具足や胸当ては、いずれも月光を受けて銀色に輝いていた。差し込む白い光が、彼女の透き通るような肌を闇の中に浮かび上がらせる。優雅にはためいているそれは鎖帷子の上に着用したサーコートで、防具の銀と下地の青がコントラストとなって映えていた。

 凛としたまなざしを浮かべた、“女騎士”がそこにはいた。これまですれ違っていた衛兵たちとは違い、軽装の鎧を身にまとった彼女は、リオンを静かに見つめたまま対峙する。

 リオンがこの出入口を利用すると踏んでここに残っていた、最低限の戦力なのだろうか。だが、彼女は今までの兵たちとは違う、妙な気配を身にまとっていた。

 研ぎ澄まされ、洗練され――どこまでも透き通った純粋な輝きが、その瞳からは伝わってくる。

 一瞬、呆気に取られてしまったが、ようやくリオンは我に返った。呆けてしまった自分を恥じながら、迷うことなく腰の二刀を引き抜く。立ちはだかるというのならば、最低限、抗戦し相手を無力化する必要があった。

 リオンが二本のナイフを逆手に構える姿に、目の前の女騎士も反応を見せる。彼女もまた、腰に携えていた武器を躊躇することなく手に取った。

 しゃおんという甲高い鞘走りの音が、庭園に響く。彼女は右手に刃の太い直剣を、そして左手に鎧と同じ色に輝く鋼鉄の盾を持ち、構えている。

 そのただ静かに構える姿に、またもやリオンは唖然としてしまった。ありきたりの装備を身にまとったただの女性であるはずなのに、なぜかその全身から強固な“意志”のようなものが空気を伝搬し流れ込んでくる。

 妙に調子が狂ってならない。だが、リオンは歯を食いしばり、またも目的を見失いそうになる自身を叱咤した。

(悪いな。俺が逃げるまで、おとなしく寝ていてくれ)

 心の中で謝りながらも、ただちにリオンは前に出た。芝生を強く蹴って加速し、瞬く間に女騎士との距離を潰す。

 これまでは極力戦闘を避けてきたが、それは戦いそのものが苦手だからではない。あくまで、無駄な争いを避けていただけだ。

 兵士一人に負けるつもりなどさらさらない。リオンはさらに一歩を踏み込み、瞬く間に体重移動を完成させる。真正面から突進していた肉体が左へと流れ、跳ねるようにナイフの切っ先が空を裂く。

 今まで誰一人、この“初手”についてこれた者はいない。意識を真正面に集中させた後、急激な加速によって自身の姿が消えたように錯覚させる。その一瞬の隙を突き、首筋の急所目掛けて“みねうち”を叩きこみ、昏倒させるのだ。

 この一撃において、リオンは一切のミスをしなかった。踏み込み、体重移動のタイミング、視線、ナイフの振り抜く速度、すべてにおいて完璧だったはずだ。

 その必勝の一手を叩きこみながら、なおもリオンの動体視力は高速で流れる景色のなかで、ターゲットの女騎士を見つめ続ける。

 義賊が手に敷いた短い刃が、彼女の首元目掛けて走る。その向かってくる一刃を彼女は――しっかりと見据えていた。

「――えっ?」

 これまで一度足りと声を上げなかったリオンが、それでもたまらずそんな情けない一言を放ってしまっていた。戸惑いながらも、彼はナイフを走らせる手は決して止めず、目の前の彼女目掛けて堂々と切り抜く。

 しかし、手首の先にいつものような命中の感触はなかった。それどころか、硬く、重い感触が自身の頭のすぐ横で弾け、視界が真横へと傾き始める。

 ずどん――という鈍い音が体内に響き、肉と骨が波打つ。何が起こったのか理解できないまま、気が付いた時にはリオンの体が真横に薙ぎ倒され、芝生の上へと叩きつけられていた。

 衝撃によって意識が弾き飛ばされる。リオンはナイフをしっかりと両手で握りしめたまま、それでも糸の切れた人形のように力なく、地面を跳ねた。

 リオンが切り込んだその一瞬に合わせるように、女騎士が動いていた。彼女は左手の盾を向かってくるリオンの顔面に叩きつけ、見事に迎撃してみせたのである。

 それが“シールドバッシュ”と呼ばれる技能であることを、リオンはまだ知らない。鮮やかに叩き込まれた一撃は、リオンの体からあらゆる力を奪いさり、一瞬で無力化してしまった。

 手足の感覚が消え、温度が、音が消えていく。喪失していく意識のそのなかで、それでもリオンは目の前にちらりと見えた“彼女”を前に思いを巡らせてしまった。

(――何者だ)

 ただならぬ気配と圧倒的な実力を前に、ただただ疑問が湧き上がる。だが、刻み込まれた重々しい一撃によって、彼の思考はあっさりと肉体の外へとはじき出されていく。

 視界が闇に塗りつぶされる直前、月光に照らし出された彼女の姿がはっきりと映りこむ。気を絶するその一瞬、剣と盾を携えたその凛とした姿を、リオンは不覚にもただただ純粋に“美しい”と思ってしまった。
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