召喚された勇者ですが魔王様のペット『犬野郎』として後宮で飼われています。

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1章 『勇者』は失業の危機にある。

『犬』から『妃』に職種変更命令(プロポーズ)お受けします! 9

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 ご主人様の求婚に応える心づもりであったが、文句は言いたい。
 あんな意識の落とし方をするのもそうだが、ランちゃんに言われるまで忘れさせられていた俺の初体験とそれにまつわる全てのこと。

『お前に僕の名を許す。僕の名は──だ』

 俺のナカにはじめて入って来た熱とともに囁かれた睦言。
 真名をお呼びするのを結ばれた時と、自分でも不思議なくらい拘っていたのはこれのせいだろう。

『僕のものになれ』

 こう告げられてめちゃくちゃに体と血を貪られ………

 死にかけた。

 (いくら10代…いや、9歳の若い精力でもあれはあかしまへんえ!)

 ギリギリのところで止められ、引き離されて………
 俺からあの楽しかったひと夏の思い出などが奪われた。

 彼らは相当慌てていたらしく、行為後の始末とかは全くされてなかった。
 結果、俺は好意を持っていた先輩にヤリ捨てられたと思い込むことになった。

 あの時の俺はそれを受け入れて、お約束までしていたのに!
 最後に交わした約束すらも今までずっと忘れさせられていた。

 (これはゆるしまへんえ~)

『………必ず、迎えに来る』

 あの方は俺にこう言い残して立ち去られた!

 引き離される前に、流れるような動きで俺の前にすっと差し出されたご主人様の右手の小指。
 その絡めた指の感触と約束を忘れたくなかった。

 もちろん告げられた御名もだ。

 ご主人様にしてもランちゃんにしても、俺に一度名乗りをしていたからあの態度だったんだろう。

 (その記憶さえも奪うやなんて!)

 俺は中1の夏から、おかんのように性的に奔放かつお盛んになっている。
 初体験がヤリ捨てと思い込み、心に少々傷を負ってしまった。
 それをおかんに相談したせいなのかもしれない。
 
 (あかんやろ俺!相談する相手を完全に間ちごうとるわ!)

 おかんは『沢山経験すれば気にならない』とか言うようなおひとである。
 母性愛は存在するが、恋愛感情とかそういったものは存在しない。

 (友だちもおれへんかったし、爺様や婆様にはそないなこと相談できへんかった)

「はは…いくらおっとりとしたお前でも、さすがに怒っちゃったかい?」

 この身長の高さに見合わない、わりと高めの澄んだ声を俺は忘れもしない。
 これは俺のはじめてのおひと、アルビノ先輩のものだ。

 (まぁ…夢やさかいな)

 ランちゃんのぽろりで、ごちゃごちゃのグチャグチャになった頭が、あの方との思い出を掘り起こしたんだろう。

 猛烈に殴りたくなるが、今はこの気持ちに整理つけなくてはいけない。
 目が覚めたときにはちゃんとお返事をしなければいけないし、怒るならその時にだ。

 (短気は損気や言うさかいにな)

「ふふ…お前のサンドバッグくらいにはなってあげれるよ?」と笑う声がした。

 今度は聞き間違いではない。

 気づくと夢はその姿を変え、誰かの部屋に俺はいた。
 部屋の大きさなどはランちゃんの北殿のお部屋に似ているが、全て洋風のものに統一されて、色も白や首を傾げた百合の花の紋章が入っているものばかり。

 花瓶に生けられた青薔薇だけが、いやに目を引いた。

 俺の着ているものも真っ裸に汚シーツではなく、異世界召喚される前の就活スーツ姿。
 さらに目の前にはアルビノ先輩……いや、ご主人様がいらっしゃった。

 でも……なぜか目の前にいるのはご主人様ではなく、姿は違うが俺の兄貴としか思えなかった。

「召喚されるのを防げなくてゴメン。
割り込みをかけたんだけど、厄介なことになったね?」

 そう言って俺に謝罪した顔はいつもの兄貴のもの。
 口もとだけで笑うアルカイックスマイルだ。

 ───俺には昔から最強のボディガードである、ごっつう強おてえらいおとろしい、化けもんみたいな兄貴がおる・・

 その名は渡辺 光貴ミツキ
 享年18歳。

 生前は飼っていた『下僕』や『信者』などのあらゆる手段を用いて。
 死後は俺の守護霊として、ご主人様の呪術に良く似た不思議な力で守ってくれている。

 俺のモンスターペアレントならぬ、モンスターブラザーである。

 兄貴はぶっちゃけて言うと前に襲われた『犬』よりも怖い!
 ご主人様よりも断然怖い!!

 俺にとってはあの皇様よりも数段おとろしい存在である。


「うえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!にーちゃんーーーーーーッ!!!」
 (ひえぇっ!出たーーーーーーーッ!!!)

「うん。そうだよお兄ちゃんだよ」

 
 白金の髪も、貴き金色こんじきを宿した瞳も、尖った耳や目の朱紋もご主人様と全く同じ。
 俺よりも頭半分くらい高い背丈はランちゃんよりも少し低いが、アルビノ先輩や生前の兄貴と同じくらいの190センチ強ぐらいだろうか?
 兄貴はランちゃんみたいな筋肉質ではないが、身長は191cmもあった巨人さんである。

 頭から生えている鬼のαオスの象徴である二本の角は、ご主人様の金色を帯びた白と違い金色だ。
 だが、それ以外はアルビノ先輩……つまりご主人様が昔俺の前でされていた、仮のお姿にそっくりである。

 兄貴の色合いはご主人様と似ているが、あれでも一応は人間だったので、耳は尖っていないし角ももちろんあるわけがない。

「僕と違ってアイツも本当ならこの姿になれたのにね。
そういう負の面を受けるのは僕の役目なのに………」

 真っ白な伏せた睫毛が金色の瞳に影を落とし、ほんの僅かの間だけ憂いのある顔を見せた。
 小さく呟いた言葉もよく聞こえなかったが、あまり良いことではないのだろう。
 こんな翳りのある顔をアルビノ先輩もご主人様も見せたことはないし、しないだろう。

 やはり、あの・・兄貴に違いないのだろうか?

「な、なな…な、なんでそないなお姿に?」

 あまりのことに俺は腰を抜かし、うわずった声で尋ねてしまう。

「これが僕が本来在るべき姿だから」

 しれっとした態度でよくわからないことを言っているが、 不思議なくらいに兄貴にはその姿がはまっている。

 ………本当によく似合っている。

 (元々、兄貴は人外でないのが不思議なくらいやったしな)

 鍛えられた肉体を包む着物もご主人様のような鬼の皇族の纏うもの。
 何振もの太刀を腰に佩いている大変物騒なお姿である。

 兄貴のまわりでは血なまぐさい話が絶えなかったが、普通に地球で平和に暮らしていれば、そんなものは縁がないはずである。

 でも、きっと兄貴が鬼に生まれていたら、こんな感じだったのだろうと納得できた。

 俺はそんな今の状況に顎が外れそうなくらい驚いている。
 いや、腰を抜かした。
 自分の作り出した夢にしては、兄貴の存在感が本物に近すぎて……おとろしすぎる!

 この異世界『常夜』に召喚されてからは、なぜか気配を感じなくなっていた兄貴。
 そのことも俺がご主人様の後宮でハメを外した原因だろう。 

「参ったよ。折角可愛いリオと会えると思ったのに……こっちではアイツの意識の方が強いんだよね」

 困ったような調子で話しているが、語尾につれてちょっと低くなっていて、それがめちゃくちゃ怖い!

 ───兄貴が死んでからやけど、たまにこないな感じで兄貴が出てきたりする夢をよう見た。
 単なる昔の思い出を見るだけのこともあれば、生前の姿で現れ忠告や警告をしたりすることもあった

 でもこないな姿で、こんなふうに会話できる形で現れたのは初めてやった。

「そ、そやかて!なして?どないして?!うぇぇッ???」
「アイツの妃になるって聞いたから」
「アイツて…ご主人様のこと?」
「そんなふうに呼ばせてるのもムカつくなぁ…
ねぇ?リオ。お兄ちゃんはそんなことこれっぽっちも聞いてないんだけど?」

 兄貴は生前しなかったような笑みを浮かべているが、やはり怖い!
 くすくすと笑っている姿は爪を研いでいる肉食獣のようである。

 おかんはこういったことに全く興味がなく、寧ろ俺ら兄弟がデキてたとしても『ウェルカム』くらいの感じだが、兄貴は違う。

 俺の交友関係にとてもうるさい。

 ご主人様のプロポーズを受けると決めた以上、生前も死後も俺をガチガチに監視している兄貴には、話し合いをしても許してもらえるかわからない。

 正直、難しいかもしれない。
 なんせ兄貴はこんなことを言うおひとなのだ。


『いいかいリオ。お前は簡単に人と仲良くなっちゃいけない。
僕にしか心を許すな。僕だけがお前を守れる』


 (うん。ヤバい!)

 俺もブラコンだが兄貴も大概、いや……キチってるレベルでブラコンだった。
 因みにこれは俺が小さい頃から兄貴に洗脳されるみたいにして、ずーっと言い聞かされてきたことである。

 俺は過去に一度それ破った。
 それがさっきランちゃんにぽろりされた先輩こと、ご主人様との交流だった。

 (あの時もなんでか兄貴の気配がなくなっとってんよなぁ…)

 ご主人様と出逢うまでの俺の中での最推しだった兄貴は、とてつもなくヤバい。
 俺は兄貴にマジ恋していたくらいのブラコンであるが、その俺ですらヤバいと思うようなおひとである。

 兄貴はご主人様にも負けないくらいのチートな能力の持ち主で、色々とおかしすぎるところが多く、人間をやめている疑惑が常にあった。

 (死んでも俺の守護霊になったりしとるし)

 表情筋が仕事をしなさすぎで、俺と恋人である従兄の前でしか笑わなかった。
 それ以外では本当に一切笑わなかったので、やっぱり人外疑惑があとをたたなかった。
 顔も整いすぎていたので……もはや人外にしか見えなかった。
 
 でも、一応人間……だったはず。
 あんなんでも死んだので、どうやら人間だったらしいし、そう思いたいが……… 

「酷いなぁ……あの頃はまだ人間の範疇にいたはずだけど?」
「いや、にーちゃんは人として色々と欠けていたもんが多かったさかいに」

 目の前の兄貴は生前と違いよく笑うようになっているが、昔と同じで目の奥が全然笑っていない。
 ご主人様を愛するようになり覚めた目で兄貴を見ると、色々とあの頃は見えていなかったところがわかってきた。

 ご主人様と同じようにアルビノで、人間のはずだが人間とは思えないほどの桁外れの美貌。
 洗練された所作、そして人並外れた知能に抜きん出た運動能力など、全てに恵まれていた。
 性格も良すぎるくらい良かった。

 (表向きはな)

 そんな恵まれ過ぎたチート人間の兄貴に、神さんが唯一与えなかったものがある。
 それは『モラル』だ。

 年相応のお可愛らしいお姿やお生まれからくる育ちの良さで、徹底的な悪役ヒールになりきれないご主人様とは違い、兄貴の本質は根っからのサディストで執念深く執拗で残忍な性格。

 懐に入れたものには手厚かったが、俺を誘拐しようとしていたやつなどの敵には、とても口に出せないような、そんなえげつない仕打ちをしていたことを俺は忘れない。

 弱冠7歳にして完成された悪魔。
 もしくは邪神のような存在が兄貴である。

 なんたって兄貴は洗脳とマインドコントロールが特技で、性的に倒錯していて拷問と調教が趣味。

 (この時点でお察しやな?)

 ちょっとばかりサイコパスなところもあり、血の近い身内しか愛せない近親愛者でもあった。

 (これは俺も似たようなもんや)

 ガチのゲイで人よりも強い…強すぎる性欲があり、その解消のために同じ年齢くらいの若いやつから、ジジイに至るまで幅広い年代、様々な肩書を持つ者を屈服させて調教し、多数の下僕を飼っていた。

 (これに関してはご主人様と結構似とるな)

 本当に人間とは思えないようなありえない強さと、手段を選ばないえげつなさで恐れられていた。
 ランちゃんのようなストッパーが存在しない兄貴の方が、ご主人様よりも余程『魔王』だと俺は思う。

 (兄貴には『生まれる世界間違えた疑惑』すらあったさかいな………)

 色々あっておかんの故郷の京都で7歳から暮らすことになり、持ち前の優秀さで言葉もすぐに覚えたらしいが、俺とは違い常に標準語。家族にすら敬語を使っていた。
 おまけに警戒心が強すぎて家族の名前は生涯ずっと名前呼びか『先生』だった。

 (おかんはともかく爺様と婆様は俺らの剣道の師範と踊りとかのおっしょはんやさかいな)

 そんなどこで暮らしても馴染めないような浮世離れしたところがあったが、兄貴の大切なものは俺ら家族。

 俺は兄貴から度々、注意された。
 アルビノの持病とも言える弱視ではあったが、兄貴はよく見えるを持っていたからだ。

『お前には【魅了】の力があって、それは僕や血の近い…今、一緒に暮らしている家族には効かない』

 兄貴は虚空を見つめ、そんなことをしょっちゅう言っていた。

 俺にはなんのことなのか全くわからないが、おかんは兄貴の言う電波な発言を理解していた。
 何でもうちの家系は古くは陰陽師?だかなんだかの流れを汲むおうちであるらしく、たまーーーに兄貴みたいなとんでもないやつが生まれるらしい。

 そして俺やおかんの誘拐に遭いやすい体質が、【魅了】というものからくるものであるということ。
 ずっと昔に人以外の血が入っている。とかいうありきたりなお話であった。

 それで兄貴はじいぃ……………っと俺のことを見つめては、こう諭していた。


『僕以外は敵と思うくらいがちょうど良いよ』


 そんな無茶苦茶なことを何度も何度も何度も…繰り返し、俺がその思想に染まるまで聞かされていた。
 兄貴の言葉はもはや命令だった。

 どんな話をする時でも、兄貴は必ずそんなふうに俺と目を合わせてくれたが、その目は俺の心や頭の中を覗かれているみたいで、震えるくらいに怖かった。
 
 でも、俺が『うん』と頷くと、酷薄にすら見えるピクリとも笑わない、仮面みたいな表情を崩した。
 そして兄貴的に最高の笑顔である、口もとのみで笑いながら俺の頭を撫でてくれ、その後は俺の好物のちょっとお高いダッツさんのアイスを手ずから食べさせてくれ、めちゃくちゃに甘やかしてくれた。

 (今にして思えばこれは完全に洗脳やな)

 それは極端過ぎると兄貴は爺様にえらい叱られていたが、止めることはなかった。

 大切なことだからと。
 約束しなさいと。

 優しい口調でこの言葉を俺に言い聞かせ続けた。
 俺が納得……いや、そう思い込むまでずーーーーーーっと。

 兄貴は全てにおいて絶対に俺に「否」と言わせることがなかった。

 (あの目に見つめられると『うん』としか言えんのや)

 こんな化けもんみたいな兄貴は高校三年の夏に2歳年下の従兄と一緒に、それで卒業となる遠征試合の帰りのバス事故によって、18歳の若さで死んだ。

 (あん時は皆が耳を疑った)

 多少、恋愛ベタなところがあり、愛しすぎるものを虐めるきらいがある兄貴は、その当時付き合っていた従兄を性的にめちゃくちゃに虐待していた。
 その為、関係が破綻しかけており、少々精神的に参ってはいたが、リアルチートを地で行くマジもんの化けもんな兄貴が死んだなんてことを、最初は誰も信じなかった。

 一緒に亡くなった従兄のアオくんには悪いが、家族皆が驚き過ぎて彼の存在を忘れていた。
 それくらいの衝撃だった。

 なので多分、これは夢だと思うが…そう思わないと怖くて仕方がないが……でも…………

「………………にーちゃん俺、推し変しそう……ヤバいわ。めっちゃ尊い!」

 思わず欲望に負けて、目の前の危険人物に声をかけてしまった。

「なんなんその美形具合っ!筋肉の付き方っ!エロいっ!めっちゃエモい~ッ!!」

 そのお姿に俺の最萌えが更新されそうである。
 腕を組んで立っているだけなのに、その姿に圧倒される。

「何?リオ。僕に惚れちゃった?なんならアイツから乗り換える?
僕のほうが上手いよ?」

 兄貴は相変わらずめちゃくちゃなことをサラッと言ってくれるが……それにちょっと気持ちが揺らぎそうになった。

 何が上手いかは言わずもがなであるが、兄貴の性格なら多分SEXって即答する。
 このひともやっぱりあのおかんの遺伝子を継いだ子どもである。

 (…………一回くらいやりたいかも)

「ふふふ……僕とすると長いけど、お前が望むなら何回でも抱いてあげる」
「ふわぁぁぁぁぁ………」

 艶っぽく微笑む兄貴は色気の塊みたいになっていてすっごくエロい!
 それに堕とされてしまいそうになる。

「甘く………啼かせてあげるから」
「トゥンク!!」

 そのお言葉に俺のおけつはキュンキュンしてしまう。 

 (あ、あかん!俺の淫乱!あかしまへん~~!)

 ………不倫プレイも良いかもしれない。

 (イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!)

 でも、兄貴の性癖はご主人様よりもさらにヤバい鬼畜過ぎるドS。
 恋人を虐待するレベルで責めていた、とんでもない攻め様。

 あれはヤバすぎて俺の身が持たない。
 俺はスカトロも尿道責めも、物理的な去勢も無理だ。
 四肢欠損も御免蒙りたい。

 それに俺はご主人様のプロポーズにお応えすることを心に決めている!

 (そないな裏切りはあかしまへん)

 なにより……
 
「にーちゃんは死んどるやんか」
「そうなんだけど………やろうと思えば出来るよ?」 

 そんな不思議なことを笑いながら言うと、兄貴は両手を大きく広げ「おいで」をする。
 その腕の中に俺は吸い寄せられるみたいに飛び込んだ。

 23にもなって兄貴に甘えるだなんて少々恥ずかしいが、それでも今はこうしていたかった。

「ふふ…Ωメスみたいに僕の匂いを嗅いじゃって、かわいい。
……リオ、あんまり可愛くしてると襲っちゃうよ」

 俺の背や腰を撫でる兄貴の手は不埒な動きをしているが、久しぶりの兄貴の抱擁だ。
 そんなことは気にならない。

「それはあかしまへん~~!」
「それは残念」
「けどぉ…甘えたいんやッ!」

 本当にありえないくらいにおとろしいところも沢山あるが、なんだかんだ言っても俺はこのひとが大好きなのだ。

 (放任すぎるおかんの代わりに俺を育てたのは兄貴と婆様やからな)

 さらにぎゅう………っと抱きつき、兄貴の胸に鼻を埋めた。

「もう……しょうがないなぁ」 

 俺の頭を優しく撫でる兄貴は昔と変わらず、俺にはめちゃくちゃに甘いみたいだ。
 着ているもの越しにもわかる鍛えられた体のわりに、ご主人様並に低い体温なんかが現実的すぎるが、それはさっきまでご主人様に抱かれていたからだろう。

 (俺の作り出した夢やしな)

 兄貴からはご主人様に似た匂いもするが、バニラやジャスミンの代わりにブドウみたいな薫りがする。

「はうあぁぁぁぁぁぁ………にーちゃん、ご主人様みたいなえぇ匂いするぅ……」
「それは良かった。僕らは相性がすっごく良いんだよ。なんせ『運命』だったんだから」

 着物もご主人様のものと多分同じであるのが、兄貴の方が背丈のせいなのかずっと貫禄がある。
 今の兄貴には昔みたいな張り詰めたところがなくて、ランちゃんみたいな永く生きた人外はんみたいな余裕のようなものがある。
 
「あーあ、お前が気乗りしなくて残念だ。攫うつもりで来たのに」

 兄貴が話す度にチラチラと見える牙や寄越される欲のある視線で、俺が兄貴の獲物に認定されていることを自覚する。
 前に食われそうになった時のあいつらのしていた目に少し似ている。

「大丈夫、僕の好物はオスの肉だから。それしか食べれないとも言うけど」
「ヒッ!な、な…なに、言う…て、ますの…ん…、」

 生粋の鬼さんみたいなことを言う兄貴に度肝を抜かれた。
 俺のトラウマ案件なので、冗談でもやめて頂きたい。

「メスの血や肉は薫りフェロモン臭くてね。大嫌いなんだ」

 だが、兄貴は俺の聞きたくもない自分の食性について引き続き語ってくれた。
 人外臭いと思っていたが、やっぱり兄貴は人外だった。

 金の双角を持つ鬼は、鬼の皇族でも直系一族のみというし、このままだとご主人様よりも血の濃い鬼の姿をしている兄貴に、俺は性的にも物理的にも食われてしまいそうだ。

 (いくら夢の中でもアウトや)

 そんな危険すぎる獣の腕から逃れようとする俺の顎を、兄貴はクイとやり、

「でも……お前のならきっと、一口で満たされるはずだ」

 凄絶な美貌で俺に迫り、こんなことを言う兄貴に俺はもう陥落寸前で……。

「ヒィィぃぃぃ!かんにんしてぇ……!」

 と叫ぶしかなかった。

 (この卑猥な大型肉食獣を誰か回収してくれへんやろか?)

「はは…あんまりかわいいから、食べたくなっちゃったよ」
「む…無理ぃ……」

 (ひとの夢の中でも大暴れとか、ほんまに兄貴は自由すぎや!!)

 ───夢の中の兄貴は生前よりも遥かに危ないおひとになっとった。
 
 さっきと違い、別の意味で腰を抜かした俺を兄貴は横抱きにするとローソファまで連れて行き、下ろしてくれた。
 そして俺の隣に腰掛けると先程までのからかうような笑みを潜めた。

「アイツの求愛をお前は受けるの?」

 心を覗くような、強引に俺の本音を暴こうとするような兄貴の目。

「そのつもりやし、もうずっと前にお約束しとるよ」

 ご主人様が9歳、俺が13歳の頃にした約束とはいえ、俺らはそれなりに真剣だった。
 こちらに来てからさらに交流し、再び望まれた。
 あちらの世界に未練がないわけではないが、それは断る理由にならない。

「……にーちゃんはやっぱり反対すんの?」

 正直に言うと反対されると揺らいでしまうところもある。
 今までと違い、この世界の事なども学ぶ気でいるが、ランちゃんもまぁ味方だろうが、頼れる相手がご主人様くらいしかいない世界でやっていくのは大変だろう。
 
 おまけに障害が多すぎる。

 (他種族、β性、寿命、身分……上げたらきりがない)

 そのように逡巡する俺に、兄貴は意外にもあっさり認めた。

「僕としては気に入らないけど、嬉しいってとこかな」
「なんなんそれ?」

 俺の疑問に兄貴は昔はしなかったような満面の笑みを浮かべているだけ。
 言いたくないことはそうやって口を噤むことにしたらしい。

 どうやらこれ以上の追求は今の時点では難しそうだった。
 
 (こら絶対に夢や!兄貴はこないなふうに笑うことはない)   

 薄緑ちゃんが俺のナカで暴れてくれたのもあったが、俺の頭がパーンしたときはこういう夢をよく見たので、きっと夢に違いない!

 絶対にそうだろう。

 (でも、あかんやろリオくん!
 いくら夢でもこないな危険なおひとを放し飼いにしたらあきまへんのに!)

「リオ、アイツとのことを聞かせてよ。
気に入らなければ僕はアイツからお前を奪うから」
「にーちゃんちょっと性格変わった?」

 兄貴は無茶苦茶をするが、それでもある程度の自重はあった。
 地球で、日本という国で社会生活を送る最低限のルールは守っていた。

 (と思うし、思いたい)

しがらみがなくなって好きなことが出来るようになっただけだよ。
僕は元々、こんな性格だ」

 俺の話を聞こうとする兄貴は本当に楽しそうである。
 これが俺の理想の兄貴の姿なんだろうか?

 舌なめずりする肉食獣の前に立たされたような気分になっているが、非常に機嫌の良い兄貴に促された俺は、ご主人様と過ごした中1の夏について語り始めた。



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