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1章 『勇者』は失業の危機にある。
先輩(メンター)から色々と教わっています。
しおりを挟む「ま、何にしても、そろそろ俺はお仕事に行かなきゃならん」
暫しの間トリップしていた俺を、ランちゃんが現実に引き戻す。
気づけば既に箪笥から衣装を取り出して、支度を始めていた。
ここでは俺も含めて皆が着物で過ごしている。
ご主人様の制服姿くらいしか洋服は見たことない。
(男子校!それも今どき珍しい学ランなんよ!)
もちろんランちゃんたち男娼のお仕事の為の装いも着物だ。
「毎度のことやけど今日も白地のもんなんやね」
ランちゃんが用意した着物は、白地に華やかな朱頂蘭の柄の着物だった。
女物ではないが、ここで暮らす者の着物は男でも柄などが入り大変派手だ。
(鬼は美しい者が多いからそれでも様になるが、普通なら大惨事やと思う)
「ランちゃんは目と同じ赤なんかも似合いそうやのに……」
俺はこのケネルにいる罪びとや働く者たち全てが、この色以外を纏っているのを見たことがない。
そんな俺の疑問にランちゃんは一瞬「そんなことも知らないのか?」というような驚きの顔になるが
「うちの大将のお色だからな?」
その答えを教えてくれ、さらに念押しのように「これだけは忘れるなよ!」と付け加えた。
───ご主人様は別名【白】の君様と仰るねん。
御名は……後で教えるさかい待ってな?
「禁色でもあるから、ここにいる妾奴はこれ以外は纏えん決まりだ。
お前も大将の『犬』だからそれに該当する」
ランちゃんが言うには俺らはご主人様の所有物だから『白』を纏う決まりだそうだ。
「…知らんかったわ。
そういやご主人様はいつも白いお召し物ばっかりやったなぁ…」
ご主人様は兄貴と同じようにアルビノだ。
御髪は白金で肌も抜けるように白く小柄でいらっしゃるが、鍛錬や狩りやなどで鍛えられたお体は虚弱さなどを感じさせない。
神の使いとまで言われるホワイトライオンのように神々しいお姿をされている。
(ご本人は自身を『毒蛇』やと仰るけどな)
「こっちに来てから一月以上あの方と食事を共にしてんのに…
ナシくんよ、お前はこの世界に興味がなさすぎるうえに、ちょっとものを知らなさ過ぎないか?」
俺を見るランちゃんは、何故か可哀想な子を見るような目をしている。
(なんやろか、そないな顔されたらえらいいたたまれん気持ちになるで)
そんな彼に俺の事情を話すことにした。
「俺は元々余計なもんは頭に入れへんようにしとるだけや」
「大将のこともなのか?」
全てを失った今の俺を支えてくださるお方のことを、俺をからかう為に持ち出された。
ランちゃんは柔らかい顔立ちのイケメンさんだが、なかなかに黒い性格をしている。
「もう~!ご主人様のことは別やし!
わかってて聞くやなんてランちゃんのいけず!」
「はいはいお前が大将のことを大好きなのは分かったから」
子どもを宥めるような態度で俺に接するランちゃん。
(やっぱ頭弱い子やと思われとるな)
あちらでもそうだったが童顔で甘い顔立ちの俺は、小動物のようだと言われ、真正のおバカさんと思われていることが多い。
ここの奴らにも俺が奇天烈過ぎるだの、イッてる頭だの阿呆だの馬鹿だのと、そのような失礼なことを言われたり、思われているので訂正することにした。
「俺、一度インプットしたことは絶対に忘れへんのよ。
そやさかいあっちの法令書も見たら全ページ覚えれたけど……」
俺は兄貴を愛しすぎて、いわゆる『完全記憶能力』というやつに目覚めた。
兄貴が死んだ時に『兄ちゃんとの思い出を忘れないでいたい!』という想いが強すぎて、こういう体質になってしまった。
8歳という年齢も影響したと医者は言っていた。
「マジかよ…ちょっとばかり記憶力が良いとは思っていたが、そんな事が出来るのか!」
「あんな、大量のデータを頭の中でソートすんのも結構面倒やからな?
他の人と違て俺はインデックス能力が弱いから…文字以外の図形や数字とか混ざるとあかんし……
嫌なこととかSNSとかで書かれたらそれも忘れられんし………」
「それも厄介だなぁ…」
一度見たものなどを忘れないと言われるこの能力、意外と不便で酔っ払ったりしてるか、色々なもので完全に飛んでたりでもしない限り、記憶の忘却が出来ない。
覚えられないのもそういう時に限られる。
(だから俺はご主人様と出会うまで十数年もの間、兄貴を忘れられずにいたんや)
「それに理解力や計算能力などとはまたちゃうさかい、俺は天才でもなんでもない。
数学とか苦手やしな。
残念なことに俺は自他ともに認めるポンコツさんや。はっきり言ってこれを上手く使えとらん。
そやのに色々と日常生活に悪影響が多て…しゃーないから意図的に情報のシャットダウンをすることにしたんや」
常に無秩序な情報が入ってくるのが辛く、一時期は不眠症に悩まされた。
酔っ払うのも面倒で、俺は酔うと延々と引用の引用に更に関連した事柄の引用を話し続けるような、そんなおかしな独り言してしまう。
「お前、所々でアホなのか賢いのかよくわからんなぁ…」
「これでも法律家のたまごさんやからな?」
「ここの奴らや下手をすると大将すら、お前のその突飛すぎる言動から、法律家のたまごってのがウソだと思ってるぞ?」
ランちゃんは呆れた顔をして、俺をクソミソの言いたい放題に言ってくれている。
「なんやて!俺はホラ吹きちゃうぞ!失礼すぎるわー」
こんなふうに言ってはみたものの、アホではないと思うがポンコツの自覚はある。
「だってなぁ…お前、常識がないからね?」
でもランちゃんみたいに大体の奴が俺に対してこんな反応をする。
「まぁ…修習も受けとらんし、こちらでは全く使えん資格や。
もうたまごさんでも何でもなくなってしもたんやけどな……」
できるだけ明るく気楽な感じで切り出したはずなのに、やはり自分でも結構気にしていたらしい。
尻すぼみになり、落ち込んだ口調になりこんな言葉も出てきた。
そんな俺の様子にランちゃんは
「すまんな」
と詫びを入れてくれるが、謝られると余計に辛くなる。
受験後に燃え尽き症候群となりはしたが、これでも人生の目標の一つであり、兄貴のいなくなった後に俺を支えてくれた夢だった。
(いまは完全に燃え尽きて塵一つ残ってないけどな)
思い出したら気持ちが沈んできたが、それで悩んだりしているのも性に合わない。
「きにしいひんといて。でもこれ以上はかんにえ?」
そう伝えて気持ちを切り替えた。
着替えるランちゃんを俺も手伝ってやろうとするが、シッシッと手で払われ「要らんからお前は休め」と返される。
どうやら気を使われたらしい。
仕方なく、支度をするランちゃんの様子をじぃっと見ことにする。
髪は短く刈られ、角も切られ、首には組紐で編まれた白いチョーカー『首輪』を着けている。
その首輪は前で閉じられ勾玉の飾りで留められており、その勾玉こそ彼ら罪びとの『真名』を封じているものだそうだ。
これがここケネルに務める男娼の基本の姿だ。
(多分他の後宮も似たようなもんやと思う)
「せやからその首輪も白なんやね。着物の柄や帯は見たところ自由みたいやね?」
着物の色以外は自由に自分の好きなものを纏えるらしく、ランちゃんは常に暗めの赤色の帯を締め、朱頂蘭の絵柄を好んで身につけていた。
「首輪や衣の色を変えることはかなわんが、他は割と自由だな。
それでも無駄な諍いや俺らを買う奴らの為に、出身の一族の色を普通は纏う。
俺は【赤】の出だから基本は赤色だ」
こんな俺のちょっとした疑問にも、ランちゃんはいつも丁寧でより詳しく解説をして教えてくれる。
俺に話をしてくれるランちゃんの首もとには、ご主人様のご紋である『白紫陽花』の入れ墨が大きく入っている。
───ご主人様みたいな鬼の権力者はご自分のご紋をお気に入りに与えてはる。
俺はそれを授けられとるランちゃんに嫉妬しとった。
それは【華】と呼ばれ、鬼族では寵愛の深い者に主人が与える証らしく、目に見える場所により大きく美しく咲いている者ほど寵が深いそうだ。
ランちゃんはバリバリのオス故に、ご主人様の伽に呼ばれることはないようだが、特別な【華】を与えられるくらいご主人様に寵愛されている者らしい。
(因みにこのことを教えてくれたのはランちゃんやない。
俺とニャンニャンしとった他の鬼から聞いた)
彼らから聞いた話によれば、どんな種類の愛なのかはわからないが、ランちゃんはやはりご主人様の特別には違いなく、奴らにとっては恐ろしく怖い存在らしい。
(こないに気のええ奴やのにランちゃんはえらい怖い鬼らしいねん)
「なんで白紫陽花は使てへんの?」
これも気になっていた。
例の寝床にオスを連れ込んで喰われかけた一件以来、定期的に意匠の違う白地に白紫陽花柄の着物を渡されて、それを身に着けることを俺は厳命されていた。
たまにご主人様の主人である『旦那様』から『御饌』を賜る時は、金糸や銀糸を使った上等なものまで着せられていたのに、俺以外にそんなものを身に着けている者を見たことがなかったからだ。
(ご主人様のご紋のはずやのにおかしいやろ?)
「それは大将に仕える者の中でも、側近や寵の厚い者にのみ許される」
どうやら俺もランちゃんには劣るが、ご主人様に仕える者として扱われていたらしい。
「へぇ…」
だからそれを聞いてちょっと嬉しかったりするが、あまり表には出さないようにする。
だがそれは残念ながらランちゃんにはバレバレらしく
「お前も特別なんだよ」
と言われ微笑まれてしまった。
(なんやろ、癇にさわるな。年下のくせに)
こんなふうに俺の疑問や質問に丁寧に答えてくれながら、ランちゃんは男物にしては少しだけ袖丈の長い着物を手早く着付けていく。
最後に帯を『メス』の印である手前ではなく、『オス』のしるしの後ろで締めて支度を終わらせた。
(ランちゃんはバリタチさんやねん)
ランちゃんの今着ている衣装なんかは、稼ぎにより得られるお手当や自費(!)で作るので、中には信じられないことに借金までするやつもいて、ランちゃんも貸してやったりしていた。
お務めに励み稼げば刑期も短縮できるそうだが、それなりに装わなければいけない。
このへんはどの世界でも変わらないものらしい。
支度を終えたランちゃんが俺の頭をポンポンと叩くように撫でてから
「何度も言うが、お前はこの部屋から勝手に出んなよ?
ふらふらしてその退廃的なフェロモンを撒き散らかすなよ?」
真剣な顔で忠告をする。
俺にしたら勝手に向こうから寄ってくるだけなんだが、ランちゃんやご主人様からは『薫りを撒くな』としきりに言われていた。
それもあり喰われかけた一件から、ケネルに住む者の中でもとびきり家柄が良く、とても強い鬼であるランちゃんに預けられ、このお部屋でお世話になっていた。
(アンタそないな身分やのにほんまに一体なにしたんや!)
───ランちゃんはご主人様が俺につけた『犬』の先輩みたいな存在なんやけど、昔うちの道場に通てた兄貴の親友くんに似とって、なんとなく話しやすうておともだちになってもろた。
『俺を絶対に閨に連れ込むな!』とだけ約束させられてんけどな……
(失礼なこと言わはるよな?俺はそこまで見境ないやつちゃうぞ?)
「俺はΩでもαでもあらへん。そないもん撒いとれへんで?」
昔から変態などに『ハァ…イイ、…匂い。…はぁ…』なんてよく言われてはいたが、俺にはそんなものはない。
「そうなんだがなぁ…お前はヤバいんだよ…色々と!
ひとの後宮の中で勝手にハーレムを作るやつがいるか?
常識としてありえんだろ!誑し込むなっ!」
「俺がモテるのは自然の摂理やからしゃーない。俺は美しい!」
さっきから失礼なことばかり言われるので反論した。
(俺は悪ない)
幼い頃から様々なものを惑わし、狂わせるとまで言われてきたが、俺からすれば甚だ心外な話である。
「…大将もなんでこいつを自由にさせろとか言うのかな?
ホントに勘弁してほしいわ……」
頭が痛いのかランちゃんは眉間のあたりを揉んでいる。
「はぁ…どうしてもというなら、誰かを付けてやるから北殿なら彷徨いても構わん」
ランちゃんは再び俺を「シッシッ」とやりながら眉間を揉んで、俺の相手をするのが心底疲れたかのような態度をしてくれている。
この部屋は以前、住まわせてもらっていた所とは建物すら違い、北殿という建物の中にある一番大きな部屋らしい。
ランちゃんと同じ赤い色の帯をした奴らのところで、ランちゃんはこの北殿 【赤】のまとめ役『北守』をしていた。
それで北殿ではある程度の俺の身の安全が守られていた。
「俺では自由すぎるお前を止めれんが、忠告だけはしておく。
前に居た西殿と東殿だけは絶対に行くなよ」
「正直、興味はあるんやけどなぁ…」
俺のその言葉を聞いたランちゃんは険しい顔になり
「お前なぁ…またそこで誰かを誑かしたり、籠絡したりして、その事が大将にバレてみろ。
絶対に折檻されるぞ?」
こんなお小言をくれた。
「さすがの俺も去勢に貞操帯で懲りとるさかいにやめとくわ」
若干、ご主人様の折檻に興味も湧いたが、俺は怒られるよりも褒められたいのでそれは控えておく。
「あの方も大概な鬼畜だからなぁ…お前密かに調教とかされてないか?」
「いややわ~♡プレイの内容教えろやなんて…ランちゃんの好きもの~♡♡」
訝しむランちゃんには笑いながらこう返したが、実際のところご主人様から
『次に問題を起こせば私のモノを模した張り型にするからな?』
と笑顔でこんなことを言われていた。
その時はゾクゾクしたが、今になって考えてみると恐ろし過ぎるので、ランちゃんの申し出はお断りする。
いくら経験豊富な俺のお穴でも、ご主人様のムスコ様はデカ過ぎて何も出来なくなると思われるからだ。
(臨戦態勢のそのお方は、信じられんことに俺の腕並みに太いねん)
妙な間が空いたことでなんとなく察したのか
「はー…お兄さんはお仕事の前なのにお前さんの相手で、もの凄く疲れたよ。
…お前な、勃たなかったらどうすんだよ?」
ランちゃんは引きつった顔でこんなことを言い出した。
「俺がおッキさしてあげよか?」
親切心から言ったのだが…
「大将に殺されるわっ!」
お気に召さなかったらしい。
なんだかお仕事に行く前からぐったりしているランちゃんが可哀想なので、
「もー、出歩けへんから~。安心しおし~」
と彼がいつも出かける際に憂慮していることを安心させる為に伝えたが、今度は 「お前は信用がならない」と大変疑わし気な目で俺を見ている。
そんなランちゃんの肩をパタパタと叩きながら
「寝とるか、俺の脳内フォルダーの中のご主人様を視姦してオカズにしてるわ」
とも伝え、「そやさかい心配いらんよ」と念押しする。
「頼むから大人しくしていてくれ…俺も連帯責任で大将から叱られるんだ。
それは御免だからな?な?な?」
羽織りを肩に掛け、えらい男前の男娼さんは俺にそう言い置いて部屋を出て行こうとした。
そんなランちゃんに元気が出るように「ほな、おきばりやす!」と声を掛けてやる。
「ありがとうよ。いつものように部屋は好きに使って構わん。
大将との食事の時間までテレビでもパソコンでも、なんでもいいからお前の好きなことをして暇を潰してろ」
なんだか旦那はんみたいな調子のランちゃんに嬉しくなり、思わず抱きついて
「おおきに。おはようおかえりやす(訳 早く帰ってきてほしいな)♡」
という言葉と共にあざとい『堕天使(笑)』の微笑みをプレゼントした。
「お…おう、………」
ランちゃんは少しの間固まり「…っ、沈まれ!」なんて言っていたが、その後に気を取り直してお仕事に出掛けた。
◇
この鬼の国は日本によく似た国で、名を陽ノ本という。
こちらの世界にもランちゃんの言ったようにテレビやパソコンがある。
ランちゃんのお部屋にも備え付けに50インチ以上のデカいやつがあり、それがパソコンでありテレビでもある。
(俺は全くと言ってええほど見ぃへんけどな)
そんな近代的な電子機器にタブレットなどのガジェットすら存在するのに、建物に内装などはいかにもな和風。
男娼の売買システムも旧式のしきたりに則りやっているそうだ。
俺が今お世話になっているランちゃんの部屋を含め全ての部屋が畳敷きだ。
実家の家業(婆様は色んなもんのお師範やねん)もあり、俺には慣れ親しんだもので、異世界であるがそこだけは日本の刑務所の監房にも似ているし、ガイジン臭い見目をしているが中身はコテコテな日本人の俺にはありがたかった。
だが、それよりかなり広めで犯罪者が使うには、少しばかり贅沢な間取りだ。
数えたら畳は三十枚以上は余裕であり、本当に犯罪者用の部屋なのか疑いたくなるくらいに、設備が良い。
風呂にトイレもあり、簡易的なキッチンや冷蔵庫すらある。
(本当に監獄か怪しいレベルや)
ランちゃんはええとこの子らしく、このへんは優遇されているらしいが…
(やっぱこの設備はありえへんよな?)
ご主人様が王族(皇族)であるように、陽ノ本にはまだ貴族が存在する。
ランちゃんも有力な大貴族の【赤】というところの出身だそうだ。
(ほんまにあの子なにしたんやろ?)
それで俺に実家の世話になれと言ってくれている。
お仕事の為に箪笥や櫃に行李にまで衣装なんかが入っているのもあるのだろうが広すぎる!
αはやはり上位の階級の者に多いのか、他の奴の部屋もこの部屋程ではないが、俺がニャンニャンした奴らのとこも、犯罪者の独房とは言い難い贅沢な造りをしていた。
それに部屋も広いが後宮自体がかなり大きく、『遊郭』と言ったようにケネルは男のαのみを扱う色街みたいになっている。
部屋が豪華な造りなのは、そこで客を迎える事もたまにあるからだそうだが、基本的にはそれ専門の建物があるので、客との床入りはそこで行われる。
そこは央殿と呼び、央殿を中心にして四本の回廊が東西南北の四つ寝殿に伸びている。
それがここみたいな鬼の男のαの罪びとたちの住まいだ。
(俺という一般人も住んどるけどな)
この世界にも電話やスマホもあるが、俺は持ってないし犯罪者である『罪びと』(鬼やから人とは言わんねん)には余程のことがない限り、所持許可が下りないそうだ。
ランちゃんは俺のおもりをするからご主人様から持たされているが、これもここでは簡単に外に繋がらないらしい。
ランちゃんがおらず、することのない俺は暇を持て余していた。
テレビもネットも俺の体質的に辛いのでいつもこの時間が辛かった。
(情報が多すぎて脳みそ『パーン』ってなんねん)
───俺の趣味は人間観察と読書、それから料理や。
仕方なく俺は窓から外の景色を眺めることにした。
ぼーっと眺めていても流れる景色はずっと変わらず、『白』一色。
天気も分からないし時間の流れなどもよくわからない。
何故なら空も地面も見えないから。
ケネルは真っ白い靄の中に存在する。
(お化け屋敷とかのドライアイスの「もわーっ」としたんあるやろ?あんなんや)
───ここは異世界の中のさらに異世界『隠世』や。
ご主人様の結界である【域】というものの中にケネルは存在するんよ。
ここが異次元である為、脱獄は絶対に不可能。
だからなのかここには鉄格子や嵌め込みの窓などは一切ない。
というのもケネルは元々の作りがいわゆる寝殿造り。
平安時代のお屋敷によく似ているが、さすがに部屋の仕切りが衝立のみのということはない。
ご主人様はある程度の裁量を、ランちゃんのようなその建物の『守』である者に持たせて、外界と繋ぐ橋と俺らの住まいに繋がる門を守らせていた。
そのうえ自治すら認めていた。
(そやから四人の守がいてはるねん。鬼では四というのは貴い数字らしいわ)
部屋も自由に出入りが出来るが、ケネルの外に脱獄して結界を出られた者はいないし…挑戦する愚かな者もいない。
元々、皇族の為の後宮というのは普通は元服後に与えられるそうだが、ご主人様は性の目覚めが少しばかり早く、また欲求も強かった為、特例で持たされたそうだ。
その為、妾妃は一人も娶られておらず、性的嗜好の合致するオスの犯罪者のみを皇様から預かり、『犬』…つまりペットや下僕として飼われていらっしゃるそうだ。
ご主人様は後宮を持つ者たちの中でも一番若く幼いオスで、十七歳であらせられるが、ご主人様以外の皇族方は百歳を余裕で超え、皇様に至っては一万歳に手が届くらしい。
(あのお方がおひとりだけぶっちぎりで年上なだけらしいけどな。
そないなお歳やのにお妃様もお子様もおらんらしいで。
ありえへんよな?)
このように恐ろしく長寿で俺みたいな人族(人間のことや)を、赤子の手をひねるよりも簡単に殺すことができるくらいに、鬼は強い力を持っている。
だが、そんな鬼でもこのような世界を創れる者は少ない。
基本的には先程挙げた『牧場』、『後宮』、『花園』、『犬舎』。
これらの管理者である皇族ぐらいしか無理らしい。
───そんでこれら全ての後宮はその主の結界により、異世界に隔離されとる。
ランちゃんがお仕事に出たように他の男娼たちも仕事に出ている。
外界と繋がる門の前で待機して、馴染みの客を迎えようとする者もいた。
鬼の後宮には四つの寝殿と、それに繋がった四つの門がありその先に橋が架かる。
それが外界などと繋がる唯一の出入り口だった。
先程からそれぞれに装った『犬』たちは本日開く門である、東の門の前に集まっていた。
常世と幽世の重なる頃その時にケネルや他の後宮が開かれる。
そろそろ時刻は黄昏時となり、逢魔が時の頃だ。
───ゴーン………。と鐘が鳴り、東殿と繋がった【緑】の門が開く。
橋を渡って来る客たちの手には異次元を歩くための道を照らす、ご主人様のご紋『白紫陽花』の入った提灯(中にはご主人様の鬼火が灯っとる)と、顔を隠す白い鬼の面をつけている。
これがここで遊ぶ為に必要な通行手形であり華代だ。
(なんでかわからんけど、『花代』ではないんよ)
彼らはそれを買ってここに来ている。
そして央殿に居る気に入った男娼を捕まえ、交渉が成立すれば部屋に移動して同衾するそうだ。
そこからは長く滞在するものもいれば、すぐに帰るものもいるが、提灯の灯りであるご主人様の鬼火が消えたら橋も渡れず、異次元を彷徨うことになる。
もちろんご主人様に新たに火を灯して頂くことも可能だが、いくらかかるのかは知らないが結構な額らしい。
男娼たちが口々に「『ヨヒラ』へようこそ』と挨拶をしている。
───あ!俺が言ったケネルとかファームなんて名は俗称なんよ。そこに務める者たちでの通称やねんわ。
全ての後宮にはちゃんとした名がある。
ケネルは本来は【白】の宮様の後宮『紫陽華宮』で、遊郭としての名は『四葩』だ。
他はファームが『奴加豆支(鬼灯)』、ハーレムが『三千歳(桃)』、そしてガーデンが『紅薔薇』となる。
どこも似たような異世界に隔離されているが、ご主人様は四つの門のいづれかと繋げれるらしい。
(凄いよな?ご主人様はどえらい力をお持ちの方やねん!)
外を見て物思いに耽る俺に、愛しいおひとの姿が見えた。
このケネルに繋がる神橋を渡ってくる白い童子水干に身を包み、こめかみから金に近い白の二本の角を生やした小柄な鬼の少年の姿を見つけた。
(ご主人様や!)
顔は元服前ということもあり、本来なら成人の夜の儀式である契りをすることは許されない為に、ご主人様も鬼の面でお顔を隠されているそうだ。
(俺としては素顔を見たら皆が皆、ご主人様に惚れてまうからやと思う)
客たちはご主人様に気づくと慌てて跪いて頭を垂れたり、平伏していく。
あっという間に全ての客たちが橋の両側に分れ、ご主人様に向かい平伏していた。
そんな彼らを意に介されず、ご自身の周囲に真っ白な鬼火をいくつも浮かべられ、高い位置で結い上げた白金の髪を揺らし、こちらに向かい歩を進められるお姿は、誰になんと言われようが気高く、神々しい……
その貴いご身分というのもあるが、俺にとってはご主人様は『推し』。
「麗しすぎるっ!!…………尊い」
本当にこれほどまでにご立派であらせられるのに……
(まだ元服前というんが信じられへんわぁ~)
─── そやさかい俺からは絶対に手出しができひんかった。
それにしてもご主人様の訪れがお早い。
俺にとっては喜ばしいことであるが、客たちが来る前にここの様子を覗きに来られたのだろうか?
───俺が見ていることに気づかはったんか、一瞬だけこちらをちらりと見られた気がした。
その視線の色は恋に落ちたあの時、俺の心臓を射抜いた貴い金色。
それは兄貴以外で俺が初めて恋に落ちた相手であるご主人様の持つ、ほぼ唯一の白以外のお色だ。
皆から平伏され、褒め称える言葉で礼賛されている途中だが、ご主人様が右手をすっと挙げると、ご主人様の周囲にある白い鬼火は四散して、客たちの提灯の灯りが三、四倍は明るくなった。
ご主人様は客たちの鬼火の灯りを増やしてやったらしい。
(大盤振る舞いやないやろか?)
そして彼らに向かい玲瓏としたお声で語りかけた。
「これより暫しの間、私が北殿に籠もる故その詫びだ。
代わりに他の宮へ道を開く。
青は『ヌカヅキ』に、黄を『ミチトセ』に、それから赤を『ベニソウビ』に繋げる。
どうしてもここで過ごしたいという者は北殿には近づいてくれるな…私の『毒』にやられるぞ?」
よく通るお声は変声期前の少年のもの。
何故か今日はこちらでお過ごしになるうえに、北殿のみ封鎖するらしい。
客たちはご主人様の言葉にあっさりと納得して、それぞれ行きたい場所に目的地を変更していく。
(ええぇ?!いくらご主人様がこの後宮の主で、誰かとお籠もりにならはるいうても、ちょっとばかりワガママが過ぎる気もするけどな…)
そんな俺の心配は杞憂に終わる。
なぜなら寧ろ逃げるように慌てて出ていこうとする者までいるからだ。
───鬼は力の強い者が絶対で、特に皇族は恐ろしすぎて逆らわないというよりも、逆らえないらしい。
(やさしゅうてええ方やのに、ご主人様は『魔王』様やとか言われて、えらいおとろしい(めっちゃ怖い)お方と怖がられ、悲しいと仰られとった)
ご主人様は残る三つの門を開けると、その先に新たに橋を三本出現させて他の世界と道を繋げられた。
それからこちらの方を向かれ、俺と目が合ったかと思うと…………
───目の前におられた。
そして開口一番に罵声が降ってきた。
「聴こえていたぞ、この駄犬。貴様はまた私を怒らせたいのか?」
来られたばかりであるが、ご主人様は何故か俺に激怒されていた。
(なんで?)
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レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
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モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
私の事を調べないで!
さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と
桜華の白龍としての姿をもつ
咲夜 バレないように過ごすが
転校生が来てから騒がしくなり
みんなが私の事を調べだして…
表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓
https://picrew.me/image_maker/625951
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
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いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
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最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
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