僕の番が怖すぎる。

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三章 遂に禍の神にまで昇華される

お姫様、何を悩む?Ωの美徳なぞ親父に母上も鼻で笑い飛ばすぞ?

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 ご覧頂きありがとうございます。
 ───────────


 なんていうか…本当にねありえないやつだったんだ父の後添えは。

《ありえないとかそれどころではないだろう!》

 どう説明すれば良いのか…魅了fascinationという力がやつにはあってね。
 それでやつは父を長年洗脳し、意のままに操っていた。

リスLisの父親の母親への愛情を逆手に取ってなんてことを!》
《許せませんわ!》


 とはいえ、あのひとも防ぐ手段はあるのにそれをしなかったから良くないんだよ。
 百合リスもそうだったけれど、【Blue】のものはそういったことに対して大変弱い。
 こちらの精神や知識を持った者が多く生まれるからなのか、それを有している強みからか、そういったことはないと思っているのか…まぁ傲りがあったんだね。

《そんなものなのか?》

 世界によって価値観は大きく変わるのにそれに合わせなかったから悪かったんだ。 
 百合にとても甘い朱点でさえそのことで怒り、百合はかなり叱られ絞られ酷い目にあった。


 ◇◇◇


 未だに先程までのそれが恐ろしく震える僕を大好きな番が慰めてくれている。

「お姫様、安心しろ。」

 震えが収まるまでずっと僕を抱きしめてくれた。

「恐れるものはない。俺がいる。」
 
 時折優しく囁いてくれるが、まだ怖く落ち着かない。

「俺の部屋に行くか?閨で慰めようか?お姫様どうすれば良い?」

 とんでもなく整った顔を困惑に染めて僕を気遣う。

 発情期ヒート間近であるが先程の事が気持ち悪くそんな気分にならなかった。 
 こいつは物凄く心配してくれているがこういう時の機微に疎いところが少し辛い。
 
 (そういえば閨で巣作りをしていた。
 でも…今はそういうことをしたくない。)

 あれを見たら狩りの後でも力を振るい、昂りを燻ぶらせているこいつはきっと僕を抱く。

 今まで自分は強い力を持つし、こいつが側にいたから誰かに襲われる事なんてなかった。
 いざその目に遭ってみたら、それまでは大丈夫だと思っていたこと全てが恐ろしく、全然耐えれなくてありえなかった。

 (考えてもいなかった。
 少し…傲っていたのかもしれない。)

 桃色の靄も晴れ、呪詛のものとして使われたものは全て朱天シュテンに解呪されたがここには居たくない。

「…外の空気が吸いたい。」
「構わん、行くぞ。」

 朱天に手を引かれ回廊を抜けて庭に出る。

 そらは存在しないがこの【域】の中では自分の部屋の次に好きな場所だ。
 そう話したら庭先に休める場所を作ってくれた。

 (そういえばこいつは気にしていないけど、今のままじゃ僕が嫌だ。)

 立ち止まり、手を引っ張り水場に行くように命令する。

「お前は血濡れで汚れてるし、僕が清めてやるよ。」
百合ユリ……俺は適当に自分で出来るが?」

 なぜか微妙に渋い顔をして拒絶される。

 (何だろうか?僕がしてやることはだいたい喜ぶのに…)

「やってみたいんだよ。」
「まぁ…構わんが。」

 渋い顔がぎこちない笑顔になり、最後ににっこりと笑う。
 こいつが僕に笑いかけるこの瞬間が好きだ。

 (…今のは微妙に何かを誤魔化す様な笑顔だけど。)
 
 狩りで花笠ハナガサの手のものを大量に始末してきたというこいつには、その際に浴びた血や臓物などが体や身につけていたものに散っていた。
 さっきの顔につられて抱きつきたくなったが、これはちょっといただけない。
 従者に声をかけてこいつの着替えを持ってこさせる。

 水場に着くと桶に溜めた水を「これが一等早い」と言うが否や、頭からザブリとそれを何度も被った。

「ふぇ?!おまッ!もう!!」

 僕は慌ててそれを止めるが間に合わず、仕方なく濡れた体を手拭いで拭いて綺麗にしてやることにした。
 その間もこいつは髪をギュッと絞り頭からぽたぽたと滴る水気を払ったりする。
 以前からそれは髪が痛むからやめろと言っているのに止める気配が全くない。
 僕にはあんなに丁寧に磨くのに、自分に関することは適当かつ大雑把過ぎるから、吃驚することを度々する。

 そんなこいつに僕は思いついたことを話してみる。

「今度は湯殿で僕が洗ってやるよ。」
「……それは楽しみだが、お姫様はいつも寝ている。」

 (気儘にお前が抱き潰してくれちゃうからだろうが!
 僕だって湯に浸かる気持ちよさを味わいたいのに!!)

「偶にされる方が嬉しいだろ?」
「………かもしれんな。」

 (なんだろうかさっきから凄く反応が悪い。ホント失礼するな!)

 僕の【庭白百合】の咲く、鬼の守護者として僕らを護る為に鍛えられた美しい筋肉が付いた体を拭っていってやる。
 毎日こいつに抱かれて見慣れているこの体を、こうやって清めたりしてやったことはなかった。
 巣作りに続いて今日は色んなことの初めてを経験している。

 (襲われたりするのはもう二度と絶対に御免だけど…)

 そんなふうに思い出してまた少し震えていた僕を引き寄せ抱きしめてくれる。

「お姫様、すまない。遅くなり怖い思いをさせた。」
ツナやゲンジ達に言い置いて出てくれたから。
お前はちゃんと来て守ってくれた……ありがとうな。」

 並のΩよりかなり大柄な僕でもふわりと包み込む大きなぬくもり。
 僕よりも少し高めの体温が心地よい。

クロは?」
「従者たちに任せた。今は母上か親父の所だろう。」

 この美しいあかい鬼は、ここ数年ですっかり落ち着き、【赤】に【黄】が程よく混じった本来の性質を見せるようになってきた。

 (まだまだ子供っぽいところもたくさんあるけれどね。)

「父様の事を黒に知られたくないな。」
「無理だろう。あいつは親父の跡を継ぐ。」
「………」

 優しく穏やかで落ち着いた抑揚の力のある声。
【華】から薫る芳醇な薔薇の香り。
 辛い話題でもこいつの持つもの全てが淀んだ気分を落ち着かせてくれる。

「百合、今回のことだが不用心過ぎる。
フレイヤの教育でそうなったんだろうが、お前は鬼の呪詛に疎すぎる。」

 父の話で沈んだ気持ちを察したこいつは話題を僕の対応の拙さに変えた。

「仕方がない。
俺は教えるのに向かん。
母上にもう一度頼もう。」


「うぇッ?!」( な ん で す と ! )


 義母の教えは色々と厳しすぎるので僕は苦手だった。
 普段の優しくお菓子をくれて一緒にお茶をする時と大違いで… 大 変 コ ワ イ 。

 着替えをする為に僕を離したこいつに従者から受け取った新しい衣を手渡しながら尋ねる。
 
「お、お前じゃダメ…?
それに耳長エルフ魔術セイズ呪いガンドに関してなら僕は凄いよ!」

 熱心に僕の特技を売り込んでみるが…

「お前はそれを仇なすものに先じて仕掛けるのか?」

 それに対して胡乱な目つきで問われた。


「…やらないね。」(うん、ムリ!)


「話にならんな。」

 これである。

 最後の手段として綱から『デカいオスが甘えて良く許してもらえるな…』と言われる上目遣いでお願いしてみる。
 こいつは「くッ!」と一瞬悶えたが、堪え僕に冷たくそれを言い渡す。

「お前は俺に甘えるだろう?俺はそれを止めれぬから駄目だ。」

 衣を身に着けながら返答をし、帯を締めつつ念を押す様に横目でジロリと睨む。
 幸せな気持ちが一気に萎み、それを想像して冷や汗が止まらない。

 (ううう…処分場にいる罪人の奴らみたいな気分だよ。)

 着替えを済ませた朱天は腕を組んで佇み、軽く瞼を閉じて考え込んでいる。
 その整いすぎた容姿の造形などから、こいつが超越した存在だと気づかされる。

 自分もそういう存在となり数年経ったが、この様に自然と在る姿ではならない。
 義父母でさえそうだ。

『ヒト』の心と『神』の知識と力を持つ者。
 それが亜神の本来の在り方であるが、こいつやフノスの場合は例外だ。

『神』として生を受けたこいつは僕や息子から『ヒト』らしさを学んでいるという。
 僕と同じものを食べたり話すことでそれを知りたいと言い、最近では一緒にお菓子を食べたり、お酒を飲むようにもなった。
 息子と遊ぶことや狩りなどに連れて行き鍛えることも楽しんでいる。
『ずっと仲良く暮らしたい』が出来てとても幸せだと話すこいつの笑顔に、僕も幸せを感じている。

 こいつの番にされて、伴侶…妃となってもう既に八年は経った。
 僕は二十一歳になり息子の黒も十歳だ。
【域】で暮らすようになり、早五年。
 季節は秋に入りかけの文月(七月)の半ばだ。
 
 僕らが居る中庭は常に僕とこいつの【華】が咲いている。

藍青ランセイだが、あれはいかんな。
【青】は早々に星熊ホシクマの子に挿げ替る。」
「…もう回復を待つことは無理なんだな?」
「俺の見立てではな。」
「僕が…いや、駄目だろうな。」

 父はこいつに殴り飛ばされた後で僕の従者に捕らえられた。
 僕の実の父で地位もある者だが、皇子の妃に暴行しようとした行いは見逃せないと刑部省のゲンジに諭された。
 明らかに錯乱している【心神喪失状態】だそうなので【情状酌量】の余地があり、『最終的には旦那様次第ですが…』と言われている。
 こいつが…朱天がそう決めたのなら覆らないだろう。
 因みに編笠アミガサに祖父母や実家の者は全てゲンジ達により捕らえられたそうだ。
 沙汰についてはまだ分からないが。

「父親のことや本来継ぐはずだったもので思い入れもあるだろう。
だがな、言っておくが絶対にお前には何もやらせんぞ。
【域】の外にも【絶対に出さん】からな。」

 普段は僕を滅茶苦茶に甘やかして、全肯定で認めてくれるこいつが先程から妙に厳しい。

 (こいつがこう断言したらもう絶対に無理だろう。
 守らなければ今みたいに僕を【しゅ】で縛る。
 もしくは抱き潰したり孕ませたりして強引な手で止めるだろう。)

 視界に入る自分の庭白百合の【華】を見て、先程の事をまた思い出した。
 父は助からないのかと思うとその瞬間にそれを忌々しく思ってしまい、右手を振り思わずそれを消そうとしたが…

「お姫様、俺の美しく気高い白い百合。それを嫌いになってくれるな。」

 その手を取られ、眉を顰めたこいつに止められる。

 (わかってる…これは単なる八つ当たりだ。)
 
 発情期前の不安定な情緒が先程からの妙に浮ついたり、沈んだりする気持ちにさせるのだろうが…
 今は僕の【庭白百合】の咲く場所も、こいつの【青薔薇】の咲く場所にも居たくなかった。
 
 (こいつの部屋も僕の部屋も【華】のある場所は嫌だ。)

 僕ら鬼の持つαオスを誘いΩメスを堕落させる、その薫りを放つそれが憎く思えて仕方なかった。
  
 するとそれを察したのか、僕の手を引きある場所に連れて行かれる。
 こいつの力強く歩む足音、それに続く僕の足音は弱々しい。
 
「お前は悪くない。」

 その道すがらも僕に語りかける。

「俺の大切なお姫様と息子を悲しめ、傷つけるものは許せん。」

 平時では珍しい怒気を孕んだ声で話す。
 滅多に怒らないこいつは僕や黒に義母などが係る時に関しては別だ。

 そうこうするうちに黒が練習に使っている花壇まで来た。
 この【域】の中で唯一ここにはそれが咲いていない。
 僕も最初はここで【華】を顕現させる練習をしていた。

 目的の場所に到着したこいつは僕に向き合い、再び諭すように語りだす。

 少し伏せられ遠い目をする金と銀の色違いの瞳には、先程までの怒りなどの感情は一切存在しない。

 超然とした佇まい。
 僕を見ているが彼方を見るような視線。
 鬼族の守護者として語るときはこんなふうになる。

 これが『神』としてのこいつの在り方。

 こいつの従者たちが言うには、僕と暮らすようになってから…
 黒が生まれてから大分変わったそうだが、こんな時にこいつの中の『神』の部分が垣間見える。

「あの様にαオスΩメスの薫りに躍らされ、惑わされることもある。
信じられぬかもしれんが、俺や親父のような存在のほうが稀だ。」

 こいつも義母や姉たちの様に【予知】などがあるそうだが、普段は全くそれを使おうとしない。 
 その力はとても褒めそやされるものだが、こいつはえすぎ、こえすぎるそれを厭う。
 今でこそ違うが、僕を番にした当初は【交心テレパス】でさえ嫌がっていた。

 今使っているのは僕が無茶をすることを防ぐためらしい。

 (僕も信用がないな…)

「俺が取り上げた菓子を隠して食っていたのはいかんぞ?」
「スミマセン。」

 素直に謝ると片眉を上げ溜め息を吐いてから『神』としての言葉を続ける。

「オスのさがで可哀相ではあるが、あれはそれに堕ちそれを享受している。
『末端』は特殊過ぎるものではあるが、付け込めるところがあったということだ。」

 厳しすぎる言葉だが、父はそんな弱いところのあるひとだった。
 上に立つものとしては不向きであるが、そんなところを母は愛しく思い、僕や姉もなんだかんだいっても嫌いになれないんだろう。

「あれは幸せな夢を長年ずっと見ている。
夢か現か幻か、それすらもうわからんだろうな。」

 滔々と語られるその事実に言葉が出ない。
 つまりあの洗脳は長年続けられてきていた。
 僕が止めることもできたかもしれないという事だ。

「その証拠に唆されお前を襲った。その事を俺は決して許さない。」

 先程の体験はあまりにも恐ろしく、起こった事実を心が受け入れない。
 こいつの怒りもわかるが父をどうしても憎めない。

 (父様……) 

「魅了され、洗脳されているそれを解くことは出来る。
 だが、長くその毒に浸かり犯された精神は耐えきれなくなるだろう。」

「そんなっ!」

 あまりにも衝撃的な発言に僕は驚く。
 その言葉を飲み込むのにしばらくかかるが、こいつはそんな僕を意に介さず続ける。

「既にその魂すら穢され蝕まれている。」

 その事も今ではる者として辛く苦しく重い宣告だった。

 こいつは再び溜め息をつき呆れたような口調になる。
 
「お前の父は強い色を持つが弱すぎる精神がいかんな。
全く、【青】の者は度々シキとなり亜神になれる者が出やすいのに、みな護りが弱く脆い。」

  最後にそう締めくくった。

「何か質問はあるか?」と聞かれたがじっと僕を見るその視線に
『神』であるこいつに見られるのが辛くなり、花壇のそれを見る。

 そこにある息子の成長の成果を微笑ましく思い、それで気持ちを落ち着けることにした。

 (父様がクズくて色々と駄目すぎるのは昔から知っていただろ!
 もともと色々と諦めてたし、嫁いで今は幸せなはず…)

 スーハースーハーと少し深呼吸をする。

 (旦那はちょっと色々とおかしいけど、僕好みの美人で優しくてかわいいやつ。
 息子はとっても良い子だし、こいつ似で強くてほんっとに滅茶苦茶カワイイ!!)
 
 まだ蕾も咲かず、息子の【華】特有の実さえついていない枝葉のみのそれ。 

 (こいつは隣で『お前はまだまだ弱っちい』とか言って泣かすんだよなぁ…
 ほんとに大人気ない。)
 
 毎日必死に訓練しているが、強い力を持つがまだまだ幼いあの子には難しいようだ。

 (鬼灯ほおずきは「偽り」「誤魔化し」などもあるけれど、「心の平安」なんていうのもある。
 実際、あの子は僕とこいつに安らぎを与えてくれている。)

 (僕ら夫夫ふうふだけじゃない。)

 あの子は義父母や姉達も含めてみんなを和ませてる。

 (お義母様はズレてるけど良い方。お義父様も僕には優しい。)

 思えば【青】には姉や菖蒲アヤメ兄様くらいしか、僕の周りにはちゃんとした大人が居なかった。
 姉が駆け落ちした前後からさらにおかしくなった。

 教育係たちは偏った思想の持ち主ばかり。
 僕をあんなふうに軟禁状態で厳しい教育を施し様子もあまり見に来ない。
 家出の直前にあのクソみたいな後添えを迎えた。

 家出の時は僕もこいつみたいに呪いの垂れ流し状態で、恐ろしいのかやつらは近づいては来なかった。
 けれど僕が【域】から出れないのを良いことに、まずは黒のみを家に誘った。
 護衛に僕とこいつがつけた最強の守役である、茨木イバラキと綱が来るとは思わなかったやつらは、それは大変慌てていたと聞いた。

 そのことに続き、先刻の騒ぎ。
 ありえない言動と狂っているとしか思えないその頭の湧き具合を黒から聞いていた。
 それでも父の様子のおかしさに愕然とし、その行動に恐怖を感じた。
 
 父とその後添えに異母弟との会合は不愉快としか言いようがなく、僕の心を苛立たせ落ち込ませた。
 あんなにも僕に厳しかった父が花笠あれに堕落し錯乱した姿に驚愕した。
 それを思い出すと恐怖よりも怒りと悲しみの混じった感情が込み上げ、涙が出そうになる。
 そしてそんな自分がまた嫌になってより落ち込んでしまう。

 不意に先程までのあの事に思わず愚痴が溢れる。

「なんか姉様の駆け落ち前の事とか、僕の嫁ぐ前の時、それに今回のこと。
【青】は呪われているのかな…」
「そうだが?」

「ぅえッ?!」
 
 不思議そうな「何故それを知らない?」とでも言いたげな顔をして、平然とそれを伝えるこいつに変な声が出た。

「此の所届く菓子は良くないものだと言って取り上げていたな?」

 意地悪そうに目を細めてまた僕の事を責めてきた。

「暗示などは簡単に解呪出来るが、『アレ』の手による薬はなかなか難しい。
なのに俺に隠れてお前は黒と食う。」

「本当ニスミマセンデシタ。」

 (悪かったけれど父様の贈る菓子は最高に僕好みのものなんだから仕方がない。)

「お前は本当に反省しているのか?」
「大変申シ訳アリマセン。」

 (これに関しては年季の差だ。)

「…俺からの菓子をもうやらんぞ。」

 それはこいつからの最後通告だった。

 (それは困る!)

【域】から出れない僕がそれを手に入れられるのはこいつに父と姉。
 綱や四天王のみんなにゲンジ達は僕の健康にうるさく、【虫歯】や【糖尿病】というものを心配している。

「許して旦那様ッ!!」

 縋り付き必死に許しを乞う。
 抱きついてまた上目遣いをしてみるがその目は冷たい。

 こいつの物が手に入らなくなれば、他にはたまーに来る姉のみ。
 黒の教育にも良くないと言っている従者たちの監視の目は大変厳しく非常にツラい。

「なら俺の言うことをちゃんと聞け。」
「ハイ。」
「母上から再び教えを受けること。」
「畏マリマシタ。」

 僕は従順で淑やかで美しいお妃様になることにした。

「まぁ…よい。」

 (なんとなくだが物凄く呆れられた気がする。)

 だがこれに関しては妥協できない。

 分かった今では納得するが、愛どころか嫌悪する者や憎まれている者の肉や魂など、クソ不味くて当たり前だ。
 こいつは平気な顔してバカスカ食べるが、口直しがなければやってられない。

 (それなのになんで食べてるか?
 それは僕もこいつが好きで愛しているからだよ!
 僕もこいつの気持ちが知りたいから…同じになりたいからしてるんだよ!!)

「話を戻すが、あれは強い魅了と誑かしの呪いを長年受けてきたな。
少なくともお前が生まれる前からだろう。」

「へ?」

 半ば冗談で言ったのだがそれが事実だとしたら、なんで【青】ばかりなんだと思ってしまう。

「姉様が──の名を捨てたことや僕の置かれていた境遇なんかもなのか?」
「そうだ。お前が嫁ぐ前に掃除したあの時に始末し尽くしたと思ったが、また厄介な末端が入り込んだ。」
「待てよ宗家があれじゃあ終わりだろう?僕がいた頃はそんなんじゃなかったのに!」
「フレイヤが飛び出し、お前が嫁いだことで奴らには障害がなくなり、『アレ』がより手を広げたんだろう。
全く以て忌々しい。」

 亜神となったことで色々なことを教えてもらえるようになり話すことも増えた。
 思っていたよりもずっと雄弁で知識も豊富で、そんな夫に惚れ直したりもする。

 とてもじゃないけど今はそんな気分にはなれないが…

 それにまた『神』としての面が出てきている。
 僕が亜神になった様にこいつもより神に近づきつつある。
 今まで安定しなかった精神が僕や黒により支えられたからと言われているが複雑だ。

「お前が気に病む必要はない。あれが弱く愚かなだけだ。」

 静かに語る口調には強い軽蔑が感じられた。

「それよりもお前は四尺八寸九分(約186cm)で背丈も止まり体も完全に成熟した。」

 話を強引に切り替えるこいつのその能力は不思議すぎて本当に怖い。

 (本当に仕立てのときくらいしか必要ないよね?それ。
 でも、黒の背丈がぐんぐん伸びている今はなんか楽しいんだよなぁ…)

 二十一になり、体の成長も少し前に止まった。
 そろそろ亜神としての在り方も定まりはじめ、次の子を考えても良い頃合いになってきた。

 だが、僕の抱える悩み以外にもあんなのがいる間は、こいつや息子の邪魔にしかならないだろう。   

「お姫様、何を悩む?Ωの美徳なぞ親父に母上も鼻で笑い飛ばすぞ?」

『ヒト』の面を見せているこいつが僕に笑いかける。

「お前も今では一族で一番美しく強いΩだ。
それは民たちもみなが認めているだろう?」

 こんなふうに諭してくれるがなかなか受け入れづらい。

「なぁ…お前に悩みを話して今回は無理でも次の発情期に…と思ったんだ。
でも、この騒動が収まらない間は次の子もまだ難しいのかもしれない。」

 僕はこいつや黒のことを愛するがゆえに迷惑をかけたくない。
 口にしたく無かったがありえることを尋ねる。

「家族が罪人になるとか妃を廃されてもおかしくないと思う。」 
「親父や母上も為政者として目に余るものには手を下すが、お前は関係ないだろう?
寧ろ害された側の者だ。」
「それでもっ!」
「【あんな屑どもなど毛ほども障害にならん】。」

 僕を落ち着かせる様に力の籠もった言葉で縛ろうとする。

「やつらは黒にも手を出した。………俺は母上が怖い。」

 義母の怒った際の行動は姉並みに凄まじい。
 それを知っているこいつの目は死んでいる。
 相当なやらかしをしないことにはこいつもそこまで叱られないらしいが。

「お義母様はお義父様に似た黒を溺愛しているからね。」

 少しだけ気分が浮上した。

「なんにせよ、これ以上のことはお前に配慮して耳に入らぬようする。
お前はそれを知ればまた無茶をするからな。」

 そう言って、僕の頭をポンッと叩くようにしてから撫でた。

 近い将来、僕の家族と呼べるものはこいつに黒。それから義父母。
 そして姉様とその家族だけになるだろう。
 悲しくないといえば嘘になるが、【青】をまとめる者としてあの状態では無理だろう。
 大臣の仕事も無理だから、文官達の中心人物である父がいなくなると、かなり混乱が生じそうだ。
 色々と問題のあるひとだったが必要とされるところも多かった。 

「自らの愛したメス…大切な番を傷つけ、我が子まで悲しませる。
俺はそんなふうになりたくはない。」

 こいつは僕以外のΩや女メスに惹かれない様に、呪いで自分を縛ったりするくらいに僕に執着している。
 愛に狂いすぎておかしいとまで言われているが、そのように言うやつらの目にはこいつへの羨望があった。

『自分には出来ない』そう何度も色々な者から言われた。

 だから言える。

 (僕の番は最高のオスだって!)

 それをいたのかこいつがにこりと笑う。
 それに恥ずかしくなり、俯いてしまうが気持ちだけはちゃんと伝える。

「…僕はお前の番で良かったよ。本当にこれだけはそう思うよ。」
「お姫様、泣くな悲しむな。俺は裏切らない。お前だけだ。」

 こいつに言われ泣いていたことに気づく。
 慌てて目尻を拭う僕を優しく抱きしめてくれる。
 
「うひゃあ!」

 涙の溜まっていた目尻をぺろりと舐められてそれに驚いた。

「ハハハ、すまんな驚かせた。口づけをするが良いか?」
「うん。」

 (あいつに触れられた時は全てが不快で気持ち悪かったけど、こいつは違う。)

 聞かれたそれに頷き、こいつの着物をギュッと握る。

 (僕はこいつだけにしか惹かれないし体も心も許さない。
 こいつだって呪いを使ってまでして貞操を守ってるし、僕も縛ってる。)

 唇に口づけを落としてから何度か唇を食み、優しく触れた後に舌を割り入れてきた。
 口内や歯列を優しく撫でると同時に僕の腰に回した手も慾を起こそうとする。

「ん、……」

 甘い甘いふたりだけの時間が流れる。

 僕を落ち着かせるようにさらに強く抱きしめてくれる。
 大好きな番の抱擁や口づけにその香りなどで大分落ち着いてきた。

 やがて唇が離れ、色を宿した金と銀の瞳を持つオスが僕に尋ねる。
 
「俺のお姫様。ムラサキ、お前を抱きたい。蕩かし可愛がりたい。」
「………うん。」

 その返事にこいつは僕を小脇に抱えた。

 (出来ればこれ以外の方法で運んで欲しいんだけどな…)

「ん?どうしたお姫様?」 
「あのさ…お、お。いや、なんでもないよ。」

 (姉様に聞いた【お姫様抱っこ】を強請るのはまだ恥ずかしい…)

「朱天、…その…あの…ひ…、だ…こ」
「何だ?先程の事でまだ動揺しているな。」
「う、うん。」
「安心しろ、優しくする。」

 にこにことして大変機嫌の良いこいつが応えてくれるが…

 (ああああああああ!!バカバカバカバカバカバカバカ僕の馬鹿!!!)

 僕はまだ恥ずかしくて結局それを強請れなかった。
 
 (そろそろ誰かこいつにこの運び方がおかしいということを突っ込んで欲しいんだよなぁ…)

 考えるだけで赤くなる顔が恥ずかしく、こいつからは見えないのに思わず手のひらで顔を覆い隠してしまう。


 (寧ろこういう時こそ【交心】の出番なのに!)


 抱えられ運ばれている中も僕は悶える。

 (ううう、助けて姉様!)


 ◇◇◇


《ところでリスはいつお姫様抱っこをしてもらえるようになったのかしら?》

 それについては黙秘致します。

《《《《《()》》》》》
 
 秘密だってば!!!
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