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三章 遂に禍の神にまで昇華される
…俺も甘くなった。以前なら構わず滅していたものだが。
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ご覧頂きありがとうございます。
*軽い虐待、強姦描写があります。
───────────
父が最悪にクズかったから、緋も百合もそのことは許していない。
けど、あのひとはいつも庭に咲く牡丹の花を見て泣いていたよ。
『僕の宝石…瑠璃様。』って。時々、リスの事も間違えてそう呼ぶし。
何度殴りたくなったことか!…実際に殴ったけどね、何度も。
母が亡くなった場所…実家の庭にはいつも母の【華】が咲いていた。
あの牡丹はずっと枯れずに年中咲いていて美しかったな…
《お前が牡丹が好きなのはそれでなんだね。》
うん。
他にも青薔薇と鬼灯は特別な思い入れがあるのはわかるよね?
《青薔薇はシュテンのものだからかな?》
《amour en cageはNoirのものだったかしら?》
その2つは本当大好きでバレンタインデーに欲しくなるよ。
赤薔薇と白菊はママには悪いけど、『母』を思い出す花。
《構わなくてよ。そういうものはありますからね。
わたくしは話を聞いてからマドンナリリーを育てはじめました。》
そうなの?自慢じゃないけどリスの【華】はそれは美しかったよ。
難しいだろうけど、いつか見せたいな。
《…その時を楽しみにしていますよ。》
梅の花と桃の花も見ると涙が出ちゃうね。
桜の花も好きなんだけど、散る時の悲しさが色々と思い出させてくれる。
逆に花笠石楠花は大嫌いだね。
《それはリスの嫌いな家族の花なのかな?》
そうだね。思い出したくもない最悪で最低なやつだね。吐き気がするほどだよ。
錦百合…父の花もあんまり見たくないな。
編笠百合……異母弟の花もちょっと複雑な気持ちになる。
私と緋は全然父親に似た要素がなかったのに、弟は精神の弱さとかそのへんがそっくりで、そこも複雑だったな。
◇◇◇
久しぶりに僕の部屋で客人を迎える。
父が来るときはいつも自分の部屋で話している。
初めて通した時に、誂えられた調度品や着ている衣、それから出た肌に咲く【華】などから、僕への寵愛度合いを知った父は寂しそうにしたが、安心したみたいだった。
散々、僕があいつに喰われていないか心配して文を寄越していた父。
あのひとは朱天が苦手で怖いらしく、あいつが気にして同席しない事が多い。
そういう気を使わせて申し訳なく思うけど、あいつは存在自体を怖れられる事が本当に多い。
そのことで話ができなくなったりしない為の対応だ。
衣ずまいを正し、妃として恥ずかしくない姿か確認を従者に頼む。
「うん、問題ないわ。
それから、親父さんの従者がこれを土産にって。」
先に父たちを案内していた綱が僕にそれを渡す。
僕の産まれたときに植えられた庭白百合と牡丹の花束を渡された。
数本だけだが持ってきたらしい、久しぶりに見る母の【華】。
父を遺して逝くのにこれを残したのは愛があったからだろう。
母の【華】を見て、その匂いを感じれば番を亡くしても父は狂うことがない。
「これを見るのは久しぶりだな…」
「牡丹か…確かそれ、お袋さんの【華】なんだろ?」
「うん。薔薇の次に僕の好きな花だよ。」
父はこれを誰にも触らせず、唯一残った母のお手つきを持つ父が、定期的に血を与えて綺麗に咲かせていた。
そんな父にとって大切なものを数本ではあるが持ってくるなんて何故だろうか?
控えている従者にそれを渡し、花器に生けるように命令する。
母の【華】を見たからか思考がスッキリとして、先程までの妙な疼きが治まってきた。
いつも僕に安らぎをくれていた母の【華】。
昨日の蜜酒といい、この牡丹といい、母の事を最近良く聞くし自分も話したりしている。
(本当になぜだろう?)
回廊を歩き自分の部屋に入った僕に客人の姿が目に入る。
部屋で待っていた客の数は三。
父と後添えに異母弟だ。
僕の目の前にふてぶてしく偉そうにして座る父の後添え。
名を花笠という。
こいつは蠱惑的でメスらしい容姿をしていて、色んなやつを誘惑しては閨に連れ込んでいるクソみたいなやつだ。
今も僕の従者たちに色目を送っている。
普通であれば番のいる者が番以外の者と関係を持つなど、生理的な嫌悪感や拒絶感が酷いと聞くのだが、なぜかこいつは平気らしくそれも気味が悪い。
聞くところによると自分が番を奪った相手で、更にΩである母にさえ秋波を送るほどの淫乱らしく、本当にどうかしている。
僕が部屋に入り座るとこちらを向いた花笠は一瞬驚いた顔をしたが、妙ににっこりとした顔をして、ねっとりとした視線を送ってきた。
(こいつ本当に気持ちが悪い。)
異母弟は初めて来る皇宮の皇子の宮に興味があるのか、視線がきょろきょろとして落ち着きがない。
この子は編笠だ。
緊張しているのはわかるが、お前も【青】の家の当主の子。
(もう少ししっかりしろと言いたい。)
そんな妻と子を咎めることのない父。
久しぶりに見る父のその姿に驚いた。
前に父と会ったのは三月程前で今みたいに発情期間近の頃だったが、文の遣り取りは頻繁にしている。
いつもお菓子と共に送って来てくれるので黒と共に楽しみにしていた。
(最近は茨木だけでなく、妙にあいつの目も怖いから隠して食べているんだけどね。)
父はもともと痩せ型で姉などからガリガリと言われるほどだったが、ここしばらく血の摂取をしていないのか重病人のように痩せ細った異様な姿になっていた。
落ち窪んだ目が爛々としていて、それがじっと僕を見つめている。
その視線に思わず背筋がゾクリとする。
(父様?!その姿は?一体どうしたの!)
花笠と編笠と会うのは家出の時に数度会って以来だから何年もその顔を見ていない。
僕は現在、鬼族の中でΩの序列は義母に続き二位。
亜神にもなっているので、崇拝対象ですらある。
家出騒ぎであいつが本当の守護者ってバラしたが、箝口令が敷かれ変わらず秘密にされた。
それでも上位の鬼である父や他の【四家】の者は、そのへんを理解しているので彼らからは尊崇されている。
(これについては本当は勘弁してほしいんだけど…)
そんな僕の立場を理解していない父の後添えや異母弟の態度に疑問を覚える。
鬼族ではそのような振る舞いは許されない。
僕が義父であれば即座に始末する。そんな態度だ。
もともと地位の高くない下級の鬼であった後添えが知らないのなら、父が教えていないということ。
(ありえないけど…亜神というものについての知識もないのかもしれない。)
生まれや立場によって知れることは変わるから、以前は知らなくても仕方のないことだが、 現在は仮にも【青】の当主の妻だ。
そのわりには随分ぞんざいな扱いをしている。
そう思ったがこのひとならそれもあり得るかと納得する。
相変わらず亡くなった母以外の者にあまり興味がない。
(仕事や興味のある学問には寝食を忘れるほど打ち込むのに…)
母によく似ている為か、定期的に文で遣り取りをして、贈り物をされていた自分が一番可愛がられているらしいが、異母弟は生まれてからしばらく放置されていた。
それを見兼ねた祖父母が面倒を見ており、大変甘やかされて酷いことになっている。
(祖父母は実子がいないから、あの子をデロデロに甘やかしてたんだよなぁ…)
父のこういったところはクズに違いないと思うのだが、なぜだか許してしまう。
そういう何か放っておけないところがあるひとだ。
姉によると母もなにかに没頭すると寝食を忘れる父の世話を焼いていたらしい。
ぼんやりとそんな事を考えている僕に桃色の髪と目をした男が、直答の許しも得ていないのに、僕より先に口を開き喋りだした。
「百合、久しぶり!
すっかりイケメンになって物凄く驚いたよ!」
ゆるく波打つ髪を玩びながら父の後添えがそんなことをほざいた。
秋波を送るようなねちっこい気持ちの悪い視線もやめて欲しい。
(お前は散々息子と一緒に僕の容姿を馬鹿にしたのに、なんでそんな目で見るんだ?)
不愉快で無礼な発言はまだ続く。
「それでね今日来たのはこの子を朱点の妃にして欲しいんだけど。」
あいつは僕の夫だけれど、この後添えとはなんの関係もない。
とにかく礼を欠いているし、あいつを呼び捨てなど恐ろしいことをするこの男に唖然とする。
(…礼儀とか諸々がなってない!
それに何てことを考えてんだ!!僕が既にそれになってるだろうが!!!)
僕の従者たちに向っても「お茶も出ないし、気が利かない。【角なし】…でも顔は悪くないね。」なんてこともほざき秋波さえ送る始末。
(番になった父様と婚姻しているのに未だに男漁りとか…ありえないだろう?!)
僕のゲンジ達は訓練された彼ら曰く『すぺしゃりすと』だ。
拷問や色じかけなんて一切通じない効かないそうだ。
『角なしである事が利になっております。』と彼らは言う。
僕に絶対の忠誠を誓い有能で惑わされない。
そんな彼らをあいつは気に入っている。
眷属には【華】による縛りがあるからそれは当たり前だと思うのだが、なかなかそうでもないらしい。
主人に反抗し【華】を枯らされ始末されるものも良くいるとあいつは言っていた。
義母やあいつに僕はそんなやつを飼っていないけど、父は母の死の前後に裏切り者が多数出たという信望のなさ。
おかげで今では数人の崇拝者しか置いていない。
一部からは物凄く慕われるが、蛇蝎の如く嫌う者も多い。
本当に父は色々と駄目過ぎる。
花笠は常に誘惑するようなもわんとした、なんともいえない薫りと桃色の靄をまとっている。
噂によれば薬草などを使い、それによって薫りを強くしてオスを骨抜きにしているらしいが…よくはわからない。
僕はやつの持つこの桃色の靄が生理的に気持ち悪く、恐ろしくて昔から苦手だった。
さっきから感じていた気持ちの悪いものの正体はこれだったのかと納得する。
あの靄が呪術的なものであることはわかるが、父や祖父母などがそれを放置しているのがわからない。
感覚的にとてもおぞましい事がわかるのに、なぜか惹かれる者が絶えず、色んな者がこいつに群がっていた。
偶に本邸に来たら色んなところで盛っていて、それも多人数とかでありえなさ過ぎて本当に気持ちが悪かった。
別邸にいるから良かったが、同じところで暮らしていたら耐えれなかったと思う。
公然と浮気をして遊ぶ花笠。
それを放置し許す父。
互いに番であるはずなのによくそんな事が出来るなと思っていた。
自分があいつにそんな事をされたらきっと狂って何をするかわからない。
(今でも大概な嫉妬野郎なのに。)
父は異母弟の方はそれなりに可愛がっていたが、事故的に番になったやつに全く興味がなく、まさか後添えに据えるとは思わなかった。
今の僕の身分はあいつの妃で、何度も言うがΩの序列は二位。
さっきまでの言動でも既に制裁対象になる。
あいつが言い置いて出たのもわかっている。
なんだかんだ言っていても、父を処罰するのはどうしてもできない。
それになぜだか父に逆らったり意見したりするという気が不思議と起きない。
(おかしいとわかるのに何故だろう?)
僕やあいつを侮辱した言動に横に控えた綱や従者たちが構えるが…
それを交心を使い、制する。
従者たちからも「姫様甘すぎます!」という声が聴こえる。
明らかに僕を侮った言動に父を見るが、やつらを止めることもない。
ただただ、僕を見つめている。
(……なんだろうほんとうにどうしたの父様?)
その視線には色を含んだ熱っぽいものが感じられるが…流石に気のせいだろうと思うことにする。
そしてそんな父の耳元で花笠が何かを囁いている。
この父の後添え…花笠は僕の親でも何でもない。
彼が父に嫁ぐ前に僕はあいつに嫁いで皇の者となっていた。
この言動は本当にありえない。
(父様、あんた皇子とその妃を呼び捨てにした妻を放置とかありえないだろうが!
あんた!太政大臣までしているのに大丈夫か?)
これが発覚したらあの恐ろしい義父に始末されかねない行動だ。
更にこのあとの花笠と似た色合いを持つ異母弟の発言に僕は耳を疑いたくなった。
「アンタでもなれんだから、僕がなれないわけないじゃない。」
えらく誇らしげに話す編笠は「ふふん」と鼻で笑う。
母親譲りの自慢という艷やかな濃い桃色の髪。
綺麗な空色の潤んだ瞳に誰もが絆される。
小作りだが整った顔立ちと白く華奢な体つきは女の子にも見え大変庇護欲をそそる。
Ωらしい容姿だけ見れば大変可愛らしい異母弟。
(こいつもより好みしなければどこにでも嫁げるはずなんだけどなぁ…)
通っていた学校や宴などでも人気なのになぜかどんな縁談も嫌がる。
こいつは男に嫁ぎたくないとワガママを散々言って、祖父母の用意した良縁も断わりまくっていた筈。
(なのにあいつの妃になりたいとかなんでなんだろうか?)
花笠の子のくせに不思議と純潔を守っているからまだマシだけど、こいつの頭は相当湧いている。
(その年齢で成熟済のΩなら既に行き遅れだから焦っているのか?)
そんな彼から続けて放たれた言葉にみんなが絶句することになる。
「朱点がアンタに興味がなくて放置してるって!
後宮で囲ってるものすごい数の妾がいるんでしょ?
大事な行事にもアンタは出て来ないって言うし、こんな宮に閉じ籠もってバカじゃない?
パパの顔に泥を塗ってこの恥さらし!!」
僕を呼び差し「ビシッ」という様な音が出そうな姿勢でとんでもなく無礼なことをほざいた。
来客以外の全員が固まる。
──『なぁ…百合、このピンク頭は湧いてんのか?ありえねぇくらいにアホなんだが?』──
──『僕も吃驚だよ。でも、ご覧のとおりこいつは凄く頭が残念なんだ…』──
綱からの【交心】にそう返事するくらい、この異母弟は駄目すぎる。
みんなが物凄く困惑し、どうしたものかと悩んでいるのがわかる。
毎日毎日呆れるくらい僕を色々と慾るあいつを従者たちは見ている。
中には何かを思い出したのか死んだ目をしている者がいるくらいに僕らは仲良くしている。
綱に至っては茨木と黒も含め前回の発情期中にその現場も見られてしまった。
(あの時から黒にキラキラした目で『弟はもうすぐですか?!嬉しいです!』なんて言われてて…
母は辛いです。)
それはさておき色々と駄目すぎるこいつらに頭が痛くなる。
(後添え、弟と呼ぶのもやめたい。縁切りしたくなる…)
正直、あいつがいなくて良かったかもしれない。
下手をすると彼らはみんな始末される。
あいつは身内でも関係なくそのへんの処断はあっさりやる。
例の後宮はもう存在しない。
あそこは今ではあいつに僕と黒が食べてる肉の処分場だ。
因みに【名付けの儀】などはこの宮で毎年元旦にすることになったので、義母と共にしている。
【域】の中から出れないが、妃の務めも可能な限りしている。
(子どもを作るのも務めだから、そちらも頑張らないといけないんだけれど…)
母の様に二つ名を多数持ち役目を持つ強いΩならともかく、こいつは呪術もろくに使えないうえ勉強もしない落ちこぼれ。
僕は散々お見合いをさせられたのにこいつはそれさえしなかった。
家柄と容姿は良いんだから早いうちに嫁げは良いのにと、こいつをあまりにも甘やかしていることに腹を立てていたが…
これは無理だろう。
これでは【青】が恥をかく。
「【青】のご当主殿、これは【青】の総意ですか?
あなたを含めたこの場にいる者たちだけのことですか?」
呆れかえった僕は妻を止めず、息子の暴言も放置する父にこのような声をかけるが「る、…ま」と呟くだけで全く僕の言葉が響かない。
その視線は相変わらず僕を見据えており、また僕を見て母の事でも思い出しているのかと思うがどうにもおかしい。
父は母の死の現場を見た衝撃から血を飲むことを嫌うようになり、『赤』を激しく憎悪する様にまでなっている。
姉の以前の名さえ呼びたくないという徹底っぷりに姉は激怒していた。
母の後追いをしそうだったところを止められ、半狂乱で次代の【青】の当主が育つまでとそう言い放ち自殺宣言までしたそうだ。
普段は最低限の生命活動の為に食事を取り生活している。
新しく作った番である後添えの花笠、子どもである僕や異母弟のことなど全然考えていない。
本当に救えないくらいのクズだ。
けれど【青】の当主の務めや大臣としての仕事などはしっかりとこなす。
僕に母を重ねてはいるが、心配して色々と文を寄越したり、僕の好きなお菓子や本だってよく知ってる。
そんな父がなぜここまでおかしいのか?
もう、父とは呼べない。
その【名】も呼ばなかった。
これが最後の通告だが、それを分かっているだろうか?
それに気づかなければ切り捨てなければいけない。
「…り、様。」
先程の僕の言葉に反応した彼は妙に熱っぽくねっとりとした視線を向けてきた。
「ふふふふふ……あはははは」
感じていたおぞましいなにかが近寄るようなそんな気配が強まる。
なにかとてつもなく嫌な予感がする。
「藍青様…この目の前にいらっしゃるのが、あなたのだぁいすきな瑠璃様ですよぉ…」
甘ったるい声で父の耳元に囁きを入れる花笠の言葉に僕は衝撃を受ける。
(なんだと?!お前は何を言ってるんだ?!ふざけるなよ!!)
怒鳴ろうとしたその声が出てこない!
花笠から出ている桃色の靄はだんだん濃くなって父を覆う。
さらに僕の部屋全体にそれは広がっていく。
父の耳元で花笠は引き続き何かを囁いている。
「瑠璃様…僕の…宝石!」
甘い甘い毒を父は嬉しそうに受け入れ、僕を愛おしそうに見つめる。
(父様!まさか?!そんな筈は無いよね?)
嫌らしい笑みを浮かべた花笠は僕にも聞こえる声で父に話す。
「そうそう、瑠璃様はもうすぐ発情期で寂しくされてますから…
可愛がってあげないといけませんよねぇ?」
「瑠璃様…さみしい…僕が、なぐさめる?」
「そうですよぉ…かわいがって、なぐさめて、グチャグチャにしてるのを見せないとだめなんです。」
まさかとは思うが父に僕を襲わせ体を汚そうとしているのか?
(一体なんの事だ!誰に見せるんだ!)
「…朱点に。」
(は?)
花笠の言葉に背筋がぞわりとしてなんともいえない恐怖を感じる。
そんなはずはないと思うが父の様子のおかしさ、やつの気持ち悪いくらいの笑みがそれを否定する。
「うーん、今の百合の顔ってば瑠璃様に瓜二つの超美形で、やっぱりすっごく好み。
悪いけど神様との約束なんだよね。」
「ぼ…くが、なぐさめ、る…かわいがって…」
花笠の命じるまま父はその熱い情欲を含んだ視線を僕に向け、ゆっくりと近づいてくる。
(父様?!駄目だッ!クソッ!花笠お前なんてことを!!)
「ヤラれちゃって。」
いやらしい笑みを深め恐ろしいことを言った。
近づいて来る父の目はいつか市で見た僕に盛るヒヒ爺の様なそんな気持ち悪さがある。
骨と皮のような体なのに目だけは爛々と輝き血走っている。
信じられないことに僕に対して発情しているのか、父の雄は昂ぶっていた。
あまりにもおぞましいそれに目を疑う。
(え?嘘だよね?父様!なんで?!)
再び操られたかのように自由が効かない体。
それは周りの従者たちも同じような状態だ。
声を上げることすらままならない、本当にどうかしている!
「ママ?!何してるの!パパもおかしいよッ!」
場の異様さに頭の湧いている編笠でさえ驚いている。
(あれ、こいつは動けてる…それに共犯ではないのか?)
「だまれよ!アミ。私の邪魔をするんじゃない!お前の役目は教えたろ!」
「ダメッ!こんなの…こんなの僕知らない!ムリッ!!」
混乱し泣いて飛び出す編笠。
「あいつ…後でまたキツいお仕置きしてやんねーと駄目だな…
あんだけしばいて朱点にヤラせて嫁がせる為に連れてきたのに。」
息子に対してもこの発言、本当にありえない。
花笠が再び僕に問いかける。
「ねぇ?百合、やめて欲しい?
あのね、神様はアンタが奪ったものを返して欲しいんだって。
そしたら止めてあげる。」
とても正気とは思えない発言だ。
奪ったものとは何だろうか?
「それをね、取り返せたら私がアンタをもらっても良いって言ってくれたの。神様が!」
花笠が喋るその間も父は僕に近づきじっくりとその匂いを嗅いでいる。
どうやら母と違う匂いで踏みとどまっているらしい。
(父様の母様至上主義に助かった…
これもいつまで持つかわからないけれど…)
編笠の「ヒッ!」という悲鳴が遠くから上がった。
それを聞いた花笠が「チッ、足止めにもならない!役に立たない屑どもめ!」と呟く。
どんどん近づいてくる怖ろしいが安心する力の気配。
少し遠いが僕の大好きな薔薇の薫り仄かに香ってきた。
(あいつだ!来てくれた…)
「こんなに慌てて事を成さないといけないなんてホントに残念だよ!」
焦りやけになった感じのある花笠が僕に詰め寄り胸倉を掴み、着ているものを強引に剥ぎ取っていく。
「あは…ヤバい、めっちゃエロい体してる…美味しそう…」
僕の体を撫で回し弄りながら花笠が僕にのしかかってきた。
その目は色を多分に含む、昔見たことのある大嫌いなこいつのメスの顔。
(まさか?!こいつは僕に抱かれたいのか?!そんなの絶対に御免だ!!)
未だに動かない体がもどかしく、従者たちも苦悶の顔でなんとかしようと藻掻いている。
「オラ藍青!私が押さえてる間に早くやれ!朱点がもう来てる!」
「う、あ…、る、り?…瑠、璃様…」
父の錯乱。
それに訳のわからないこと言いながら、気持ちの悪い手付きで僕を玩ぶ花笠。
僕の首や乳首も舐めたりして本当に気持ちが悪く怖気がする。
(クソッ!こいつ絶対に後で滅茶苦茶にぶん殴ってボコボコにする!!)
動かない体と出せない声が本当にもどかしい。
だが、もうすぐあいつが来てくれる。
そう思えば耐えられた。
「おかしいな反応が悪過ぎる。催淫の薬や暗示が効いてないのか?
菓子や先日の花にも仕掛けたのに。」
(こいつ!そんなことまでしていたのか!)
僕の下肢にまで手を伸ばしそれを手に取り嬲られそうになったその時…
不意に僕の大好きな青薔薇の薫りがすぐ側でした。
「…随分と勝手なことを言ってくれる、末端。」
朱天は僕に迫る花笠の手を掴み、そのまま腕をぐしゃりと握り潰し放した。
「ぐッ!ぁああ!…
クソクソクソクソ!!!クソッ!!
藍青、お前はホントに役に立たないっ!!朱点、この男女顔のクソ野郎!!」
慌てて僕から飛び退き、父に叱責する花笠。
その顔からはいらしい笑みは消え脂汗が流れている。
「末端、貴様は不味そうだがその身を千々に裂き飲み干し平らげ、その穢れた魂は【消去】…」
重い殺気の乗った圧が部屋を支配する妙な靄の呪力を中和する。
自由になる体、やっと紡げるようになった言葉。
ほっとした為か目から涙が零れてきた。
「朱天っ!!」
「百合、俺のお姫様。安心しろ俺がいる。」
剥ぎ取られた衣を僕に掛け、さらに威圧を全面に出し花笠と父を止める。
従者たちにかけられた縛りも解いた。
掛けられた衣に包まり泣いている僕を軽く抱きしめ声をかける。
「ゴミ共があまりに多く遅れた。すまない。」
その体には夥しい量の血や臓物などが飛び散り、常ならば驚く怖ろしい姿の筈だが安心する。
抱きついた僕を「後でな」と制して
「藍青、貴様は少し寝ていろ。」
「がッ……」
父を殴り飛ばしてからそう告げる。
「末端、貴様は許さん。」
睥睨する目は恐ろしく、従者たちも堪えているようだが震えている。
その顔からは凄まじい怒りが見て取れる。
昔は無表情で怒っていたのに随分と変わったなとそんな場違いなことを思ってしまった。
「クソッ!言われた通りにやってるのになんで失敗ばかり!!
だけど…だけどな、まだ捕まるわけにはいかないんだよ!!!」
朱天の恐ろしいまでの殺気を受けながらも動く花笠は、例の靄を朱天に投げつけその隙に部屋から飛び出した。
己に襲いかかる桃色の靄を消し祓うが、僕や従者たちに僕の気に入っている部屋を壊さないように慮り、思うままに凪払えない様だ。
「ちッ、面倒な…」
(こいつは力が強すぎて手加減や細かい事が苦手だ。)
逃げた花笠を従者たちや皇宮の者が追うだろう。
それに「逃がすかよ!」と綱も飛び出して行った。
彼らによって捕らえられるのも時間の問題だが、あの力によって逃げられるかもしれない。
部屋の中に広がっていた靄が晴れ、恐ろしい殺気を纏った威圧が消える。
苦々しい表情をした朱点が自嘲気味に呟いた。
「…俺も甘くなった。以前なら構わず滅していたものだが。」
自身の変化に悩むこいつに僕は望むだろう言葉を贈った。
「お前はゲンジ達従者や僕の気に入っていたものを壊さないように、そう思ってしてくれたから…
それはお前の望む知りたかった『ヒト』の心だよ。」
*軽い虐待、強姦描写があります。
───────────
父が最悪にクズかったから、緋も百合もそのことは許していない。
けど、あのひとはいつも庭に咲く牡丹の花を見て泣いていたよ。
『僕の宝石…瑠璃様。』って。時々、リスの事も間違えてそう呼ぶし。
何度殴りたくなったことか!…実際に殴ったけどね、何度も。
母が亡くなった場所…実家の庭にはいつも母の【華】が咲いていた。
あの牡丹はずっと枯れずに年中咲いていて美しかったな…
《お前が牡丹が好きなのはそれでなんだね。》
うん。
他にも青薔薇と鬼灯は特別な思い入れがあるのはわかるよね?
《青薔薇はシュテンのものだからかな?》
《amour en cageはNoirのものだったかしら?》
その2つは本当大好きでバレンタインデーに欲しくなるよ。
赤薔薇と白菊はママには悪いけど、『母』を思い出す花。
《構わなくてよ。そういうものはありますからね。
わたくしは話を聞いてからマドンナリリーを育てはじめました。》
そうなの?自慢じゃないけどリスの【華】はそれは美しかったよ。
難しいだろうけど、いつか見せたいな。
《…その時を楽しみにしていますよ。》
梅の花と桃の花も見ると涙が出ちゃうね。
桜の花も好きなんだけど、散る時の悲しさが色々と思い出させてくれる。
逆に花笠石楠花は大嫌いだね。
《それはリスの嫌いな家族の花なのかな?》
そうだね。思い出したくもない最悪で最低なやつだね。吐き気がするほどだよ。
錦百合…父の花もあんまり見たくないな。
編笠百合……異母弟の花もちょっと複雑な気持ちになる。
私と緋は全然父親に似た要素がなかったのに、弟は精神の弱さとかそのへんがそっくりで、そこも複雑だったな。
◇◇◇
久しぶりに僕の部屋で客人を迎える。
父が来るときはいつも自分の部屋で話している。
初めて通した時に、誂えられた調度品や着ている衣、それから出た肌に咲く【華】などから、僕への寵愛度合いを知った父は寂しそうにしたが、安心したみたいだった。
散々、僕があいつに喰われていないか心配して文を寄越していた父。
あのひとは朱天が苦手で怖いらしく、あいつが気にして同席しない事が多い。
そういう気を使わせて申し訳なく思うけど、あいつは存在自体を怖れられる事が本当に多い。
そのことで話ができなくなったりしない為の対応だ。
衣ずまいを正し、妃として恥ずかしくない姿か確認を従者に頼む。
「うん、問題ないわ。
それから、親父さんの従者がこれを土産にって。」
先に父たちを案内していた綱が僕にそれを渡す。
僕の産まれたときに植えられた庭白百合と牡丹の花束を渡された。
数本だけだが持ってきたらしい、久しぶりに見る母の【華】。
父を遺して逝くのにこれを残したのは愛があったからだろう。
母の【華】を見て、その匂いを感じれば番を亡くしても父は狂うことがない。
「これを見るのは久しぶりだな…」
「牡丹か…確かそれ、お袋さんの【華】なんだろ?」
「うん。薔薇の次に僕の好きな花だよ。」
父はこれを誰にも触らせず、唯一残った母のお手つきを持つ父が、定期的に血を与えて綺麗に咲かせていた。
そんな父にとって大切なものを数本ではあるが持ってくるなんて何故だろうか?
控えている従者にそれを渡し、花器に生けるように命令する。
母の【華】を見たからか思考がスッキリとして、先程までの妙な疼きが治まってきた。
いつも僕に安らぎをくれていた母の【華】。
昨日の蜜酒といい、この牡丹といい、母の事を最近良く聞くし自分も話したりしている。
(本当になぜだろう?)
回廊を歩き自分の部屋に入った僕に客人の姿が目に入る。
部屋で待っていた客の数は三。
父と後添えに異母弟だ。
僕の目の前にふてぶてしく偉そうにして座る父の後添え。
名を花笠という。
こいつは蠱惑的でメスらしい容姿をしていて、色んなやつを誘惑しては閨に連れ込んでいるクソみたいなやつだ。
今も僕の従者たちに色目を送っている。
普通であれば番のいる者が番以外の者と関係を持つなど、生理的な嫌悪感や拒絶感が酷いと聞くのだが、なぜかこいつは平気らしくそれも気味が悪い。
聞くところによると自分が番を奪った相手で、更にΩである母にさえ秋波を送るほどの淫乱らしく、本当にどうかしている。
僕が部屋に入り座るとこちらを向いた花笠は一瞬驚いた顔をしたが、妙ににっこりとした顔をして、ねっとりとした視線を送ってきた。
(こいつ本当に気持ちが悪い。)
異母弟は初めて来る皇宮の皇子の宮に興味があるのか、視線がきょろきょろとして落ち着きがない。
この子は編笠だ。
緊張しているのはわかるが、お前も【青】の家の当主の子。
(もう少ししっかりしろと言いたい。)
そんな妻と子を咎めることのない父。
久しぶりに見る父のその姿に驚いた。
前に父と会ったのは三月程前で今みたいに発情期間近の頃だったが、文の遣り取りは頻繁にしている。
いつもお菓子と共に送って来てくれるので黒と共に楽しみにしていた。
(最近は茨木だけでなく、妙にあいつの目も怖いから隠して食べているんだけどね。)
父はもともと痩せ型で姉などからガリガリと言われるほどだったが、ここしばらく血の摂取をしていないのか重病人のように痩せ細った異様な姿になっていた。
落ち窪んだ目が爛々としていて、それがじっと僕を見つめている。
その視線に思わず背筋がゾクリとする。
(父様?!その姿は?一体どうしたの!)
花笠と編笠と会うのは家出の時に数度会って以来だから何年もその顔を見ていない。
僕は現在、鬼族の中でΩの序列は義母に続き二位。
亜神にもなっているので、崇拝対象ですらある。
家出騒ぎであいつが本当の守護者ってバラしたが、箝口令が敷かれ変わらず秘密にされた。
それでも上位の鬼である父や他の【四家】の者は、そのへんを理解しているので彼らからは尊崇されている。
(これについては本当は勘弁してほしいんだけど…)
そんな僕の立場を理解していない父の後添えや異母弟の態度に疑問を覚える。
鬼族ではそのような振る舞いは許されない。
僕が義父であれば即座に始末する。そんな態度だ。
もともと地位の高くない下級の鬼であった後添えが知らないのなら、父が教えていないということ。
(ありえないけど…亜神というものについての知識もないのかもしれない。)
生まれや立場によって知れることは変わるから、以前は知らなくても仕方のないことだが、 現在は仮にも【青】の当主の妻だ。
そのわりには随分ぞんざいな扱いをしている。
そう思ったがこのひとならそれもあり得るかと納得する。
相変わらず亡くなった母以外の者にあまり興味がない。
(仕事や興味のある学問には寝食を忘れるほど打ち込むのに…)
母によく似ている為か、定期的に文で遣り取りをして、贈り物をされていた自分が一番可愛がられているらしいが、異母弟は生まれてからしばらく放置されていた。
それを見兼ねた祖父母が面倒を見ており、大変甘やかされて酷いことになっている。
(祖父母は実子がいないから、あの子をデロデロに甘やかしてたんだよなぁ…)
父のこういったところはクズに違いないと思うのだが、なぜだか許してしまう。
そういう何か放っておけないところがあるひとだ。
姉によると母もなにかに没頭すると寝食を忘れる父の世話を焼いていたらしい。
ぼんやりとそんな事を考えている僕に桃色の髪と目をした男が、直答の許しも得ていないのに、僕より先に口を開き喋りだした。
「百合、久しぶり!
すっかりイケメンになって物凄く驚いたよ!」
ゆるく波打つ髪を玩びながら父の後添えがそんなことをほざいた。
秋波を送るようなねちっこい気持ちの悪い視線もやめて欲しい。
(お前は散々息子と一緒に僕の容姿を馬鹿にしたのに、なんでそんな目で見るんだ?)
不愉快で無礼な発言はまだ続く。
「それでね今日来たのはこの子を朱点の妃にして欲しいんだけど。」
あいつは僕の夫だけれど、この後添えとはなんの関係もない。
とにかく礼を欠いているし、あいつを呼び捨てなど恐ろしいことをするこの男に唖然とする。
(…礼儀とか諸々がなってない!
それに何てことを考えてんだ!!僕が既にそれになってるだろうが!!!)
僕の従者たちに向っても「お茶も出ないし、気が利かない。【角なし】…でも顔は悪くないね。」なんてこともほざき秋波さえ送る始末。
(番になった父様と婚姻しているのに未だに男漁りとか…ありえないだろう?!)
僕のゲンジ達は訓練された彼ら曰く『すぺしゃりすと』だ。
拷問や色じかけなんて一切通じない効かないそうだ。
『角なしである事が利になっております。』と彼らは言う。
僕に絶対の忠誠を誓い有能で惑わされない。
そんな彼らをあいつは気に入っている。
眷属には【華】による縛りがあるからそれは当たり前だと思うのだが、なかなかそうでもないらしい。
主人に反抗し【華】を枯らされ始末されるものも良くいるとあいつは言っていた。
義母やあいつに僕はそんなやつを飼っていないけど、父は母の死の前後に裏切り者が多数出たという信望のなさ。
おかげで今では数人の崇拝者しか置いていない。
一部からは物凄く慕われるが、蛇蝎の如く嫌う者も多い。
本当に父は色々と駄目過ぎる。
花笠は常に誘惑するようなもわんとした、なんともいえない薫りと桃色の靄をまとっている。
噂によれば薬草などを使い、それによって薫りを強くしてオスを骨抜きにしているらしいが…よくはわからない。
僕はやつの持つこの桃色の靄が生理的に気持ち悪く、恐ろしくて昔から苦手だった。
さっきから感じていた気持ちの悪いものの正体はこれだったのかと納得する。
あの靄が呪術的なものであることはわかるが、父や祖父母などがそれを放置しているのがわからない。
感覚的にとてもおぞましい事がわかるのに、なぜか惹かれる者が絶えず、色んな者がこいつに群がっていた。
偶に本邸に来たら色んなところで盛っていて、それも多人数とかでありえなさ過ぎて本当に気持ちが悪かった。
別邸にいるから良かったが、同じところで暮らしていたら耐えれなかったと思う。
公然と浮気をして遊ぶ花笠。
それを放置し許す父。
互いに番であるはずなのによくそんな事が出来るなと思っていた。
自分があいつにそんな事をされたらきっと狂って何をするかわからない。
(今でも大概な嫉妬野郎なのに。)
父は異母弟の方はそれなりに可愛がっていたが、事故的に番になったやつに全く興味がなく、まさか後添えに据えるとは思わなかった。
今の僕の身分はあいつの妃で、何度も言うがΩの序列は二位。
さっきまでの言動でも既に制裁対象になる。
あいつが言い置いて出たのもわかっている。
なんだかんだ言っていても、父を処罰するのはどうしてもできない。
それになぜだか父に逆らったり意見したりするという気が不思議と起きない。
(おかしいとわかるのに何故だろう?)
僕やあいつを侮辱した言動に横に控えた綱や従者たちが構えるが…
それを交心を使い、制する。
従者たちからも「姫様甘すぎます!」という声が聴こえる。
明らかに僕を侮った言動に父を見るが、やつらを止めることもない。
ただただ、僕を見つめている。
(……なんだろうほんとうにどうしたの父様?)
その視線には色を含んだ熱っぽいものが感じられるが…流石に気のせいだろうと思うことにする。
そしてそんな父の耳元で花笠が何かを囁いている。
この父の後添え…花笠は僕の親でも何でもない。
彼が父に嫁ぐ前に僕はあいつに嫁いで皇の者となっていた。
この言動は本当にありえない。
(父様、あんた皇子とその妃を呼び捨てにした妻を放置とかありえないだろうが!
あんた!太政大臣までしているのに大丈夫か?)
これが発覚したらあの恐ろしい義父に始末されかねない行動だ。
更にこのあとの花笠と似た色合いを持つ異母弟の発言に僕は耳を疑いたくなった。
「アンタでもなれんだから、僕がなれないわけないじゃない。」
えらく誇らしげに話す編笠は「ふふん」と鼻で笑う。
母親譲りの自慢という艷やかな濃い桃色の髪。
綺麗な空色の潤んだ瞳に誰もが絆される。
小作りだが整った顔立ちと白く華奢な体つきは女の子にも見え大変庇護欲をそそる。
Ωらしい容姿だけ見れば大変可愛らしい異母弟。
(こいつもより好みしなければどこにでも嫁げるはずなんだけどなぁ…)
通っていた学校や宴などでも人気なのになぜかどんな縁談も嫌がる。
こいつは男に嫁ぎたくないとワガママを散々言って、祖父母の用意した良縁も断わりまくっていた筈。
(なのにあいつの妃になりたいとかなんでなんだろうか?)
花笠の子のくせに不思議と純潔を守っているからまだマシだけど、こいつの頭は相当湧いている。
(その年齢で成熟済のΩなら既に行き遅れだから焦っているのか?)
そんな彼から続けて放たれた言葉にみんなが絶句することになる。
「朱点がアンタに興味がなくて放置してるって!
後宮で囲ってるものすごい数の妾がいるんでしょ?
大事な行事にもアンタは出て来ないって言うし、こんな宮に閉じ籠もってバカじゃない?
パパの顔に泥を塗ってこの恥さらし!!」
僕を呼び差し「ビシッ」という様な音が出そうな姿勢でとんでもなく無礼なことをほざいた。
来客以外の全員が固まる。
──『なぁ…百合、このピンク頭は湧いてんのか?ありえねぇくらいにアホなんだが?』──
──『僕も吃驚だよ。でも、ご覧のとおりこいつは凄く頭が残念なんだ…』──
綱からの【交心】にそう返事するくらい、この異母弟は駄目すぎる。
みんなが物凄く困惑し、どうしたものかと悩んでいるのがわかる。
毎日毎日呆れるくらい僕を色々と慾るあいつを従者たちは見ている。
中には何かを思い出したのか死んだ目をしている者がいるくらいに僕らは仲良くしている。
綱に至っては茨木と黒も含め前回の発情期中にその現場も見られてしまった。
(あの時から黒にキラキラした目で『弟はもうすぐですか?!嬉しいです!』なんて言われてて…
母は辛いです。)
それはさておき色々と駄目すぎるこいつらに頭が痛くなる。
(後添え、弟と呼ぶのもやめたい。縁切りしたくなる…)
正直、あいつがいなくて良かったかもしれない。
下手をすると彼らはみんな始末される。
あいつは身内でも関係なくそのへんの処断はあっさりやる。
例の後宮はもう存在しない。
あそこは今ではあいつに僕と黒が食べてる肉の処分場だ。
因みに【名付けの儀】などはこの宮で毎年元旦にすることになったので、義母と共にしている。
【域】の中から出れないが、妃の務めも可能な限りしている。
(子どもを作るのも務めだから、そちらも頑張らないといけないんだけれど…)
母の様に二つ名を多数持ち役目を持つ強いΩならともかく、こいつは呪術もろくに使えないうえ勉強もしない落ちこぼれ。
僕は散々お見合いをさせられたのにこいつはそれさえしなかった。
家柄と容姿は良いんだから早いうちに嫁げは良いのにと、こいつをあまりにも甘やかしていることに腹を立てていたが…
これは無理だろう。
これでは【青】が恥をかく。
「【青】のご当主殿、これは【青】の総意ですか?
あなたを含めたこの場にいる者たちだけのことですか?」
呆れかえった僕は妻を止めず、息子の暴言も放置する父にこのような声をかけるが「る、…ま」と呟くだけで全く僕の言葉が響かない。
その視線は相変わらず僕を見据えており、また僕を見て母の事でも思い出しているのかと思うがどうにもおかしい。
父は母の死の現場を見た衝撃から血を飲むことを嫌うようになり、『赤』を激しく憎悪する様にまでなっている。
姉の以前の名さえ呼びたくないという徹底っぷりに姉は激怒していた。
母の後追いをしそうだったところを止められ、半狂乱で次代の【青】の当主が育つまでとそう言い放ち自殺宣言までしたそうだ。
普段は最低限の生命活動の為に食事を取り生活している。
新しく作った番である後添えの花笠、子どもである僕や異母弟のことなど全然考えていない。
本当に救えないくらいのクズだ。
けれど【青】の当主の務めや大臣としての仕事などはしっかりとこなす。
僕に母を重ねてはいるが、心配して色々と文を寄越したり、僕の好きなお菓子や本だってよく知ってる。
そんな父がなぜここまでおかしいのか?
もう、父とは呼べない。
その【名】も呼ばなかった。
これが最後の通告だが、それを分かっているだろうか?
それに気づかなければ切り捨てなければいけない。
「…り、様。」
先程の僕の言葉に反応した彼は妙に熱っぽくねっとりとした視線を向けてきた。
「ふふふふふ……あはははは」
感じていたおぞましいなにかが近寄るようなそんな気配が強まる。
なにかとてつもなく嫌な予感がする。
「藍青様…この目の前にいらっしゃるのが、あなたのだぁいすきな瑠璃様ですよぉ…」
甘ったるい声で父の耳元に囁きを入れる花笠の言葉に僕は衝撃を受ける。
(なんだと?!お前は何を言ってるんだ?!ふざけるなよ!!)
怒鳴ろうとしたその声が出てこない!
花笠から出ている桃色の靄はだんだん濃くなって父を覆う。
さらに僕の部屋全体にそれは広がっていく。
父の耳元で花笠は引き続き何かを囁いている。
「瑠璃様…僕の…宝石!」
甘い甘い毒を父は嬉しそうに受け入れ、僕を愛おしそうに見つめる。
(父様!まさか?!そんな筈は無いよね?)
嫌らしい笑みを浮かべた花笠は僕にも聞こえる声で父に話す。
「そうそう、瑠璃様はもうすぐ発情期で寂しくされてますから…
可愛がってあげないといけませんよねぇ?」
「瑠璃様…さみしい…僕が、なぐさめる?」
「そうですよぉ…かわいがって、なぐさめて、グチャグチャにしてるのを見せないとだめなんです。」
まさかとは思うが父に僕を襲わせ体を汚そうとしているのか?
(一体なんの事だ!誰に見せるんだ!)
「…朱点に。」
(は?)
花笠の言葉に背筋がぞわりとしてなんともいえない恐怖を感じる。
そんなはずはないと思うが父の様子のおかしさ、やつの気持ち悪いくらいの笑みがそれを否定する。
「うーん、今の百合の顔ってば瑠璃様に瓜二つの超美形で、やっぱりすっごく好み。
悪いけど神様との約束なんだよね。」
「ぼ…くが、なぐさめ、る…かわいがって…」
花笠の命じるまま父はその熱い情欲を含んだ視線を僕に向け、ゆっくりと近づいてくる。
(父様?!駄目だッ!クソッ!花笠お前なんてことを!!)
「ヤラれちゃって。」
いやらしい笑みを深め恐ろしいことを言った。
近づいて来る父の目はいつか市で見た僕に盛るヒヒ爺の様なそんな気持ち悪さがある。
骨と皮のような体なのに目だけは爛々と輝き血走っている。
信じられないことに僕に対して発情しているのか、父の雄は昂ぶっていた。
あまりにもおぞましいそれに目を疑う。
(え?嘘だよね?父様!なんで?!)
再び操られたかのように自由が効かない体。
それは周りの従者たちも同じような状態だ。
声を上げることすらままならない、本当にどうかしている!
「ママ?!何してるの!パパもおかしいよッ!」
場の異様さに頭の湧いている編笠でさえ驚いている。
(あれ、こいつは動けてる…それに共犯ではないのか?)
「だまれよ!アミ。私の邪魔をするんじゃない!お前の役目は教えたろ!」
「ダメッ!こんなの…こんなの僕知らない!ムリッ!!」
混乱し泣いて飛び出す編笠。
「あいつ…後でまたキツいお仕置きしてやんねーと駄目だな…
あんだけしばいて朱点にヤラせて嫁がせる為に連れてきたのに。」
息子に対してもこの発言、本当にありえない。
花笠が再び僕に問いかける。
「ねぇ?百合、やめて欲しい?
あのね、神様はアンタが奪ったものを返して欲しいんだって。
そしたら止めてあげる。」
とても正気とは思えない発言だ。
奪ったものとは何だろうか?
「それをね、取り返せたら私がアンタをもらっても良いって言ってくれたの。神様が!」
花笠が喋るその間も父は僕に近づきじっくりとその匂いを嗅いでいる。
どうやら母と違う匂いで踏みとどまっているらしい。
(父様の母様至上主義に助かった…
これもいつまで持つかわからないけれど…)
編笠の「ヒッ!」という悲鳴が遠くから上がった。
それを聞いた花笠が「チッ、足止めにもならない!役に立たない屑どもめ!」と呟く。
どんどん近づいてくる怖ろしいが安心する力の気配。
少し遠いが僕の大好きな薔薇の薫り仄かに香ってきた。
(あいつだ!来てくれた…)
「こんなに慌てて事を成さないといけないなんてホントに残念だよ!」
焦りやけになった感じのある花笠が僕に詰め寄り胸倉を掴み、着ているものを強引に剥ぎ取っていく。
「あは…ヤバい、めっちゃエロい体してる…美味しそう…」
僕の体を撫で回し弄りながら花笠が僕にのしかかってきた。
その目は色を多分に含む、昔見たことのある大嫌いなこいつのメスの顔。
(まさか?!こいつは僕に抱かれたいのか?!そんなの絶対に御免だ!!)
未だに動かない体がもどかしく、従者たちも苦悶の顔でなんとかしようと藻掻いている。
「オラ藍青!私が押さえてる間に早くやれ!朱点がもう来てる!」
「う、あ…、る、り?…瑠、璃様…」
父の錯乱。
それに訳のわからないこと言いながら、気持ちの悪い手付きで僕を玩ぶ花笠。
僕の首や乳首も舐めたりして本当に気持ちが悪く怖気がする。
(クソッ!こいつ絶対に後で滅茶苦茶にぶん殴ってボコボコにする!!)
動かない体と出せない声が本当にもどかしい。
だが、もうすぐあいつが来てくれる。
そう思えば耐えられた。
「おかしいな反応が悪過ぎる。催淫の薬や暗示が効いてないのか?
菓子や先日の花にも仕掛けたのに。」
(こいつ!そんなことまでしていたのか!)
僕の下肢にまで手を伸ばしそれを手に取り嬲られそうになったその時…
不意に僕の大好きな青薔薇の薫りがすぐ側でした。
「…随分と勝手なことを言ってくれる、末端。」
朱天は僕に迫る花笠の手を掴み、そのまま腕をぐしゃりと握り潰し放した。
「ぐッ!ぁああ!…
クソクソクソクソ!!!クソッ!!
藍青、お前はホントに役に立たないっ!!朱点、この男女顔のクソ野郎!!」
慌てて僕から飛び退き、父に叱責する花笠。
その顔からはいらしい笑みは消え脂汗が流れている。
「末端、貴様は不味そうだがその身を千々に裂き飲み干し平らげ、その穢れた魂は【消去】…」
重い殺気の乗った圧が部屋を支配する妙な靄の呪力を中和する。
自由になる体、やっと紡げるようになった言葉。
ほっとした為か目から涙が零れてきた。
「朱天っ!!」
「百合、俺のお姫様。安心しろ俺がいる。」
剥ぎ取られた衣を僕に掛け、さらに威圧を全面に出し花笠と父を止める。
従者たちにかけられた縛りも解いた。
掛けられた衣に包まり泣いている僕を軽く抱きしめ声をかける。
「ゴミ共があまりに多く遅れた。すまない。」
その体には夥しい量の血や臓物などが飛び散り、常ならば驚く怖ろしい姿の筈だが安心する。
抱きついた僕を「後でな」と制して
「藍青、貴様は少し寝ていろ。」
「がッ……」
父を殴り飛ばしてからそう告げる。
「末端、貴様は許さん。」
睥睨する目は恐ろしく、従者たちも堪えているようだが震えている。
その顔からは凄まじい怒りが見て取れる。
昔は無表情で怒っていたのに随分と変わったなとそんな場違いなことを思ってしまった。
「クソッ!言われた通りにやってるのになんで失敗ばかり!!
だけど…だけどな、まだ捕まるわけにはいかないんだよ!!!」
朱天の恐ろしいまでの殺気を受けながらも動く花笠は、例の靄を朱天に投げつけその隙に部屋から飛び出した。
己に襲いかかる桃色の靄を消し祓うが、僕や従者たちに僕の気に入っている部屋を壊さないように慮り、思うままに凪払えない様だ。
「ちッ、面倒な…」
(こいつは力が強すぎて手加減や細かい事が苦手だ。)
逃げた花笠を従者たちや皇宮の者が追うだろう。
それに「逃がすかよ!」と綱も飛び出して行った。
彼らによって捕らえられるのも時間の問題だが、あの力によって逃げられるかもしれない。
部屋の中に広がっていた靄が晴れ、恐ろしい殺気を纏った威圧が消える。
苦々しい表情をした朱点が自嘲気味に呟いた。
「…俺も甘くなった。以前なら構わず滅していたものだが。」
自身の変化に悩むこいつに僕は望むだろう言葉を贈った。
「お前はゲンジ達従者や僕の気に入っていたものを壊さないように、そう思ってしてくれたから…
それはお前の望む知りたかった『ヒト』の心だよ。」
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