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二章 あいつの存在が災厄
梔子と朱に蒼と白練
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ご覧頂きありがとうございます。
*綱と茨木の話の茨木視点になります。
*誤字脱字修正などを致しました。(まだ見落としがあるかもしれませんが…)
───────────
◆◆◆
その子は人族では珍しいくらいの美しい姿と、鍛えられた刀の様な鋭さを持った不思議な子で、私には妙な恐怖感を与える子だった。
私を一目見るなり駆け寄り、跪き、私の手を取った。
その目は熱っぽく、真剣だ。
凛々しく結ばれていた薄い唇から
『俺と結婚してくださいお姉さん。
一応、おれもそれなりの良いとこの子なんで安心してください。』
こんな事を私に話した──
「それが私と貴方の父との出会いですよ。」
「ふーん。父上の一目惚れか。」
私の前に座り、テーブルに頬杖をついて不貞腐れた態度で聞いている我が子を見る。
白金の髪と自分譲りの金の目をしている十歳前後に見える鬼の男の子だ。
甘い菓子をボリボリと食べ、砂糖のたっぷり入ったココアなどを飲んでいるが、そのへんは子供らしく可愛らしい。
部屋に広がる菓子やココアの甘ったるい匂いが彼の方を思い出させる。
彼に似た凛々しい顔立ちであるが、眉や口の形などは私に似ている。
旧い世代の鬼のαの血を濃く継いでおり成長が遅く未だ角もない。
同じ年の頃の子よりもかなり小柄で、少し幼くΩの様な可愛らしさがあるなどとも言われるらしい。
クラスでからかわれたこの子はその者たちに軽く制裁を与え、それで瀕死の重症にしてしまったりする。
そんな性格は私にも彼にも似ておらず、どうしてこんなに生意気で反抗的で残虐的なのかに悩んでいるが、かわいい我が子にかわりはない。
主や黒様もこの子のことを可愛がり、この歳で既に主の従者をしている。
「母上って、そういったロマンチックなプロポーズが嫌いなわけ?」
ポテト菓子をココアで流し込みつつ、嘲るような冷笑を私に向ける息子。
その組み合わせは私は遠慮したいところだがこの子は好む。
(この子の笑顔は私に似ているらしいが、私はこんなに冷たく笑うのだろうか?)
角は生えていないが、この子は間違いなくαであろうことはわかっている。
彼から受け継いだ【鬼キラー】の力もあるので嫌われ避けられるのだろう。
…昔私のように。
そのような経緯があり、この子は既に一族の中ではかなりの危険人物扱いだ。
「そうではありませんが、その当時は全く頭になかったというか…
気持ちの整理が出来ていなかったのです。」
「ふーん。父上は良いオスだと思うけど?」
そんな問題のある子だが、彼には懐き恐ろしいほど執着しているし、私のこともこんなふうに二人でお茶をして、恋の話をするくらいには母として慕ってくれている。
「お前はどうしてこんな事が知りたいんですか?」
そろそろ恋をする歳なのかと思うと少し嬉しくなる。
私は一族の中では相当な歳を経たものだが、母親としてはまだ十歳程度だ。
この子の親として学校行事にも参加しているが、若い者たちには私達を知るものもいないので、夫婦して色んな意味で楽しんでいる。
周りの若い母親たちに混ざり交流すると、普段の血や臓物にまみれた日々が嘘のように思えてさえきている。
こんな穏やかな日常と狩りなどを行う鬼族の守護神の従者としての自分。
どちらか本当なのかわからなくなる。
少しばかり意識を遠くに飛ばしていた自分に、息子が衝撃的な言葉を放つ。
「どうやら【運命】と会ったみたいなんだよね。だから気になった。」
「えぇッ?!」
それは自身にとってかなりの重大な出来事をさらりと話す我が子に驚く。
「運命と番ってないのって近くにはうちの親しかいないし。
四童子や四天王のおっさん達は聞いたら余計な話ばっかしそうだし。
僕の事もなんかうるさく言いそうだから母上にした。」
「相手の方はどちらのどなたなんですか?」
この子が望むなら、相手の家に申し出て婚約などの準備もしなくてはいけない。
逸る気持ちで返答を待つ。
「【赤】の家では珍しい男のΩ。
そういや名前聞いたけど覚えてないや。多分【赤】の名前じゃない?
どうやら初めて発情期になったみたいで、草っぽいくっさい匂いをプンプン撒き散らかすから、『お前臭い』ってボコって叱ったよ。」
心底嫌そうに、それは要らないというような表情でとんでもない事を口にした。
「えぇぇ?!お前はそれで良いのですか?婚約などは?後悔しても知りませんよ!」
「要らないよ。虫よけとか、アイツも困るなら別にしてもいいけど?
でもアイツが僕の嫁とかタイプじゃないから、無いね!」
「お前は今ではもう私や黒様くらいしか存在しないくらいに旧い世代の、最も若いものです。
つまりそれだけ欲求が強いのはわかっていますか?
それを失ってから大変なことになっても知りませんよ?」
「どうでもいいよ母上。
それよりもどうやら僕はαで確定みたいだね?
僕の事をバカにしたアイツらザマァ!」
本当に愉快そうに目を細め口を歪めて笑う我が子。
先日家族で見た映画の悪役などにしか見えないそんな笑い方だ。
とてもその年頃の子のする笑い方ではない。
(気にしているのはそこなんですか…言っても通じないこの子はほんとにもう!)
当たり前だが私の子なので【華】も持たず、彼もβである。未だ角も生えないこともあり、同級生から【角なし】疑惑が出た。
先日もそのことでいじめられたそうだが…この子はいじめっ子などに猛烈な制裁を加えた後、彼らを支配してしまった。
上位のものからの本気の制裁などは、私がまだ百くらいの昔の時代ならともかく、今の鬼族でそんなことするものはほぼ居ない。
「先日も私と父上が呼び出されたところですからね?程々になさい。」
「アイツら群れてウザいしムカつくから、いい加減にしないと喰うぞって脅したし大丈夫だと思うよ?
父上を侮辱するやつは僕が許さないけど、この事を知られたらアイツら黒様に始末されるよね?
今は僕が代わりに制裁しているけど、アイツら誰のことか分からずしているからバカじゃない?
刑部の名字で分かれっての!」
私も彼も主と彼の方の従者であるから氏を持つことができない。
学校などもあるので、この子の為に役割である『刑部』の名を名乗ることを許された。
戸籍も作り、今では刑部 梔子だ。
残念ながらそう呼ばれることはまず無いのだが…
昨今の若い者たちは主や私や彼の本当の力を知らず、恐れを知らない。
主や私や四童子などと同じく、この子も肉を食べる。若い世代ではもうそんなものは存在しない。
呼び出された私と彼が話をするにつれて、彼ら保護者は子が傷つけられた怒りの顔から、遥か上位の者に対して礼を失したことに畏縮し恐れ、その顔色は土気色になっていった。
私や彼などはもうほぼ人前に出ず、伝説のような存在に近いからだろう。
いきなり畏まられたりするのも困るものだと、主の言っていたことを実感したところだ。
「それにさ、恋に狂うなんて僕のキャラじゃないね。母上もそう思わない?」
「そうですね…私も愛に狂うことなんて出来ない質でした。」
私はこの子が言ったことを考えると色々なことを思い出してしまう。
それは、私の初恋と実り今も育てている愛だ───
◆◆◆
───私の恋はじまる前から終わっており、決して実ることはなかった。
その生まれからとても強い力を持ってはいたが、主には遠く及ばず。
その亜神に達するには力などの資格も無く。
もとより私は欄外であった。
『朱点の『運命』は、男でΩであるだろう。』
后陛下の予言もあった。
そんな私に主が手を出したのは、肌寂しさや耐え難い欲求であることも知っていたし、
周りにつけられた四童子たちもそういった対応のものであった。
そして私から迫ったことも大きかっただろう。
あの主は様々なものから怖れられているが、その本質は優しく慈悲深い。
生まれながらの『神』である為か、求められれば与える。
それ故、誤解する者も多い。
……私のように。
決して【至】らないもの。
ただ、私はそれらの中の唯一の女で、主とも乳兄弟で歳も近かった。
緋を除けば妃や婿になるくらいには教育はされたが、伴侶には遠く、足り得なかった。
私と彼女は友人であり、主を含めて幼馴染であった。
彼女のその在り様は本当に鬼とは思えなく、価値観が新鮮で面白かった。
主が父母の【域】に封じられていた頃から三人で交流し、百年程私達は共にいた。
このままどちらかが主に嫁ぐか婿に行き、そのまま続くと思われた私達の関係はいきなり終わりを告げた。
彼女が恋をした。
その相手は后陛下の姉君の魂を宿した、耳長族の神子だ。
主の妃と目されていた彼女は【青】から離れるために、主に【名】を貰い生来の名である、──を捨て、さらには【華】まで捨て去り鬼であることすら捨てた。
そんな生き方を私は出来ない。
愛に生き、そして愛に狂う。
我ら鬼はそんな生き方をする。
主の父である皇様も、
主の母である后陛下も、
その愛を貫き結ばれた。
だが私はとても臆病でそのような気概もない。
幾人もの同族の女やΩや男やαにも迫られたが、どうにも心を動かされない。
私は主の運命には決してなれないのか?
主はΩでもある。
だが私はメスとして彼に愛されることを望んだ。
彼女が欠けて数年後、今度は主が恋をした。
その魂に惚れたそうだ。
◆◆◆
その時までは自分が一番長く、主のそばに侍り床をともにしていた。
彼を連れ込んだ主は発情期とされる七日を過ぎても出てこない。
案じられた后陛下が破られ入られたが、『神』の領域に私たちは足を入れられない。
十日も過ぎて漸く主に私達従者は呼ばれた。
久しぶりに見る主は変わらず美しく強かった。
自分たちを見つめるその色違いの眼は、穏やかで柔らかかった。
私達を見遣り柔らかく笑む主に、育ての親でもある守役の四童子達は涙ぐむ。
それは力や内面の不安定さで怖れられている主が、初めて見せた曇りのない笑顔だった。
(この方を悩ませ続けた湧き上がる衝動、昂りを抑えられない体、満たされることのない腹と常に感じる喉の渇き、それら全てが治まったというのか?!)
主は自らの隣に眠る彼の、美しく輝く銀の髪を何房か弄びながら
「こいつを嫁にする。」
そう私達に切り出した。
主の部屋の褥で眠る彼。
成熟してもまだまだ幼いその子は友人の弟で、男でΩだった。
(朱点様!その子は──の弟で【青】の跡取りの筈です!
その様な身分の者に手を出されたのですか?!)
ここに来るまでに后陛下より彼の家である【青】から、帰還の願いが出ていることを聞いてきた。
主の兄弟たちも今は良くないものしかいない。
そのような幼子に手を出したのは初めてではないが、后陛下によると彼は既に主の子を身籠っているらしい。
「茨木。俺の囲っているやつらを開放しろ。
番が罪人のΩは母上と相談して、親父の後宮にやってもいい。
残すのは処分待ちの犯罪者や奴隷のみだ。
俺はもう、こいつにしか勃たない。
だから無理だ。」
とても衝撃的なことを主は私達に話す。
「えぇ?!」「「「「は?!」」」」
あまりの衝撃に私達従者はとてもついていけない。
主は続けて話す。
「百合の魂は気高く、近寄り難い程に潔癖だ。」
本当に愛しそうに、嬉しそうに、幸せな顔で彼の髪を手で漉きながら、普段の主からはとても想像できないような事を言う。
「俺はこれの望まぬことは出来ん。
俺自身を【呪】で縛り、これ以外にはもう…惹かれぬ。」
「「「「若゛様゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」」」
四童子達は涙さえ流している。
私は彼のことで主を叱責したが呆気なく却下され、言葉を縛られた。
その後の主は彼の為に主には必要の無い甘味を手に入れるように自分に命じたり、
彼を自分と同じものにする為に給餌する行為をはじめた。
私には魂を視る眼なんて持たない。
けれど私には分かった。
主は恋に落ちたのだ。
私を抱くときには全くない熱情や慾を彼にのみ向け、今で見せたことのない感情を出す。
無慈悲に兄弟すらも始末し、喰らう主からは到底考えられなかった。
聞けば主の【運命】らしいその彼は、現在の我が一族で一番若く、強いΩであるそうだ。
確かに后陛下に似た雰囲気の、幼いながらも垣間見える、凄まじい色気と美貌がそれを頷かせる。
既に主と番になり、その証の金色の角が眩しかった。
主より【華】も与えられ、全身に咲き誇るそれもとても美しかった。
私が望んでも決して得られないものを彼は手に入れた。
◆
幾月かが過ぎ、主と彼の子が生まれた。
あんなに色々なものに手を出している割に、主にとっては初めての子となる。
産まれてきた子を視た彼は泣き、その子に『黒』という名を授けた。
私のようなαには魂の色やその名を視ることはできない。
きっと彼はそれを視て、決め、授けたのだろう。
◆
さらに幾年か過ぎ、大きな騒動が起こり、主と私にも大きな転機が訪れた。
主と彼は愛に狂い、互いを縛り、生贄となった。
もう、彼らは止まらない。
止めることも叶わなくなった。
私達に…従者に出来る事は側でそれを見守ることのみとなった。
主と彼の間にはその後多数の子が産まれ続けた。
◆◆◆
そして今、私の腹にも子が宿った。
私も彼もとうに諦めていたものが私達のもとに来てくれた。
永く共にいる私の恋人に声をかける。
眠りに就く前の父母から散々言われていたのに、私は頑なにそれを受け入れなかった。
そのツケが今になって来てしまった。
私から言い出した約束ゆえに切り出しづらく、口がとても重くなる。
「なんと言えば良いのか…
散々私から拒絶しておいてですが…
ほんとうに今更ですが…貴方は約束を覚えていますか?」
お腹に手を当ててこう話し始め、そこまで伝えると彼は目を見開いたあと、
私の目の前に跪き、私の手を取り、いつかのような求愛の姿勢で
「梔子、おれの運命の女。どうかおれの妻になって欲しい。
財や地位などはもう既にお前も持っているし、永く共に居て今更だと思う。
おれが与えられるのはお前への愛とお前の腹の子への愛だ。」
こう私に伝えてくれた。
もう何度目の告白だろうか?
変わらない熱の籠もったその目が、堪らなく愛しく思うようになったのはいつからか?
同衾している時のことなどは数えないことにしているが、沢山ありすぎて覚えていない。
彼は変わらず私に愛を囁き続けてくれている。
「私もいい加減に貴方を縛るのをやめようと何度も思いましたのに…
貴方の粘り勝ちですね。
これからもよろしくお願いしますね、私の良人。」
緋のくれた【 ᛇ [死と再生]】が私に良人とこの子を授けてくれた。
それに気づくまで大分寄り道をしてしまったが…私は私の運命を掴んだ。
私達は番ではないし、決してそうなることもない。
ある時突然私に『運命』が現れたらと、そう不安がる彼を側に留置く事に、罪悪感を感じていた。
(そんな私のことなどお構いなしに迫る貴方。)
「この子のことはアイツもきっと喜ぶ。」
そう言って笑う彼の笑顔はかつての主のあの笑顔とどことなく似ている。
そんな主の顔も久しく見ていないことに私たちは心を痛めている。
「名付けを彼の方にお願いしたいのですが、后陛下や神子様に許されないと無理でしょうね。」
「そんなに先の事じゃあないんだし気にすんな。次の子にしたっていい。」
「まだこの子も産まれてもいないのにもう次ですか?」
主たちの様に沢山の子に囲まれ暮らすのも悪くない。
そう、良人と話して笑った。
◆◆◆
気怠げな表情をした朱の鬼神。
顔にかかる長く伸びた朱い髪を鬱陶しそうにしているが、そのままにしている。
その髪の手入れは彼の役目だと譲らない。
邪魔になるほど長く伸びたときは適当に自ら切っているが、ざんばらの状態だ。
あまりにも酷いときは私や良人が宥め整えている。
私の主は今日も変わらず色違いの金と銀の瞳を、部屋に咲く庭白百合の【華】に向け眺めている。
部屋に入ってきた私達に主が気づく。
先日、私が産んだ私達の子を主のもとに連れてきた。
私達夫婦にはΩの力はない。
良人はその主からΩの視る眼は授かっているが、【名】を与えることなどは出来ないし、私達二人の子は強い魂を持つがゆえに、それを授けれるのは主くらいだ。
「茨木、綱、それがお前たちの子か。」
振り返らず私達に声をかける。
「はい、若。男の子です。
私も母のように若のお子の乳母になりたかったのですが、無理でしたね。」
思わず、ずっと夢見ていた事を話してしまった。
主は軽く笑み、いつぞやのように私の頭を撫でた。
「それはまたいずれな。綱、お前の希望などはあるか?」
昔とは違い、随分こちらの話を聞いてくださるようになった。
坊ちゃま…黒様のおかげかもしれない。
黒様が暴走する主をその都度皇様の様に叱責して止める。
何百年、何千年もそんな事を繰り返していたら、多少は変わったのだろう。
「いやぁ…この子はご存知のとおりヤツなんですけど、こんな魂をしてたんですかね?」
「以前は穢れた【青】であったな。
お姫様が浄化したからこれは【白】の魂となった。」
彼の方の事を想っておられるのかその表情は暗くなる。
「白?!」「ここまで強いのは初めて視ますが、やっぱり…」
その言葉の衝撃に思わず叫んでしまった。
良人は滅多にかの方より授かった眼の力を使わない。
この子のことも主に任せるため、詳しく視ることはしなかった。
「お前たち、変わらず仲が良く何よりだ。
今まで子ができなんだのが不思議なくらいだ。
あの時…俺の子らの代わりにお前たちが『神』から受けた呪いのせいか。
…すまんな。」
その言葉に私達は黙り込んでしまう。
私と良人は主と彼の方の従者だ。
眷属となったときから、お互いにその身を賭してそれぞれその主に仕えると決めている。
「私たちはそれを選びました。後悔などはありません。
それに今はこうして子も産まれました。」
隣にいる良人も頷く。
「そうか…」
目を閉じ、再び開かれた主の瞳の中には銀環が浮かんでいる。
后陛下譲りのその眼には私たちに見えないものが視えるのだろう。
主は私達の子を視て、額に手を翳し、祝福を授ける為に言祝ぐ。
──朱の名のもとに【白】の名を与える。──
中指の先を私の子の額に付け
──『白練』──
私達の子に【名】が授けられた。
【名】を付けたばかりの子を見つめながら主は話す。
「茨木、綱、お前たちの子は『白練』だ。
光を受け美しく輝く生絹の様な、貴い色だ。」
思っていたよりも美しく、そしてとても強い【名】をこの子は授かった。
『神』に直接干渉を受けた魂は、消滅しなければ他のものよりもより強いものとなる。
「白練……」
(それは限りなく白に近い名だ…なんてことだろう!)
「光り、貴い…か。」
彼はこの子のその魂の由来から大層心配をしていた。
主の子でもある、黒様のような【黒】の魂は制約を受けず嘘偽りを語れるが、
【白】の魂は主と同じように真実しか口に出来ない。
我が子を視て泣いた彼の気持ちが今少し分かった気がする。
(あの時は泣きじゃくる彼を友人が慰め、黒様に【秘印】を授けていた。)
「今は乳母にはしてやれんが、そのうち【白】の子が産まれる。
これはその子の従者にさせる。
それに俺らの子とお前たちの子は後々縁付く。」
主は次々と私達にとんでもない事を話す。
「えぇ?!」「ハイィーー?!」
驚く私達を放って彼方を見つめる主はまた呟く。
「【緑】に【黄】の魂がまだ見つからん。降りてくるまでしばらくかかるな。」
新たに色々と何か問題を起こしそうな主に目眩を覚えて、良人に寄りかかる。
私より少し背の高い彼は私を支える。
「大丈夫か?梔子。こりゃあ、旦那サマもかなりキテるな。
陛下と交渉してくるかねぇ……」
困ったふうに呟く良人。
「お前たちの子が相手ならお姫様も喜ぶ。ハハハ…」
彼の方の居る方角を向き、笑う主。
これから主の起こす騒動に私たちはまた巻き込まれるのだろう。
生まれてから幾年経ただろうか?
この方と私の縁は無かったが、私達の子の世代で結ばれるという。
永く続く腐れ縁は結局消えなかったが私は後悔なんてしていない。
「う゛ぅ゛、ぁ゛あ゛んぎゃーほぎゃー!ぎゃー!!」
「よしよし、白練。母も父もお前をずっと待っていました。
お前に会えて嬉しく思います。」
凄まじい声をあげて泣き始めた我が子をあやしながら、私はこの子の未来を想像した。
今の世ではこの子ほど強いものは、主の子らを除けば【四家】にさえいないだろう。
主の子たちの世話もしてきたので、育児は初めてではないが、何百年ぶりになるだろうか?
この子はどんな恋をして、どんな愛を育むのだろうか?
愛に狂い、酷い運命に翻弄されないことを願う。
◆◆◆
息子の左首もとには、主の【青薔薇】が在る。
あまりにも凶暴で強すぎる力の為に、主が首輪として授けた。
この子も主には逆らわず従い、慕ってもいる。
強いものに対する尊敬の念は持ち合わせているので、黒様に四童子や四天王なども慕っている。
「ハァ…なんか頭がムズムズするからこれから生えてくるのかもなぁ…角。
ダッサい色じゃないと良いんだけど。」
この子のそれはきっと白だろう。
「お赤飯でも炊きますかね…それから後でお前の【運命】の子も突き止めなくては。」
「女子じゃないから恥ずかしいよ!あいつのこともどうだっていいから!!」
口は悪いけれどその色の性質からお前は嘘がつけない。
「私が食べたいんですよ。」
「なら構わないよ。お祝いとか…父上には絶対に言わないでよ!」
「ええ、私とお前の秘密ですね?」
その為に周りとの摩擦なんかも起こるけれど、それを意に介さない強さがある。
正しく鬼のαらしい強さだ。
「絶対に、絶対だからね!」
「はいはい。」
私は今もこの愛を育てていて本当に幸せだ。
───────────
二話続けて更新しています。次は綱視点になります。
*綱と茨木の話の茨木視点になります。
*誤字脱字修正などを致しました。(まだ見落としがあるかもしれませんが…)
───────────
◆◆◆
その子は人族では珍しいくらいの美しい姿と、鍛えられた刀の様な鋭さを持った不思議な子で、私には妙な恐怖感を与える子だった。
私を一目見るなり駆け寄り、跪き、私の手を取った。
その目は熱っぽく、真剣だ。
凛々しく結ばれていた薄い唇から
『俺と結婚してくださいお姉さん。
一応、おれもそれなりの良いとこの子なんで安心してください。』
こんな事を私に話した──
「それが私と貴方の父との出会いですよ。」
「ふーん。父上の一目惚れか。」
私の前に座り、テーブルに頬杖をついて不貞腐れた態度で聞いている我が子を見る。
白金の髪と自分譲りの金の目をしている十歳前後に見える鬼の男の子だ。
甘い菓子をボリボリと食べ、砂糖のたっぷり入ったココアなどを飲んでいるが、そのへんは子供らしく可愛らしい。
部屋に広がる菓子やココアの甘ったるい匂いが彼の方を思い出させる。
彼に似た凛々しい顔立ちであるが、眉や口の形などは私に似ている。
旧い世代の鬼のαの血を濃く継いでおり成長が遅く未だ角もない。
同じ年の頃の子よりもかなり小柄で、少し幼くΩの様な可愛らしさがあるなどとも言われるらしい。
クラスでからかわれたこの子はその者たちに軽く制裁を与え、それで瀕死の重症にしてしまったりする。
そんな性格は私にも彼にも似ておらず、どうしてこんなに生意気で反抗的で残虐的なのかに悩んでいるが、かわいい我が子にかわりはない。
主や黒様もこの子のことを可愛がり、この歳で既に主の従者をしている。
「母上って、そういったロマンチックなプロポーズが嫌いなわけ?」
ポテト菓子をココアで流し込みつつ、嘲るような冷笑を私に向ける息子。
その組み合わせは私は遠慮したいところだがこの子は好む。
(この子の笑顔は私に似ているらしいが、私はこんなに冷たく笑うのだろうか?)
角は生えていないが、この子は間違いなくαであろうことはわかっている。
彼から受け継いだ【鬼キラー】の力もあるので嫌われ避けられるのだろう。
…昔私のように。
そのような経緯があり、この子は既に一族の中ではかなりの危険人物扱いだ。
「そうではありませんが、その当時は全く頭になかったというか…
気持ちの整理が出来ていなかったのです。」
「ふーん。父上は良いオスだと思うけど?」
そんな問題のある子だが、彼には懐き恐ろしいほど執着しているし、私のこともこんなふうに二人でお茶をして、恋の話をするくらいには母として慕ってくれている。
「お前はどうしてこんな事が知りたいんですか?」
そろそろ恋をする歳なのかと思うと少し嬉しくなる。
私は一族の中では相当な歳を経たものだが、母親としてはまだ十歳程度だ。
この子の親として学校行事にも参加しているが、若い者たちには私達を知るものもいないので、夫婦して色んな意味で楽しんでいる。
周りの若い母親たちに混ざり交流すると、普段の血や臓物にまみれた日々が嘘のように思えてさえきている。
こんな穏やかな日常と狩りなどを行う鬼族の守護神の従者としての自分。
どちらか本当なのかわからなくなる。
少しばかり意識を遠くに飛ばしていた自分に、息子が衝撃的な言葉を放つ。
「どうやら【運命】と会ったみたいなんだよね。だから気になった。」
「えぇッ?!」
それは自身にとってかなりの重大な出来事をさらりと話す我が子に驚く。
「運命と番ってないのって近くにはうちの親しかいないし。
四童子や四天王のおっさん達は聞いたら余計な話ばっかしそうだし。
僕の事もなんかうるさく言いそうだから母上にした。」
「相手の方はどちらのどなたなんですか?」
この子が望むなら、相手の家に申し出て婚約などの準備もしなくてはいけない。
逸る気持ちで返答を待つ。
「【赤】の家では珍しい男のΩ。
そういや名前聞いたけど覚えてないや。多分【赤】の名前じゃない?
どうやら初めて発情期になったみたいで、草っぽいくっさい匂いをプンプン撒き散らかすから、『お前臭い』ってボコって叱ったよ。」
心底嫌そうに、それは要らないというような表情でとんでもない事を口にした。
「えぇぇ?!お前はそれで良いのですか?婚約などは?後悔しても知りませんよ!」
「要らないよ。虫よけとか、アイツも困るなら別にしてもいいけど?
でもアイツが僕の嫁とかタイプじゃないから、無いね!」
「お前は今ではもう私や黒様くらいしか存在しないくらいに旧い世代の、最も若いものです。
つまりそれだけ欲求が強いのはわかっていますか?
それを失ってから大変なことになっても知りませんよ?」
「どうでもいいよ母上。
それよりもどうやら僕はαで確定みたいだね?
僕の事をバカにしたアイツらザマァ!」
本当に愉快そうに目を細め口を歪めて笑う我が子。
先日家族で見た映画の悪役などにしか見えないそんな笑い方だ。
とてもその年頃の子のする笑い方ではない。
(気にしているのはそこなんですか…言っても通じないこの子はほんとにもう!)
当たり前だが私の子なので【華】も持たず、彼もβである。未だ角も生えないこともあり、同級生から【角なし】疑惑が出た。
先日もそのことでいじめられたそうだが…この子はいじめっ子などに猛烈な制裁を加えた後、彼らを支配してしまった。
上位のものからの本気の制裁などは、私がまだ百くらいの昔の時代ならともかく、今の鬼族でそんなことするものはほぼ居ない。
「先日も私と父上が呼び出されたところですからね?程々になさい。」
「アイツら群れてウザいしムカつくから、いい加減にしないと喰うぞって脅したし大丈夫だと思うよ?
父上を侮辱するやつは僕が許さないけど、この事を知られたらアイツら黒様に始末されるよね?
今は僕が代わりに制裁しているけど、アイツら誰のことか分からずしているからバカじゃない?
刑部の名字で分かれっての!」
私も彼も主と彼の方の従者であるから氏を持つことができない。
学校などもあるので、この子の為に役割である『刑部』の名を名乗ることを許された。
戸籍も作り、今では刑部 梔子だ。
残念ながらそう呼ばれることはまず無いのだが…
昨今の若い者たちは主や私や彼の本当の力を知らず、恐れを知らない。
主や私や四童子などと同じく、この子も肉を食べる。若い世代ではもうそんなものは存在しない。
呼び出された私と彼が話をするにつれて、彼ら保護者は子が傷つけられた怒りの顔から、遥か上位の者に対して礼を失したことに畏縮し恐れ、その顔色は土気色になっていった。
私や彼などはもうほぼ人前に出ず、伝説のような存在に近いからだろう。
いきなり畏まられたりするのも困るものだと、主の言っていたことを実感したところだ。
「それにさ、恋に狂うなんて僕のキャラじゃないね。母上もそう思わない?」
「そうですね…私も愛に狂うことなんて出来ない質でした。」
私はこの子が言ったことを考えると色々なことを思い出してしまう。
それは、私の初恋と実り今も育てている愛だ───
◆◆◆
───私の恋はじまる前から終わっており、決して実ることはなかった。
その生まれからとても強い力を持ってはいたが、主には遠く及ばず。
その亜神に達するには力などの資格も無く。
もとより私は欄外であった。
『朱点の『運命』は、男でΩであるだろう。』
后陛下の予言もあった。
そんな私に主が手を出したのは、肌寂しさや耐え難い欲求であることも知っていたし、
周りにつけられた四童子たちもそういった対応のものであった。
そして私から迫ったことも大きかっただろう。
あの主は様々なものから怖れられているが、その本質は優しく慈悲深い。
生まれながらの『神』である為か、求められれば与える。
それ故、誤解する者も多い。
……私のように。
決して【至】らないもの。
ただ、私はそれらの中の唯一の女で、主とも乳兄弟で歳も近かった。
緋を除けば妃や婿になるくらいには教育はされたが、伴侶には遠く、足り得なかった。
私と彼女は友人であり、主を含めて幼馴染であった。
彼女のその在り様は本当に鬼とは思えなく、価値観が新鮮で面白かった。
主が父母の【域】に封じられていた頃から三人で交流し、百年程私達は共にいた。
このままどちらかが主に嫁ぐか婿に行き、そのまま続くと思われた私達の関係はいきなり終わりを告げた。
彼女が恋をした。
その相手は后陛下の姉君の魂を宿した、耳長族の神子だ。
主の妃と目されていた彼女は【青】から離れるために、主に【名】を貰い生来の名である、──を捨て、さらには【華】まで捨て去り鬼であることすら捨てた。
そんな生き方を私は出来ない。
愛に生き、そして愛に狂う。
我ら鬼はそんな生き方をする。
主の父である皇様も、
主の母である后陛下も、
その愛を貫き結ばれた。
だが私はとても臆病でそのような気概もない。
幾人もの同族の女やΩや男やαにも迫られたが、どうにも心を動かされない。
私は主の運命には決してなれないのか?
主はΩでもある。
だが私はメスとして彼に愛されることを望んだ。
彼女が欠けて数年後、今度は主が恋をした。
その魂に惚れたそうだ。
◆◆◆
その時までは自分が一番長く、主のそばに侍り床をともにしていた。
彼を連れ込んだ主は発情期とされる七日を過ぎても出てこない。
案じられた后陛下が破られ入られたが、『神』の領域に私たちは足を入れられない。
十日も過ぎて漸く主に私達従者は呼ばれた。
久しぶりに見る主は変わらず美しく強かった。
自分たちを見つめるその色違いの眼は、穏やかで柔らかかった。
私達を見遣り柔らかく笑む主に、育ての親でもある守役の四童子達は涙ぐむ。
それは力や内面の不安定さで怖れられている主が、初めて見せた曇りのない笑顔だった。
(この方を悩ませ続けた湧き上がる衝動、昂りを抑えられない体、満たされることのない腹と常に感じる喉の渇き、それら全てが治まったというのか?!)
主は自らの隣に眠る彼の、美しく輝く銀の髪を何房か弄びながら
「こいつを嫁にする。」
そう私達に切り出した。
主の部屋の褥で眠る彼。
成熟してもまだまだ幼いその子は友人の弟で、男でΩだった。
(朱点様!その子は──の弟で【青】の跡取りの筈です!
その様な身分の者に手を出されたのですか?!)
ここに来るまでに后陛下より彼の家である【青】から、帰還の願いが出ていることを聞いてきた。
主の兄弟たちも今は良くないものしかいない。
そのような幼子に手を出したのは初めてではないが、后陛下によると彼は既に主の子を身籠っているらしい。
「茨木。俺の囲っているやつらを開放しろ。
番が罪人のΩは母上と相談して、親父の後宮にやってもいい。
残すのは処分待ちの犯罪者や奴隷のみだ。
俺はもう、こいつにしか勃たない。
だから無理だ。」
とても衝撃的なことを主は私達に話す。
「えぇ?!」「「「「は?!」」」」
あまりの衝撃に私達従者はとてもついていけない。
主は続けて話す。
「百合の魂は気高く、近寄り難い程に潔癖だ。」
本当に愛しそうに、嬉しそうに、幸せな顔で彼の髪を手で漉きながら、普段の主からはとても想像できないような事を言う。
「俺はこれの望まぬことは出来ん。
俺自身を【呪】で縛り、これ以外にはもう…惹かれぬ。」
「「「「若゛様゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」」」
四童子達は涙さえ流している。
私は彼のことで主を叱責したが呆気なく却下され、言葉を縛られた。
その後の主は彼の為に主には必要の無い甘味を手に入れるように自分に命じたり、
彼を自分と同じものにする為に給餌する行為をはじめた。
私には魂を視る眼なんて持たない。
けれど私には分かった。
主は恋に落ちたのだ。
私を抱くときには全くない熱情や慾を彼にのみ向け、今で見せたことのない感情を出す。
無慈悲に兄弟すらも始末し、喰らう主からは到底考えられなかった。
聞けば主の【運命】らしいその彼は、現在の我が一族で一番若く、強いΩであるそうだ。
確かに后陛下に似た雰囲気の、幼いながらも垣間見える、凄まじい色気と美貌がそれを頷かせる。
既に主と番になり、その証の金色の角が眩しかった。
主より【華】も与えられ、全身に咲き誇るそれもとても美しかった。
私が望んでも決して得られないものを彼は手に入れた。
◆
幾月かが過ぎ、主と彼の子が生まれた。
あんなに色々なものに手を出している割に、主にとっては初めての子となる。
産まれてきた子を視た彼は泣き、その子に『黒』という名を授けた。
私のようなαには魂の色やその名を視ることはできない。
きっと彼はそれを視て、決め、授けたのだろう。
◆
さらに幾年か過ぎ、大きな騒動が起こり、主と私にも大きな転機が訪れた。
主と彼は愛に狂い、互いを縛り、生贄となった。
もう、彼らは止まらない。
止めることも叶わなくなった。
私達に…従者に出来る事は側でそれを見守ることのみとなった。
主と彼の間にはその後多数の子が産まれ続けた。
◆◆◆
そして今、私の腹にも子が宿った。
私も彼もとうに諦めていたものが私達のもとに来てくれた。
永く共にいる私の恋人に声をかける。
眠りに就く前の父母から散々言われていたのに、私は頑なにそれを受け入れなかった。
そのツケが今になって来てしまった。
私から言い出した約束ゆえに切り出しづらく、口がとても重くなる。
「なんと言えば良いのか…
散々私から拒絶しておいてですが…
ほんとうに今更ですが…貴方は約束を覚えていますか?」
お腹に手を当ててこう話し始め、そこまで伝えると彼は目を見開いたあと、
私の目の前に跪き、私の手を取り、いつかのような求愛の姿勢で
「梔子、おれの運命の女。どうかおれの妻になって欲しい。
財や地位などはもう既にお前も持っているし、永く共に居て今更だと思う。
おれが与えられるのはお前への愛とお前の腹の子への愛だ。」
こう私に伝えてくれた。
もう何度目の告白だろうか?
変わらない熱の籠もったその目が、堪らなく愛しく思うようになったのはいつからか?
同衾している時のことなどは数えないことにしているが、沢山ありすぎて覚えていない。
彼は変わらず私に愛を囁き続けてくれている。
「私もいい加減に貴方を縛るのをやめようと何度も思いましたのに…
貴方の粘り勝ちですね。
これからもよろしくお願いしますね、私の良人。」
緋のくれた【 ᛇ [死と再生]】が私に良人とこの子を授けてくれた。
それに気づくまで大分寄り道をしてしまったが…私は私の運命を掴んだ。
私達は番ではないし、決してそうなることもない。
ある時突然私に『運命』が現れたらと、そう不安がる彼を側に留置く事に、罪悪感を感じていた。
(そんな私のことなどお構いなしに迫る貴方。)
「この子のことはアイツもきっと喜ぶ。」
そう言って笑う彼の笑顔はかつての主のあの笑顔とどことなく似ている。
そんな主の顔も久しく見ていないことに私たちは心を痛めている。
「名付けを彼の方にお願いしたいのですが、后陛下や神子様に許されないと無理でしょうね。」
「そんなに先の事じゃあないんだし気にすんな。次の子にしたっていい。」
「まだこの子も産まれてもいないのにもう次ですか?」
主たちの様に沢山の子に囲まれ暮らすのも悪くない。
そう、良人と話して笑った。
◆◆◆
気怠げな表情をした朱の鬼神。
顔にかかる長く伸びた朱い髪を鬱陶しそうにしているが、そのままにしている。
その髪の手入れは彼の役目だと譲らない。
邪魔になるほど長く伸びたときは適当に自ら切っているが、ざんばらの状態だ。
あまりにも酷いときは私や良人が宥め整えている。
私の主は今日も変わらず色違いの金と銀の瞳を、部屋に咲く庭白百合の【華】に向け眺めている。
部屋に入ってきた私達に主が気づく。
先日、私が産んだ私達の子を主のもとに連れてきた。
私達夫婦にはΩの力はない。
良人はその主からΩの視る眼は授かっているが、【名】を与えることなどは出来ないし、私達二人の子は強い魂を持つがゆえに、それを授けれるのは主くらいだ。
「茨木、綱、それがお前たちの子か。」
振り返らず私達に声をかける。
「はい、若。男の子です。
私も母のように若のお子の乳母になりたかったのですが、無理でしたね。」
思わず、ずっと夢見ていた事を話してしまった。
主は軽く笑み、いつぞやのように私の頭を撫でた。
「それはまたいずれな。綱、お前の希望などはあるか?」
昔とは違い、随分こちらの話を聞いてくださるようになった。
坊ちゃま…黒様のおかげかもしれない。
黒様が暴走する主をその都度皇様の様に叱責して止める。
何百年、何千年もそんな事を繰り返していたら、多少は変わったのだろう。
「いやぁ…この子はご存知のとおりヤツなんですけど、こんな魂をしてたんですかね?」
「以前は穢れた【青】であったな。
お姫様が浄化したからこれは【白】の魂となった。」
彼の方の事を想っておられるのかその表情は暗くなる。
「白?!」「ここまで強いのは初めて視ますが、やっぱり…」
その言葉の衝撃に思わず叫んでしまった。
良人は滅多にかの方より授かった眼の力を使わない。
この子のことも主に任せるため、詳しく視ることはしなかった。
「お前たち、変わらず仲が良く何よりだ。
今まで子ができなんだのが不思議なくらいだ。
あの時…俺の子らの代わりにお前たちが『神』から受けた呪いのせいか。
…すまんな。」
その言葉に私達は黙り込んでしまう。
私と良人は主と彼の方の従者だ。
眷属となったときから、お互いにその身を賭してそれぞれその主に仕えると決めている。
「私たちはそれを選びました。後悔などはありません。
それに今はこうして子も産まれました。」
隣にいる良人も頷く。
「そうか…」
目を閉じ、再び開かれた主の瞳の中には銀環が浮かんでいる。
后陛下譲りのその眼には私たちに見えないものが視えるのだろう。
主は私達の子を視て、額に手を翳し、祝福を授ける為に言祝ぐ。
──朱の名のもとに【白】の名を与える。──
中指の先を私の子の額に付け
──『白練』──
私達の子に【名】が授けられた。
【名】を付けたばかりの子を見つめながら主は話す。
「茨木、綱、お前たちの子は『白練』だ。
光を受け美しく輝く生絹の様な、貴い色だ。」
思っていたよりも美しく、そしてとても強い【名】をこの子は授かった。
『神』に直接干渉を受けた魂は、消滅しなければ他のものよりもより強いものとなる。
「白練……」
(それは限りなく白に近い名だ…なんてことだろう!)
「光り、貴い…か。」
彼はこの子のその魂の由来から大層心配をしていた。
主の子でもある、黒様のような【黒】の魂は制約を受けず嘘偽りを語れるが、
【白】の魂は主と同じように真実しか口に出来ない。
我が子を視て泣いた彼の気持ちが今少し分かった気がする。
(あの時は泣きじゃくる彼を友人が慰め、黒様に【秘印】を授けていた。)
「今は乳母にはしてやれんが、そのうち【白】の子が産まれる。
これはその子の従者にさせる。
それに俺らの子とお前たちの子は後々縁付く。」
主は次々と私達にとんでもない事を話す。
「えぇ?!」「ハイィーー?!」
驚く私達を放って彼方を見つめる主はまた呟く。
「【緑】に【黄】の魂がまだ見つからん。降りてくるまでしばらくかかるな。」
新たに色々と何か問題を起こしそうな主に目眩を覚えて、良人に寄りかかる。
私より少し背の高い彼は私を支える。
「大丈夫か?梔子。こりゃあ、旦那サマもかなりキテるな。
陛下と交渉してくるかねぇ……」
困ったふうに呟く良人。
「お前たちの子が相手ならお姫様も喜ぶ。ハハハ…」
彼の方の居る方角を向き、笑う主。
これから主の起こす騒動に私たちはまた巻き込まれるのだろう。
生まれてから幾年経ただろうか?
この方と私の縁は無かったが、私達の子の世代で結ばれるという。
永く続く腐れ縁は結局消えなかったが私は後悔なんてしていない。
「う゛ぅ゛、ぁ゛あ゛んぎゃーほぎゃー!ぎゃー!!」
「よしよし、白練。母も父もお前をずっと待っていました。
お前に会えて嬉しく思います。」
凄まじい声をあげて泣き始めた我が子をあやしながら、私はこの子の未来を想像した。
今の世ではこの子ほど強いものは、主の子らを除けば【四家】にさえいないだろう。
主の子たちの世話もしてきたので、育児は初めてではないが、何百年ぶりになるだろうか?
この子はどんな恋をして、どんな愛を育むのだろうか?
愛に狂い、酷い運命に翻弄されないことを願う。
◆◆◆
息子の左首もとには、主の【青薔薇】が在る。
あまりにも凶暴で強すぎる力の為に、主が首輪として授けた。
この子も主には逆らわず従い、慕ってもいる。
強いものに対する尊敬の念は持ち合わせているので、黒様に四童子や四天王なども慕っている。
「ハァ…なんか頭がムズムズするからこれから生えてくるのかもなぁ…角。
ダッサい色じゃないと良いんだけど。」
この子のそれはきっと白だろう。
「お赤飯でも炊きますかね…それから後でお前の【運命】の子も突き止めなくては。」
「女子じゃないから恥ずかしいよ!あいつのこともどうだっていいから!!」
口は悪いけれどその色の性質からお前は嘘がつけない。
「私が食べたいんですよ。」
「なら構わないよ。お祝いとか…父上には絶対に言わないでよ!」
「ええ、私とお前の秘密ですね?」
その為に周りとの摩擦なんかも起こるけれど、それを意に介さない強さがある。
正しく鬼のαらしい強さだ。
「絶対に、絶対だからね!」
「はいはい。」
私は今もこの愛を育てていて本当に幸せだ。
───────────
二話続けて更新しています。次は綱視点になります。
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