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二章 あいつの存在が災厄
希望と裏切り。冷淡で寛容。危険な愛情に友情。 壱
しおりを挟む*子どもに対する虐待表現があります。
───────────
◇◇◇
桃色の髪に秘色の目を持つ鬼が、鬼の郷である神奈備を離れ、京にある僕の屋敷を人目を忍んで訪れていた。
隠れてというのは、僕が鬼を狩る者たちの頭領として知られる存在だからだろう。
「計画を早めろ」
少しばかり気だるげなぱっちりとした二重に、高すぎない鼻、厚い唇は女みたいな鮮やかな赤い色。
そんなメスらしい顔立ちと、緩くウェーブのかかった髪に、白くほっそりとした華奢で庇護欲を誘う体つき。
オスの本能を刺激するような蠱惑的な美貌だが、その目は冷たく仄暗い。
【青】の当主代行との間に生まれた下から三番目の弟と良く似た顔立ちであるのに、あの子と違い可愛らしさの欠片もない。
いつも僕のところにいきなり庭から侵入して来て、ここに呼び付けて用件だけを言うこの鬼に、怒りよりも面倒臭さを感じている。
いい加減にこの鬼から解放されたいが…
それはこの鬼が死なない限り無理だし、この鬼は死ぬ時にきっと僕ら下僕たちを道づれにする。
この鬼はそんな奴だ。
昔からこの鬼は僕のことをぞんざいに扱うくせに、こういった頼み事ばかりをしてくる。
こちらが奴隷である以上は、主人であるこの鬼に絶対に逆らえず、どんなことでも受け入れなければならないのが、ずっと苦痛だった。
「畏まりました。ご用件はそれだけでございますかご主人様?
それとも他に誰かの始末をご下命で?」
少々、生意気に棘のある言い方をするが、僕はいつもこの鬼に対してはこんな調子なので、気にもしないだろう。
「お前の延命の為に、わざわざ訪ねて来た母に対して、冷たいね」
わざわざ自分のことを『母』と言い、僕の態度に傷ついているみたいな台詞を言うが、この鬼はそんなこと欠片も思っていない。
今の僕にその価値を見出しているだけで、利用できなくなればあっさり捨てる。
それで僕にさせているような事を、また別の誰かにさせるだろう。
(まぁ…僕ほど強く、有能な手駒は他にいないだろうが)
弟たちは前の生の名から『ミツ』と呼んでくれたが、この鬼のもとにいた頃は名すら無く、字も無い僕は『お前』か『白いの』などと呼ばれていた。
それくらいこの鬼にとって僕はどうでもいい存在だ。
「貴方様は散々、僕の顔は見たくないとか、『【角なし】で【華】も無い出来損ない』とおっしゃいました」
(だから僕を捨てたんだろ)
「そうだったか?」
「お忘れですか?」
こんな文句も言いたくなるくらいにその扱いは酷く、自分はまともに血や肉を与えられず苦労した。
ある時から、この鬼の産んだ僕の兄弟や愛人などが邪魔になると、それらを殺して食べろと僕に言うようになった。
僕に邪魔者を始末させるようになってからは、飢えや渇きはマシになったが、それでも満ち足りることはなかった。
おかげで前の生では高かった背丈も、今の生ではかなり小柄だ。
(…角はなくても僕は鬼であるはずなのに)
一つ溜息を吐いてから、
「編笠に梅笠に紅葉笠は元気にしていますか?」
多分ろくな扱いをしてないであろう、この鬼の元に残されている弟たちのことを尋ねた。
僕が気にかけなければ彼らは餓死したり、情緒に著しい欠落が見られる場合があった。
この鬼はいつの間にか弟を生んでたりするから本当に困る。
「ウメは赤の妖族の国。モミジは緑の妖族の国」
簡潔にどこにいるかだけ答えた。
本当に子どものことなど全く興味がない。
「結局、全員父親のもとに引き取らせたんですか…」
「当たり前だろう?なぜ私が面倒を見なければいけない」
さも当然と言うような口ぶりで、僕のように弟たちも捨てたことを告げられる。
その行動に本当に呆れてしまうが、この鬼の元にいるよりは絶対にマシだろう。
どれも遠く離れた土地ゆえ、滅多に会えなくなるのが寂しいが。
この鬼は鬼にしては珍しく子が出来やすいのか、【緑】の家で僕の兄にあたる者が『飼われている』と聞いているが、その他にも自分には数人の弟がいた。
僕らはみんな父が違う兄弟で、僕なんかはそれが誰であるかわからないと言われている。
この鬼はそれくらいの奔放さのうえに質が悪く、今言った弟たちの父親は、全てこの鬼が魅了の力で無理やりモノにした相手の子らだ。
この鬼は身分が高く、強く、美しいオスを好む。
亡くなった愛する方に少しでも似ていたらそいつと寝る。
彼らはそれぞれの種族の頂点に近い地位にいる者などで、この鬼は戯れにその者たちを最愛の番や伴侶から強引に奪った。
「ああ、それからアミと私は【青】の家に入ることになったよ」
「お慕いしておられるラピス様の住まいであったお屋敷が終の住処となり、よろしゅうございました」
「藍青の妻というのが気に入らないが、あそこの庭にはあの方の【華】がある」
僕としては皮肉で言ってやったのだが、この鬼はそんなことも気にせず、うっとりとした目でそれに思いを馳せている。
鬼のオスは自分の心臓に宿した【華】と同じ花を番のメスを住まわせ囲う家の庭に植えたがる。
きっとそれを見て、愛しいラピス様に愛されている妄想でもするんだろう。
この鬼の幸せそうな顔を見るのは好まないが、それを見るとこの庭にある白紫陽花が咲き、そこに自分の愛するものが住まう姿をまた見たくなった。
(そんな日は来ないだろうが)
前世からの自分の愛しい恋人を今世で初めて抱いた後、白紫陽花を植えた。
以来、彼が屋敷を訪れるとこれが見える部屋で抱き、そこを彼の為の部屋にした。
(僕は【華】を持たないはずなのに、どうしてそんなことをしたんだろうか?)
嫌っているのに、今は亡き者に狂気をはらんだ愛情を捧げるこの鬼と、前の生からの恋人に振り向かれないのに愛を捧げる僕はよく似ている。
愛する者への狂気と言えるほどの思慕の念。
妄執と言っていいまでの想いを捨てれない。
自分と話しているのに僕が意識を他所に飛ばしているのが気に入らないのか、この鬼はこんな話をしてきた。
「そういえば今日はお前の従弟が耳長の姫と婚約したそうだよ」
「然様でございますか。おめでたいことにございます」
相手にすると疲れるだけなので適当に受け流す。
「同じ皇と后の孫でも大違いの境遇だな。
折角、彼らの待望であった【白】の御子に生まれたのに、お前には角も【華】も無いから当然か」
やっぱり僕の皮肉が分かっていたらしく、さっきの反抗的な態度が気に入らないのか、こんなふうに僕を貶めることを平気で言う。
傷つくことなんてない。
ただこの鬼を相手にしている時間が惜しいとだけ思えた。
(早く戻ってアオの肌に牙を穿ち、その身に僕自身を埋め癒やされたい)
そんな淫蕩な行為に耽りたいが、この鬼はなかなか僕を放してくれない。
「僕は廃嫡済みである、幽閉されていた皇子皇女の胤です。
継嗣の皇子殿下の子である方とは違います」
「あの方たちはみんな朱点や皇のやつに喰われたから、仇討ちになるね」
冷えた心を持つこの鬼は、『朱点』と『フレイヤ』それから皇と后になどに復讐を考える時には、少しばかり面白そうな顔をする。
今がそうだ。
「然様でございますね」
「つまらない」
「ご期待に添えず申し訳ございません」
顔も名も知らず、ひと欠片も愛情を持っていない相手の仇と言われても、実感が無く難しいがこう返しておく。
僕は鬼たちの長の孫であるらしいが、その存在を絶対に許されない罪人の子だ。
この鬼は僕を朱点の代わりにする為、依頼されて産んだらしいが、生まれてきた僕は角なしのうえに【華】も無かった。
それでも父親由来の血によるものか、結構な大食いのうえに彼らの血縁にしか見えない顔立ちの為、幽閉されている筈の者の子であると、何度もバレそうになった。
依頼者のおかげでなんとか助かっていたが、僕が絶対に嘘がつけないという、この世界のルールに縛られる者であったから、僕を傀儡にするなど到底無理だと諦めた。
すると今度は僕の食事に困るようになり、隠して育てるのは無理だと捨てた。
幸いにもこの鬼が自分を売り渡した先は、妖と鬼を狩りることを生業にする者の長だった。
今は狩った鬼を食べることでなんとかしているが…既に限界が近かった。
愛する者の血は美味く、肉を喰らいたくなる誘惑に負けそうになっていた。
彼が情けから与えてくれる血と体を貪る時に、気をつけてはいるが何度も強く深く噛んでしまい、重い傷を負わせている。
これ以上は抱いてはいけないのに狂おしいほど求めてしまう。
これが鬼の本能だろうが、なぜ【華】も角すら無い自分がここまで苦しむのだろうか?
前の生で愛する者を虐げ過ぎたからだろうか?
この世界に生まれ落ちた時から、もう今度は間違えないと大切にすると誓ったはずなのに。
「顔だけはあいつらの顔の良いとこ取りだったあの方によく似ているのに、本当に残念だねぇ…」
息子に対して向けるにはありえない、ねっとりとした魅了の薫りを纏い、僕の顔を撫でてくるたおやかな白い腕に、意図せず肌が粟立つ。
それに気づかないこの鬼はそのまま僕を抱きしめると、僕の首もとにある自分の与えた【華】に噛み付いた。
「…………っ、」
わざと痛みを感じるように強く深く牙を穿ち、そのままの勢いで僕の命を吸い上げる。
ほんの数十秒くらいの、一分にも満たない時間なのにこの時間が苦痛で仕方ない。
(この鬼の子で良かった)
催淫は親子では効かないから、それだけはこの鬼が母で良かったと思う。
血を奪われ、催淫毒に冒され、僕からこの鬼を自発的に抱きたいと思ったりすることがなくて、本当に良かった。
ギュッと拳を握り込み、密着された体や肌に触れる唇や牙の不快感を堪えた。
この鬼の牙が僕から離れ、
「この時くらいはもっとイイ顔をしろ。お前の飼っているメス犬にも呆れられるぞ?」
そんな余計なお世話な言葉をかけてくる。
「申し訳ございません」
こいつは発情期に相手がいなければ、僕に抱けとか言うこともあるくらいの、見境なしの淫乱だ。
(【華】で強制されるし、最悪だ)
こいつに初めてを奪われてから、この鬼を生理的に受け付けなくなってしまっている。
おかげさまでΩの薫りが無理になった。
前世の母もそれは酷いものだったが、この鬼よりも強力な天然の魅了体質を持ち、常に邪なものから悪しき欲望を向けられ、普通の生活を送ることなど到底無理だった弟を産んでからは、変わった。
それなのにこの鬼はポコポコ子を産むわりに、その扱いはゴミ屑以下だ。
(中でも僕が一番酷い扱いだろうが……)
「もういい…いつものようにこれを数本やるから、考えて使え。
死にたくないなら私の言うことを良く聞くんだよ?『白いの』」
何を言っても手応えもなく、心ここにあらずな僕に飽きたのか、そう言うと鬼は乱暴にそれを寄越すと、返事も聞かずに去って行った。
手渡されたのはあの鬼の持つ【華】、花笠石楠花。
あの鬼が僕の使い方を思いついた幼い頃、反抗しない様に与えられたこの【華】の毒に、僕はずっと侵されていた。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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