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二章 あいつの存在が災厄
ᛈᚢᚱᛈᛚᛖ から ᚢᛖᚱᛗᛁᛚᛁᛟᚾ に 愛の護り を。 弐
しおりを挟む耳長は番になれないもので添うことの方が多い。
『ヘテロ』と呼ばれる男と女でしか番うことを好まない者や、僕と朱天のような『運命』の番を嫌うものが沢山いる。
そんな耳長は番の契りの噛み痕や伴侶の【華】の代わりに、ルーンのお護りを愛するものに与える。
自分の名を結合秘印というものにして、宝石に刻みピアスにして贈りあう。
鬼としては既に『天』の名を贈った。
でもこれはうなじの噛み痕や【華】みたいに目で見てすぐに、こいつが僕のものだとは分からない。
半耳長とまで呼ばれる僕の、耳長育ちの僕にしか出来ないそれで、鬼のみんなに僕だってこいつが好きということを知らしめてやりたくなった。
僕もお腹の子の為に、僕の真名の結合秘印と護りのルーンを刻んだリボンを織っていたが、それとは違いもっと強いものを刻みたい。
姉が昔、僕に運命を授けたように、加護として朱天にあげたくなった。
神子の資格を持つものは魂に直接それを与えることが出来る。
「それは嬉しい申し出だが、先に伝えるべき事がもう一つある」
僕の発言を受けて喜ぶかと思った朱天の顔は暗い。
少し落とした声で、慎重に言葉を選び僕を諭すように話す。
「お前が嫌い、以前より気にしていたことについてだ」
さっきまでの笑みを無くして、金と銀の色違いの二つの瞳がじっと僕を見つめる。
「僕はお前の告白話が怖いよ」
朱天がこういう真剣な顔をして話す時は色々と良くないことが多い。
僕の気にしていたことや嫌いなものとかものすごく嫌な予感がするし、この感じだとまた禁に当たることかと思う。
「俺は鬼族の守護者として『末端』などを始末して喰らうが、あれは穢れを祓う為のこと」
こいつは毎日罪びとや『ろくでもないもの』などを食べていたが、旧い者のαでも毎日の肉を食べない。
そんなことをしたら僕ら鬼は滅亡してしまう。
だから不思議に思っていた。
(単にこいつがおかしいだけかもしれないけど)
「『彼方』に還すか俺の中で浄化させている」
「だから魂なんか食べているのか…」
僕の返事に「そうだ」と返す朱天。
続けて言われることに僕はまた落ち込む。
「お前は俺の伴侶であるから、これも手伝ってもらうことになる」
「あのクソ不味いのを食べる生活が永遠に続くのか…」
(ちょっと勘弁してほしい。最悪だ)
「毎日お前の好む菓子を用意するゆえ、堪えて欲しい」
両肩に手を置き宥めるようにそれを伝えられる。
「絶対に守れよ!」
僕の言葉に朱天はコクリと頷いた。
今は【域】にいるから僕とも自由に話しているが、先程の事もある。
どうやら迂闊なことを喋って、またあれをしてしまうことを回避したいらしい。
不思議に思っていた朱天の食べているもの。
僕を昇神させる為にさせていた、あのクソ不味くて仕方ない【魂喰い】は、亜神の務めであるらしい。
姉や義母などからは聞いていないので禁にあたるものか、朱天くらいしかしていないことなんだろう。
こいつは肉や魂、それに血しか進んで摂らない。
摂りたがらないというべきか。
好き嫌いは全然ないし、厨のものからびっくりするくらい変なものを出されても、文句を言わずなんでも食べる。
たまにお酒を飲んだり僕のお菓子も摘んだりするけど、あまり好きではない。
だから厨のみんなは『若様に美味しいものを』と頑張って色々と作っては持ってきているらしい。
(彼らは色んな国の様々な料理が作れてびっくりした)
それでも反応が悪いからか最近は狩ったばかり獣の肉、それも生のものに塩などを振ったものとかそんなものばかり出されていた。
(あれは料理なんかじゃない…)
朱天はそれもあまり好みでないみたいで、彼らに労いはかけるけど食べている時は「美味い」や「好き」とかは全然言わない。
(僕の血は美味しいとか、めちゃくちゃ褒めるんだけどね)
「これより先はまだお前に伝えることが叶わぬ。
いつか教える故、許せ」
話をそれで終わらせると僕の頭をポンポンと叩くようにしてから撫でた。
前々から気になっていた大食いや好色などで済まない異常な欲求。
食べながら抱いて殺していたこいつの恐ろしい性癖。
この先それに付き合わされるのは勘弁してほしいしお断りだが、これも朱天の生まれや呪いからのものらしい。
『 』から呪われ過ぎているうえに父母たちからも縛られ、窮屈な思いしかしてこなかった朱天。
もっと詳しく知りたいと思うが…今の僕にはまだ資格がない。
(クソ不味い肉や魂をもっと食べて、早く『神』になるしかないのか?)
細部を濁されて話すからよくわからない。
それでも話せることは全部話してくれた。
僕を大切に思い出来ることは全部してくれた。
(ちょっとあれはどうかと思ったけど…)
「僕の【華】はまだ怖くて贈れない…それは許して欲しい」
「お前の心が決まった時にそれを俺に与えてくれ。その時はお前の愛で俺を縛ってくれ」
既に尋常ではないほどに呪われ、縛られているのに、僕からさらに愛で縛られたいという。
そんな僕の夫には縛らない耳長の愛の印を贈りたい。
「首に痛みを感じるかもしれない」
「俺はそのようものはほぼない故、心配するな」
「……お前は…そうだったね」
真面目な顔で返してくれるが…
なんだかこういうときにボケてくれるのが正直キツい。
ガックリくる。
「構わぬ、来い」
「あー、うん…なんだかなぁ…」
両手を広げ胸に飛び込んで来いとばかりに待ち構えてくれているので、気を取り直して呪歌を唱う。
【ᚠᚱᛟᛗ ᛈᚢᚱᛈᛚᛖ ᛏᛟ ᚢᛖᚱᛗᛁᛚᛁᛟᚾ, ᛁ ᚷᛁᚢᛖ ᚣᛟᚢ ᛏᚺᛖ ᛒᛚᛖᛋᛋᛁᚾᚷᛋ ᛟᚠ ᛚᛟᚢᛖ.】
──紫から朱に愛のお護りを贈る──
【ᚨᛋ ᛚᛟᚾᚷ ᚨᛋ ᛏᚺᛁᛋ ᛚᛟᚢᛖ ᛚᚨᛋᛏᛋ, ᛏᚺᛖ ᛈᚢᚱᛈᛚᛖ ᛈᚱᚨᚣᛖᚱ ᛈᚱᛟᛏᛖᚲᛏᛋ ᛏᚺᛖ ᛉᚺᚢ. 】
──この愛が続く限り紫の祈りは朱を守る──
そこまで唱うと朱天の首もとにルーンを刻み、最後に口づけを落とした。
「やたら長い呪歌であったが、これはなんだ?」
朱天の首には僕が唱ったルーンが首輪のようになっている。
自分の首にくるりと一回する魔術的な加護が気になるらしい。
「…僕の名前。『紫』」
結合秘印で名を刻むと強力なお守りになる。
僕の朱天への愛と朱天の僕への愛がある限り、こいつは守られる。
「ほぉ…俺はお姫様の所有物か?」
確かにそういうつもりでも刻んだが、こんな顔して言われるとなんかムカつく。
ニヤニヤしてウザい。
「それからᚷ(愛情,贈り物)を贈った」
なのでちょっとイジワルもしてみる。
「どのような意味がある?」
「姉様の印だ」
朱天は物凄くしょっぱいものを食べた時のような顔になる。
ルーンの刻まれたあたりをしきりに触ってもいる。
「あいつの…あいつの印が…俺の首にあるのか……」
えらく落ち込んでいるのでフォローもちゃんとする。
「……愛情を大切にするとかそんなやつだから、安心しろ」
「そうか!」
また笑顔になった。
僕も相当にちょろい自覚があるがこいつもヤバい。
『…ポ、コ』
不意にお腹になんだかくすぐったいような、ピリっとした変わった感覚をおぼえた。
もしかするとこれが『胎動』というやつだろうか?
今までの僕はお腹にいる子に対して、実感が全くといっていいほどなかった。
身籠っているということを知ったのは、異常な空腹と酷い悪阻から。
最近はお腹も少し膨らんできたけどよくわからなかった。
自分がまだまだ子どもで、こんな僕が母親になるだなんて全然気持ちがついていっていなかった。
だけど、この感覚が僕に教えてくれた。
「……いま、なんかお腹、蹴られた?」
「子が動いたのか?」
「うん」
朱天がそっと僕のお腹に手を触れた。
『……ポコ』
「……ここに居るのだな、俺の子が。俺とお前の大切な子が」
朱天と僕のはじまりはあれだったけど、ようやく夫夫として結ばれた気がした。
まだ不安だし怖いけど、子どものことも受け入れられそうになった。
僕はまだ未熟で、いきなり大人にならなくちゃいけなくなったけど、この呆れるほど常識外れの旦那が側にいる。
ワガママで強引なやつだけど、僕をデロデロに甘やかす優しい朱い鬼。
愛おしそうに僕のお腹を撫でている朱天に声をかける。
「この子も一緒に、ずっと仲良く暮らそうな…」
「無論だ。この子だけではなく、もっと俺の子をたくさん産んで皆「もう!お前はなんでそうワガママなんだ!今はこの子だけ!!」
思うように話すことが許されない朱天と言いたいことを言えない僕。
それでもこんな感じで僕らはずっと仲良く暮らしていくんだろう。
いつか僕らのまわりにはたくさんの子どもがいるようになるだろう。
『大好きだ朱』
───それをはじめて言った日のことをよく覚えている。
◇◇◇
…どうだったかな?
いやぁ…恥ずかしいな。
自分のした愛の告白を人前で話すとは思わなかったな。
《シュテンはなんというか…凄いな》
《私たちの常識というものから外れすぎていて、なんと言ってよいのか分からなくなった》
《クズから大分印象が変わった》
だろうね。
百合もそうだったから。
《でも、リリィは幸せだったんでしょう?》
《赤ちゃんも受け入れてたみたいだし》
そうだね、そろそろ百合と朱天の子のことについても話したいな…
あの子はいい子なんだ。優しくて強くて、ホントに良い子だったんだ。
《それは親バカって言うんだぞ…》
わかっているけどね。
あの子にも会いたくなったよ…
《わかるわ、私も子どもがムカつくときもあるけどすごく可愛い》
《仕事をする原動力ね》
《たまに出て行けと言いたくなるようなことをしてくれるけど……》
そうだね。
しんみりとしている雰囲気のところ申し訳無いが、残念ながらこれで終わらせないのが朱天だ。
この後もまたまたどえらい問題を色々と起こしてくれる。
《ハァ?またか…》
《本当にどうしようもないやつだなシュテンは》
《一体次は何をしたんだ?》
あー…ブーイングが酷いな。
あいつの愛は重たすぎて苦しいくらいだったけれど、それが百合の生き方や考え方を変えたんだ。
──だから…「自分の本当に大切な人ならその人を愛し続けなさい。」って僕は最期に息子にそう伝えることができた──
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