黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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098 紹介

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 ハランドから帰り、王都の森でのんびりしているのに屋敷からランガス会長が尋ねてきたと連絡が来た。
 街の家は返却しているので、ハランド支店の番頭の嫌がらせの一件だと思うが無視する訳にもいかない。
 渋々明日戻ると伝えてもらう。

 ・・・・・・

 翌日屋敷に戻ると昼過ぎにはランガス会長が尋ねて来て、ハランドでの一件を詫びられて、迷惑を掛けた店には相応の謝罪をしたと報告を受けた。
 被害を受けたのは俺じゃ無いけど、それを言いだすと話がややこしくなるので鷹揚に頷いて話を終わらせる。

 「ネイセン侯爵様より伺いましたが、侯爵位披露の為に王家晩餐会にご出席なされるとか」

 「それねぇ~、面倒なんだけど年に一回以上出席する約束なので、行かざるを得ないのですよ。今年の正式な王家主催の晩餐会は今月が最後で、後は舞踏会と聞いて・・・」

 「席は貴族席からは外れますが、子爵待遇で私共も晩餐会には招待されております。アキュラ様は御衣装の用意はお済みですか」

 「貴族のご婦人が着るような物は着たくないのでどうしようかと、町娘の格好は流石に非常識だと思うので困っているんですよ」

 「それなら、娘の衣装を仕立てている者を寄越しますので、娘と相談してご用意すれば如何ですか」

 豪華な衣装は有るのだが、聖女のキンキラ刺繍入りは流石に着ていけないのでお願いする事にした。
 衣装については、ラムゼンは全くの役立たずで、アリシアとメリンダも逃げてしまった。

 静かな生活、のんべんだらりんを達成するには、苦難の道が待っているようだ。
 俺はアリューシュ神様に、艱難辛苦をお与え下さいなんて頼んだ覚えは無い。
 ポンコツガイドと女神の奴、覚えていやがれ!

 ・・・・・・

 侍女を連れてやって来たランガス会長の娘キャロラン、仕立屋が用意したキャロランの衣装を見せて貰ったが、思わず呻き声が出そうになった。
 ヒラヒラとキンキラで見ているだけで恥ずかしい、ただ一つの救いは胸や背中が大きく開いたもので無い事だ。

 仕立屋をサロンに呼び、採寸を済ませるとドレスの基本デザインから尋ねてくる。
 勘弁してくれよ、多少裕福な町娘の着る様なワンピースか聖女の衣装しか判らない。

 キャロランが呆れ顔で彼此尋ねてくるが、ちんぷんかんぷん。
 アリシアの助言でワンピースを着ていたので、基本はワンピースのシルエットを流用する事にした。
 丸首長袖でウエストからストンと足下までスカート、キャロランの衣装もスカートは大して広がってないのでほっとしたが、振り振りフリルに飾りが其処彼処に付いている。

 刺繍とフリルと飾りに埋もれたキャロランは綺麗だが、俺は女になったが腐っても心は男だ!
 キャロランを綺麗だとは思うが、羨ましいとは欠片も思わないし張り合う気も無い。

 此処から俺と仕立屋の攻防が始まった、此処にフリルを付けるのは今のはやりだと言い、拒否すると別の場所に飾りを付けようとする。
 完全拒否したら、それではメイド以下で婢に間違われますとキャロランから横槍が入る。

 髪飾りブレスレットブローチには、侯爵家を示す決まりが有ると言われたが、ブレスレットは袖口にそれらしき刺繍を施しブローチは侯爵を示す紋章があしらわれた華奢で簡素な物に決める。
 髪飾りは髪自体が肩までしかないので宝石の付いた髪留めを左右に付ける事で妥協した。

 結果、袖口と襟から胸元に刺繍、肩から二の腕と膝下から目立たぬフリルが付けられた簡素な物になった。
 張り切っていたキャロランは、まるで男爵か貧乏子爵家の娘の様だと嘆いている。
 商家の娘の装いのワンピースでも十分上等な物だし、多少の刺繍と胸の侯爵家の紋章の付いた物で良いと思うのだが、見栄とはったりの世界では侮られるのだろう。

 キャロラン自身は、豪華絢爛振り振りフリルと刺繍と各所にあしらわれた宝石が輝き、流石は豪商の娘と感心する。

 実りの季節の前に行われる野獣討伐も終わり、収穫とアリューシュ神様を称える浮かれた日々が落ち着いた12月の始めに、晩餐会が行われた。
 続々と王城に集まる貴族や豪商達の馬車に混じって簡素な馬車に貴族を示す紋章を付けた馬車が混じる。
 御者席にはバルムとランカン、護衛騎士としてアリシアとメリンダが付き従い、小間使い役は森の家のメイドであるシンディに任せた。

 全て初めての事なので、皆はネイセン侯爵様の所で彼此と教わり今日に備えた。
 こんな時は人任せの有り難みを実感出来る。

 侯爵専用の車回しで馬車から降り、アリシアが侍従に「アキュラ・ドライド侯爵」と告げると、「ご案内致します」と一礼して俺達を控えの間へと案内してくれる。

 「ふぁー、緊張で肩が凝るわ」
 「以前来た場所と全然雰囲気が違うわね。シンディは大丈夫? 顔色が悪いわよ」
 「お城・・・初めてなので緊張で胸が痛いです」

 「三人とも此処までだからいいよ。俺なんて、此れから貴族共の中に乗り込んで行かなきゃならないんだから」

 「あんた、晩餐会に乗り込んで行くってどうよ」

 「顔見せとは言え、貴族共の好奇心を満足させる為に晒し者になるんだぞ。余計なちょっかいを掛けてきたら許さないんだから」

 「止めてよね。何処かの国に乗り込んだ時の様になったら、私は逃げるからね。というか、扇子で肩を叩くのを止めなさい。あんたは一応淑女様なんだから」

 キャロランに貰った綺麗な扇子。
 晩餐会が始まるまでは、大広間で多くの貴族達と挨拶を交わし時には歓談する、淑女は扇子で口元を隠してお話しをするのですよと注意された。
 俺は華奢な扇子より鉄扇の方が良いのだが、近接戦闘の経験が少ないので何方にしても大して役に立ちそうも無い。

 侍従が「大広間にご案内致します」と迎えに来て、案内してくれる。
 ネイセン侯爵様の話では、爵位の低い物から大広間に入ると言っていたので、相当数の人数が居ることだろう。

 室内に踏み入るとき「アキュラ・ドライド侯爵様」とよく通る声で俺の名が紹介される。
 その声に扉の付近にいた人々の会話が途切れ、俺に視線が集まる。

 〈あれよ・・・〉
 〈思ったより小さいわねぇ〉
 〈ほう、噂通りの漆黒の髪に緑の瞳か〉
 〈ネイセン侯爵と懇意だそうだ〉
 〈あの成り上がりか〉
 〈極悪非道って聞いているわ〉
 〈シー・・・聞こえるわよ〉
 〈極悪非道だろうと何だろうと、所詮は新興貴族〉
 〈貴族社会は、冒険者如きの踏み込む場所でないと教えて差し上げなければねぇ〉

 声の方を見ると慌てて目を逸らす者、興味深げに見つめる者に侮蔑を含んだ刺す様な目付きの者。
 室内に入って左が下位貴族達が多く中央が伯爵位が中心、右手の上座となる方に公,侯爵達が多いと聞いているが、挨拶の為に多くの者が入り乱れてよく判らない。

 壁際の飲み物が置かれたテーブル係の者に軽い酒を貰い、喉を潤しながら周囲を観察する。
 相変わらず視線が突き刺さるが、誰も近寄って来ないのは幸いだ。

 「アキュラ・ドライド侯爵殿とお見受けするが?」

 でっぷりとした赤ら顔の男が、グラスを片手に探る様な目を向けてくる。

 「そうですが、貴方は?」

 「これは失礼致しました。クリルローン王国より当地に派遣されておりますサミュエル・ホーランド、伯爵位を賜っております。貴女様を、我がクリルローン王国にご招待したいと思っております」

 糞ッ垂れが! こんな所でヌケヌケと言いやがって、此奴判って言っている訳じゃないよな。

 「歓談中を失礼、私マラインド王国の派遣大使ウォル・ガルムスで御座います。伯爵位を授かっております。アキュラ・ドライド様を、我が賢きマラインド国王陛下が・・・」

 蕩々と口上を述べ始めた声を遮り、ガルムスと名乗った男の背後から冷たい声を浴びせたのはレムリバード宰相。

 「晩餐会に招かれた歓談の場でのお言葉とは思えませんね。御当家はいざ知らず、我がエメンタイル王国では、貴族は国王陛下の許可なく他国に招かれ出向く事を禁じています。と申しますか貴国との取り決めでも、相手国の貴族を招待するには先ず相手国の許可を必要とするはずでは」

 ナイス・タイミング、宰相だけ会って外交には強そうだな。

 「スリナガン大公国の派遣大使でいらっしゃる、ボルゾイ伯爵殿でしたな。ドライド侯爵殿に何か御用ですかな」

 ネイセン侯爵様の声に振り向くと、俺に近づく男がフリーズしている。
 その男を、ネイセン侯爵様が冷たい目で見ている。
 俺の周囲の冷え切った雰囲気に、招待客達が興味津々で遠巻きに見ている。

 「アキュラ殿、国王陛下のお出ましです。ご挨拶に参りませんか」

 ザブランド侯爵の声に、緊張した冷たい雰囲気が一瞬で消える。
 レムリバード宰相の先導で、ネイセン侯爵様とザブランド侯爵様を従える形で談笑する国王の下に向かう。

 「陛下、アキュラ・ドライド侯爵殿をご案内して参りました」

 「おお、ドライド殿良く来てくれたな。今宵は楽しんでくれ」

 国王の声に周囲が騒めくが、素知らぬ顔で一揖し晩餐会招待の礼を言っておく。
 周囲がますます騒がしくなるが、国王も宰相も素知らぬ顔でネイセン侯爵様やザブランド侯爵に声を掛ける。

 〈なんて無礼な!〉
 〈高々侯爵位を授かったからと、傲慢な〉
 〈陛下はドライド殿と言ったぞ〉
 〈確かにそう聞こえたが・・・〉
 〈あの話は本当なのか?〉

 「国王陛下、その娘と親しき仲のご様子。ご紹介頂けないでしょうか」

 丁寧ながら、国王に紹介を要求する声に振り向くと、国王によく似た面立ちの老人が俺を睨んでいる。
 ご紹介って雰囲気じゃないな。

 「伯父上殿か、紹介しよう、アキュラ・ドライド殿だ」

 極めて簡素な紹介をする国王の顔は、伯父を相手とは思えぬほどに冷たい。
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