黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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095 防波堤

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 「そこで、国王陛下より貴女に提案が有ります。名目上我が国の貴族になりませんか、臣下の礼をとる必要も貴族としての如何なる義務も有りません」

 「何故そこまでするのかな」

 「サランドル王国は脱落しましたが、貴女を求めて四カ国が争う事になるからです。我が国の女神教の影響力が削がれ、アリューシュ神教国も貴女に膝を屈しました。此れにより、七カ国の力のバランスが崩れ始めています。その最初の行動が、貴女を手に入れる事です。我が国は貴女に対し何もしていない・・・つまり貴女を手に入れるチャンスが有り、貴女の力を我が物にすればと考えます」

 「それならば、もっと早く動くはずなのでは?」

 「先ず貴女の居場所が一定していない。貴族街の奥に居ると判っても、他国の貴族街にはおいそれと入れない。ホテルでは人目が有りすぎて、他国に知られれば争奪戦になるのは必至。騒ぎになれば国交が危うくなるし、我が国が貴女を取り込もうとするので迂闊に手が出せない・・・と諸々の状況で動けなかったのです」

 「そのバランスをサランドル王国が破ったと言う事か」

 何が『様々な種族が生きている世界に刺激と変化を与える為です。静かな水面に小石を落とす・・・』だ!
 バスタブの中に岩を投げ込み、全力で掻き回しているのと何処が違うんだ!

 コップの中の嵐ならぬバスタブの中の津波、鎮めるには蓋をして溢れる水を止めるのが手っ取り早いって事になる。
 俺はバスタブの蓋か・・・保温効果を期待するなよ。

 「話は判った。条件を聞こうか」

 レムリバード宰相の言葉に、黙って頷いていた国王に問いかける。

 「レムリバードの申した通りだ。我が王家は其方と争う事を望まない。精霊の巫女、アリューシュ神様の愛し子と呼ばれている其方に、勝てる筈もないしな。詳しい事はレムリバードから聞いてくれ」

 国王の言葉を受けて、ネイセン侯爵殿の提案だと前置きして、レムリバード宰相が条件を話した。

 一つ、俺をエメンタイル王国の貴族と認め、その権利を与える。
 一つ、俺はエメンタイル王国の貴族としては、如何なる義務も責任も負う必要が無い。
 一つ、爵位は侯爵とし、公式には年金貴族として王都に屋敷を貸与する。
 一つ、上記三つを受け入る条件として、王家主催の新年の式典や宴に年一回以上参加する事。

 説明として、爵位はサランドル王国が伯爵位を提示してきたので、それ以上となると侯爵位になる。
 公爵位は直系王族、若しくは大功の有った者にのみ与えられるので無理。
 貸与する屋敷は、以前紹介した邸宅を内外装を整えて貸し出す。
 年金貴族としての年金は、年,金貨6,000枚を支給する。
 内訳として、アリューシュ神教国、年,金貨2,000枚
 サランドル王国、年,金貨2,000枚
 エメンタイル王国女神教、年,金貨1,000枚
 エメンタイル王国、年,金貨1,000枚
 王都内の住まいは貸与した屋敷にして欲しい。
 年一回以上王家主催の会合への出席理由は、俺がエメンタイル王国に所属している証を内外に示す為に必要であり、出席して欲しい集まりは招待状を送るので出欠は自由。
 此れに際し、王城の貴族に与えられる控えの間を貸与する。

 上記全ての事に際し、何時なりと放棄可能であり何処に行こうとも王国は干渉しない。

 「また随分譲歩しましたね」

 「ネイセン侯爵殿に、君に爵位を与え此の国に止めるにはこの条件は必須だと言われたよ。年金に関しては、君に迷惑を掛けた慰謝料として集め、君に貸与する屋敷の維持費にとの配慮だ」

 折角ランガス会長から家を借りて手を入れたのが無駄になるが、有象無象に対する防波堤だと思えば此れを受けても良いかも。

 「王家が俺の生活に如何なる干渉もしないのであれば、この条件を受けましょう。それとネイセン侯爵様が、サランドル王国の監視責任者を早く寄越せと怒っていましたよ。女神教と神教国へ派遣した者で優秀な者を回せば良いんじゃないですか。彼等は優秀なので、貴族の空席を埋めるのにも最適な人材ですから」

 ほっとした顔の国王が頷き、俺は名ばかりの侯爵になる事が決定。
 此れでバスタブの嵐が収まれば良いのだが、傍観するよりはましになるだろう・・・と思う。

 ・・・・・・

 俺が侯爵位授爵を了承してから三日後、レムリバード宰相から書状が届いた。
 曰く、侯爵としての家名と紋章を定めて欲しいと。
 決まり次第、俺がエメンタイル王国の貴族となった事を内外に告示する為に必要だと。
 諸外国の派遣大使や貴族に対し俺に干渉を禁じ、サランドル王国が俺を無理矢理自国に引き込もうとした結果を知らしめるとあった。

 これ、絶対にネイセン侯爵様が裏で・・・レムリバード宰相の口振りだと表だって仕切っていそう。
 家名か・・・高町晶、晶でさえ発音出来なくてアキュラになってしまったので高町は却下。
 良い家名を思い浮かばないので、精霊樹に名付けたドライドと名乗る事にした。
 ドライド侯爵,ドライド家,アキュラ・ドライド、ちょとドラキュラを連想するが良いや。

 家紋が決まらない、高町家の家紋なんて知らないし、此の国のややこしい文様も謂れが有りそうで面倒だ。
 色々と悩んだ挙げ句、精霊の加護を受けている身として家紋にその姿を残そうと思ったので、輪の中に小さな子供が空に手を上げている図柄に決めた。
 絵は稚拙だが、家紋を描く者に説明して可愛くして貰う。

 レムリバード宰相に連絡して二日後、家紋を描く絵師が訪ねてきた。
 輪の中に子供、迄は理解するが4~5頭身の子供の絵で写実的に描こうとして表情や髪色とか面倒くさい、
 色々と説明するが俺の意図がまったく通じない。
 頭にきてつるさんは,まるまる,むしと描き、線描で目鼻が無くても良いので子供だと判る様に描けと命令。
 帰って他の絵描き達にも伝えて描かせろ、気に入った絵柄には金貨五枚を弾むぞと言うと喜んで帰って行った。

 翌日には、数十枚の下絵を持ってやって来る仕事熱心さ。
 その中から気に入った一枚を抜き出し、作者を呼んでこいと命じて金貨を握らせる。

 やって来た男は十数枚の下絵を持って来ていて、全て丸の中に線描の子供が描かれている。
 その中の一枚は斜め後ろから描いたもので、妙に既視感がある。
 その絵の由来を聞いて納得した、はやり病で収容されていたときに俺と“こがね”で治療した中に居たそうだ。

 高熱で朦朧とするなか、目の前を淡い黄金色に輝く精霊様が通り過ぎると身体が楽になった。
 「病の床で見上げた、精霊様の神々しいお姿は終生忘れません」とうっとりとして話す。

 俺がその時の薬師で、精霊は今もお前の目の前や周囲に居るとは言えない。
 真紅の輪の中に、金地に赤の線描で背を向けた子供を斜めに描き、上げた片手に雷光を持たせたものを家紋に決めた。

 ・・・・・・

 家名と家紋が決まり、やれやれと街の家でのんびりしている所へネイセン侯爵様の訪問を受けた。

 「アキュラ殿、陛下と宰相殿に私の交代を進言してくれたのですね、有り難う御座います。そのお礼と言っては何ですが、貴女の口座に金貨20,000枚を入れておきました。もっとも金を出したのはサランドル国王ですけどね」

 そう言いながら丸めた紙を差し出した。

 告示、王家通達849年第18号と書かれた、全貴族に対する王家発行の通達書で、アキュラ・ドライドを侯爵に任命した事と俺の家紋が描かれている。

 「本来なら叙爵の儀の日程とか、領地など細かな事が記されているのですが、貴女の場合は特殊な事例となりますので通達のみとなります。ご存じの様に、此の国の貴族も腑抜けているものが多いので、不手際がありましたらお手柔らかに願います」

 「大層ご尽力頂いたようで感謝致します」

 俺を侯爵にして、他国の干渉を抑えるとは中々の策士ですな、との恨みを込めて棒読みで礼を言っておく。

 「いえいえ、貴女の周囲で騒ぎが起きますと、私が呼び出されて大変です。それで、少し小細工をして静かな生活を取り戻せれば思いましてね」

 にこやかに返してくる侯爵様、嫌な仕事を他人に押しつける事が出来たのだからご機嫌だよな。

 嫌味の応酬が終わると、侯爵として配下の者に持たせる身分証の種類や馬車に付ける家紋の位置とか、使用人のお仕着せに付ける紋章の種類などを教えてくれた。

 その際、王国として預けている身分証もそのまま使用して貰って構わないと、レムリバード宰相から許可を貰っていると教えてくれた。
 侯爵と言えども新興貴族、身分証が通用しない事もあるだろうから、揉め事を起こされない為の予防措置だろう。

 ・・・・・・

 夕食後、使用人も含めて全員を居間に集めて侯爵位授爵を伝える。
 ラムゼン以下侯爵様に雇用されている者の身分は替わらないが、お仕着せの紋章が変わる事を伝える。

 ランカン達は、また此奴はと言った苦い顔。
 ラムゼンは侯爵様から聞いていたのか冷静だが、他の使用人達は戸惑っていたが、雇用主は替わらずネイセン侯爵様だと知り安心していた。

 唯一人、好奇心の強い馬丁の男が訳を知りたそうな顔をしている。
 此奴は性格を鑑定しても、好奇心旺盛,見栄っ張り,お喋りとしか判らないし、裏切りとかスパイとは出ない。
 〔好奇心、馬丁を殺す〕と、ならないうちに侯爵様の元に返す事に決めた。

 ラムゼンを残して使用人達を下がらせると、即行でメリンダから突っ込みが入る。

 「アキュラ、詳しく説明してくれるんでしょうね」
 「だな、いきなり侯爵様になったからと言われてもなぁ~」
 「いやいや、何故侯爵様になれたのか理由は判るけど」

 未だラムゼンに伝える事があると言って質問を封じる。
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