黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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093 国王の謝罪

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 「アキュラの馬車は、真っ直ぐに行ってしまったわよ」
 「雰囲気が悪いよなぁ」
 「まっ、攻撃を受けない限りは、黙って従うしかないな」
 「リーダー、頼みまっせ!」
 「止せやい、森の中ならいざ知らず、こんな所で頼られてもなぁ~」

 やがて馬車が止まり扉が開けられたが、完全武装で抜き身の剣を構えた一団に囲まれていた。

 「馬車を降りて武器とマジックポーチを外せ!」

 「あっちゃー、リーダー考える暇も無さそうだぜ」
 「アキュラの言葉を信じて、一戦遣りますか!」
 「此れじゃ、アキュラも素敵なお出迎えを受けていそうね」

 〈何を愚図愚図している! さっさと降りろ!〉

 「取り敢えず降りて、相手の出方を見ようぜ」
 「そんな暇は無さそうよ」

 剣先を馬車に向け、今にも突き込んで来そうな雰囲気だ。

 「判ったよ、降りるから下がれよ。このまま降りたら、串刺しになっちまわぁ」

 〈ツベコベ言わずに降りろ!〉

 「私が先に行くわ」

 ランカンを押しのけてメリンダが前に出ると、馬車から跳び降り何かを呟く。
 メリンダに剣を突きつけている男の背後に小さな風が巻き起こり、細長い渦巻きがみるみる大きくなりながら男を包み込んでいく。

 〈何だ?〉
 〈突風だ〉
 〈気を付けろ!〉

 ほんの数話言葉を発したときには、男が風に巻き込まれて吹き上げられていた。

 〈ウッワー・・・助けてくれーぇぇぇ〉
 〈嘘だろう・・・〉
 〈糞ッ、風魔法だ、女を斬り捨てろ!〉

 〈バリッドーン〉〈バリッドーン〉

 「もう、気が早いんだからぁ~」

 〈な、なな〉
 〈ぎゃぁぁぁ〉
 〈やめっ〉

 「見て、アキュラの精霊よ」
 「あの子、確か“しろがね”って呼ばれている結界魔法の子よ」
 「あ~ぁ、新手が来ているぞ」
 「こうなったら・・・」

 一瞬目の前が赤く染まり〈ドーン〉と轟音が響き渡り、駆けつけてくる応援の兵達が吹き飛ばされた。

 「アッチャー」
 「これもアキュラの子よ」
 「“ほむら”とか言ってたな」
 「とんでもないファイヤーボールね」
 「ご主人様が規格外だから、守護精霊もとんでもないわね」

 周囲に居た騎士達は“しろがね”の結界で簀巻きにされて唸っている。
 ギチギチに拘束されて、唸る警備兵の上で自慢そうに胸を張る“しろがね”、その上空でくるくる回っている“ほむら”

 「今日は姿を隠す気が無さそうね」
 「有り難うね。“しろがね”“ほむら”ちゃん」

 「やれやれ、いきなり此れなら、アキュラの方はもっと酷い事になっているぞ」

 「それじゃー私も遠慮なく風魔法を試してみるわね」

 〔風よ舞え! 集いて全てを巻き上げよ!〕

 高らかに詠唱すると、ファイヤーボールで倒された兵達の周囲を、風が渦を巻き轟々と音を立てる。
 砂埃に何も見えなくなるが、巻き上げた砂埃で陽の光が遮られ、どす黒い竜巻が何もかも巻き上げ吹き飛ばしていく。

 「凄えなぁ~、アキュラが本番以外に使うなって言うのも当然だろう」
 「家の母ちゃん、怒らせたら恐いねー」
 「メリンダの風魔法は、夏の暑いとき以外は使わない方が良さそうね」

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 「さーて・・・国王陛下、ご覧になった精霊の感想でも聞かせて貰おうか」

 「此れは・・・何だ! 予にこの様な不敬を為して覚悟は出来ているのだな」

 「覚悟? それは俺がお前に言う台詞だよ」

 片隅に転がる球体を蹴り、国王の球体とごっつんこさせる。

 「誰か判るよな。お前が俺に寄越した使い、ラングス・ニールセン伯爵。サランドル王国からエメンタイル王国に派遣されている大使閣下だ。中々の好待遇で招待してくれたのだが・・・」

 そう言って首を振り、国王を包む球体を小さくしてやる。

 「むぐっ、何だ! 何故小さくなる? 苦しいから止めろ!」

 「ふうーん、苦しいの、段々小さくなって行くけど最後はどうなるか判っているのかな」

 「出せ! このような場所に予を閉じ込めるとは・・・」

 もう一度ニールセンの球体を蹴り、国王陛下の面前に置くと段々小さくしていく。

 〈止めろ! 狭い、止めてくれ・・・命令だったんだ、許してくれ〉

 球体が小さくなって行くにつれ、何故そうなったのか色々と言い訳をするのを、国王がマジマジと見ている。

 「よーく見ていろよ。此奴の末路はお前の末路だからな」

 〈止めて、お願いです・・・嫌だ・・・ぎゃあぁぁぁ〉

 骨の折れる音と不自然な姿勢で丸くなり、悲鳴と血を吐きながら死に行くニールセン。
 それを目の前で見て、国王陛下がゲロと小便を漏らして泣き出した。

 「覚悟は出来たか? お前の家臣が死んで行くのを見て覚悟を決めろ」

 球体の中で無残な死を遂げたニールセンを見て、虚脱する者、啜り泣く者、歯軋りと共に睨み付けてくる者と反応は様々だ。
 球体の中で座り、憎悪に満ちた目で俺を睨む女を見付けた。

 「お気に召さない様だな」

 「所詮は獣人族の血を引く者だな、我々人族に逆らえばどうなるのかすら想像出来ない様だ」

 「では、高貴なる人族の小母さん、ご尊名を伺っても?」

 「我はブリュゲン公爵夫人じゃ、ここから出せ!」

 「だーめっ、人を謀って連れ込み、帰らせずに好き放題している奴は殺すと決めているのさ。お前の死に様を見せる事が、国王陛下に対する最後のご奉公だ」

 そう告げて、球体を国王陛下の面前に転がしていく。
 さして大きくも無い球体を転がされ、あられもない格好でゼイゼイ言っている小母さん。
 乱れたドレスに埋もれた公爵夫人の球体が小さくなって行き、悪態が悲鳴に変わり骨の折れる音と悲鳴が小さくなり途切れた。

 二人目の犠牲者を見て〈お許し下さいアキュラ様、私が悪う御座いました〉なんて泣き言を漏らす国王陛下。
 お前の泣き言に価値は無い、話は完全に心をへし折ってからだ。

 次ぎに『無礼者! 賢き、オリオス・サランドル国王陛下の御前で・・・』と喚いていた奴の前に立つ。

 「おのれぇぇ小娘、この無礼を必ず後悔させてやるぞ!」

 「あっ、お気遣い無く。って言うか態度がでかいよ、精霊のお仕置きを受けてみる」

 《皆、姿を現してよ》

 《良いのー》
 《ほーい》
 《何をするの?》

 “ふうちゃん,すいちゃん,だいち,らいちゃん,あいす,てんちゃん,こがね”のそろい踏み。
 “しろがね”と“ほむら”が居ないが七体の精霊が姿を見せる、流石に幻覚とは違うと思ったようだ。

 〈まさか・・・ニールセンの奴、我々を謀っていたのか〉
 〈そんな、アリューシュ神様の御使いか?〉
 〈嘘だ! お伽噺を幻覚にして我等を謀るつもりだろう!〉

 《“すいちゃん”、この煩いおっさんにお仕置きをお願いね》

 《任せて!》

 『おのれぇぇ小娘、この無礼を必ず後悔させてやるぞ!』と喚いた男の表面が水で覆われ、人の形をした水が暴れていたが直ぐに動かなくなりぱったりと倒れた。

 『黙れ! 治癒師風情が不敬な!』と罵った奴と『衛兵! 何をやっているのだ、跪かせんか!』の二人を球体を小さくして跪かせる。

 「お前達は何の為に集まっていたのだ。まさか精霊見物じゃ有るまいな」

 「出せ! 我はサランドル王国の王位継承権第4位を有する、デエルト公爵だぞ」

 「ほーん、公爵閣下ね、序でにお前も名乗れよ」

 球体の中で跪いているもう一人の名を尋ねる。

 「無礼な!」

 「態度が大きいな、どちらが強者かも判らないの」

 球体の中で跪いている姿勢を、もう少し小さくなるように縮めてやる。
 頭を下げ、身体も丸めて身動き出来ない様にして放置、手近に転がている近衛騎士に此処に居る貴族は何の為に集まったのかと尋ねる。

 球体の中で目をキョロキョロさせて周囲を伺い、貴族達に睨まれて口を噤む。
 隣の騎士も目を逸らして返答を拒否、皆俺と話をしたくないようだ。
 それなら自主的に喋りたくしてやろう。

 騎士二人の球体の中へ、生活魔法のフレイムにたっぷりと魔力を込めて放り込む。
 大人の拳大のフレイムに驚き身を捩るが、サービス精神を発揮して追加のフレイムを作ってやる。
 狭い球体の中に拳大のフレイムが二つ、直ぐに暑さに耐えられなくなって身悶えし悲鳴を上げる。

 ガイドも言っていたが、呼吸は出来るけどそれ以外は通さないバリア。
 次ぎに、身動ぎも出来ない姿勢で呻いている男の球体にフレイムを入れる。
 バリアを通過出来ないけれど、バリアの中に魔法を出現させる事は可能ってポンコツガイドは知らなかったのかな。
 ものの10秒もせずに「言います言いますから火を消して下さい」と必死に懇願してくる。

 「言いますじゃないだろう」

 「ホーヘン・ザリバン侯爵です。火を・・・火を消して下さい」

 泣きながら懇願するので、フレイムの魔力を抜き消してやる。

 「ザリバン侯爵ね。精霊見物にでも集まっているのかな」

 「そうだ現在王都に居る王家と、公爵に侯爵や上位の伯爵とその伴侶が集まっている」

 こりゃーまた、上位貴族を一網打尽にする絶好の機会じゃ無いの。
 上位貴族を恐怖のどん底に落として支配する、何気に極悪だけど手っ取り早く楽をするには最適な集団だね。。

 先ず俺を睨む貴族や伴侶の球体に、フレイムを二個ずつ放り込んでいく。

 〈熱い、止めてェェェ〉
 〈うおぉぉぉ〉
 〈このっ屑獣人がぁぁぁ〉
 〈おのれ見ておれよ!〉

 ん、《“らいちゃん”、此奴の口に一発お願いね》

 《任せて》〈パッチーン〉

 〈ギャア・・・〉口に雷撃を受けて悲鳴が出るってことは、随分手加減したね。

 あれれれ、痙攣しているよ。
 死んだら其れ迄、生きていたら扱き使ってやるからな。

 王家の者と高位貴族にその伴侶と聞いたが、総数50人前後で10人少々がご婦人。
 思ったより少ないが、領地に帰っている奴等までは面倒みきれない。

 大汗を流し、服は焼け焦げて酷い火傷を負い、呻く貴族達。
 鑑定を使って瀕死の者を探し、“こがね”に軽く治療をお願いする。
 臣下の悲劇を目の当たりにし、国王陛下は歯の根も合わないほどに恐れている。

 「お待たせしましたね、国王陛下!」

 「待って・・・待ってくれアキュラ殿、余が悪かった、許してくれ!」

 「許してくれと言われてもねぇ。俺が許すってことは此の国に居る全ての治癒師や魔法使い達を差し出し、お前達が俺の下僕になる事だぞ」

 「何でもします。お許し下さい」

 なかなか素直だが、それを信じるほど俺は脳天気じゃないからな。
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