黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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 「お待ちしておりましたよアキュラ殿。使用人達の人選は終わっていますが、本当に宜しいのですか?」

 「商業ギルドなどに頼んでも、有象無象の輩を受け入れて多数に情報が漏れる事を思えば、信頼出来る侯爵様の紹介の方が安心です」

 暗に、情報漏れはネイセン侯爵からで特定しやすいと告げると、苦笑いで頷かれた。
 ランガス会長に頼もうかと思ったが、不特定多数の貴族と結びついているので、商業ギルドより酷い事になりそうなので止めた。
 王家だって情報漏れを阻止出来ないのなら、漏洩元を一本にしていれば追跡しやすいのは当然だ。
 侯爵様も、俺の情報が漏れるのは好ましくないので、必然的に信頼出来る者を俺の元に送り込んで来るだろう。

 「お世話になるお礼に、西の森で狩ってきた獲物を半分程お分けしたいのですが」

 俺の言った意味が判らなかったのか、一瞬考え込んだが満面の笑みになる。

 「それは有り難い、どの様な獲物をお持ちですか?」

 「ゴールデンベア,ブラウンベア,ブラックベア,シルバータイガー,ブラックタイガー,オークキング,ビッグホーンシープ,ゴールドシープ,エルク」

 「名前を知らない牙の大きなタイガーとシルバーフォックスを忘れているぞ」

 ランカンが教えてくれたが、こんなところかな。
 ネイセン侯爵様は、言われた野獣の名前が理解出来ない様で戸惑っている。
 三週間近く掛かって森の奥へ行くと、出会う獲物も大きく俺達を餌としか認識していない図々しい奴等。
 お土産には丁度良いので、大きな奴をチョイチョイと狩っていたら大量になってしまった。

 「此処では出せませんので、警備兵の訓練場をお借り出来ませんか」

 ・・・・・・

 館の裏に在る警備兵の訓練場で、アリシアがマジックバッグから次々と獲物を並べて行く。

 ゴールデンベア、3頭
 ブラウンベア、2頭
 ブラックベア、2頭
 シルバータイガー、1頭
 ブラックタイガー、3頭
 オークキング、1頭
 ビッグホーンシープ、1頭
 ゴールデンシープ、1頭
 エルク、3頭
 シルバーフォックス、1頭
 牙の大きな斑模様のタイガー、1頭

 総数19頭、森で出会えば大きい筈の体高4m越えのオークキングが小さく見える。
 後学の為にと見学させた、侯爵様の護衛や騎士団の面々の顔が引き攣り腰が引けている。
 執事のブリントさんは顔面蒼白で、よく倒れないものだと感心した。
 侯爵様に断り、マジックポーチから取り出した気付けの酒を飲ませて正気を保って貰う。

 「どうぞ侯爵様、ご自由にご検分下さい。お望みの物が有れば何れでも差し上げます」

 ランカンの説明を受けながら見て回るが、あれもこれもと目移りして決められないらしい。
 ゴールデンシープとシルバーフォックスを交互に見比べては唸り、牙の大きな斑模様のタイガー前に立ち考え込んでいる。
 一頭だけとは言って無い、好きなだけ上げるのにと笑ってしまった。

 「侯爵様、ゴールデンシープとシルバーフォックス,牙の大きな斑模様のタイガーとシルバータイガーに、一番大きなゴールデンベアは如何ですか」

 「えっ・・・苦労して狩ってきただろうに」

 「狩ったのは俺じゃないですけど、別に苦労して狩った訳じゃ有りませんので、お気になさらずにどうぞ。マジックバッグ持ちをお呼び下さい」

 見学の騎士達に自由に見ても良いと許可を出す。

 並べられた野獣を子細に見ては、彼此と感想を述べ合っている騎士達の中から声が上がる。

 〈どれも1,2撃で討ち取っているな〉
 〈雷撃魔法と氷結か土魔法のランスだな〉
 〈いや、一番大きなゴールデンベアは違うのだが、どうやって倒したのか見当がつかないのだ〉

 その声に吊られて、皆がゾロゾロとゴールデンベアの一頭の前に集まって来る。

 〈血が滲んでいるが、傷は此れだけか〉
 〈何か鋭い物で一突きだが、何だろうな〉
 〈アイスランスかストーンランスの細い奴かな〉
 〈胸から心臓に一突きとは、見事な腕だな〉

 「これは誰が・・・」

 「風の翼のアリシアとメリンダの二人です。私は攻撃魔法を使えませんから」

 しれっと惚けて答えているのに、ランカン達にジト目で見られるし、侯爵様が呆れ顔でマジマジと俺を見る。

 「これを貰って、君達は良いのかな」

 「アキュラに雇われている身であり、彼女の結界なくしては討伐不可能な物ばかりです。彼女の望むとおりに致します」

 侯爵様に提供する野獣をマジックバッグに仕舞って貰うと、サロンに移動して使用人達の紹介を受ける。

 〔森の家〕には調理係兼メイドが三人。
 〔王都の家〕正門横の家には調理係二名、メイド四名、馬丁兼御者二名。
 〔街の家〕には使用人を取り仕切る家令と補佐二名、調理係二名、メイド五名、馬丁兼御者二名。

 総勢23三名がズラリと並び、家令のラムゼンが頭を下げると一斉に頭を下げる。
 ランカン達がビクッとしてるのが可笑しいが、此処で笑ったら後が恐い。

 「私と背後に控える六人の家で働いて貰いますが、ネイセン侯爵様との取り決めにより貴方達の雇用主はネイセン侯爵様です。私達は三つの家を行き来し、時には長期にわたって留守にします。不明な点不都合な点は、家令のラムゼンとよく相談して下さい」

 翌日から大忙し、森の家に仕える者達と街の家に仕える者達のお引っ越し。
 ラムゼンを連れて商業ギルドに出向き、新たに家用の口座を作りラムゼンに任せる。
 毎月一度、又は俺が帰ってきたときに収支報告書を提出させる事にする。
 取り敢えず金貨3,000枚を入金し、家具調度の購入と使用人達の必要品を全て揃えるように命じておく。

 使用人達の給金は、ラムゼンを含めて侯爵家が支払う。
 その代金を毎月ラムゼンが新たな口座から侯爵家に振り込む事になる。
 給金とは別に、全ての使用人に対し俺から毎月金貨一枚を支給する様に手配する。
 面倒だがおんぶに抱っこはお断りだし、俺が何時居なくなっても困らない様にしておく必要がある。

 家具調度や使用人達の必需品は、少し裕福な商人程度にしろと厳命。
 但し使用人達の衣服はネイセン侯爵家と同等の品質にする。
 何せ侯爵様よりお預かりするのだから、衣服の胸には侯爵家の使用人を示す紋章が付いている。

 貧しい身形はさせられないし、使用人のプライドが傷つく。
 街に出ると、侯爵家の使用人となればそれなりの扱いを受けるし、街のチンピラ達も迂闊に手を出さない。
 お引っ越しが終わると面倒事はラムゼンに丸投げして、俺達は王都の冒険者ギルドへ行く事に。

 ・・・・・・

 「今日は何を持ってきた?」

 「まぁ、色々とな。通らせて貰うぜ」

 〈おい、奴等だぞ!〉
 〈おお、魔法使い二人組のパーティーか〉
 〈今日は何を持ってきたんだ?〉
 〈ちょっと見に行こうぜ〉

 解体場に入ると、俺達を見た解体主任が笑顔でやって来る。

 「お前達、今日は何を持ってきた?」

 買い取りのおっちゃんとそっくりな台詞で迎えてくれる。

 「少し数が多いので広い場所が欲しいんだが」

 「ん、そんなに持っているのか?」

 「ああ、ゴールデンベアを含めて14頭、一番小さいのでオークキングだな」

 〈マジ、かよ〉
 〈聞いたかよ、オークキングが小さいって〉
 〈一度は言ってみたい台詞だな〉

 買い取り主任が慌てて中央の広い場所を指定する。

 〈こら~あぁぁぁ、てめえ等邪魔だ! 出て行け!!!〉

 お仕事の邪魔をするから、怒られてやんの。
 ガルムが解体主任を見てニヤリと笑い、徐にマジックバッグから取り出し並べて行く。

 ゴールデンベア、2頭
 ブラウンベア、2頭
 ブラックベア、2頭
 ブラックタイガー、3頭
 オークキング、1頭
 ビッグホーンシープ、1頭
 エルク、3頭

 「ほう、雷撃の姉ちゃんは腕を上げたな。穴だらけにもなってないし、上物揃いだな」

 「オークキングと、雷撃で倒しているゴールデンベアのお肉は引き取りね」

 ほくほく顔の解体主任に告げたら、情け無さそうな顔になる。

 「おい、オークキングの肉を、少しはギルドに回せよ」

 「ダーメ! お肉を楽しみに狩ってきたんだから。今夜はオークキングのステーキ食べ放題なんだからね」

 「糞ッ、嫌な奴等だぜ。食堂で待っていろ!」

 「あ~あ、解体主任が拗ねちゃったよ」

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ガルムとバンズと供に王都の家に向かい、使用人全員を集め改めて注意事項の伝達。
 正門から入ると、建物と馬の運動場をぐるりと柵で囲まれて森には入れないが、森の家を建てる際に付けた鉄格子の門が有る。
 
 正門から入って正面に見える門からは、決して森に入ってはいけない。
 特別な魔法が掛けられていて、定められた者以外が森に入ると死ぬ事になる。
 滅多な事で鍵は開けないので、先ず大丈夫だと思うが門が開いていても決して通ってはならない。
 森の中に有る俺の家へ行くには、建物内から地下通路で行けるが柵で囲われた敷地から決して出てはならない事。
 一歩でも出れば、それが冗談でも死ぬ事になると言い渡す。

 人間駄目だと言われたら興味が湧くし、行くなと言えば行きたくなる。
 全員を連れて地下通路を通って森の家へ行き、室内を見せてから庭に出る。
 家の周囲50メートル四方が柵で囲われていて、所々に鉄格子の扉が付いている。
 高さ2~2.2メートル、ランダムな石杭の柵まで連れていき鉄格子の扉を開ける。

 「見ての通り手前に引かなければ開かない、ついうっかりぶつかっても外には行けない作りになっている」

 そう告げて連れてきた11人を見回し、好奇心を隠せない様子の馬丁の男を呼び、柵から森に向かって手を伸ばさせる。
 俺の言葉を忘れているのか興味本位なのか知らないが、無造作に手を伸ばす。
 次の瞬間〈パチン〉と小さな音がして〈痛って〉と馬丁の男が腕をさする。
 子供達に威力を落として急所攻撃をしない様に頼んでいるので、対して痛くも無いだろう。
 少し赤くなった腕を見て驚いている様だが、恐れている様子は無い。

 「これは警告で無視すると死ぬ事になる。侯爵様からもキツく言われている筈だ、忘れるな!」

 好奇心猫を殺すって言葉を思い出す。
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