黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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089 一蹴

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 模擬戦だ~と祭りが始まりオッズを決めて賭け金が乱れ飛ぶ。

 〈バルバス,ランカンに賭けたいが・・・ 小娘もやる気だしなぁ〉
 〈気に入らねえが、プラチナ,ゴールドのパーティー相手だと分が悪いよな〉
 〈それも三人で、一人は小娘ときたら、賭けるのは斬撃だろう〉
 〈だな、配当は少ないだろうが、此処は鉄板勝負だな〉
 〈鉄板勝負に銅貨三枚かよう、しみったれめ!〉
 〈しみったれじゃねぇ、稼ぎが少なくて懐がシケてんだよ〉

 面倒くさそうにやって来たギルマスが、俺達を見て顔を顰める。

 「お前達が奴等の相手か、小狡い手を使うから気を付けろよ」

 「小狡いって?」

 「砂を手の中に隠していて、射ち込む真似事で顔に投げつけるとか、競り合い中に目を狙って唾を吐くとかな」

 「姑息だねぇ~、魔法攻撃禁止だから俺とランカンとバルバスの三人ね」

 「お前も遣るのか?」

 「ギルマス、三人の中でアキュラが一番強いぜ。王都でゴールドランク二人のパーティーと模擬戦になって一人で潰しちまったから」

 「相手はプラチナランカーもいるぞ。もっともプラチナになって半年少々だから大した事はないな」

 「アキュラの見立て通りって事か」

 「ギルマス、さっさと始めてくれねえかな」

 斬撃のリーダーに急かされて、益々機嫌の悪くなるギルマス。

 俺はランカンとバルバスに、結界魔法を掛けているので砂でも唾でも気にせず遣れと言っておく。
 魔法攻撃は禁止、防御は禁止じゃないので申告すらせずに知らんぷり。

 ランカンにちょっと揶揄ってやれと言って、シルバーランクから1人ずつあたる様にギルマスを通して申し込む。

 「良いぜ、途中で逃げるなよ」

 嬉しそうに言っているが、それはこっちの台詞だよ。
 シルバーのチンピラから叩き潰し、ゴールドとプラチナには面子の為に逃げられない様に画策しているが気付かない。

 「図体だけはでかい熊野郎か、直ぐに泣きを入れるんじゃないぞ」

 「弱い奴ほど良く吠えるって言葉を知っているか小僧。お前の実力を直ぐに教えてやるよ」

 〈始め!〉

 バルバスに軽くいなされ、真っ赤な顔で木剣を構えてにじり寄るが、対人戦の訓練などしていないのだろう動きがドタバタしている。

 〈死ねっ〉って掛け声と共に射ち込んだが、軽く剣を合わせて弾かれ回し蹴りを脇腹に叩き込まれて膝をつく。
 〈グエッ〉と汚い悲鳴を上げて蹲る男を見下ろして、薄ら笑いのバルバス。

 〈何を座っていやがる! 斬撃に恥を掻かせる気か、相打ちでも良いからぶち殺せ!〉

 〈おいおい、天下無敵の斬撃が軽くあしらわれているよ〉
 〈未だ未だ、一番下っ端の一人くらいは負けてやらなきゃ〉
 〈失敗したぜ、あの三人に賭けるべきだったなぁ〉
 〈小娘が一人混ざっているんだぜ、賭けられるかよ〉
 〈大丈夫だ、お前の賭け金は全て俺のものだから泣くな〉

 仲間に睨まれて立ち上がり、やけくそで打ち込んだところを狙って肩の骨を打ち砕くバルバス。

 二番手にランカンが出て、一合も交えずに腕を叩き折って終わり。
 三番手は真剣な顔で出てきたが、相手が俺と知った瞬間から顔がにやけている。
 ランカンが真面目に勝負して用心させたから、俺は素人剣法でまぐれ勝ちを演出する事にした。
 此奴からはゴールドランクだから、余り手を抜きすぎると見破られそうだ。

 合図と共に、にやけた顔で不用心に近づいて来るので〈エイ〉と可愛い声と共に手抜きの斬り込みをする。
 へらっと笑いながら片手で弾かれたので、膝の力を抜きバランスを崩して倒れてみせる。

 「おい、大丈夫かよう」
 「心配するな、アキュラは性格悪いからな。弱い振りをして完全に揶揄ってるぞ」

 「おいおい嬢ちゃんよ、もう少しマシだと思ったけど弱すぎるぞ。立ちな勝負は未だだぜ、男の強さを教えてやるからな」

 ばーか、立ち上がるときに地面の砂を軽く掴んで向かい合う。
 性格が悪いのか俺を甚振るのが楽しいのだろう、笑いながら片手殴りに打ち込んで来る。
 慌てて避ける振りをして砂を顔に投げつけてやると〈えっ・・・糞っ〉なーんて言いながら顔に手を当てたのでニンマリ。

 「卑怯だぞ!」

 「勝負に卑怯も糞もあるかよ。小娘相手と侮って甚振ろうとするからそうなるんだよ」

 俺の声を目掛けて木剣を振り回すが、慌てて伏せた状態から向こう脛を思いっきり殴りつける。
 骨の砕ける感触と共に、馬鹿が崩れ落ちる。

 〈うおーぉぉぉ、ちびっ子がやっちまったぜ!〉
 〈よーしっ、あと三人だ負けるなよ!〉
 〈何だよう、プラチナとゴールドが四人も居て情けない〉

 スキップを踏みながらランカン達の元に帰ると、ランカンの冷たい目とバルバスの呆れた顔に迎えられた。

 「良く遣るよ」
 「手抜きが丸わかりだぞ」

 「でもあちらさんは頭に血が上ってそうだよ。女が居ると思って、好き勝手言ってくれた礼はきっちりしておこうね♪」

 「お前って時々可愛い子振るよな。飲み屋の姉ちゃんが、客からどうやって金を巻き上げようかと考えている時の顔とそっくりだぞ」
 「バルバス、自分の体験を当てはめるなよ。まぁこのニヤニヤ顔を見れば、そう言いたくなる気持ちは判るけど」

 「はいはい、俺への悪口は後でゆっくり聞かせて貰うからね。次がまっているよ。バルバス、負けるなよ」

 「おうよ、舐めて揶揄ってくれた礼はきっちりしてくるよ」

 のんびり話していると、イライラしている次の犠牲者が早くしろと喚いている。
 ギルマスの開始の合図と共に、踏み込んで来ようとした相手を、大剣を模した木剣を振り回して下がらせる。
 木剣を地面に突き立て、距離を取る相手を見てにやりと笑うバルバス。
 此奴だって性格悪そうなのにな、額に血管を浮かび上がらせて打ち込んでくる奴に、木剣の先を蹴り上げて剣先の泥を相手に飛ばす。

 気付いた相手が顔を逸らした瞬間、蹴り上げられた木剣をそのままに突きを入れた。
 〈グヘッ〉って変な声と共に身体をくの字に曲げて崩れ落ちる馬鹿。

 〈ウッワー、俺の銀貨が・・・〉
 〈おっ、お前、斬撃に賭けたのか、有り難うよ♪〉
 〈俺は以前訓練場で、あの二人が遣り合っていたのを見た事が在るからな。有り難くお前の金で飲ませて貰うわ〉
 〈糞ったれ、こんなに弱いとは思わなかったぜ〉

 苦虫をかみ潰した様な相手と向かい合ったランカンが「斬撃の評判ががた落ちだな」と揶揄い、木剣を構え剣先をくるくる回している。

 「随分舐めた真似をしてくれるな」

 「お前達が食堂で俺達にした事へのお返しだよ。御託はいいから始めようぜ」

 ギルマスの合図でジリッとにじりよる相手に、無造作に踏み込むランカンに対して鋭い突きを入れてくる。
 軽く躱してそのまま踏み込み、手首を掴んで顔面を殴りつける。
 木剣を持った手で殴られたので歯を撒き散らして倒れたが、手首を握られていた為に腕の骨が折れて変な方向に曲がっている。

 〈ウオー、見たかよ〉
 〈まるで子供扱いだぞ。何方がゴールドか判らねえな〉
 〈強いのは母ちゃんだけじゃないのかよう〉

 「ギルマス! 首から上への攻撃は禁止じゃねえのかよ」

 「間違えるな、武器での攻撃は禁止だ。木剣を持っているが、殴ったのは拳でだから良いんだよ。それよりお前の番だ、さっさと用意しな」

 〈あー最後が嬢ちゃんかよ〉
 〈もう五人倒しているので、斬撃の負けは確定だよ〉
 〈あーあ可哀想に。奴はプラチナランカーだぞ、負けた腹いせに甚振られるぞ〉

 「どうするアキュラ、負けを認めるか?」

 「冗談、最後に此奴をズタボロにするんだもんね。プラチナランカーをぶん殴れるチャンスを逃すほど馬鹿じゃないよ」

 ギルマスが呆れ顔で、首を振り振り開始の合図をする。
 俊足の踏み込みと共に振り下ろされる木剣・・・残念、片腕を上げて受け止めると共に、がら空きの胴体に横殴りの一撃を叩き込む。
 手応えバッチリ、胸骨が数本は砕けたね。

 〈何だよあれって!〉
 〈素手でプラチナランカーの一撃を受け止めたぜ〉
 〈あんなの有りかよー〉
 〈プラチナランカーを叩きのめすちびっ子って、何の冗談だよ〉

 血を吐いて崩れ落ちる斬撃のリーダーを見て、不思議そうなギルマス。

 「何をした?」

 「ん、腕で受け止めて殴っただけだよ」

 俺の返事に、肩を竦めるギルマス。
 横殴りなら吹き飛ばされるが、上からなら受け止められるとは思わないだろう。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 王都ファンネルに転移すると、森に直行して収穫してきた苗を植える準備だ。
 精霊樹のドライドに敷地全体に植えたいと伝え、子供達の手を借りて植えていく。
 元公爵邸、手分けして薬草の苗を植えて行くのだが広すぎる。
 数百本に及ぶ苗を植え終えるのに、全員で手分けして植えたが五日もかかってしまった。

 新たに作った家で一日のんびりした後、ランガス会長から借りた家に行き“しろがね”に張って貰った結界を解除して貰う。
 流石は“しろがね”の張った結界だ、四ヶ月経ってもビクともしていない。
 家全体にクリーンを掛けたが、人が居なかった家は何となく冷たい。

 ネイセン侯爵様に頼んでいる、使用人達を迎えに行かなければならない。
 王都の森に作った家は〔王都の家〕森の中の俺の家は〔森の家〕と呼ぶ事にし、街中の家は〔街の家〕と呼ぶ事にする。

 書状箱に投函されていたネイセン侯爵様の書状は、新たに賜った元ガーラント侯爵邸の位置と、使用人達の人選が終わっているので何時なりとお越し下さいとの連絡だった。
 新たなネイセン侯爵邸は、王都の森より貴族街入り口に向かって約800メートル行った道の左側、ザブランド侯爵邸のお隣だ。

 王都の森から帰ったばかりなのだが、長らく待たせているのでお土産を持って行く序でに、使用人を引き取る事にする。
 拠点が増える毎に厄介事が増えていく気がするが、精霊樹を放置出来ないので諦める。
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