黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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084 失態

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 父親と共に王城に出向き、ネイセン伯爵の控えの間に落ち着くと暫くして侍従が呼びに来た。

 「ヘンリー・ネイセン様、レムリバード宰相閣下がお呼びです」

 何故自分だけが呼ばれるのか不審に思い父親の顔を見るが「王城では呼び出しが有れば即座に行け!」と言われ黙って頷き、侍従の後に従う。
 王城など後継者の披露目の儀以後、社交界の一員として時に開かれる宴に参加してきたが、一人で宰相閣下に呼び出されたのは初めてである。
 長い廊下を歩み、瀟洒な一室に招き入れられて「暫くお待ち下さい」と侍従が告げて下がる。

 数十分も待っただろうか、再び侍従が現れると「陛下の御前に案内させていただきます。室内に入り私は立ち止まりますがそのまま進み、床に印が有りますので其処で立ち止まり跪いて下さい」

 国王陛下と謁見! 驚きで頭がクラクラするが、貴族の子弟として恥ずかしくない振る舞いをしなければならない。
 緊張でガチガチになりながらも侍従の後に従い、護衛の立つ扉から侍従の後に続いて広間に足を踏み入れる。
 「ヘンリー・ネイセン様」との声が響き緊張が高まる。
 壁際に並ぶ騎士達と幅広い絨毯を挟んで立つ貴族の列、立ち止まった侍従の横を通り真っ直ぐに進む先に国王陛下が立っている。

 何とか指示を守り足下の印を見付けて跪き頭を下げる。
 目の前に国王陛下の足が見えたと思ったら、肩に剣が置かれ「汝、ヘンリー・ネイセンを男爵に任ずる。領地はランバート領デンザの町とす・・・」

 「何故で御座います! 私はネイセン伯爵の嫡男です。・・・何故男爵などに」

 「黙れ! 国王陛下に対し無礼であろう!」

 国王の背後に立つ近衛騎士に一喝され、此処がどの様な場であったか気付き、深く頭を下げる。

 貴族の列に交じり授爵の儀に参列していたネイセン伯爵は、苦い思いで叱責される息子を見ていた。
 ネイセン伯爵の希望はヘンリー一人に留まらず、高位貴族の後継者達を男爵に任命し、領地経営をさせて貴族の資質を確認する改革案に変わっていた。

 それを聞かされ、ヘンリーが立派に領主として務まるならばと期待を持ったが、あえなく潰れた。
 悄然と国王陛下の前から下がる息子を見て、やはり伯爵や侯爵の器でないとおもった。

 式典が終わり、国王陛下に息子の無礼を詫びて控えの間に戻る。
 硬い顔で待っていたヘンリーが「何故、私が男爵などに・・・」と呟き父親を睨む。

 「お前は馬鹿か! 授爵の儀の最中に騒いだのはお前一人だけだ! 高位貴族の嫡男が多数男爵に任じられ領地を与えられたが、お前の様に無様な真似をした者はいないぞ!」

 「ですが・・・何故、私が男爵などにならなければ」

 「私の話を聞いていないのか? これ以上無様を晒すなら廃嫡にするぞ!」

 廃嫡の言葉に、怒りの目を向けるヘンリー。

 「私が『高位貴族の嫡男が多数、男爵に任じられ領地を与えられた』と言った意味が判るか、お前の様な間抜けを選別する為だ! 多くの貴族達が余りにも不甲斐ない為に、男爵位を与え領地を立派に治めてこそ貴族の一員として、親の爵位を継がせる事に変更されたのだ」

 伯爵の言葉の意味が理解出来たのか、驚愕の表情で崩れ落ちるヘンリー。

 「お前は見事に貴族としての資質無しと、国王陛下の御前で示してしまった。以後与えられた領地で、汚名返上に励め!」

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 王都の森で家の建設作業が始まり、作業者が指定場所以外の所に行かないよう、ランカン達に監視を頼む。
 と言っても俺の家を建てる予定地の周囲40メートル四方を、太さ10センチ高さ3メートルの柱が10センチ間隔で囲っている。

 正門横の家を建てる予定地の周囲も同じ様に、奥行き50メートル横60メートルをぐるりと同じ様な柱が囲っている。
 但し此方の柱の高さは平均6メートルで、先端を不揃いにしている。
 それでなくても人目を引く場所なのに、櫛の歯を並べたように高さが綺麗に揃っていれば余計人目を引きかねない。
 家の建設が終われば、柱を並べた塀に蔓性の薬草を匍わせて目立たなくするつもりだ。

 建設作業に関わる者は正門を入って馬車を置き、ランカン達に付き添われて森の中の建設予定地まで行く事になる。
 彼等には案内する通路を外れると警備用の魔法が掛けられているので、道から決して外れない様に厳しく言ってある。
 死にはしないが精霊樹の子供達で、氷結魔法が使える子達が道を外れると氷の針を射ち込む事になっているのだ。

 大怪我をしないように腕や足にアイスニードルを射ち込み、直ぐに魔力を抜いてくれるように頼むのは結構大変だった。
 子供達はもともと精霊樹を守る目的が有るので、攻撃力は小さいが急所に射ち込む様にインプットされているらしかった。
 “あいす”に頼んで教育して貰い、何とか出来る様になって良かった。

 正門から入り馬車を降りると、ランカン達が付き添って森の中の建設予定地に行き工事をすることになる。
 土魔法使いがマジックバッグから基礎となる、加工された石を敷き詰めて土台を造ると、次は壁となる石を積み上げていく。

 一日の工事が終わり彼等が帰っていくと、“だいち”が基礎の下を固め並べられた石の見えない場所を強固に結合させる。
 三日で石積みが終わると梁を渡し屋根を組んでいくが、マジックバッグから梁や柱を取り出してひょいひょい置いていくので仕事が早い、
 寄棟造りの屋根瓦は、粘土を型に嵌めて魔法で固めた物を並べて行くだけで、外観は十日もかからなかった。

 内装工事と並行して、正門横の建設が始まる。
 大型クレーンや他の重機が無くても、立派な石造りの家がほいほい建つはずだ。
 流石は魔法の世界と感心する。

 ・・・・・・

 新年を迎え一月半ばにランガス会長の使いがホテルにやって来て、希望に適う家が見つかったと連絡してきた。
 迎えの馬車に乗り家を見に行くと、三階建ての一軒家で一階は商店が入居している2,3階と屋根裏部屋。
 建物中央に中折れ階段が有り、左右四室ずつの16室に屋根裏部屋が14室。
 なんでこんなに綺麗に空き家になっているのかと聞いたら、ランガス商会の王都本店が近くにあり、商会に勤める中堅どころの住居だったそうだ。

 此処に住んで居た者達は、近くの商会所有の住居に移動させたので無理はさせていないと言われた。
 流石は商売人のランガス会長、俺が他人に無理強いするのを好まないのをよく御存知で。
 俺が他人に物事を強要するのは、敵対した奴に限定しているからな。

 馬車は徒歩五分の本店に預けてれば良いと言われる。
 ご希望の市場は王都最大のリンディ市場が、徒歩八分程度の所に在ると教えてくれた。
 予定より大分大きいが、そうそう都合良くは行かないだろうから之で満足する事にした。

 家賃は四室で一件の家が100,000ダーラ×四室で400,000ダーラ
 屋根裏部屋が20,000ダーラ×14室で280,000ダーラ
 馬車と馬の預かり賃が一月200,000ダーラ
 合計680,000ダーラですと、尋ねる前に言ってきた。

 「随分安いが、使用人に貸し出す料金だろう。この辺りの相場は幾らだ?」

 「大体半値で貸し出しているとの話です」

 一月金貨15枚1,500,000ダーラ支払う代わりに、階段入り口に扉を付け内装を自由にして良いのなら借りたいと、ランガス会長に伝えてもらう。
 翌日の夜にはランガス会長から了解の返事がきたので、ランガス会長の代理人と共に支払いの手続きの為商業ギルドに出向く。
 敷金礼金はいらないのかなと思ったが、余計な事は言わずにお口にチャック。

 俺の家は一月程で完成したので周囲の塀を崩し、開放的な森の一軒家の出来上がり。
 森へ続く柵を鉄格子の門を取り付けて封鎖し、ランカン達が使う出入り口も鍵が掛かる鉄格子の通用門にする。

 ランカン達が住まう家の内装と馬車置き場や厩の工事が始まったので、借りた家の改築に向かう。
 出入り口階段前に鉄格子の門を設置出来る様に“だいち”に頼んで強化して貰い、階段上の踊り場にも扉を設置する為に壁を強化する。
 次いで建物全体の壁を、住人や周囲の人々に気付かれない様に強化して貰い、
最後に各階の床を石造りに変えて要塞化する。

 こうしておけば、俺の留守中に襲われても有る程度防御出来るだろうと思う。
 内装は森の工事が全て完了したら、引き続き此方も頼むことにした。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 男爵位を授爵したヘンリーは、ネイセン伯爵邸から王家が建てた仮住まいの集合住宅に移動していた。

 男爵になろうとも、ネイセン伯爵の嫡男として王都の屋敷に住めると思っていたが、父から『お前は陛下の御前で失態を晒し、男爵として独り立ちせねばならない時に、私の庇護の元で生活するつもりか! 汚名を返上する気は無いのか!』と厳しく叱責されてしまった。

 貴族として最下位の男爵なので王都に屋敷を賜れる筈も無く、王家から与えられた仮住まいに転居したときは、伯爵家の嫡男としての生活との落差にショックを受けた。
 ハランドの伯爵邸から呼び寄せた妻子も、住宅を見て落胆していた。

 住まいを移し、領地の譲渡書に署名して妻子と共に領地に赴かなければならない。
 男爵に仮住まいの集合住宅を借り続けることは不可能である。
 与えられた領地はランバート領ボルトンから馬車で三日の距離、ボルトンは失脚したハティー・オーゼン子爵の元領地。
 はやり病のさいの不正が発覚し、爵位剥奪の上で国外追放になった男の領地の一角で、デンザは領民2,000名少々の小さな町であった。
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