黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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083 ランガスの告白

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 「貴族街の一件と、その前後の事からですね。あれは貴族だけでなく、大商人や裏の世界の者達も注目していました。然し結果を見て、殆どの者は手を控えましたが情報収集は続けられました」

 まあ、そうだろうな。
 極上の餌が突然目の前に現れたのだから、手が出せなくてもそれが何かと知りたいのは人間の性だ。
 金が有れば情報収集は可能だから、貴族や豪商達は情報収集は続けたはずだ。
 先を促すと再び口を開いた。

 「2度目に注目が集まったのは、ランバート領ボルヘンの街ではやり病が大流行した時です。誰も薬師の素顔を見ていませんが、効果抜群のポーションは人の耳目を集めます。それは容易に貴族街で起きた事を連想させました。そして王都ではやり病が蔓延したときには、貴族や豪商達は薬師は貴方様と確信していました。だが噂の薬師の周辺は、素性を隠しているが王家の騎士団の者が護衛していて誰も近づけません。其処へあの騒ぎです。女神教の大教主が貴方様を精霊を従える者と呼び、女神教の教皇猊下達が精霊の巫女と呼び始めました。もはや私の様な、一介の商人が声を掛けられる相手では御座いません」

 溜め息交じりに其処迄話して口を閉じた。

 「だが調査は続けたのだろう」

 「勿論で御座います。商いを行う上で情報こそが命です。まったく貴女様ときたら、女神教どころかアリューシュ神教国教団まで制圧してしまいました」

 「で、俺の利用価値はどの程度だ?」

 今度こそフリーズして動かなくなってしまった。
 背後に控える執事も、目をまん丸にして動かない。

 “あいす”にお願いしてグラスに氷を入れて貰い、手酌で飲みながら解凍するのを待つ。

 「御存知ありませんか? ご自身が教会関係者、特に治癒師達からどの様に呼ばれているのか」

 「ん、・・・薬師とか精霊の巫女と呼ばれた事はあるが、最近は聖女と呼ぶ様に言ってあるが、違うのか?」

 嘆かわしげに首を振り絞り出す様に答える。

 「精霊の巫女様、アリューシュ神様の愛し子と呼ばれています」

 思わず噎せてしまったね、冗談じゃない!!!

 「精霊の巫女と呼ばれ、アリューシュ神様の愛し子と呼ばれる貴女様を、利用しようなどと思いません」

 「その呼び名は、どの程度広がっているのだ」

 「女神教と神教国教団に属する治癒師達を中心にですが、外部で知る者は貴族や豪商達と各国の大使達でしょう」

 おかしい。オカルト話とか醜聞は一気に広がるものだし、口コミや噂話は此の世界の情報伝播率第一位の筈だ。
 俺の疑問に気付いたのか教えてくれた。

 「精霊様はこの間までお伽噺や伝承の類いでして、真剣に話すものなどいなかったのです。それが多くの者が見守る前で、共に病人を治療している貴方様に対して暴言を吐き、支配しようとした大教主や教主達を精霊様が打ちのめしたのです。それを見た者達は、貴方様をアリューシュ神様が使わされた者だと信じ、口にする事さえ憚っています」

 「治癒魔法師達は?」

 「彼等はもっと真摯です。治癒師や魔法使いを解放し、治癒魔法の能力を高める教えを授けた者として、精霊の巫女と呼びアリューシュ神様の愛し子として崇拝しております。故に、濫りに口外し騒ぎ立てる事は致しません」

 つまり、俺の事はしっかり知れ渡っているって事か、まさか人相書きなんて出回ってないだろうな。
 市場や商店を彷徨いても普通に対応されているので、大丈夫だと思うけど確認しておくか。

 「俺の姿はどの程度知られているのだ?」

 「女神教大神殿で病人を精霊様が癒やされたので、最近は御髪の色や目の色は知られている様です。ただ・・・その御髪の短さから、貴方様がその御方だと気付く者は少ないでしょう」

 髪の短さがカモフラージュになっているのか、伸ばさなくて正解だな。
 上等な服を着ていれば婢として扱われないし、冒険者の服装なら髪の短い者もいるので目立たないって事か。

 「そうか、有り難う。ところで俺を招待した本音は? 病気を治し高額の料金を支払ったらそれで終わりだろう。お前の妻子が礼を言いたいと言っても、俺だけではなく仲間達も呼ぶのは不自然だと思わないか」

 「敵いませんね。実は貴女様のお住まい探しを手伝ってくれないか、とネイセン伯爵様から頼まれています」

 「下心は?」

 「無きにしも非ず・・・です。私は商人です、何の下心もなく動くのは親族や友人知人の極一部の者に対してだけです。然し、貴方様を利用する気はありません。アリューシュ神様の愛し子と呼ばれる御方を、我が身の利益の為に利用する事が何と愚かな事か・・・。然し、商人の性ですかね。貴女のお手伝いが出来る事に対する影響力は考えました」

 まっ、商売人なら当然だな。

 「正直だな、最後に一つ聞かせてくれ、貴族街で出会った場所の奥の事をどの程度知っている」

 「先年の騒ぎの事と、貴方様があの地の主となられた後に起きた、小さな出来事は噂として存じております。それ以外ですとネイセン伯爵様より、あの地の事に興味を示すな尋ねて行く事もするな、と警告を受けています。先日ザブランド侯爵様より、同様な警告を受けました」

 知らない者は噂し、知る者は口を噤んでいるって事か。
 騒ぎ立てた奴等が手痛い目に遭ったとなれば、触らぬ神に祟り無し、って事?
 俺をアリューシュ神様の愛し子なんて呼びながら、扱いは禍津日神じゃねえか。

 「俺が家を必要としているのは、彼等六人の為が第一であり俺の為でもある。転移魔法陣と王都の森と呼ぶあの地だけでは、何かと生活に不便だからな。彼等に森の整備や警備を頼んでいるが、あの地から離れているときの為に別の場所が必要なんだ。10~12,3室で家を維持する使用人も住める家が有れば、紹介して欲しいな。出来れば市場に近いところで」

 ランガスが頷き、執事のエバートに希望の家を探す様に命じている。

 翌朝朝食の席にランカン達の姿は無かった、俺達には堅苦しすぎて飯の味がしないと強固に責められて、使用人用の食堂を使わせて貰った。
 俺も其方が良いのだが、主賓が逃げ出す訳にもいかず渋々と食卓に着く。
 食事が終わりお茶を飲んでいるときに、ランガスが何気なく呟いた一言に噎せた。

 「そう言えば、ネイセン伯爵様は侯爵様に陞爵なされるそうで御座いますよ。国王陛下より内示を頂いたとお聞きしました」

 お茶を吹き出さなかったが、盛大に咳き込んでしまった。

 「お住まいも、ノルト・ガーラント侯爵家が取り潰されましたので、あのお屋敷を賜ったそうです。陞爵の儀は、年の改まった新年の祝いの数日後に行われるとか」

 「誰からその話を?」

 「ネイセン様から、年が明けると引っ越しをするのでと応援を頼まれました。その際、ある程度の事情を聞かされました。ガーランド侯爵家は内紛状態で、陛下の不興を被り子爵に降格されたそうです。何かと忙しい年明けになりそうです」

 侯爵から子爵とはねぇ、当主がヘマをし跡継ぎが家を治められないとなれば致し方ないか。
 三男の暴走を止められなかったので、爵位剥奪にならないだけマシだろう。
 敗者同盟の主力メンバーの処分が始まったのなら、もっと失脚する貴族が出るから大変だな。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 「エルド・ネイセン、お召しにより参上致しました」

 「楽にせよ。その方の尽力により何とか治まったようだな、貴族同盟等と巫山戯た奴等の処分もほぼ終わった。表だってその方の功績を称える事が出来なかったが、治癒師と魔法使いの扱いについての功績により、その方を侯爵に任ずる事にした」

 「はっ・・・有り難き幸せ」

 「ついてはガーラント侯爵家の領地を、其方に与えようと思うが」

 「それはご辞退させて頂きたく・・・」

 「何故じゃ?」

 「現在の領地は彼女と深く関わり、西の森奥深くに行く拠点でもあります。他の方々があの地を治めて万が一の不都合が生じれば、取り返しがつきません」

 「そうだな・・・領地以外に望みは有るか」

 「適いますのなら、嫡男のヘンリー・ネイセンに男爵位と領地を賜る事が出来ますれば」

 「ネイセン殿も御存知でしょう。侯爵権限で男爵位を三つ与えられる事を」

 「嫡男ではありますが、彼には伯爵家を継ぐ器量が有りません。私が侯爵に陞爵し何れ彼が後を継げば碌な事になりません。侯爵権限で彼を男爵にし、別に後継者を立てれば内紛の種になります」

 「何故後継者から外すのだ?」

 「アキュラがハランドの街に現れ、ポーションの取引の約定がなった時に我が家に招待致しました。その時の彼の言動を見て何れ後継者から外すつもりで、他の子ども達の成長を待っていました」

 「判った、そのヘンリーとやらを呼び寄せろ」

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 「ヘンリー様、旦那様より書状で御座います」

 「父上からだと、用件は?」

 執務室で、領内の各種報告書に目を通しながら、ウンザリした顔で読めと促す。

 「書状には急ぎ王都に参れとしか・・・」

 父上の信頼篤いホーガンにも、呼び付ける用件を教える気が無いって事か。

 ・・・・・・

 翌日転移魔法陣を出ると迎えの馬車で王都屋敷に向かった。
 出迎えた王都屋敷の執事ブリントに「伯爵様は女神教大神殿にお出掛けです」と言われてしまった。
 女神教? 女神教大神殿になど用はないはずだがと思い、用件を尋ねたが答えてもらえない。
 呼び付けられた用件を尋ねると、王家からの呼び出しですと答えが返って来た。

 王都で大規模な粛正が何度か行われた様で、高位下位を問わず失脚や爵位剥奪追放などの処分が行われている。
 執事といえども迂闊な事は言えないのだろう、次男ドランドの部屋に行き父上の様子を聞いてみた。

 ランバート領ボルヘンの街ではやり病が発生して以来、王城に呼び出される事が多く、詳しい事は知らないとの答えだ。
 思えばアキュラと名乗る冒険者が現れて以来、父上が王都に出向く事が増えた。
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