黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

文字の大きさ
上 下
76 / 100

076 連続攻撃

しおりを挟む
 ラムゼイ村で野営をしながら、ゴールデンベアの消息を探る。
 人の気配の消えた村の周辺には、ゴブリンやハウルドッグ,ホーンドッグ等の小型の野獣が多く見られた。

 俺達の後を付いてくるベルリオは、ガルムとアリシアの探査スキルに驚いている。
 ボルヘンですら一流パーティーの斥候役が務まるほどの腕前だ。
 それでもガルムとアリシアの探査能力は半径300メートル程度で、俺のアクティブ探査半径600メートルの半分程だ。
 村とは言えその周辺は広大で、隣接する森まで含めるとゴールデンベア捜索は難航した。

 ハウルドッグやホーンドッグが襲って来るがアイスランスと雷撃で倒し、すり抜けてくる奴は亭主二人とバンズとボルヘンが楯になり斬り捨てる。
 その後ろでベルリオが手持ち無沙汰で、アリシアとメリンダの魔法攻撃を見ている。

 「ギルマスが見たら腰を抜かすような魔法だな、王都のギルマスが討伐に寄越すはずだ」

 「あの訓練場の的では危険だと言った訳が判るだろう」

 「ああ、アイスランスで的の後ろの壁まで射ち抜いてしまうだろう。あの雷撃音を聞かされたら、街の連中から苦情がでて警備隊の奴等が踏み込んで来そうだわ」

 五日目になってもゴールデンベアの気配を察知出来ないので、奥の手を使う事にした。

 《皆にお願いが在るの、金色の熊さんを探して貰えないかな。見付けても攻撃しちゃ駄目だよ》

 《わかった、探してみるよ》
 《熊さんね》
 《任せて、熊さんを転がしてくるよ》

 《駄目だよ、居場所を教えてくれるだけね》

 二時間ほどで熊さん発見の報告が来たが、結構遠そう。
 ベルリオが居なきゃ、精霊達に見付けて貰ったと説明して討伐に向かうのだがそうもいかない。

 翌日朝食後に少し捜索拠点を移動しようと提案し、馬車の用意をさせる。

 「あんた、また悪い顔になっているわよ」
 「今度は何を企んでいるの」

 「ゴールデンベアの居場所を探して貰ったんだ」

 「あの子達に?」

 「そう、でもベルリオが居るので言えなかったのさ。近くなったらガルムとアリシアに教えるから、後は任せたよ」

 「あんたは?」

 「見物と万が一の為に防壁の準備だね。ドラゴン討伐の第一歩だと思って頑張れー♪」

 「いや、別にドラゴン討伐なんてしたくないわ」
 「そうよね、撃ち漏らしたハウルドッグやホーンドッグが突っ込んで来るのだって恐いのに、ドラゴンなんて見たくもないわ」

 「ゴールデンベアだって相当な迫力だよ」

 「でも二頭だけでしょう」

 「アリシア達風の翼って、伯爵様に雇われる前は討伐もしていたんだろう」

 「勿論よ大物には手を出さなかったけどね」

 「でも冒険者をしていたら、ハウルドッグやホーンドッグと遣り合う事も多かったと思うんだけど・・・」

 「あの頃はランカン達が闘っている隙を狙ってくる奴を、短槍で突き殺していたわよ」

 「じゃー、今は何で恐いのよ?」

 「あんたね、魔法を使うときは武器を持っていないでしょう」

 「えぇ~、今は変な動きや長ったらしい詠唱をしていないだろう。短槍片手に短縮詠唱でチョイチョイと魔法を撃ったら、直ぐに槍を構えていれば良いじゃない」

 「・・・変な動きに長ったらしい詠唱ね、確かに今思えば恥ずかしくて出来ないわ」
 「アキュラに長い詠唱って言われて、言わなくて良かった。アキュラなら絶対に笑ってたわね」
 「此れからは短槍片手に魔法を使う練習もするわ」

 「それも良いけど、詠唱をもっと短くする事も考えなよ。それと闘うときには、魔力回復と疲労体力回復ポーションを最低三本くらいは腰に付けときなよ」

 馬鹿話をしながらゴールデンベアを求めて馬車を進めるが、途中バッファローやホーンボア等も討伐する。
 昼前には俺のパッシブ探査に大物の気配が引っ掛かったので馬車を止め、ガルムとアリシアに大体の方角を教えて後は見物にまわる。

 馬と馬車をバリアで囲い、ガルム、アリシア、メリンダの順で森の中に入って行く。
 最後尾をベルリオに歩かせて俺はその前を歩く、何しろオークかと思ったほどの体格で目の前を歩かれると視界を塞がれて邪魔だ。

 ガルムがゴールデンベアの気配を探知したようで片手が上がる。
 アリシアと何か話し合い、アリシアが先頭になりメリンダがその後に続く。
 慎重に森を進んでいると、後続のランカン達にもゴールデンベアの立てる物音が聞こえてくる様になり、緊張が一気に高まる。

 「おい・・・大丈夫なのか・・・近づきすぎじゃ・・・」

 「黙っていろ、恐けりゃ馬車の所まで帰っていろ。だが音も声も出すなよ」

 「てやんでぇ。此れでも冒険者だし、ボロ負けしたけど一度は遣り合った奴だからな。最後まで付き合うよ」

 コソコソと話し合っている間に、アリシアとメリンダがそれぞれの位置に付く。
 ゴールデンベアを中心に60度程度離れた位置でそれぞれが援護出来る態勢だ。
 落ち着いている様なので大丈夫だろうと思うが、イレギュラー要素が出現。
 ガルムもアリシアも探知範囲内なのだが、目の前のゴールデンベアに集中しているので気付いてない恐れが出てきた。

 小石を拾って指で弾き、ガルムの背に当てる。
 振り向いたガルムに、ゴブリンの群れ接近中と方角と数を指で知らせる。
 ギャアギャア煩いゴブリンは、ゴールデンベアには物足りない餌だが満腹で無ければ襲うはずだ。
 絶好の攻撃チャンスだが位置が悪い。

 このままならばゴブリンを襲うためにゴールデンベアが移動すれば、少し横の離れた場所にメリンダが居ることになる。
 然も藪で姿を隠しているが、ゴブリンからは丸見えだしゴールデンベアが近づけば此方からも見えてしまう。

 ベルリオを連れてランカン達の元に集まり、五人にバリアを張って動くなと指示し俺はメリンダの所に行く。
 メリンダの背後につきアリシアに攻撃準備を指で指示し、ゴールデンベアの動きを見つめる。

 何時もならバリアの中から見物して追い払うだけだが、討伐となると面倒くさい。
 討伐専門の冒険者って良く遣るよと感心する。

 ゴブリンより熊さんのほうが耳は良いので、ゴブリンを見付けのっそりと動き出すが見掛けより足は速い。

 「メリンダ、奴が少し横を通れば俺達は丸見えだ、メリンダは藪にぴったりくっついて狙いを定めていろ。バリアを張っているから喰いつかれても、歯が立たないから安心して遣れ」

 「あんたは何をするつもりなの」

 「少し離れた所で俺が姿を晒すから、俺を見付けたら奴は必ず足を止める。そこを狙って撃て、任せたぞ」

 ガチガチに緊張しているメリンダの背をポンポンと叩いて、メリンダから離れて見つかり易くする。
 メリンダの潜む藪の横を過ぎたとき、立ち上がって指笛を吹く〈ピィーィィィー ピィーィィィ〉

 〈バリバリドーン〉

 アッチャー、緊張しているアリシアが指笛に吊られて撃っちまった。
 然し、雷撃の轟音にゴールデンベアが足を止め、立ち上がって音の方を見ている。

 〈バリバリドーン〉〈バリバリドーン〉

 おいおい乱射しているよ。
 メリンダは・・・ゴールデンベアが立ち上がり胸を掻き毟っているが、胸に突き立ったアイスランスが僅かに見えている。
 此方も連射していて、二発三発とアイスランスが胸に吸い込まれていく。
 立ち上がったゴールデンベアがぐらりと揺れてそのまま倒れ、其れをメリンダが呆然と見ている。

 「メリンダ終わったよ。ゴールデンベア初討伐お目出度う」

 声を掛け肩をポンポンと叩くと、ヘナヘナと座り込んでしまった。
 相当緊張していたようだが、狙いは正確で全て胸に突き立って居る。

 五人のバリアを解除してやると、ランカンがアリシアに駆けより抱き合っている。
 その横を、ベルリオが信じられないといった顔でゴールデンベアに歩み寄る。
 そういや、奴さんのパーティーは仲間が三人食われて逃げ帰ったと言ってたな。

 ガルムに支えられて立ち上がったメリンダとアリシアに、それぞれの獲物をマジックバッグに入れさせる。

 「二人ともゴールデンベア初討伐お目出度う。さっ、とっとと帰りますか」

 「あー、感激に浸っている時に!、勝利の余韻も何も粉々に打ち砕く馬鹿!」

 「えーぇぇ、折角お目出度うって言ってあげたのにそれは無いよ」

 「アリシア、諦めろ。アキュラにとっちゃ、ゴブリンもゴールデンベアも大して変わらないからな」
 「そうそう、俺達の感激なんて奴さんには判らないさ」
 「アキュラの結界を破れる野獣なんて、いないだろうからなぁ」

 「酷い言われ様だなぁ。俺だって繊細な心を持っているんだぞ、傷つくなぁ」

 ・・・・・・

 ベルリオを連れてダンセン冒険者ギルドに入ると、声高に談笑していた騒めきがピタリと止んだ。

 〈おい・・・帰って来たぞ〉
 〈然も無傷だぜ〉
 〈魔法は凄かったが、逃げ帰って来たのに違いねえさ〉
 〈ベルリオが一緒に行ったのだから、奴から失敗談が聞けるな〉

 「煩せえぞ! 魔法の試し打ちを見ただけで逃げ帰った腰抜けが! ゴールデンベアは二頭とも討伐したぞ。見事な魔法攻撃だったぜ」

 〈うおぉぉぉぉ、マジかよぉぉぉ〉
 〈見せろ! 物を見なきゃ信じられねえぞ〉
 〈解体場に行くぞ!〉
 〈ゴールデンベアなら、一度は見てみたいもんだぜ〉
 〈おい! ギルマスを呼んでこい!〉

 まぁー、見事な掌返しっつーか野次馬根性の塊っつーか阿呆くさっ。

 ベルリオに案内されて解体場に行き、解体主任に獲物の置き場所を指定して貰う。
 バンズがマジックバッグからハウルドッグ11頭、ホーンドッグ9頭、バッファロー1頭、ホーンボア3頭を並べる。

 〈オイ、殆ど魔法で倒しているぞ〉
 〈バッファローとホーンボアも一撃だぜ〉
 〈俺・・・逃げ帰って良かったよ〉
 〈あの魔法を見たら、勝てる気がしねえよ〉

 〈おいゴールデンベアを出せよ!〉
 〈そうだそうだ、出し惜しみするなよ〉
 〈くっそー、奴等大儲けだぞ。俺も魔法が使えたらなぁ〉
しおりを挟む
感想 97

あなたにおすすめの小説

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...