黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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075 ボルトンの街

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 「オルトバ地方ですか?」

 「ワラント侯爵の供述だと、ガーラント侯爵家は三男が貴族同盟に参加していて侯爵家は内紛状態だそうですが」

 「ガーラント家が、貴方にまた何か・・・」

 「冒険者ギルドから依頼が有り、オルトバ地方に行かなきゃならないんです。オルトバ地方の領主がガーラント家でないのなら、何方かなと思いまして」

 「冒険者ギルドの、依頼内容をお聞かせ願えませんか」

 「オルトバ地方では、ゴールデンベア二頭に襲われた村が一つ全滅しているそうです。普通なら領主が討伐依頼を出すそうですが、王国のゴタゴタで放置されている様なのです。ゴタゴタの一端に関わった者として討伐依頼に応じるつもりですが、とっとと鎮めて貰えませんか」

 「君からの知らせを受けて、ガーラント家も内紛を理由に王国軍を派遣して制圧を命じているところだよ」

 「転移魔法陣は使えますか、現地に行って妨害されたくありませんから」

 「現地の司令官に連絡しておくので、彼等は自由に使ってくれたまえ。それと女神教大神殿に治癒魔法使いと神教国の魔法部隊の者達が、大分集まっているのだがどうすれば良い」

 「それはゴールデンベア討伐を済ませて、帰ってからお話しします」

 面倒事が次から次へと沸いて出るのでうんざりだ。
 カルロンホテルに戻り、翌日は一日市場巡りで食料を確保して次の朝にオルトバ地方の領都ダンセンに跳んだ。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 転移魔法陣を出ると、王国軍の兵士多数が警備に就いていた。

 「アキュラ殿でありますか。レムリバード宰相閣下より連絡を受けております。王国軍部隊長のフォルゼンで在ります。ご要望が有れば何なりとお申し付け下さい」

 あ~ぁ、ピリピリしているよ。
 レムリバード宰相の奴、何を吹き込んだのやら。

 「有り難う御座います。冒険者ギルドに行ってきますが、馬車をお借りしたいので手配を宜しくお願いします」

 領主の館から貴族の紋章を外した馬車が用意されたので、使用人用の馬車に変えてもらいダンセンの冒険者ギルドに向かう。
 領内のゴタゴタのせいか、冒険者ギルド周辺にも目付きの悪い奴等が多い。

 〈かー、馬車で冒険者ギルドに乗り込んで来るとは豪儀な奴等だな〉

 馬車を降り、冒険者ギルドに入って三歩も歩かないうちに声が掛かった。

 先頭を歩くランカンの足が止まる。

 ランカンの前に出て声を掛けて来た奴を見ると、オークに似た巨漢。

 「何で冒険者ギルドにオークが居るの?」

 〈ブーッ〉〈ゲホッ〉〈止めろよ、アキュラ〉

 〈ほう、礼儀知らずの餓鬼が居るな〉

 汚い手を伸ばしてきたので、腕を掴む振りをして結界の輪っかで手首を固定する。

 〈ウォー、痛てててて。離せ!〉

 「喧嘩を売るのなら、相手の力量くらい見てからにしなよ」

 手首を持ったように見せかけた輪っかをギリギリと締め上げてやる。

 〈痛ででで、止めてくれ折れるぅぅ。悪かった勘弁してくれ〉

 半泣きのオークの腕を掴んだままカウンターに向かい、受付のお姉さんににっこり笑って声を掛ける。

 「王都のギルマスから依頼を受けてやって来たんだけど、ギルマスに会えるかな?」

 「依頼内容は何でしょうか」

 「ゴールデンベア二頭の討伐だよ。詳しい事は此処で聞いてくれと言われているんだ」

 〈頼む・・・腕が折れる、誤るから許してくれ〉

 仰け反りカウンターに後頭部がつきそうな姿勢で詫びてくるオーク。
 手を離すと同時に、結界の魔力を抜き解放してやる。

 〈お前等・・・ラムゼイ村のゴールデンベア討伐に来ただと。止めておけ、ありゃー化け物だ〉

 手首をさすりながらオークが言ってくる。

 〈おい聞いたかよ〉
 〈あのちびっこい身体で、ベルリオを手玉に取るとは大したものだが〉
 〈奴とゴールデンベアでは格が違いすぎるぜ〉

 「風の翼とアキュラってのはお前達か? ダンセン冒険者ギルドのギルマスをしているリンガルだ。すまんが魔法の腕を見せてくれ」

 アリシアとメリンダを見ると頷いている。
 王都のギルマス推薦とは言え見知らぬ冒険者の力量も知らずに、ゴールデンベア討伐の依頼は出来ないって事か。

 ギルマスの後に続いて訓練場に入ったが、訓練場の片隅に申し訳程度の魔法用の標的が有るだけ。
 二人の顔を見て首を振る。

 「ギルマス、こんな標的じゃ危なくて撃てないよ。この的じゃ精々アイスアローか、ファイヤーボールのちっこいのくらいしか耐えられないよ」

 〈おいおい、自分がちっこい癖に大口を叩くねぇ〉
 〈あのチビが魔法使いなのか?〉
 〈あの腕っ節なら剣か槍だと思ったけどなぁ〉

 「すいませんねぇギルマス、私達が本気で撃つと後ろの壁が壊れますよ」
 「それに、真っ昼間の晴天に、落雷音はちょっと不味いでしょう」

 〈おいおい、随分吹くじゃ無いか〉
 〈揃いの服に馬車でギルドに来て、ゴールデンベア討伐に来たと言いながら受ける気が無いのかよ〉
 〈金持ちの商人相手に張ったりかまして稼いでいるようだが、帰った方が良いぞ〉
 〈女が三人も居るパーティーなんて初めて見たわ〉

 「好き勝手を言っている腰抜けさん達、町の外で勝負しないか。命の保証は出来ないけど、お前等が勝ったら金貨の袋が手に入るぞ」

 マジックポーチから金貨の革袋を二つカウンターの上にドンと置いてやる。
 一瞬で静まりかえったが、欲の皮の突っ張った奴等が我先にと勝負を受けたと騒ぎ出した。

 「おい嬢ちゃん、奴等を焚きつけるのは止めてくれ。それで無くても、奴等が騒ぎを起こすから頭が痛いのに」

 「ゴールデンベアの討伐にも行かずに、応援に来た人間を揶揄うような腰抜けは皆殺しで良いだろう。実力を見せろって言ったのはギルマスだぞ」

 苦い顔で何も言わなくなったギルマスを放置して、馬鹿の群れに声を掛ける。

 「明日の朝には街を出るので、命のいらない奴は門の外で待っていろ」

 〈言ったな、たった七人で俺達全員と遣り合って勝てると思っているのか〉 〈やったー、金貨のつかみ取りだな〉
 〈きっひひひひひ、お宝が目の前に〉
 〈此れは俺のもんだ!〉

 革袋に手を伸ばしてきた男を、全力で蹴り飛ばす。
 仲間のところに吹き飛んで共に転がって行くが、男の胸は陥没して血の泡を吹いている。

 「おい! 何をする!」

 「あーん、人の財布に手を伸ばしたんだ、命の保証は出来ないね。それともこの街の冒険者ギルトでは、他人の財布に手を伸ばしても無罪なのか?」

 「お前を取り押さえて、街の衛兵に引き渡すぞ」

 「無駄だよ、ギルマス。あんたや此奴等がどんな証言をしようと俺の言葉を信用するさ。嘘だと思うのなら呼んで来なよ」

 チラリと王家の紋章入り身分証を見せてやると、唸り声を上げて黙った。

 「王都のギルマスが寄越した、俺達の実力を信用しないのは判る。お前達が討伐出来ない野獣の討伐に来た人間を、勝手気儘に揶揄う奴は自分達の手で黙らせるだけさ。明日何人死のうがギルドは手を出すなよ、どうせ生きていても、野獣の討伐には役立たない屑連中だからな」

 最初に揶揄ってきたオークに声を掛ける。

 「お前も明日の朝来るか?」

 「ああ、行くさ。あんた達の実力を見させて貰うよ」

 「ラムゼイ村のゴールデンベアって言ったよな、行った事はあるのか?」

 「ああ行ったが、返り討ちに遭い三人が食い殺されて逃げ帰り、パーティーは解散さ」

 「ラムゼイ村とやらへ、案内してくれないか」

 「本当に行く気なのか」

 「そのために来たんだし、お姉ちゃん二人の魔法は凄いぞ」

 「良いだろう、明日奴等に勝ったら案内してやるよ」

 金貨を一枚投げてやり、馬を借りておけと言っておく。
 役に立たないギルマスに頼らなくても道案内は出来た、明日は金に群がる馬鹿を蹴散らすだけだ。

 ・・・・・・

 ホテルに一泊し、朝食をゆっくり食べてから街を出る。
 街の出入り口には多数の冒険者達が群がっているが、馬を引いたオークも待っていた。
 オークを手招きし、馬車の後ろを付いてこいと命じて貴族専用通路に入っていく。
 オークが呆れてぼんやり俺達を見ている。

 「何をしている、早く来い!」

 ボルヘンに怒鳴られ、おっかなびっくりで警備の兵に頭を下げながらやってくる。
 俺達が通過するときにオークは道案内に連れていくと言っているので、警備兵がニヤニヤしながらオークを見ている。

 冷や汗を流しながらやって来たオークに、名前を尋ねる。
 〔ベルリオ〕ねっ、名前を聞いて二度顔を見直したよ。
 ベルリオにラムゼイ村方面に向かう道で、争っても街から見えない場所に案内しろと言って出発する。

 一攫千金を狙う冒険者達も、街の近くでは不味いと判っているようで黙って馬車の後を付いてくる。
 のんびり馬車を進めながら、適当な岩を見付けてはアリシアに標的射撃の練習をさせる。

 「あんな岩を撃って魔力を消費したくないわ」

 「まあまあ、黙って三連発をお願い」

 街道から約30メートル程離れた岩を、短縮詠唱で連続して雷撃を加える。
 〈バリバリドーン〉〈バリバリドーン〉〈バリバリドーン〉
 次の岩はメリンダのアイスランスの五連発、〈ガキーン〉〈ガキーン〉〈ガキーン〉〈ガキーン〉〈ガキーン〉
 とアイスランスの衝突音が街道に響き渡る。

 二人に二度ずつ撃って貰ってから後ろを見ると、冒険者が一人も居ない。
 アリシアが雷撃の三連発を決めた時に、後ろの気配が揺れて一人二人と立ち止まっていくのがよく判った。

 ベルリオも最初の雷撃音を聞いたときに硬直し、音に驚いた馬から危うく振り落とされるところだった。
 二人の魔法を間近で見てからは顔がほころび、肩の力が抜けたのかのんびり後を付いてくる。

 ・・・・・・

 ラムゼイ村は荒れ果てていたが、ごく少数の者が村にしがみ付いて生きている様だ。
 石造りの地下室で、細く小さい出入り口と頑丈な扉の奥で息を潜めている。
 気配察知が無ければ見付けるのは困難な場所で、ゴールデンベアが立ち去るのを待っているのだろう。
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