黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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069 追放

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 御者のようだが、馬用とは別の、短い鞭を手に真っ赤な顔で怒鳴りつけてくる。
 鋭い視線を感じて其方を見ると、俺達の馬車の後ろに騎馬隊の騎士がずらりと並び睨んできている。

 「お前の主人の名は?」

 〈馬車をどけろと言っているんだ! 聞こえねえのか!〉

 再び鞭を振りかぶったので、爪先で股間を蹴り上げてやる。
 貴族の権威と、護衛騎士達の面前で反撃されるとは夢にも思っていなかったのか、油断しきっていた股間にブーツの爪先が綺麗にめり込んだ。

 〈ウゲッ〉と言って内股になり股間を押さえたが、涎を滴し白目になって崩れ落ちた。

 〈小僧が、何方の馬車の前を塞いでいるのだ! お前達其奴等を排除しろ!〉
 〈貴様ぁぁぁ、無礼者め!〉
 〈斬り捨てろ!〉

 隊長らしき男の声に、口々に喚きながら馬から下りると腰の剣を引き抜いて向かって来る。

 〈ピーピー〉と笛の音が彼方此方から上がり、衛兵達も駆けつけてくる。

 糞っ垂れ! 神様相手の面倒事が片付いて静かになったと思っていたらまたかよ。

 取り敢えず馬車と馬にバリアを張り、ランカンに結界を張っているのでその場から動くなと言っておく。
 結界を張ったと言ったら、不安顔の皆がほっとした顔になり見物する体勢になりやがった。
 結局、揉め事は俺が片付けなきゃならないのかよ!

 向かって来る騎士達を、片っ端から結界のリングで強めに拘束していく。

 〈何だこれは?〉
 〈糞ッ、腕が・・・〉
 〈妖しい奴め!〉
 〈気を付けろ、妖しい魔法を使うぞ!〉

 おっ、魔法と気付く奴もいるのね。
 十数人を拘束すると、流石に近寄ってこなくなった。

 〈お前! 何をしている!〉
 〈大人しくしろ!〉

 おいおい、俺は一方的に攻撃されて反撃しただけだぞ。
 短槍をいきなり突きつけてそれは無いよな。
 下っ端じゃ見せても通用しないと不味いので、責任者を呼べと伝える。
 貴族専用通路にいて態度がでかい俺に、不審者扱いは不味いと思ったのか上司を呼びに行った。

 不機嫌満載の男が現れたが、此奴も人の話を聞く気が無さそうなので先制攻撃を仕掛ける。
 簀巻きにし、身動き出来なくしてから俺の身分証を目の前に突きつけてやる。

 「お前も王都の出入り口を預かる男なら、此れが何の身分証か判るよな」

 突きつけられた身分証が信じられないのか、目を見開いて硬直している。
 まあ、簀巻きにしているから身動きは出来ないのだけど。

 〈何をしている、何故こんな所で騒ぎを起こしている!〉

 新たな登場人物・・・段々ややこしくなってくる。
 身形から貴族に間違いなし、此奴を拘束して話をつける事にする。
 近づいて来る男を見ると見覚えが有る。
 相手も俺の顔を見て驚いているが、俺の前に立つと深々と頭を下げた。

 「お久し振りで御座います、アキュラ殿。この騒ぎは一体何事でしょうか」

 「確か、ボリス・ザブランドだったな」

 「父上の隠居により何とか侯爵家を継ぐ事が出来、今は私がザブランド侯爵を名乗っております。この騒ぎは何事で御座いますか?」

 嘗て父ザブランド侯爵の危機に際し、この男は実父を一室に押し込めて隠居させ、俺に詫びを入れてきた計算の出来る男だ。
 王都の出入り口で無名の者の乗る馬車とはいえ、此の様な無体はするまい。

 馬車で待機中にいきなり怒鳴りつけられ、馬車を叩き降りてきた俺にも問答無用で鞭を振るった事を話す。
 鞭打たれたと言った時、顔を上げフードの先が破れているのをマジマジと見て謝罪の言葉を口にする。

 「お前が命じた訳ではなさそうだが、御者の一存での出来事ではあるまい。使用人に対する躾がなってないな」

 「申し訳御座いません。誰が命じたか確認し厳重に処罰致しますのでお許し下さい」

 王都の出入り口で、通過を待つ庶民から貴族や豪商達まで多数が目撃する前で、侯爵が冒険者の小娘に頭を下げて謝罪している。
 前回の時も思ったが、面子を捨てて頭を下げるとは大した男だ。
 此処で謝罪を受け入れねば、夕刻にはレムリバード宰相辺りの耳に入りネイセン伯爵様が飛んできそうだ。

 「良いだろう、騒動を引き起こした馬鹿の処分は任せる。一つ聞いて良いかな」

 「何なりと」

 「何故貴族や豪商達が、此れほど王都の出入り口に集まっているのだ? 貴族や豪商達は、転移魔法陣を遣って領都間を移動するのではないのか」

 「秋の野獣討伐です。冬に備えて野獣達の食欲が増し、周辺の集落や農作物に被害が出ないように毎年この時期に行われます」

 詳しく聞きたいので王都の外に出て話す事にし、騎士や衛兵達の拘束を解除してやる。
 ザブランド侯爵の俺に対する態度を見ている騎士達の顔色が悪い。
 特に隊長らしき男の顔色は蒼白に近く、ちょっと疲労体力回復ポーションでも飲ませてやろうかと思うほどだ。
 拘束を解除しても硬直したままの不機嫌男に、少しは職務に忠実になれと言って道を開けさせる。

 出入り口の外、待機場所で改めてザブランド侯爵から話を聞く。
 毎年王都周辺の安全の為に、実りの季節前に野獣討伐令が王家から発せられる。
 此れは全ての貴族が、3年に一度割り当てられる義務だそうだ。

 男爵、兵10名と冒険者10名以上。
 子爵、兵15名と冒険者15名以上。
 伯爵、兵20名と冒険者20名以上。
 侯爵、兵25名と冒険者25名以上。
 公爵、兵30名と冒険者30名以上。

 定められた兵員と冒険者を募っての動員義務があり、特別な事情があり国王陛下の許可がなければ、当主自ら此の任にあたらねばならないそうだ。
 定められた期間、割り当ての地と周辺で討伐任務に当たり、獲物を王国に提示しなければならない。

 此れは貴族の義務であると同時に、討伐した獲物により貴族の力の誇示となる。
 定期的に討伐しているし、冒険者も居るので大した獲物はいないが、それでもゴブリンやオーク,ウルフ,ホーンボア等が毎年大量に討伐されるそうだ。
 討伐された獲物は陛下の元に集められるが、その年の一番の大物を討伐した貴族は国王陛下よりその武勇を称えられる。

 成る程ね、一種の軍事訓練と貴族の自尊心を満たしながら、野獣の被害を抑える方法か。
 貴族も3年に一度ならそれほど懐にも影響がないので、不満も少ないって事か。
 それでも野獣相手となれば負傷者や死者も出るが、それ等を放置すれば次からは冒険者も集まらず兵士達も雇いにくくなる。
 腕の良い治癒魔法師と薬師が必要になり、貴族が抱え込む構造の出来上がりか。

 身内の傷病だけなら街の治癒師や教会の治癒師を呼び付ければ良いが、野獣の討伐現場では何が起きるか判らない。
 それに負傷してから治癒師を呼び寄せていては、間に合わない事もあるからな。

 一つ疑問に思い、豪商達は何故この野獣討伐に付き合っているのかと聞いてみた。
 理由は簡単、繋がりの在る貴族の応援である。
 道中護衛の冒険者達は、野営地に到着すると半数は貴族の応援に行くそうだ。
 半数?と思ったら、建前上は自分達で遣らねばならないので、キャンプ地も一応別の体裁を取るそうだ。

 其処までして応援するからには、見返りもたっぷり期待出来るのだろうな。
 そう思ったが此の世界も世知辛いもので、応援に出なければ領内での商いに響くそうで、嫌々応援に駆り出されている者が大半だと苦笑いしている。
 そう言えばザブランド侯爵には豪商のお供が付いていない。
 鞭を振るった馬鹿は別にして、好感度がちょっと上がったよ。

 ザブランド侯爵様とお別れして魔法の練習に向かう事にした。
 その際公爵様に雇われている冒険者に、余り冒険者の行かない荒れ地の場所を教えて貰う。

 ・・・・・・

 王都の入り口でアキュラと別れたザブランド侯爵は、彼女の馬車を最敬礼で見送ったが、振り向いた時には鬼の形相になっていた。

 「デエルゴ、何故前の馬車を攻撃させた、誰がそんな事を命じた!」

 ザブランド侯爵の怒りの声に、蒼白な顔で小刻みに震えて返答も出来ないデエルゴ隊長。

 「私は侯爵家の体面を守る為なら如何様な事も許すが、無闇に他者への攻撃は厳に慎むべきだと言ってある筈だ。お前を護衛隊長の任務から外しザブランド家から追放する。ワーレン、お前を騎士団の隊長に任ずる。デエルゴと御者のベンドから、ザブランド家に関与する全てを剥ぎ取って追放しろ!」

 呆然とするデエルゴは、今まで部下だった男達に剣を突きつけられ、侯爵家に関わる全ての品を剥ぎ取られて突き飛ばされた。
 同じ様にお仕着せの御者服を剥ぎ取られ、下着姿で震えるベンドに此れからどうしたら良いのかと泣きつかれて、デエルゴは初めて侯爵家の庇護下から放り出された事を実感した。

 今の自分は下着姿のベンドより少しマシなだけ。
 騎士を示す物は何もかも剥ぎ取られ、ズボンだけはお情けで許された。
 剣帯すら無く、目の前に自前の剣と革袋が投げ捨てられている。

 去りゆく馬車に付き従う元の部下達は一瞥もくれずに去って行き、冒険者達の冷たい視線を浴びて途方に暮れるだけだった。

 ・・・・・・

 冒険者達に聞いた場所は街道に出て左に二時間ほどの場所で、殆ど草も生えていないガレ場だった。
 こりゃー冒険者の稼ぎになる薬草も小動物も居ないやと、ランカンやバンズが呟く。

 「魔法の練習にはうってつけの場所じゃないの。アリシアもメリンダも好きなだけ魔法を撃たせてあげるよ」

 魔力切れ寸前、死の瀬戸際まで魔法を撃たせて、死の恐怖を味合わせてやるよ。

 「ちょっとー、アキュラ顔が恐いんだけど」
 「あんた、何か良からぬ事を企んでいるでしょう」

 「アキュラの悪い顔なんて当たり前だろう。宰相閣下とタメ口を聞くわ、侯爵閣下が最敬礼をするわ、俺達はとんでもない奴に雇われているんだぜ」
 「あの騎士も可哀想に、此れからは貴族の後ろ盾が無いからしんどいぞ」
 「俺達を攻撃させたのが間違いだったね」
 「そうそう、宰相閣下とタメ口のアキュラを敵に回したんだから、生きているだけでも儲けものじゃないのか」
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