黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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057 反撃準備

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 俺の問いかけに〈うっ〉と言って黙り込んだソブラン、バリアの音声を遮断する。
 次は隣で不安そうに見ているランドルだが、音声遮断を解除した瞬間ソブランが俺の事をあれこれと報告していたと言い出した。

 「そんな事は聞いていない、お前が奴等に俺の事をペラペラ喋っていたのは聞いている。アリューシュ神教国からやって来たのは、エルドア大教主と他はどんな奴等だ」

 「いえいえ、私は貴方様がお出でになるまでの間情報収集の為にですね」

 「だから大教主以外は、どんな奴が来ているのかと聞いているのだが」

 「エルドア大教主殿と従者の教主二人以外は、魔法部隊の奴等です。火魔法,土魔法,氷結魔法使いが各二人に、結界魔法,水魔法,雷撃魔法,治癒魔法使いが各一名です。貴方様が明日現れたら、エルドア大教主殿が聖女様をアリューシュ神教国にお迎えする事を伝え、断られたら魔法の一斉攻撃を加える事になっていました」

 結界魔法使いねぇ、精霊の攻撃から身を守る準備も怠らないとは見上げたものだが、防げないだろうな。
 それに俺を魔法攻撃で弱らせても死なない様に、治癒魔法使いまで連れて来るとはね。
 利用価値が高いと評価してくれているだろうが、余計なお世話だ。

 オンデウス大教主と同じ様な聖衣を纏った男の球体を、ソブランの隣に転がしてくる。

 「初めましてだなエルドア大教主様、残念だがアリューシュ神教国に興味は無い」

 「先ずここから出せ! 精霊を使役している様だが、アリューシュ神教国の教団を相手に勝てると思っているのか。無益な事をせず大人しく精霊の巫女として聖女達を率いて我等に尽くせ!」

 「それはお前の考えでなく、アリューシュ神教国教団の総意と受け取って良いのかな」

 「神教国教団として、お前の望むものは何でも与えてやるぞ。精霊の巫女であり聖女として、アリューシュ神教国の教団に仕えるのならな」

 駄目だ、話しにならない。
 火魔法で自滅した奴を部屋の中央に置き、周囲を13個の球体で囲み全員の音声遮断を解除する。

 「オンデウス大教主は生かして送り返したが、もう死んでいると思うけど今も結界の中に居るだろう」

 「まさか・・・我もあの様な目にあわせるつもりか」

 「オンデウスと同じ事を言い、俺を使役するつもりの様なので同じ様にしても良いぞ。エルドア以外の奴は、真ん中に置いた奴をよく見ていろ」

 それだけ告げて、自滅した男のバリアをゆっくりと小さくしていく。
 死体が不自然に動き、段々形が崩れ小さくなっていくのを見て何が起きるのかを察した様だ。
 骨の折れる音が室内に響き、バリアの中で圧縮された死体が丸くなる。

 頭を抱えている者、真っ青な顔になりゲロを吐く物や失禁する者と反応は様々。
 次ぎにランドルのバリアを蹴って隣に並べると、必死で命乞いを始めたが2度目は無いと警告はしてある。
 教主には裏切ったら火炙りだと警告しているが、長引かせるのも面倒なので一気に締め上げて殺す。
 ランドルの死を見て自分も助からないと悟った、ソブランが呪詛の声を上げる。
 然し俺は精霊の加護を持つ者だから、効き目が無いと思うな。
 三つの圧縮死体を見て呆然とする奴等に、生き残る方法を教えてやる。

 「魔法部隊の者で死にたくない奴は手を上げろ」

 八人が手を上げたって事は、自滅した火魔法使い以外全員手を上げたってことか。
 エルドア大教主と従者の教主二人が、手を上げた彼等を恨めしげに見ている。
 心配しなくても利用価値の有る間は殺さないから安心しろ、と教えてやる様な親切心は持ち合わせていない。

 ここから先は一人では大変なので助っ人を呼ぶ事にする。
 全員の音声を遮断し、表の見張りに誰も部屋に入れるなと命じておく。

 いない筈の俺が部屋から出てきたので、ギョッとした顔になるがソブランやランドルを手足の如く使っている俺の命令は絶対だ、何の疑問も挟まずに受け入れる。

 一度馬車に戻り、王城へ向かってもらう。
 面倒事は人任せが一番気楽、国王も宰相も嫌とは言わない事は確実。

 ・・・・・・

 レムリバード宰相は通用門の衛兵詰め所から、アキュラが面会を希望していると連絡を受けて思わず天を仰ぐ。
 執務室の天井を見て、絶対に厄介事を持ち込んで来たと思ったが逢わないという選択肢は無い。

 「アリューシュ神教国のエルドア大教主の事かね」

 「そうなんですけど、ちょっと話が大きくなります。アリューシュ神教国の上層部は、俺を説得してアリューシュ神教国につれて行くつもりです。俺が断ったときには、連れてきた魔法部隊で攻撃して無理矢理にでもね。それなら先手を取ってアリューシュ神教国教団を叩き潰そうと思い、少々お手伝いしてもらいたいのです」

 「ちょっと待ちたまえ、話が大きすぎやしないかね」

 「戦争をしにいく訳では在りませんよ、転移魔法陣を封鎖するお手伝いを頼みたいだけです。それも冒険者の格好でエルドア大教主と一緒に行くので、相手はエメンタイル王国に難癖を付ける訳にもいかない筈です」

 そう言うと、宰相閣下は頭を抱えて考え込んでしまった。
 暫くして、意を決したように顔を上げ国王陛下と相談してくると言って部屋を出て行った。
 扉が閉まる前に、〈ネイセン伯爵に急ぎ連絡して来てもらえ!〉と、怒鳴るレムリバード宰相の声が聞こえた。
 そう言えば、ネイセン伯爵様は俺と王家の繋ぎの役目をもらっていたんだっけ。

 ・・・・・・

 暫く待たされたが侍従が呼びに来た。
 部屋に入って来るなりじろりと俺を見て値踏みし〈レムリバード宰相閣下がお呼びだ、ついて来い〉とぶっきらぼうに告げると後ろも見ずに歩き出した。
 冒険者スタイルだと扱いが悪いよな、かたや王家に仕える身であり俺は冒険者の流民となれば威張りたくもなるか。

 後ろも見ずにさっさと歩くが、お前と俺の身長差を考えろよ。

 〈何をもたもたしている! 宰相閣下を待たせる気か!〉

 やだねぇ~、小娘相手に偉そうに喚きやがって。

 「喚いている暇があったらさっさと案内しなよ。宰相閣下がお待ちかねなんだろう」

 瞬間湯沸かし器、一瞬で沸点に達したのか顔が真っ赤に染まり唇が震えている。

 「ほらほら、此処で沸騰して騒ぎ立てたら明日から仕事が無くなるよ」

 仕事が無くなるの言葉に自制心を取り戻したようだが、最初から自制しろよ。
 肩を怒らせ足早に歩く侍従の後をのんびりと歩く。
 日本でも上下関係や些細な事でマウントを取り、人を見下す奴は山ほどいたが、此の世界は身分の上下に煩い縁故主義の社会だから露骨だね。
 しかし侍従程度にしかなれないのに、此れから宰相閣下と面談する相手によくやるよ。

 〈アキュラなる者を連れてまいりました〉

 扉の両脇に控える警備の騎士に声高に伝える。
 引き開けられた扉の向こうにレムリバード宰相が立ち、室内に招き入れてくれるがじろりと侍従を睨み付ける。

 きつい視線を受けて動揺する男を押しのけて室内に足を踏み入れる。
 壁際に控える近衛騎士、やはり国王抜きでは話が進まないか。
 軽く一礼すると椅子を勧められる。

 「何やら不穏な話を持ち込んできたが、アリューシュ神教国との争いは不味い。それで無くとも、女神教の事が広まれば信徒達を押さえられないのだぞ」

 「陛下何か勘違いしていませんか、争い事を起こしているのは常に女神教と背後団体のアリューシュ神教国の教団側ですよ。それに彼等はエメンタイル王国の事など気にも掛けていません。現に他国の王都ファンネルに、魔法部隊を引き連れて俺を拉致しに来ています」

 そこに考えが及ばなかったのか、俺が指摘すると顔が強ばる。

 「別に兵を引き連れてアリューシュ神教国に攻め込もうって訳ではありません。アリューシュ神教国の王国間用の転移魔法陣と、その施設を暫く占拠するだけです。その為に腕利きをお借りしたいのです」

 「その、アキュラ殿・・・先程教団を叩き潰すと言われたが何をする気ですか」

 「教団の上層部、教皇と大教主を支配下に置くか、無理なら皆殺し・・・神罰を受けて貰うかな」

 「簡単に言ってくれるが、それは戦争を引き起こす事になるとは思わないのか!」

 「戦争に何てなりませんよ、なぜらな私一人で精霊を連れて教団本部に乗り込むのですから」

 「其方が精霊の加護を受けている事は判ったが、普段姿の見えない精霊を連れていても誰が気付くのだ」

 《みんな姿を見せてよ》

 《はーい♪》
 《良いのー》
 《何をするのー》

 壁際の騎士達から小さな声が漏れるが、流石は国王の護衛達だ。
 騒ぎ立てる事も無く壁際から離れない。

 「こうやって姿を現したままならば、エメンタイル王国の攻撃だとは誰も思わないですよ。転移魔法陣の警備施設から出るのは私一人です、他の方々は俺が戻るまでの間、施設を守っていてくれれば良いだけです。もっとも結界魔法を掛けますから、転移魔法陣の警備や運営の者達の見張りです。事が終われば受け入れる者達の案内かな」

 「受け入れる者達の案内?」

 「此の国の生まれで、授けの儀の時に治癒魔法を授かり魔力が80以上の者達ですよ。それと80以下でも治癒魔法に優れている者達が、アリューシュ神教国に送られて帰って来ていません」

 「なんと・・・それは本当か?」
 「人の出入りは監視しているのだが・・・」

 「名前までは記録してないでしょう、名前なんて幾らでも誤魔化せますしね。授けの儀で治癒魔法を授かり優秀だと、貴族や王国の勧誘を妨害して教会に引き入れます。この時魔力が少なくて見落とされた者も、教会は集めています。集められた者達は基礎訓練を受け、見込みの有る者はアリューシュ神教国に送られますが、名目は治癒魔法の更なる技を磨く為と称し、他の者は修行の為にと他国の教団に送られます」
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