黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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050 教団

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 静まりかえる救護所の中で、立ち尽くす氷像がゆっくりと倒れ鈍い音を立てる。

 〈こっここ、殺したの?〉

 「だから言ったでしょう、黙って出て行きなさい。二度と私に近づかない様にと、然もなくば後の保証はしませんよ。とも言いましたよ」

 《みんな、此処に入って来た者達をやっちゃって》

 言った瞬間〈パリパリパリドーン〉と聞こえ、大教主の番犬の様な教会の騎士が黒焦げになり燻っている。

 〈キャァー〉
 〈馬鹿な〉
 〈大教主様が〉
 〈お許し下さいアリューシュ様〉
 〈女神様の遣わされた・・・〉

 口々に喚く教会関係者が風に巻き上げられて外に放り出されたり、地面から生えた土槍に貫かれて悲鳴を上げる。
 一斉に逃げ出した教会関係者達で、救護所に踏み込んで無事に逃げられた者は一人もいない。

 静まりかえる救護所の中で、残りの重病者の治療を済ませると次の救護所に向かう為に表に出る。
 救護所の周辺に集まった野次馬達も、何が起きたのか悟って静かに俺を見ている。

 「次の救護所に行きますので馬車を」

 顔面蒼白な騎士に声を掛けて馬車の用意を命じる。

 「教会に連絡して引き取りに来させなさい。不服があるのなら日を改めて大神殿に出向くと伝えて下さい」

 それ以後教会関係者が俺の前に現れることはなく、一週間もするとはやり病も沈静化し始めた。
 王家は風邪の症状が出たなら、無償でポーションを与えると王都の隅々にまで伝えた。
 各所に設けられた場所でポーションを受け取り、その場で飲むのなら無償で提供し病の蔓延防止に努めている。

 同時に俺やネイセン伯爵と協議して、教会の横暴とアリューシュ神を冒涜する様な行いを攻撃する、ネガティブキャンペーンに取りかかった。

 病人に効きもしないポーションを与え、教会に高額の喜捨をした者にしか治癒魔法を使わなかったとか、碌に聖父や聖女を遣わさず聖教父や聖教女の能力の劣る者を遣って大して役に立たなかったと噂を流した。
 そして女神教の大教主達が、精霊と薬師の治癒魔法の邪魔をしたために精霊の怒りを買ったと、声高に女神教の強欲さを強調して流した。

 なにせ問題の薬師が毎日王城から各所に設けられた救護所に通い、精霊と共に重病者を次々と治療し夕暮れと共に王城に帰っていくのを、王都の住民多数が目撃している。
 時に王城に帰る馬車を守るが如く飛ぶ精霊を見て、祈りを捧げる人の姿も多く見られた。

 ・・・・・・

 はやり病が沈静化すると、各地の領主に王城への出頭命令が届き始めた。
 先ず呼ばれた二十数名の貴族達は、王都に贈ったポーションの礼を言われ謝礼として金貨1,000枚を下賜された。

 次ぎに呼ばれた数十名の貴族達は、冷や汗を流すことになる。
 呼び出された大広間の一角に多数のワゴンが置かれポーションのビンが乱立している。
 それぞれに一枚の紙が置かれ、ポーションが文鎮代わりに乗せられている。
 用紙にはポーションの送り主の名と爵位が書かれ、その下にポーションの鑑定結果が書かれている。

 曰く、風邪のポーション中の下、又は低品質と。
 それぞれ自分の名が書かれたワゴンの前に立ち、苦い顔でポーションの鑑定結果を読んでいる。
 王家の要請を思い出し、送った品物が要求に達していなかった為に呼び出されたと理解した。

 先年の貴族街での事件以来、王家の機嫌を損ねた者達は、貴族位剥奪から降格,隠居,罰金と厳しい処分が下されている。
 王家の要請に応えたが、品質がお気に召さなかった様だ等と暢気に考えている者もいた。
 それとは別の集団は、自分達の名が記されたワゴンすらないことに気づき顔色が悪い。

 侍従の「陛下のお成りです」との声を受け、所定の位置につき跪く。
 楽にせよ、面を上げよの言葉すらなく、次々と名が読み上げられていく。
 名を呼ばれた者は立ての言葉を受けて、立ち上がる数十名の貴族達。

 「その方達、予がその方達に出した通達を覚えているか」

 不機嫌極まりない国王に詰問され、立ち竦む貴族を名指しして通達の内容を聞いていく。

 〈はっ、それは・・・〉
 〈品質の良い物を送る様に指示しておりましたが〉
 〈監督不行き届きでした〉
 〈陛下の通達を読み、執事に命じておきましたが〉

 と、それぞれ弁明に忙しい。

 「もう良い。お前達の弁明を聞き、良き臣下を持た事を嬉しく思うぞ。お前達は三月以内に、風邪の回復ポーション上級品を500本提出せよ。同時に半年以内に同じ物を500本備蓄しておけ、出来ていなければ後進に道を譲り隠居せよ!」

 国王の怒りを含んだ声で命じられ、皆深々と頭を下げる。
 一呼吸おいてレムリバード宰相が、跪いたままの貴族達の名を読み上げ声を掛けた。

 「貴殿達が送って来たポーションは鑑定の結果、粗悪品ばかりか、咳止めや目薬に草の煮汁と鑑定された物すら有る。中には一本のポーションすら贈ってこなかった剛の者もいる。貴殿達に国王陛下の臣下たる資格はない! 王城に部屋を与えるので、余生は其処で送れとの陛下のお情けだ、心して受けよ」

 〈陛下お許しを〉
 〈心得違いを致しておりました! 今後誠心誠意〉
 〈何卒陛下の寛大なお心を持ちまして今一度〉

 「喧しい! この者達を連れていけ!」

 レムリバード宰相の怒声と共に警備兵が雪崩れ込み、跪く男達を引き摺り出し大広間から連れ出す。
 引き摺られていく男達を見て、残された貴族達は自分達も彼等の仲間入りする所だったと冷や汗を流すこととなった。
 以後彼等の多くは王家の通達には必ず目を通し、不都合の無いように気を配るようになった。

 自分達が王家を蔑ろにしても王家は存在するが、王家が自分達を不要と看做せば貴族としての地位は霧散するものだと、漸く理解した結果だ。

 ・・・・・・

 はやり病も一段落し、森でのんびり寛ぐアキュラはネイセン伯爵から王家の招待状を渡された。

 「これってどう言う意味でしょうか?」

 「はやり病の治療に対する謝礼・・・だね。それと教会から何か言ってきているのだろうな」

 「教会ですか、女神教とアリューシュ神教国との繋がりはどうなっているのですか」

 「女神教はアリューシュ神教教団の各国での名乗りだな。女神教も正式にはアリューシュ神教と呼ぶ。教団はアリューシュ神教国の中枢だが、そのままでは各国で活動できない。それで下部組織の女神教を名乗らせ各国に大神殿を立ち上げ運営している。創造神たるアリューシュ様を称えると言えば聞こえが良いが、宗教による支配を目論む輩の集団だよ」

 伯爵様なかなか辛辣ですねぇ。

 まぁ、アッシドも俺を手に入れたら教団本部に報告するとか言ってたしな。
 一人ひとりが真摯なアリューシュ様の信奉者であっても、集団になれば地位や力を求める輩が集まって来るのは人の性か世の習いか。
 森に押し掛けられても面倒なので会談には応じるが、相手の出方次第では潰すことになるかも。

 「一冒険者として招待は受けましょう。それで良ければ日時を指定して下さい」

 「有り難い、明後日の正午に王城に行くことになるが異存は無いかね。その時は私が君を伴って王城に出向くことになると思うよ」

 ・・・・・・

 伯爵様の馬車に同乗して王城に向かい、城内に在る伯爵様控えの間で着替えを済ませる。
 用意を済ませ、侍従の迎えで会談場所に向かうが、何故か護衛の騎士が四人も居る。
 敵意は無いので無視するが、会談は荒れそうな予感。

 長い通路を歩くことになったが、侍従,伯爵様,顔を隠した俺,護衛達で歩くと、すれ違う人々の好奇の目が痛い。
 ブルカ紛いのスカーフ姿が有名になってしまい、顔を隠して歩く方が目立つとは思わなかった。

 〈ネイセン伯爵様並びに薬師様です〉の声に扉を警護する騎士が合図をして扉が引き開けられた。
 大広間って程でもないが壁際に数十名の貴族が並び、背後に騎士達が険しい顔で並んでいる。
 ネイセン伯爵様に続いて入室すると、反対側の壁を聖布の一団と背後に聖騎士と呼ばれる騎士がずらりと並んでいる。

 此奴等と睨み合っているのかと思ったが、表情を読まれる心配が無いので横目で観察しつつ伯爵様の背後に立つ。
 伯爵様は跪き国王に挨拶をするが、俺は黙って立っているので貴族達の目が険しくなる。

 「薬師殿、此の度の依頼により多数の領民を助けてもらい感謝している。お約束の報酬は後ほど別室にてお渡ししたいが宜しいかな」

 黙って軽く一礼すると、レムリバード宰相が再び口を開く。

 「さて、態々此処までお出でいただいたのは他でもない、貴殿の治療中に起きた女神教大教主との事件に対してだ。女神教の教皇様より、其方を罪人として差し出せとの強固な申し出が在ったが、我々としてははやり病の治療を依頼したに過ぎない。冒険者の其方を罪もなく拘束は出来ないし、冒険者ギルドとの条約もある」

 「レムリバード宰相殿、何度申し上げればお判りいただけるのですか! その女は衆人環視の中で、女神教大教主を含む多数の者を死に至らしめたのですぞ」

 貴族達が立って居るのに、一人椅子にふんぞり返る男が喚き立てる。
 他国の国王の前で豪儀なことだ。

 「宰相閣下、其方で下品に騒ぎ立てるお方はどなたでしょうか?」

 小首を傾げて可愛く問いかけたが、判って貰えたかな。

 〈ブフッ〉って聞こえたのは正面の国王が口を押さえている。

 「無礼な! アリューシュ神教国、アリューシュ神教教団のオンデウス大教主様であられる!」

 「あっそ、ご丁寧な説明を有り難う。で、先程『女神教大教主を含む多数の者を死に至らしめた』と聞こえたけど?」

 「惚けるな! 多数の信者から目撃報告が来ているのだぞ」

 「それについてだが、彼女は何もしていないと警備兵から報告が来ているし、救護所に居た者達の証言も一致している」

 「では誰が多くの教会関係者を殺めたのですか、その女が精霊に命じてやらせた事ではないのか」
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