黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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049 精霊の怒り

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 精霊に痛めつけられても死なないと思っているのか、口々に喚き立て煩くて堪らない。
 治療の邪魔をされてむかっ腹が立ったので、きっちりお仕置きをすることにした。

 《“すいちゃん”、この男をずぶ濡れにしてあげてよ》

 《はーい。任せてぇぇ》

 気楽な返事と共に男が水に包まれて藻掻いている。
 身体の表面を水の膜で覆われた男が溺れる様を、室内で見るとは思わなかった。

 《しっかり濡れたからもう良いよ。次は“あいす”ね、身体の表面を凍らせて真っ白にしてあげて》

 《ふん!》

 一瞬で表面が凍り、その上を霜柱がびっしりと覆い真っ白になる。

 〈きゃあぁぁぁ、教主様が教主様が・・・〉

 〈其処の娘が精霊に命じたのか! 教主様に対する無礼は許さんぞ!〉

 教会に所属する騎士達が、血走った目で抜刀し怒鳴りつけてくる。

 「教会関係者ならこんな所で騒がず治療に専念しなさい。精霊を馬鹿にしている様ですが、彼等はアリューシュ様より遣わされしもの達ですよ。下がりなさい!」

 〈顔を隠しているが小娘の様だな。我がアリューシュ神教の教団に逆らうつもりか〉

 《皆、此奴等を此処から叩きだしてよ》

 《よっしゃーぁ》
 《あーん、私もやるー》
 《へーんだ、遅いぞー》

 雷撃,石つぶて,氷つぶてに炎と、様々な攻撃に襲われて逃げ出した教会関係者の後押しをする様に、強風が吹き一気に室内から外へ吹き飛ばしてしまった。

 〈ぎゃぁぁぁ〉〈たっ、助けてーぇぇ〉〈何をしている! 早く助げろ!〉
 表から様々な声が聞こえるが、遅れた治療を開始する。

 「隊長さん治療を始めるよ。此の事で教会から苦情が来たら、自分達は近づかない様に注意しただけだと言っておきなさい。全ては私と精霊のせいにして、惚けておけば宜しいです」

 “こがね”以外は姿を消した空間を見ながら、護衛隊長が頬をピクピクさせて頷いている。
 他の護衛達も、俺を見る目が一際教祖様を見る様な目に近づいている気がする。
 気にしたら負け! って言葉を思い出し治療に専念する。

 ・・・・・・

 本日二度目の伝令が駆け込んで来て報告した内容に、レムリバード宰相は理解に苦しむ事となった。

 曰く多数の精霊が現れた、精霊が魔法を使い教主や神父達を攻撃した。
 現れた精霊の数は6~7体、魔法を使う時だけ姿を現し直ぐに見えなくなる。
 ただ淡い金色の精霊のみ姿を消すことはなく、アキュラに付き従い治癒魔法を使っている。
 確認されている魔法は、治癒魔法,雷撃魔法,火魔法,水魔法,氷結魔法,土魔法,風魔法と多様なものだが、死者はいない。

 報告を受けて唖然としてしまった。
 使われている魔法の数だけで治癒魔法を含め七つ、淡い金色の精霊が姿を見せているのは治癒魔法を使う為だろう。
 他の精霊が魔法攻撃の時以外に姿を見せないのなら、何処に居るのかすら判らない事になる。
 もう一つ、此れだけの魔法が使える精霊を従えているのなら、転移,結界,空間収納を司る精霊も従えている可能性がある。

 精霊の加護、伝説どころの話しではない!
 アキュラを守って現れたのであれば、アキュラはアリューシュ神様の加護を受けた者と言う事になる。

 ネイセン伯爵の言葉に従い、敵対しなくて良かったと心から思った。
 同時に、アリューシュ神教国が乗り出して来るのは確実となったが、果たしてアキュラを御しきれるのだろうかとの思いも生まれる。

 ・・・・・・

 陽が落ち一日の治療を終えて王城に帰って来たアキュラを、レムリバード宰相とネイセン伯爵が迎える。
 言葉も交わさずネイセン伯爵の控えの間に入り、衣服を着替えて冒険者スタイルに戻る。

 「アキュラ殿・・・精霊を従えていると報告が有り、救護所周辺では大騒ぎになっております」
 「教会も人を出し、貴方を迎えようとした様ですね。明日は大変な事になると思いますが、治療を続けて貰えますか」

 「はやり病が沈静化するまで治療は続けます。救護所周辺に群衆を近づけないで下さい」

 「教会関係者はどうします」

 「今日と同じ様に、前に立ち塞がり言葉で制止するだけで良いですよ。その後のことは私が処理しますので、傍観していて下さい。彼等に近づかない様に注意した実績だけ有れば、貴方達は無関係を押し通せますから」

 それだけ伝え、ポーション製造現場まで迎えに来たランカンとアリシア達と共に森に帰った。

 「アキュラ、もう採取出来る薬草が無いぞ」

 帰る早々ガルム達からそう言われたが、当然だろう。
 王都の森全てを薬草畑にしても、必要な薬草が足りるとは思えない。
 各貴族から送られてくるポーションは症状の軽い者に与え、教会の聖父聖女や聖教父と聖教女がどれだけの治療出来るかだが、あの様子だと大した事は出来ていない様だ。
 後は王家や貴族が抱える治癒魔法使いと治癒師ギルドに頑張って貰わねばならない。
 手に負えない重病者は、俺と“こがね”で手分けして治すしかないがそれも限りがある。

 早朝王城に行き薬師部門のポーション制作現場に出向き、出来上がっているポーションの品質鑑定をする。
 まぁまぁ満足できる物で一安心だが、皆疲労の色が濃い。
 体力回復ポーションを飲ませ、全員に食事と睡眠を命じる。

 「ですが今は、一本でも多くのポーションを必要としているのではないのですか」

 「間違えないで下さい、教会の聖父や聖女が幾ら頑張って治癒魔法を使っても、重病人を数十人も治せないと聞いています。ましてや聖教父や聖教女には無理です。一度に数百人を治せるのは貴方達が作るポーションだが、貴方達が倒れたらそれも出来なくなる。休むときには休み、万全の体制で良質なポーションを提供して下さい。どうせもうすぐ薬草が無くなるので、それ以後は体力回復ポーションを作り風邪の回復ポーションと併用するしかないでしょう」

 ランカンとアリシアに夕方迎えに来る様に頼むと、ネイセン伯爵様の控え室に向かう。
 ネイセン伯爵様の控え室には、今日もレムリバード宰相が待っていた。

 「アキュラ殿、重病者を優先的に救護所に集めております。貴方には誰も近づけるなと厳命しておりますが・・・」

 「教会関係者は此方で処理しますので、お気になさらずに」

 宰相と伯爵様から深々と頭を下げられ、治療の為に用意された馬車に乗り込む。
 今日は50騎近い警備隊の護衛に守られて救護所に向かうと、救護所を取り囲む様に兵が配置されている。

 護衛に守られて救護所の中に入ると、ずらりと並ぶベッドに力なく横たわる病人と付き添う人々が一斉に俺を注視する。
 “こがね”と二人で治癒魔法を使いながら通路を歩くと、小さな響めきが起きるが誰も近寄って来ない。

 相当護衛の兵達に脅された様で、前日ほどの騒ぎにならないので助かる。
 多い所で200床以上、少ない所でも50床程度の救護所を巡り治療を施していくが、陽も高くなり始めた頃に騒ぎが起きた。

 〈道を開けよ! 大教主様のお越しだ! 精霊を従えた薬師が此処に居るはずだ、差し出せ!〉

 教会の騎士達が、重病人の横たわる場所へ喚きながら乱入してきた。

 〈その方か、精霊を従えている者は?〉

 そう喚きながら、俺の傍らに浮かぶ“こがね”をマジマジと見つめる。

 「此処がどんな場所か理解出来ないのですか、治療の邪魔だから出て行って下さい」

 「そんな事は聖父や聖女に任せておけ! 大教主様がお前に会いに来られたのだ、お出迎えせよ!」

 上から目線の傍若無人な言葉に腹が立ち怒鳴りつけようとしたら、聖衣の集団が救護所に入って来た。
 アッシドが来ていたのと同じ様な、キンキラリンな刺繍に見覚えが有る。

 ベッドが並ぶ狭い通路を、病人を無視して悠然と歩き俺の前に立つ。

 〈大教主様であられる、跪け!!!〉

 「重病人が横たわる側で喚かないようにね。大教主なんてふんぞり返ってないで、病人の治療をしなさいよ。日頃アリューシュ様の名を騙り、喜捨をたっぷり集めているのでしょう。こんな時にこそ、アリューシュ様の名の下に全力で信者の治療をしなさい、そうすれば教会への感謝の声も上がりますよ」

 〈大教主様になんと不遜な言葉を、ひれ伏して謝罪せよ!〉

 「よいよい、精霊を従えて舞い上がっておるのであろう。アリューシュ様への信心が足りないようだな。お前の治癒魔法の腕と、精霊を使った治療を見せてみよ」

 「邪魔だから消えなさい。これ以上治療の邪魔をするのなら容赦はしませんよ」

 「聞いておるぞ、魔法を使う精霊が多数居るとな。所詮小さな精霊如きが攻撃してきても、我々に叩き潰されて消えることになる。余計な事をせずに、教会の傘下に加わり聖女として祈りの日々を送れ」

 〈薬師風情が精霊を使って攻撃しても、丸腰の者を傷付けるのが精一杯であろう。来い!〉

 俺の腕を掴もうとした手が、一瞬で炎に包まれる。

 〈糞ッ、この程度の炎なんぞ簡単に・・・あっあああ、焼けるぅぅ。ぎゃあぁぁぁ〉

 腕を振り回しジタバタと暴れる騎士の周囲に、風が巻き起こり騎士の身体を浮かせると救護所の外に放り出した。

 〈なっ・・・ななな〉

 「黙って出て行きなさい。二度と私に近づかない様に、然もなくば後の保証はしませんよ」

 〈叩き潰せ! 叩き潰して儂の前に跪かせろ!〉

 ほう、アッシドと変わらぬ屑の様で遠慮の必要は無さそうだ。

 《“あいす”此の馬鹿をカチカチに凍らせてやって》

 《良いのー》

 《良いよ、生きてる価値も無い奴だし》

 そう言った瞬間、《フン!》と聞こえて、キンキラリンな聖布を着た氷像が出来上がり顔や手が霜に覆われて白くなる。
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