黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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046 薬師達

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 ネイセン伯爵邸の一室にはレムリバード宰相と護衛の騎士達の他に、先日の薬師達に従者の如く付き従っていた者と同じ服装の者が10名。

 「アキュラ殿、人選を誤り申し訳ない。王国では貴族達にはやり病のポーションを作りを命じていたのだが、全然数が足りないのです。貴方一人で一度に2000本のポーションを作れるのなら、貴方の指示に従ってポーション作りを手伝う者がいれば、倍増出来ると思いましてね。後ろに控える者達を使って、生産量を増やして貰えないだろうか」

 「幾つか条件が在ります。先ず手伝って貰う為の設備が無いので、王城の薬師達が使っている設備を自由に使わせて貰いたいのが一つ。次ぎに誰にも妨害されたくないので、不要と思った人員を現場や後方から即座に隔離して貰う。それと俺の仕事を手伝って貰っている6人だが、また衛兵と一悶着寸前になった。王城でのポーション制作をするのなら彼等も出入りすることになるが、誰からも妨害を受ける事の無い通行証を渡して貰う。通行証は貴族街に出入りするのにも必要だから、彼等を解雇するまで有効な物が欲しい」

 「承知した、直ぐに手続きをさせるよ。彼等は何をすれば良い」

 「帰ってポーション制作の作業場の掃除と、使用する全ての器具を蒸留水で洗浄して綺麗にしておいて下さい。貴方の部下を一人付けて、彼等の上司や同僚からの妨害行為を阻止して下さい」

 「判った、君達が王城に到着しだい直ぐにポーションを作れる様に準備させておくよ」

 明日の朝全員で王城に行きますと伝えて森に帰ったが、ドツボに嵌まっていく様な気がしてならない。

 ・・・・・・

 2台の馬車を連ねて王城に行ったが、通用門は出仕する者達で溢れている。
 漸く衛兵の所に辿り着き、身分証を見せたが話が通じない。
 面倒だがレムリバード宰相に連絡をさせて迎えを寄越させたが、のんびりやって来たのは『クリフォード伯爵家に繋がる血筋にて』と言いかけた男。

 「アキュラ殿でしたな。王城正門にてお待ちしておりましたのに、何故通用門などに来られました」

 「それは申し訳ない。宰相様からは正門より来いと言われませんでしかたらね。ご案内願えますか」

 「それではお連れの方々の身元確認をさせて頂きますので、暫しお待ち下さい」

 「お前は何も聞いて居ないのか? それとも規則を楯に、のんびりと仕事をするつもりなのかは知らないが、相応の覚悟を持って来ているんだろうな」

 「何を言われます。アキュラ様には万全の体勢でお仕えする様に申し使っております。さすれば遺漏なき様にする為にも、お供の方々の身分もはっきりさせなければ」

 「もう良い、黙れ!」

 衛兵を呼び寄せ、レムリバード宰相に俺が通用門で待っていると伝えに行かせた。

 「私の対応の何がご不満でしょうか、何も宰相閣下に連絡などと大袈裟な」

 「声が震えているぞ。昨日の話では万全の用意をして、俺が到着すれば直ぐにポーション制作に取りかかれる様にと決められている。お前の様なのんびりした状態では無いのでな、宰相が来れば判る事だ」

 「宰相閣下が来られるので在れば、私は此れで失礼します」

 顔色を変え冷や汗を流しながら背を向ける男に、足払いを掛けて転ばせる。

 「ゆっくりして行けよ。どうせ顔も名前も知られているんだ」

 「お許し下さい。上司に命じられてやむなく此の様な事に・・・」

 「それはじっくりと調べてもらうから安心して待っていろ」

 不穏な空気に警備兵達が遠巻きに俺達を見ているが、俺の身分証を見ているので声を掛けて来ない。
 ランカン達が興味津々で見ているが、貴族街入り口の事もあるので黙っている。

 急ぎ足でやって来たレムリバード宰相は、薬師の男と俺を見比べて何事かと訪ねて来た。

 「宰相閣下、私を王城の正門で待つ様に指示しましたか」

 「否、賓客と貴族以外が正門からくるはずがない。通用門に来るので身分証を確認すれば、直ぐに薬師の作業場に案内する様に命じていたが・・・」

 「もう一つ、お願いしていた身分証はどうなりましたか。この男の言うには、彼等の身分確認をすると言い出してますが」

 震えている男を指差して訪ねたが、返事は男の者とは全然違う。

 「薬師長に渡し、即座に案内する様に命じていたが・・・伝わっていない様だな」

 「では約束通り、この男は排除して下さい。弁明では上司の指示と言っていましたので、しっかり調べて下さいね」

 「お前、上司の指示だと言うのなら彼等の身分証はどうした」

 「知りません、本当です。薬師長様の所に連れて来いと言われております。その・・・ゆっくりで良いと」

 宰相の顔が不機嫌そのものになり、警備兵に取調室に連行して見張っていろと命じる。
 警備兵数名について来いと命じると、俺に頭を下げて自ら薬師達の所に案内してくれたが、出迎えた薬師長の顔が一瞬で青く変わった。

 「私はお前に何と命じたか、忘れた訳では在るまいな」

 「申し訳在りません。身分証を渡すのを忘れておりまして・・・」

 慌てて机の引き出しから取り出して差し出したが、「そうか、迎えに出た者はお前の指示だと申し開きをしていたが」との声に返事も出来ず固まっている。

 身分証を取り上げて俺に差し出し「通達が徹底できていなくて済まない」と謝る。

 「この調子でいきますと、王国の未来は限りなく暗いですね」

 「判っている。ポーションの備蓄を命じても、何もしていなかった奴等共々徹底的に締め上げてやる!」

 震える薬師長に、選抜した10名の待つ部屋に案内させた後、連れてきた警備兵に命じて取り調べの為に連行させた。
 それを薬師部門に勤める多数の者が目撃し、徒ならぬ気配に震えている。

 「お前達に改めて言っておく。此処に居るアキュラ殿は薬師エブリネ殿の直弟子で、今回のはやり病のポーション制作を依頼している。彼女と彼女の部下の方々の指示には無条件で従え! 不服従や遅延工作等をすれば即刻取り調べと投獄を覚悟しておけ。尚此処での事は一切口外禁止だと肝に銘じておけ!」

 バッチリ脅し、俺に「頼みます」と頭を下げて帰って行った。
 受け取った身分証をそれぞれに渡し、血を一滴落とさせて確認させる。
 資格は宰相直属の官吏との事で城内を一人歩き出来るが、迷子にならない様にと言われてしまった。

 バンズとボルヘンは森に帰って薬草の植え付けを頼み、メリンダとガルムの夫婦は薬草の採取と運搬等の雑用を頼む。
 ランカンとアリシアの夫婦は、俺の護衛兼二輪馬車の御者と役割分担。
 侍従の案内で四人が帰って行くと、本格的なポーション作りの準備に取りかかる。

 先ず用意されている容器の鑑定から始め、不要な薬草のエキスが残っていなか確認する。
 フラスコやビーカーに似た容器6点程を、洗い直しを命じる。
 攪拌用のガラス棒は良いが、ガラス管は洗浄不良が殆どで此れは全品洗い直し。

 「鑑定を使って、不純物や他の薬草のエキスが残っていないか確認して下さい」

 そう言いながらマジックバッグから各種の濃縮液のビンを並べて行く。
 手すきの者には並べた濃縮液を鑑定させ、濃度を覚えて貰う。
 解熱,鎮痛,整腸と魔力水、今回は疲労体力回復も含めて一本のポーションにする予定。

 〈何て濃縮されたエキスだ〉
 〈それに純度が高いぞ〉
 〈どうすれば此れほど高濃度のエキスを作れるんだ〉
 〈ただの風邪薬に、此れほどの高品位の物を使うのか?〉

 「言っておくが、唯の風邪じゃないぞ。皆も知っている様に高熱を発し身体の痛みを訴え死亡率も高い。風邪薬で治るのは初期症状で体力があるうちだけだ。重病化すれば死亡率が格段に上がる。此処で作るポーションを基準に、各地の貴族から送られてくるポーションを鑑定して貰うから、よく覚えておけよ。ふざけた物を送ってくる貴族達は、薬師長と同じ目に合わせてやるのだから」

 「何故此れほどの物が大量に必要なんですか?」

 「はやり病のせいで、王都で何が起きているか知っているか」

 俺が何を言い出したのか判らず、顔を見合わせて首を捻っている。

 「王城で生活していれば判らないだろうが、はやり病の為に王都と周辺領地との往来が少なくなっている。此れは食糧や生活雑貨などの流通が止まり始めている証拠だ。誰もはやり病を患って死にたくないからな。そうなると次は王都が機能しなくなり、王家の力が弱まる。そうなると王家の通達を無視する貴族が出て来る可能性がある。貴族が従わなくなれば、隣国も弱った王国を黙って見てはいない。行き着く先はエメンタイル王国の弱体化や、他国に蹂躙されて消滅だな」

 〈そんな馬鹿な!〉
 〈余りにも飛躍したお考えではないですか?〉

 「薬師をしているのなら、はやり病の恐ろしさは知っているはずだ。今回は風邪薬が有効だが、そうでなければ、町の人口が半減することくらい知っているはずだ。王家と言えども力で貴族を従えている、その力が半減したら背く輩が出て来るのは当然だ。特に国境沿いの貴族は、隣国と隣接する味方両方から攻撃を受ける公算が高くなる。国が荒れるのは戦ばかりじゃないぞ、そうなればお前達の生活も危うくなる」

 「アキュラ殿の言われるとおりだ。ランバート領ボルヘンの街は、はやり病でボロボロだったんだ。何とか抑えたが、時間をおいて王都に飛び火してしまった。此れが各地に蔓延したらアキュラ殿の言われた最悪の事態が起きる可能性が高い。そうなれば君達の家族だけが無事とは限るまい」

 何時の間にか来ていた宰相にそう言われて、初めて事の重大性を理解した様だ。
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