黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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045 精霊と風の翼

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 ガルムとバンズに、保存している薬草の苗を出して貰う。
 ライトの明かりに浮かぶ薬草の上で、精霊が数回くるくると水平に回り数回上下して苗の上で動きが止まる。

 「苗の上で数回回って、2,3度上下して止まったら、この場所の此れって意味ね」

 そう言ってバンズの持つ苗入れの、妖精が止まっている物を持たせる。
 するとバンズの目の前で縦に数回くるくると回り、スイーっと飛び始めた。

 「バンズ、付いて来いってさ。目の前でくるくる回れば付いて来いって意味だから、飛び始めたら後を付いて行って」

 バンズが目をいっぱいに見開いて、ふらふらと精霊の後を付いて行く。
 皆が興味津々でそれを見ているが、誰も声を発しない。
 と、いきなり躓いて前のめりに倒れ込むバンズ。
 足下くらい見ろよ、皆の緊張が一気にほぐれて笑い出す。
 照れ笑いをしながら立ち上がったバンズの目の前で、精霊がくるくる回っている。

 「バンズ、何年冒険者をしてるのよ。こんな安全な森で躓くなんて、耄碌したのかい」

 「てやんでい! 下なんて見ている余裕なんて有るかよ!」

 精霊に導かれ、苗を植える場所に来ると又水平に回り出し、バンズも馴れてきたのか落ち着いて指定の場所に植えている。

 「アキュラが苗を植える場所をあれこれ決めていたのは、此奴等に教わっていたのか」

 「当然だよ。俺は薬草栽培の経験なんて無いもの、教えて貰わなきゃどうにもならないからね。明日は精霊樹の周辺に移植するけど、俺はポーションを作るから任せたよ」

 「橋は見える様にしておいてくれよ」
 「ねぇ、この精霊って昼間でも見えるの?」

 「見えるよ、だけど見えるのが当たり前じゃないからね。此れだけはっきり見えていても、他の人には真っ暗な森だから。他人にペラペラ喋ったら、頭が可笑しいって思われるから気を付けなよ」

 「そりゃそうだ。今の今まで精霊や精霊樹って、お伽噺だと思っていたからなぁ」
 「そうね、話せばどんな反応をされるのかはよく判るわ」

 橋を渡って振り返ったメリンダが感嘆の声を上げる。
 皆も振り返り、精霊樹の周辺を乱舞する精霊を見ている。

 「アキュラって、夜の散歩で何時もこんな物を見ていたのね」

 「この森の中ならあちこちに居るよ。普通は樹の周辺や、薬草畑辺りまでしか出歩かないけど」

 「ねぇ、この少し光る子がついて来るんだけど」

 「ん、アリシアって雷撃魔法を授かっていたよね。多分雷撃の妖精で懐かれたね」

 「なに、それ。羨ましいなぁ」

 「メリンダにだってついてきてるよ。頭の上に止まってるよ、目の前でうろちょろされたら羽虫の様で目障りだろう」

 「アリシア、おめえの頭に居る奴は回りはぼんやりしているけど、透きとおった感じだぞ」

 「じゃあ多分氷結魔法の精霊だよ。メリンダが氷結魔法を使うときに手伝ってくれるかもね」

 「魔法使いは良いねぇ~」

 「なに言ってんのよ、あんた達にもついて来てるわよ」

 「でも、こんなにちっちゃくってぽよんとしたのが精霊とは知らなかったわ」

 「ようようアキュラ、これってお伽噺の精霊の加護がついたって事か?」

 「ん~、ちょっと違うね。どちらかと言えば懐かれた方かな。見えるからって、精霊の加護がついてるとは言わないらしいからね。極悪非道な奴にも、精霊がついていたりするって聞いたよ」

 「なに、それっ。ちょっと幻滅だわ」
 「ところで、アキュラについている精霊はどうなってるの」
 「そうだよな、何だよその数は」
 「それに、私達について来たのより一回り大きいのが沢山居るわよ」
 「色もそれぞれ違うし、どうなってんの」

 「此れが、所謂精霊の加護だってさ。ヤラセンの長老はそう言ってたよ」

 立てた指先に止まる精霊を見ながら、口止めだけはしておく。

 「多分、ネイセン伯爵は知ってそうだけど口外禁止だよ」

 「言わない言わない。口にすればどんな顔をされるのか判っているから」

 ・・・・・・

 「ネイセン伯爵殿、薬草を貰いに行った者達が分けて貰えなかったと言って帰ってきたのだが」

 「レムリバード宰相、アキュラが彼等の前に薬草を出したのですが、薬師達の責任者が少ないと言い出しまして。アキュラが渡した分量では、ポーション400本程度しか作れないと。『必要なポーションを2,000本以上作れる薬草で400本しか作れない奴に、分け与える薬草なんて無い』そう言って薬草を渡さず、ポーション作りに専念するからと、治療は断られました。あの責任者の男が言っていましたが、蒸留水を使えば400本程度しか作れないのでしょう。アキュラはその為に魔力水を渡したのだと思いますが『魔力水・・・たかだか風邪のポーションを作る為だけに、こんな貴重なものは使えません!』と断言されました。優先順位が判っていない者に、貴重な薬草を渡してもね」

 「なんとまぁ、この緊急時に」

 「ポーションの供給を増やす為の提案が在るのですが」

 「何なりと言って貰えれば有り難いです」

 「アキュラの手伝いに薬師を派遣して貰えませんか、名目はアキュラの助手としてです。大量にポーションが欲しいので、手足の如く使って作り方を指示してくれと頼めば・・・。受け取りに来た者の様な『伯爵家に繋がる血筋にて』などと寝言を言わない、頭の柔軟な者をです」

 それを聞いたレムリバード宰相が、顔を手で覆って呻いた。

 「薬師エブリネに師事したくとも適わぬ者は山程居ます。彼女の直弟子にて、エブリネを越えるで在ろう薬師の手足となる事は、王家にも手足となる者にも良い結果をもたらすと思います」

 レムリバード宰相はネイセン伯爵の言葉を聞き、伯爵に向かって深々と頭を下げアキュラに打診してくれと頼み急ぎ王城へと帰って行った。

 レムリバード宰相を見送ると伯爵は馬車の用意をさせてアキュラの居る森に向かった。

 ・・・・・・

 レムリバード宰相は執務室に戻ると、補佐官に薬師部門の薬師長を呼び出せと命じる。
 頭の柔軟な者、薬草受け取りに行った者の様な、家柄や血筋に拘る者の排除方法の検討を始める。
 やって来た薬師長に、薬師として資格の有る者で各部門の長以外の者を一同に集めろと指示する。
 例え雑用係でも、薬師の資格を持つなら連れて来いと念押しを忘れない。

 会議室に集められた40数名の薬師達は、離ればなれに座らされ一枚の用紙を渡され説明を受ける。
 一つ、此れから書いて貰うことは、私と補佐官以外が見ることは出来ない。
 二つ、薬師部門の者全てを対象に、役職や家柄血筋に拘らない者の名を書け。
 三つ、ポーションの製造に関し、自分より腕の良い者や研究熱心と思われる者の名を書け。
 四つ、現在の薬師部門の組織やポーションの製造に関し、改革する案が在る者は組織か製造、または両方を書け。

 そう言われて皆ビックリしていたが、さっさと書けと言われてそれぞれの思いを書き始めた。
 中には隣の者が気になるのか様子を窺うと、厳しい叱責と名前を尋ねられたので、王家が本気で薬師部門に手を入れるつもりだと判った。
 皆が書き終わったのを見計らい、最後に自分の名を書いて用紙を伏せて帰る様に指示された。

 集められた時よりも不安げな一団が、小声であれこれと話しながら帰る。
 集められた用紙は直ぐに宰相のもとに運ばれたが、それを読む宰相の顔は苦々し気である。
 最期に書かれている改革案には、家柄血縁の縁故採用による不満で溢れていた。

 組織改革より先に遣らねばならない事が在る、補佐官と手分けしてポーション制作に優れていると認められている者を選出する。
 集められた用紙を頼りに半数を選び出し、その中から血筋や家柄に拘らない者10名を助手として差し出す事にした。

 後はネイセン伯爵がアキュラを説得出来れば、ポーションの製造が倍になる。

 ・・・・・・

 レムリバード宰相を送り出した後、直ぐにアキュラが王都の森と呼ぶ場所に出向いた。

 《誰か来たよ》
 《入り口の前に止まった》
 《子供達が騒いでいるよ》

 「ねえアキュラ・・・ちっこい精霊が又目の前でくるくる回っているんだけど」

 森の中、と言うか敷地内を飛んでいる精霊が三々五々飛んできて目の前でくるくる回ってついて来いの合図をしている。

 「ついて行ってみなよ、多分お客さんだよ」

 「へっ・・・こいつ、門番の代わりもしてくれるのか?」

 「この敷地内を守っているからね」

 「このちっちゃい子達が?」

 「また後で話すよ」

 様子を見に行ったボルヘンが帰って来て、伯爵様が来ていると教えてくれた。

 「度々済まないね。実はポーションが足りないし君一人で作るにも限界があると思い、勝手ながら君の手伝いを用意したんだ。私の屋敷の一室を使い、彼等を指導してポーションを増産して貰いたい。これ以上はやり病が広がると、収拾がつかなくなる恐れがあるんだ」

 確かに、王国と言えども王家の力により国家を維持している。
 王国の根幹をなす王都が機能不全に陥れば、辺境は他国の侵略を受ける恐れが出て来る。
 それを阻止出来なければ貴族の離反も考えられるし、俺や王家に恨みを持つ者も大勢居るのでその確率も高い。

 ネイセン伯爵様の領地だけが安泰って事はないので、俺の生活が潰れて一からのやり直しになる。
 一番の問題は王都の森、精霊樹の事で見捨てる訳にはいかない。
 王家に山程恩を売っておき、何れ利子を付けてがっぽり返して貰うのも悪くはない。

 〔死なない程度に、のんべんだらりんと生きて行く〕って俺の生活目標達成の為にも、此処は協力するべきだろう。
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