黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

文字の大きさ
上 下
29 / 100

029 伝授

しおりを挟む
 ガルムの希望で俺の探索方法を教える事になったが、アリシアとボルヘンも探索スキル持ちなので俺を囲んで真剣に聞いている。

 「俺の探索は二つの方法を使い分けているんだ。一つは積極的に探索範囲を広げる方法だな、もう一つは自分の気配を消して周囲の変化を探る方法だ。ガルムは斥候として、探索スキルを常に使っていると思うけどどうやって探っているの」

 「どうやってと言われてもなあ、冒険者をやっている間に周囲を観察し音や匂い気配等を組み合わせて覚えたものだ。何時の間にか探索スキルが身についたからなぁ。槍や剣とか弓も練習していれば、伸びる奴は自然とスキルとして身につくだろう」
 「そうね、私もそうやって身につけたけど、ガルムほどには察知出来ないわね」

 「それは常に斥候として、探索スキルを使っている者との差だろうな。アリシアだって、常に斥候をしていれば伸びると思うよ」

 スープ皿を取り出して水を張り、中央に小さな木の実を一つ置く。
 木の実をガルムと説明して皿の縁を軽く叩くと、叩いた場所から木の実に向かって波紋が伸びる。

 「波紋がガルムの言った音や匂い気配等だ、この方法は相手に自分の位置を気付かれにくいが広範囲は探れない。俺が常に使っている方法は積極的な索敵方だな」

 スープ皿から木の実を取り出し、付いていた水滴を落とすと波紋が広がっていく。

 「広がる波紋に当たると、小さな波紋が返ってくる。それを観察して位置を探るのが俺のやり方だ」

 「その落とす水滴って何なの?」

 「極端な言い方をすれば、石ころかな。何かが居るけど何処に潜んで居るのか判らない、そんな時には石を投げて音を出すだろう」

 「理屈は判るけど・・・」
 「何処に何が居るのかも判らないのに石を投げれば、自分の居場所を教える事にならないの」

 「だから水面に落とした波紋を見て、反射が無いか探すんだよ。水面に落ちた一滴の水の波紋なんて誰も気にしないからね。広い池を想像して一滴垂らして広がる波紋が何かに当たるのを見ていれば良いよ。出来るかどうかは、その人の能力次第ってのはそう言うことね。探査スキルで周囲からの音や匂いも、波紋だと思って見る練習も良いかもね」

 食後三人が其れ其れの場所で、物思いにふける様に周囲を探る練習を始めた。
 翌日からは俺が先頭になり、それぞれが2メートル間隔で歩き野獣の居ない場所を選んで奥へ奥へと向かった。
 ガルム,アリシア,ボルヘンの三人が、後に続きながら探索の練習をする。
 5日目にアリシアが根を上げたが、ガルムとボルヘンも似た様な状況だ。

 「駄目だわ、何にも感じないわ」
 「俺も何も気配も感じなかったな。でも元のやり方をしたら遠くに気配を感じたから居るには居るんだよな」
 「でも、アキュラがさくさく歩くから、気配を感じる暇が無いってのもあるかもな」

 「野獣の居ない場所を選んで、通っているからだと思うよ」

 「どおりでこんな森の奥に居ても、野獣の気配が無いのはおかしいと思っていたんだ」

 「暫く此処で野営をするから、残って練習をしててよ。ガルムとボルヘンは俺が指定する薬草の移植準備を頼むよ」

 俺が此の世界に来た場所より少し奥、この周辺には結構薬草が生えているので、四人をバリアの中に残して薬草採取に出る事にする。
 それに7人で行動するよりも3人の方が身軽に動ける。

 魔力草の茎を切り、採取用のビンを設置してから周辺の薬草を指定して移植の準備をし、次ぎに移動する。
 同じ薬草を10株単位で採取するが、5月の森の中は未だ寒くて薬草の生育が遅い。
 目的の薬草を探索スキルで位置確認して行っても、ガルムやボルヘンには小さくて見付けるのが大変そうだ。

 狭い地域で集中して採取作業をしていると、野獣との遭遇率がぐっと上がる。
 グレイトバッファローがバリアと喧嘩し、ファングタイガーがバリアの側で涎を垂らして二人を見ているので、冷や汗を流している。
 採取現場はバリアで囲っているので問題ないが、ガルムやボルヘンには刺激が強すぎる様だ。
 俺は近寄ってくる野獣を追い払う役を担当し、首輪をプレゼントして死なない程度に締め上げる。

 ビックリして暴れ出すとキャンセルして放置、引き返して来たら足にリングを嵌めて締め上げ逃げ出すまでゆっくりと締め続ける。
 それを2,3度続ければ大抵の野獣は去って行く。
 それも段々面倒になってきたので、ウニの様にバリアから棘を生やして突き刺す事にした。
 此れをやると一発で逃げ出し近寄って来ない、討伐する気が無いので此れくらいで放置だ。

 ガルムとボルヘンからその話を聞いたランカン達は、呆れてしまい俺を見る目が冷たくなった気がする。
 もっとも俺達がベースに帰ると、今日はグレイベアが来ただのラッシュウルフの群れに囲まれて凄かっただのと報告される毎日だった。

 3日おきにベースキャンプを移動させ、四回目の移動から二日目にアリシアが興奮して「出来たわっ」と言ってきた。
 今までの探索より探知範囲が広く、多数の動きが把握できると大喜びだ。

 「アキュラが帰って来る時に、左側に野獣の気配が有ったでしょう。どうするのか見ていたら、貴方達少し左に進路をずらしたわね。あっ、私から見て左・・・貴方達は右に進路をずらして躱したでしょう」

 「お目出度う。そこ迄判れば、此れからの行動が楽になるよ」

 「今までの探索範囲の、倍近い範囲が判る気がするわ」

 「俺ももっと真剣に練習しなくっちゃな」
 「くそー、アリシアに先を越されたか」

 「明日からはアリシアも同行ね。歩きながらそれが出来たら一人前だよ」

 その日の夕食後アリシアはガルムとボルヘンに捕まり、探索成功の秘訣などを根掘り葉掘り聞かれて、悲鳴を上げていた。
 終いには「あんた達しつこい!」と怒りだして質問攻めは終わった。

 「魔法の練習成果は出ているの?」

 「私は探索の練習に掛かりっきりだったから、全然進歩無しね」
 「私もたいして進歩無し、氷が沢山出来る様にはなったけどね。風魔法なんてどうしろと言うのよ」

 〈でも夏場はメリンダ居てくれるから、涼しくて助かってるわよ〉
 〈あんた、それ嫌味かな。今晩から酒の氷は無しね〉
 〈アーン、メリンダお姉様ぁぁぁ〉
 〈若さをアッピールするには、ちょーっと無理のある年齢よ〉
 〈ええぇー、私ってメリンダより三つも若いしぃ~〉

 「お婆ちゃん同士の不毛な争いだねぇ~」

 「アキュラちゃん、今夜もお婆ちゃんと一緒に寝る♪」
 「そうね、アキュラにリフレッシュをして貰い、サラサラしっとりで仲良く寝ましょうか」

 「いえいえ、二人に挟まれて寝たら窒息しそうだから一人で寝ます」

 20日以上寝食を共にして馴れてしまい、娘は結婚し孫は大きくなってしまい寂しいから、娘か孫代わりにしてくる。
 アリシアは確か80を越えたばかりで娘も40過ぎの筈、と考えていたら顔に出たのか睨まれた。

 人族でも80~100才は生きるし、魔力の大きい者は長生きの傾向がある。
 獣人族やハーフ,クォーターの者達も長生きで50才前後から結婚する者も多いらしいが子供は少ない。
 人族が20才前後で子供を産み、多産なのと違い自然がバランスを取っている様だ。

 そんな事より俺を玩具にするのは止めて欲しい、真面目に魔法の練習をしやがれ!

 ・・・・・・

 アリシアが斥候役で先頭になり、ガルムも一応索敵のコツを掴んだが歩きながらの探索はまだ無理。
 ボルヘンは匙を投げたが、パッシブの能力が向上して以前より3,4割精度と探知範囲が広がったと教えてくれた。
 広げた波紋の観察が今までの探索に役立ち、相手の発する様々な兆候を感じ取る能力が上がった結果だろう。

 ハランドの街まで後5日くらいだろうと足取りも軽く先導していたが、いきなり足が止まった。
 合図は人間,多数,戦闘中と物騒なもの、皆の顔に緊張が走る。
 俺もパッシブ探査を掛けると10数人が、入り乱れての争いの様で正確な数が判らない。

 「どうするランカン、助けるか迂回して知らぬ顔を決め込むか」

 「俺はリーダーだが、雇い主はアキュラだからなぁ。アキュラはどうしたい?」

 「10数人入り乱れて争っているが、此れってどんな状況なんだろう」

 「10数人か、パーティー同士の喧嘩か、それとも・・・」

 「ゴメン、争っているのが10数人で倒れているのが4,5人いる様だね」

 「それなら余計不味いぞ、相手が盗賊の恐れがあるな」

 片方が盗賊なら放置して被害が増えるのは後味が悪い、全員にシールドを掛けて助けに行く事にした。

 「行ってみて盗賊なら討伐する。全員にシールド・・・身体の表面に結界魔法を掛けているから怪我の心配は無いよ。但し吹っ飛ばされたりはするけどね」

 そう言って剣で全員の腕をコンコンと叩き、斬れない事を教えておく。

 〈へぇー此れが結界なの〉
 〈何時ものとは違うのね〉

 「感想は後ね、取り敢えず現場に踏み込もう。状況判断はランカンに任せるよ。盗賊なら討伐、出来れば生け捕りだね」

 「良し、行くぞ!」

 ランカンが先頭で、その後ろでアリシアが方向を教える。
 金属の打ち合う音も少なくなっていたが、誰も逃げ出した様子は無い。

 〈誰だ! おめえ達は!〉

 〈助けてくれ、奴隷狩りの奴等だ〉

 〈獲物が増えるのは歓迎だぜ、やっちまえ!〉

 「全員の足を拘束するから、武器を取り上げて!」

 〈馬鹿が寝言を言って・・・なっ、何だ〉
 〈足が、動かねぇ〉
 〈糞ッ、魔法使いか! 小娘を殺れ!〉
 〈糞ガキがぁぁ、アッ・・・あ、足が〉
 〈不味い、逃げっ〉

 誰が逃がすか、逃げ出した奴はアリシアが矢を打ち込んでいる。
しおりを挟む
感想 97

あなたにおすすめの小説

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...