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068 ボンボン

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 王都から返事を持って帰ってきた騎士達は、主人に対する態度で王家からの書簡をエディに手渡す。
 受け取った書状には代官を送るまでの間、ヘインズ侯爵邸にて騒動が起きない様に監視をお願いしたいと、国王直筆で書かれていた。
 別紙にヘインズ侯爵は降格処分のうえ蟄居を命じ、嫡男に伯爵家を継がせる事にした。
 嫡男成人まで統治は代官を派遣しやらせるので、引き渡す迄の間代官を自由に使ってくれと書いてある。

 《王様も抜け目がなさそうだな、お前に此の地を治めろと言っているのと同じだぞ》

 肩越しに書状を読みクロウが言ってくる。

 《確かにな、代官か後継者か何方に引き渡すと書いてない》

 《そうすれば俺とお前の首に鈴を付けられると思っているのかな》

 《敵対関係から協力関係くらいは狙ってそうだな。アイリが居るから無茶はしないだろうと思ってそうだけどな。そろそろ王都にも行く時期だぞ》

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ヘルド達が回復した時マジックポーチの肥やしになっているお財布ポーチに、革袋二つ金貨200枚を怪我の見舞金として夫々に渡した。
 多すぎると辞退する三人に、侯爵殿からの詫び料と俺の治癒魔法の口止め料だと言って押しつける。

 「エディさんには何時も稼がせてもらっていますが、今回は特別ですね」
 「今度ばかりは死ぬかと思いましたよ」
 「でも治癒魔法まで使えるなんて凄いですねー」

 「イクル、其れは忘れてくれ」

 「判っています。此の部屋を出たら忘れます」

 体力の回復に不安があるので侯爵家の使用人用馬車を借り、三人をフルンに送り返した。
 さっさと送り返さないと、カラカス宰相が後始末の人間を送ってくるはずで、王家役人との遣り取りを見られたくなかった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 12月も半ばになって代官や補佐の者に王都騎士団300名が到着した。
 到着した代官は出迎えの侯爵に挨拶をせず、俺の前に立ち丁寧に頭を下げた。

 「エディ様国王陛下の名代として参上いたしました。陛下の命をヘインズ侯爵に伝える、立会人をお願い致します」

 国王名代と聞き、突きつけられた書状の紋章を見て侯爵が跪く。

 「エラート・ヘインズ侯爵、領地に対する統治不行き届きに対し、伯爵に降格し蟄居を命じる。なお後継者が成人し領地を治める事が可能になるまでの間、代官をもってアランド地方を統治させる。ヘラルドン王国国王ナルデス・ヘラルドン」

 その言葉に呆然とする侯爵を立ち上がらせ、自室に連行していく王都騎士団の者達。
 蟄居って実質軟禁だよな。

 「エディ様、陛下より貴方様の指示に従えと命を受けています」

 「俺は此の地の統治に興味はない。地下牢に主犯の執事以下の者達を閉じ込め、協力者も各所に軟禁しているので、その取り調べと処罰を任せる。後は王国の法に則って統治しろ。それからグロズ・・・執事の隠し財産は手間賃としてもらったと陛下と宰相に伝えてくれ」

 頭を下げる代官に、年が変わる前に王都に行きたいので馬車を借りたいと頼む。
 代官の乗ってきた馬車なら尻を攻撃してくる事はないと踏んだし、今年中に王都に行けばクロウもアイリも文句は無かろう。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 流石は王国の代官として派遣される程の役職者が乗る馬車だ、快適な馬車旅で年内に無事王都ラクセンに到着した。

 《おらっ急げ! アイリが待ってるぞ》

 《んー、アイリのおっぱいが待ってるぞ! だろう。アイリのおっぱい大好きなクロウちゃん》

 アイリの家の前に立派な馬車が停まっている。

 《中々豪華仕様の馬車だな。高位貴族の様だがアイリに何の用だろう》

 近づく俺を馬車の護衛騎士が睨んでいる。

 《何だろうな》

 《さあ、余り良い雰囲気ではなさそうだな》

 「止まれ! 何奴だ」

 「何奴って・・・アイリに来いと言われて来たんだが」

 「暫し待て! 只今ヘイラム・ホルド伯爵様御嫡男ヨルム・ホルド様がアイリ様と御歓談中だ」

 《先に行ってるからな》

 クロウはさっさとジャンプして行ってしまった。

 ・・・・・・

 クロウはアイリの寝室にジャンプし、アイリの気配がサロンにある事を確認してソファーの後ろに跳ぶ。

 「アイリ殿、我がホルド家との婚姻を本気で考えて貰えないかな。父の申す様な一時の迷いではなく、伯爵家の一員として迎えたい。王家直属・一級治癒魔法師の貴女に相応しい家柄だと思うぞ」

 《おいアイリが口説かれてるぞ》

 《アイリも22だから縁談の一つや二つ有っても不思議じゃないな》

 クロウがソファーの後ろからアイリの前に出て膝に跳び乗る。

 「クロウ遅かったのね」

 満面の笑みでクロウを抱え上げ抱きしめる。

 「ヨルム様、私の大切なお客様が到着したようです。今日はお引き取りを願います」

 「アイリ殿、私は猫以下の存在ですか」

 「いえ、お客様は此の猫の飼い主です。家の前で貴方様の護衛に止められているのでしょう」

 エディを迎える為に、クロウを抱えて立ち上がりホールに向かおうとするが、ヨルムに前を塞がれる。

 「その前に私の求婚の返事を聞かせて頂きたい」

 「それは何度もお断りしています。私は貴族の一員になるつもりは在りません。大事なお客様を待たせたく在りませんので、通して頂けますか」

 アイリの腕の中でクロウが唸り牙を剥く、アイリに手を伸ばしたかけたヨルムが一瞬怯む程の迫力だった。

 「大事な客と言うがどうせ庶民だろう、待たせておけば宜しい。貴方は伯爵家の一員になるのだから、それ位の事は判ってもらいたい」

 「何度断れば理解して貰えますか、ヨルム・ホルド様。高々治癒魔法師相手なら、爵位を振り回せばどうとでも為るとお考えですか。もう一度はっきり言います、貴方の求婚はお断りします。どうしてもとお望みなら王家の許可を貰ってからお越し下さい」

 立ち塞がるヨルムを避け、ドアに向かおうとしたアイリの腕に手を伸ばす。

 〈痛っ〉

 伸ばした手の甲にクロウの爪痕が残り、薄らと血が滲む。

 〈このっ〉

 顔を真っ赤にしてクロウに手を伸ばすが、再度クロウの爪に掌を引っ掻かれ顔色が変わる。

 〈おい! この猫を殺せ!〉

 命じられた護衛が逡巡する。
 猫っていうが生後半年も経たない様な子猫を、本気で殺せと言っているのかと。

 《おい此処にも馬鹿な貴族の一人が居るぞ》

 《何やってんだ?》

 《アイリに求婚して断られて逆上してるな》

 《求婚して逆上って・・・お前何かしただろう》

 《アイリに手を伸ばしたから引っ掻いた。で今度は俺に手を伸ばしたからもう一度引っ掻いたら、俺を殺せと護衛に命令している》

 《又貴族と揉めるのかよ》

 《お前はアイリの貞操の危機を見逃せと言うのか、薄情な奴だな。判った俺がアイリを守る! 此奴の顔にもバッテンを付けてやろう》

 《判ったよ、ちょっと待ってろ》

 ・・・・・・

 「すいませんが通して頂けませんか」

 「待てと言っているのが判らないのか!」

 「待てない事情が出来たんですよ。貴方達のご主人様の危機なんですが、それでも待てと?」

 「何を訳の解らない事を言っている。下がっていろ!」

 剣の柄に手を掛けたよ。

 「お前達も王都で貴族の護衛をしているなら、此れが何だか判るよな」

 カラカス宰相に貰った通行証を示すと、チラリと見て鼻で笑われた。

 「小僧良い度胸だ、出すに事欠いて王家の紋章入り通行証を出すとはな」

 抜き討って来たが、鼻で笑われた時点で此奴等を無視する事に決めたので、鞘走る剣を見ながらジャンプする。

 ・・・・・・

 「アイリ面倒事の様だな」

 クロウの気配をたよりにアイリの横にジャンプすると、真っ赤な顔で手を押さえるボンボンが驚愕の表情で後退る。
 4人の護衛が素早く腰の剣を抜くが、対人戦特化型で俺の相手ではないと踏み、ボンボンの襟を掴んで引き寄せる。

 「よう坊ちゃん、アイリに何の用だ。護衛の兄ちゃん達は動くなよ、俺の手に何が握られているか判るかな」

 ボンボンの胸に突きつけたナイフを見せ、ほっぺをペチペチする。

 「アイリ此奴等は誰だ?」

 知ってるけど、態とらしくアイリに尋ねる。
 一通りアイリの説明を聞き不思議に思ってアイリに尋ねる。

 「カラカスのおっさんに言ったのか」

 「貴族間の結婚は王家の許可が要るが、私は王家直属・一級治癒魔法師と言えども庶民、求婚を阻止する法が無いと言われたわ。それで何度断っても強引に家に押し掛けてきて結婚を迫るのよ」

 「じゃー金も結構貯まっている筈だし、王家直属・一級治癒魔法師を辞めて逃げ出せば良かろう。そうすれば一級治癒魔法師が逃げ出す原因を作った此奴が王家に睨まれて潰されるだけだぜ」

 「契約が後一年残っているから其れ迄は無理よ。契約が切れたら王都を出て行くわ」

 俺達の話を聞いてボンボンが目を白黒させている。
 護衛がご主人様の危機に、どう対処したら良いのか判らずジリジリしている。

 其処へ表の護衛が駆け込んで来て〈不審な奴が・・・〉と言ったきり黙った。

 「だからお前達のご主人様の危機だって言ったろう。素直に通していればこんな事にはならなかったのに」

 ご主人様の頬をペチペチ叩くナイフを見て、歯軋りしている。
 
 「お前達全員壁際に行け、嫌ならご主人様と伯爵家の危機になるぞ」

 「あんた、ちょっとやり過ぎじゃないの」

 「ん、表の護衛・・・いま駆け込んで来た此奴は、抜き打ちで俺を殺そうとしたぞ。返り討ちにしても良かったんだがなぁ。まっ、俺は此奴のパパと話し合ってみるよ」

 歯軋りして睨む護衛達に命じ、ボンボンの馬車に同乗してホルド伯爵邸に向かう。
 伯爵邸に到着し馬車から降りるが、ボンボンの首にロープが巻かれているのを見て護衛の騎士や出迎えた執事がぎょっとした顔になる。
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