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61 侵攻

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 「申し上げます。ヤールの国境付近にマザルカ王国の兵が集結していると報告がありました」
 
 「次から次へと面倒事が起きやがる。ドワール今の話は中止だ。兵を集めろ! 地図を持って来い!」
 
 「今から兵を集めてヤール迄行くのに一月以上掛かります」
 
 「忘れるな、国境地帯の転移魔法陣は一度に50人送れる仕様になっている。兵舎で飯を食って転移魔法陣で国境地帯に行き夜になったら又転移魔法陣で帰って来る事も出来るんだ。他国に侵入したらどんな目に合うのか教えて遣らねばな。俺はヤマトとテレンザで兵を準備するので、お前も手筈を整えておけ!」
 
 俺は即座にミズホに跳び、ブラウンの執務室に行く。
 こんな時はヨークス様より、ブラウン大明神に丸投げするに限る。
 
 「ブラウン兵を集めろ! 転移魔法陣で行くので何時でも行ける準備をしていてくれ。俺はアルカートの所に行って、兵を寄越せと言ってくるので頼むぞ」
 
 言うだけ言って、返事を待たずにテレンザの王城に跳ぶ。

 * * * * * * * *

 「アルカート、兵を貸せ」
 
 「何事だ」
 
 「セナルカに、マザルカ王国が進攻して来そうなんだ。戦になる前に兵を並べて、準備が出来ている事を教えてやれば迂闊に侵入して来られない。だから大量の兵を並べて、セナルカ軍の動員力を見せ付ける。セナルカの後ろには、テレンザとヤマトもいると教えてやるのさ」
 
 「解った直ぐに準備する。受け入れの用意が出来たら連絡を頼む」
 
 その返事を聞きセナルカの王城に戻り、ドワールに命じて、ヤールの国境近くにテレンザとヤマトの兵を受け入れる準備をさせる。
 同時に転移魔法陣設置用の馬車を、50人転移可能な転移魔法陣からヤールに送り国境近くの平地に行かせる。
 
 通信魔法陣を使い、ブラウンに土魔法使いを集めて待機させろと連絡。
 全てが泥縄だが、この世界では転移魔法陣での移動スピードは圧倒的な強みだ。
 人員資材糧秣に至る迄送るとなれば、転移魔法陣無しでは数十日から数ヶ月単位の準備と行軍になるが、俺には関係ない。
 目指せ! 気楽で平穏な日常を邪魔する奴等は、容赦しないからな(ガルルルル)
 
 転移魔法陣設置用の馬車が、ヤールの砦建設の適地を見つけたと報告してきたので、ヤールに跳び土魔法使い達を受け入れる。
 彼等にはヤール防衛に必要な砦を、ヤールの防衛責任者と相談し150×150mの大きさで柵を造り逸れを利用して砦を築く様に指示する。
 続々送られて来る土魔法使い達の慣れた仕事であっという間に柵が出来ていくので、その一角に10×15mの倉庫を建てさせ倉庫全体に納まる転移魔法陣を設置する。
 
 後は軍勢を送り込むだけだ、見てろマザルカのハイエナ野郎め。

 * * * * * * * *

 ヤール進攻を任されたマザルカ王国のヘルザク司令官は、国境の河の対岸に布陣し渡河の準備に忙しかったが、斥候に出した兵が慌てて帰って来た。
 
 「報告します。対岸に砦が築かれています」
 
 「当たり前だ、我らを見てのんびりと見物していると思うのか。急造の小さな砦なんぞ一捻りで潰して呉れるわ」
 
 「いえ逸れが巨大な砦が築かれています。砦からは続々と兵が出てきて、周辺で夜営の準備等始めています。その数4~5千はくだらないかと思われます」
 
 司令官の手にしたカップが、斥候に飛んできた。
 
 「何を寝ぼけている! 一夜にして巨大な砦が出来たとでも言うのか! 兵が砦から続々と出て来るだと、此の地に4~5千の兵が駐屯する砦等あるか!」
 
 別の斥候が駆け込んで来る。
 
 「対岸のヤールより小船が向かってきます。軍使の様です」
 
 「到着したら連れて来い!」
 
 使者として小船に乗るのは、ヤールの所属するホーエン領領主のエンダー・グロイド子爵である。
 王都からの命令で、対岸のクリードに布陣する、敵軍の司令官をからかって砦に来させろと命令を受けていた。
 その際、砦内の転移魔法陣から、増援部隊が続々と到着する所を見せてやれと指示された。
 この命令書を見たグロイド子爵は、面白そうな役だと思いにんまりとした。
 
 クリード領に小船が着くと、30名程の兵に囲まれ誰何された。
 
 「ホーエン領領主エンダー・グロイド子爵だ。対岸に軍勢が集結しているので我が国でも問題になってな。司令官に挨拶と、兵を布陣した意図を聞きに来たので取り次いで貰いたい」
 
 グロイド子爵を迎えた部隊指揮官の連絡を受け、マザルカ軍のヘルザク司令官は命乞いに来たかと笑った。
 
 「連れて来い」

 まさか、貧相な領地の下位貴族に揶揄されるとも知らず、戦勝気分になっていたヘルザク司令官。

 ヘルザク司令官の前に、戦時捕虜並の扱いでグロイド子爵が引き立てられて来た。
 グロイド子爵はヘルザクを見ると鷹揚に服の埃を払い悠然と挨拶を始めた。
 
 「これはこれは、マザルカ王国軍の司令官とお見受けする。対岸のホーエン領領主エンダー・グロイド子爵だ。貴公の名を伺いたいものだが」
 
 「これは失礼した、マザルカ王国派遣軍司令官オーエン・ヘルザクだ。用件を聞こう」
 
 「用件は私が聞きに来たのだよ、ヘルザク司令官。辺境の国境に一万にも満たないとは言えいきなり軍を布陣する意図をね」
 
 「お国が何かと安定せず騒動が絶えないので、静めて差し上げようと出向いて来たのだが、ご不満かね」
 
 「あららら、一万にも満たない軍勢で我が領土に侵入出来るとでも?」
 
 「大そうな口をきくな、命乞いに来たのかと思ったが」
 
 「命乞い・・・ですか。それはそれは、逸れ程自信が有るなら我が砦にご招待しますよ、怖くなければね。逸れとも従者一人を連れて適地に来た、私の首を撥ねて自分達はそうでもしなければ勝てない腰抜けですと、天下に恥を晒しますか」
 
 部下の前で煽られて、真っ赤な顔で唸るヘルザク司令官。
 
 「貴方の安全は私の名誉に賭けて保障しますよ。護衛を100人でも200でも連れて来なさい、我が国の実力をお見せしますので」
 
 「明日伺おう」
 
 逸れだけを唸るような声で返答して、グロイド子爵を送り返した。
 帰りの小船の中で、グロイド子爵は悪戯が成功した子供の様な顔でクスクスと笑っていた。
 
 翌日陽も高くなりはじめた頃、対岸から10艘の小船がホーエン領に向かって漕ぎ出された。
 ヘルザク司令官以下副官や兵に紛れた軍師等総勢150名、ホーエン領に近付いて驚いた。
 昨日斥候の話では兵数4~5千と聞いていたが万を越えると思われる軍勢だ。
 
 岸に揚がり迎えのホーエン子爵に導かれて砦に向かうが道の両脇に居並ぶ兵達には行軍に依る疲れや汚れが一切無い。
 舟から見えなかった所にも多数の兵が屯していて万どころの数では無い。
 然も砦からは100人単位で兵が続々と出てきている。
 砦の門を潜ると、中は造成途中と一目で解るが工事関係者はいない。
 
 「見ての通り急造の砦で、お茶を飲む場所も無いので勘弁して貰うよ。物見櫓に登って我が軍の配置等見ていかれよ」
 
 グロイド子爵は惚けた事をのうのうと言って、ヘルザク司令官を案内する。
 砦の柵が高さ約10mで、櫓の高さが約25m程あり周囲に軍勢が配置されていて、ぞくぞくと増援部隊が到着している。
 ホーエン子爵が指指す方を見ると、小振りの倉庫の様な建物から兵士が出て来るが、暫くすると又兵士が出て来る。

 「転移魔法陣だよ、100人単位で続々と兵を送り込んで来ている。セナルカ王国軍テレンザ王国軍ヤマト公国軍の3ヶ国軍だ。昨日聞いた話を3ヶ国軍合同司令部に報告したら、マザルカ領クリードへの進攻を命じられたよ。安全に送り返すので、戦の準備を始めたまえ」
 
 軍勢の数と転移魔法陣で送られてくる兵士を見て、ヘルザク司令官は顔面蒼白で冷や汗が止まらなかった。
 兵に紛れた副官や軍師も同様で、護衛の兵士達は震えている。
 副官にヘルザク司令官以下を安全に舟までお送りしろと命じると、ヘルザク司令官が話し合いがしたいと言い出した。
 
 「話し合い? 必要無いでしょ。昨日貴方は私になんと言われたかお忘れですか『お国が何かと安定せず騒動が絶えないので、静めて差し上げようと出向いて来たのだが、ご不満かね』とね。その言葉を三軍合同司令部に伝えると、侵略の意思を示している以上遠慮の必要は無い、叩き潰せと命令を受けました。存分に戦うのが武人の誉れでしょう」
 
 「そこを曲げてお願いしたい。昨日の暴言は謝罪する」
 
 「何を仰る。マザルカ王国が軍を派遣しているのであり、貴方の暴言等関係ない。貴方の言葉はマザルカ王国の意思の表れでしょう。お引き取りを、明日の日の出とともに進軍を開始します」
 
 「待ってくれ降伏する。クリードへの進撃は止めて貰いたい」
 
 「貴方が降伏しても、マザルカ王国がセナルカ王国に対する進攻の意思が無くなった訳ではない。私の一存ではどうにもならないが、提案が有る」
 
 「どの様な提案でしょうか」
 
 「貴方と兵に紛れている、副官と軍師を三カ国軍合同司令部にお連れする。そこで話し合って貰いたい」
 
 「分かりました従います」
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