男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学

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155 ヘブン

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 奴が多数の被害を与えて逃げたので手配をしていると言っていたが、奴と俺の関係を知っても理解出来ないだろうし、王国を恨むとともに俺をも恨んでいるはずだ。
 彼奴は自慢気に『俺に逆らった奴は徹底的に痛めつけて命乞いさせたんだが』なんて言っていたから。

 魔法部隊の者や護衛の騎士達を殺傷して満足したのなら、身を潜めて俺を探しているはずだが何処に居るのやら。
 取り敢えずデリスを伯爵邸へ連れて行き、リンディ達の護衛に付ける様頼まねばならない。

 * * * * * * * *

 「つまりその男は、フェルナンド殿も恨んでいる節があると言われるのですか」

 「しこたま飲ませてホテルに泊まらせましたからね。気持ち良く寝ていたホテルに踏み込まれて捕まったのですから、当然俺が通報したと思っている筈です。俺の人相は知っているけど何処の誰とも判らない筈が、王城で魔法部隊の者から手ほどきを受けている。当然魔法使いの一人として俺の話は出るでしょう。俺の話が出れば、弟子が王家筆頭治癒魔法使いとなったリンディの話が出ます」

 「それでデリスを護衛にと?」

 「彼は今、火魔法と結界魔法に加え土魔法と転移魔法が使えます。而も結界魔法は俺と同じ透明な物も作れますし、近接戦闘も優秀です。あの男は転移魔法を使えませんので、最初の攻撃さえ防げばリンディやリンレィを別の場所に逃がす事が出来ます。貴族街にまで侵入してくるとは思えませんが、万一の事に備えておけば安心ですので」

 「フェルナンド殿は、屋敷で迎え撃つつもりですか」

 「ホリエントは家族共々避難させていますので空き家ですよ。奴は王都内に居ると思うので、探してみようと思っています」

 「王都内も手配済みの筈ですが」

 「でも見つけられない。お忘れですか、私は姿を隠して何処にでも行けます」

 街のチンピラを一人捕まえて尋ねれば、知りたい事を教えてくれるはずだ。

 * * * * * * * *

 ロスラント邸からアパートに戻ると辻馬車を雇い、銀貨をはずんで以前知った酒場の近くまで行かせる。
 裏稼業の者が一掃されたとは言え、それはギラン達に繋がる奴等で幾らでも代わりは湧いて出る。

 裏通りに入り懐かしい酒場に入ると、目付きの悪い奴等が大勢いる。

 「坊や、ここは大人の来る所よ。判っているの」

 「判っているよ。姐さんは幾らだ?」

 上から下までジロジロ見ながら、銀貨を指で弾いて見せる。
 とたんに愛想良くなりしなだれ掛かろうとするのを避け「あんたは俺の好みじゃないな。もう少し若くて綺麗なのは居ないのか」と揶揄い気味に言ってやる。

 「糞猫が一人前の事を抜かすじゃない。あたいを舐めてると痛い目を見るわよ」

 「舐めるって、そんなゴテゴテの化粧なんて舐める趣味はねぇよ」

 鴨でも見つけたのか、其処此処で飲んでいた奴や壁に凭れていた男が、さり気なく出入り口を塞ぎ包囲してくる。
 女達は面白そうに俺を見ながら離れて行く。
 以前の奴等より手際が良さそうで少しおかしくなる。

 「兄さん、うちの女達が気にいらねえねぇのか。それとも揶揄いに来たのか」

 如何にも店の用心棒といった男が問いかけて来た。

 黙って男を見て小首を傾げ、次の瞬間股間を蹴り付ける。

 〈エッ〉とか〈なに!〉と周囲から聞こえるが頭上を指差し、久方ぶりのフラッシュ三連発。
 いきなり蹴り付けたので、皆の視線が集中していた所へ指差された場所を見る、其処へ強烈な閃光の三連発だ。

 〈キャアー〉〈ウオォォォ〉〈たっ助けてぇ~〉〈目が、目が見えねぇ〉なーんて騒がしい。
 股間を抱えた男の襟首を掴んで上空へジャンプ、三度上空へジャンプして水平飛行に切り替えるが、王都の外の草原地帯に着地。
 股間を抱えて唸る男の尻を蹴飛ばす。

 「股間が疼いている様だが、お姐ちゃんは居ないのでゴブリンなら紹介するぞ」

 草原の風に吹かれ、俺の言葉に不思議そうに顔を上げたが、目の前の光景に驚愕している。

 「こっ、こここ、此処は何処だ?」

 「何処って、草原に決まっているさ。ちょいと尋ねたい事が有ってお邪魔したんだが、静かに話せそうになかったので草原に招待したんだ」

 「おっ、お前は何者だ! 招待ってどうやってこんな所に」

 「そんな事は気にするな。俺の知りたい事に答えてくれたら直ぐに返してやるぞ」

 「なな、何だ?」

 「狐人族で赤毛、瞳の色は金色に近く痩せて長身の男、を最近見掛けた筈だ」

 「そんな奴は知らない。見た事も聞いた事も無いぞ」

 「そうか、知らないのか。なら仕方がないな、草原には野獣が多いから気を付けて帰れよ」

 「ちょっ、ちょっと待てよ。『答えてくれたら直ぐに返してやる』って言ったじゃねぇか!」

 「ごめ~ん、素直にってのが抜けていたわ。じゃ~な~♪」

 背を向けて歩き始めると必死で付いてくる。

 「喋る! 噂が流れて来ているんだ。赤毛の狐人族でやたら魔法の上手い奴が居るって、それ以上は知らない。本当だ!」

 「何処に居るって?」

 「何で、これ以上は知らねぇぞ」

 「普通誰の配下だとか、誰それの客人とかも噂には付いてくるもんだぞ。ただ魔法が上手い奴では法螺話だ」

 「俺が話したと言わないでくれよ。バスカル通りの娼館〔花と蜜〕に出入りしているそうだ」

 「有り難うよ。嘘だったら又逢いに行くからな」

 男の腕を掴み王都の方向に向けてジャンプ〈エッ〉再度ジャンプ〈エッ〉三度目のジャンプで王都の出入り口が見える。
 〈えぇ~ぇぇぇ。何だ此れは!〉

 騒ぐ男を放置してアパートに戻る。

 * * * * * * * *

 翌日は奴と出会った時の上等な街着に着替え、夕暮れ時に辻馬車を雇ってバスカル通りへ出向くが空振り。
 娼館の中を隅々まで調べたが奴の気配が感じられ無い。
 こんな時は責任者に問うのが手っ取り早い。

 事務所に侵入すると、女を侍らせ護衛を従えている偉そうな男にご挨拶。
 男の前にフレイムの火球を浮かべてやると、呆気にとられて見ていたが直ぐに怒声を上げた。

 「ヘブン、止めろ! まったく好き勝手をしやがって・・・って、何処に居るんだ?」

 〈ボス、奴は帰っていませんぜ〉

 「じゃぁ此れは何だ!」

 火球を指差し全員の視線が集まった所へフラッシュを連射する。
 女が悲鳴を上げて目を押さえている隙に、四人とも拘束し目隠しと猿轡をする。
 中々防音性の高いドアの様で、先程の女の悲鳴は外に漏れていない様で誰もやってこない。

 「ボス、ヘブンって奴の事が知りたくてお邪魔したんだ。大声を上げなければ猿轡を外してやるが・・・騒げば」

 そう言ってナイフで喉仏をツンツンしてから猿轡を外してやる。

 「てめぇは誰だ!」

 「俺っ、ただの通りすがり、って事はないか。ヘブンの事が知りたくてお邪魔したんだ、奴の人相風体を聞かせて貰おうか」

 「お前は奴の仲間か?」

 「聞いているのは俺だ、判るな。お前が喋らないのなら後三人居るのでお前は不要だ」

 ナイフを喉に押し当ててやる。

 「待て! 気の短い野郎だぜ。ヘブンは狐人族で痩せた背の高い男だ」

 「それで?」

 「赤毛で金色に近い瞳の色をしている」

 「魔法は得意か?」

 「ああ、良い腕だ。奴に絡んだうちの用心棒が、あっと言う間にのされた」

 「魔法でか」

 「氷結魔法だ、短い詠唱で連続して使うので客人として置いてやっている」

 「何処に居る」

 「判らねぇ。王都の事を色々聞いてはふらりと姿を消す。何処で何をしているのか一切言わねぇな」

 「どんな事を聞くんだ」

 「そらぁ~裏稼業の事や、魔法使いの事だな。治癒魔法の事も聞かれたが、魔法の事なんて判らねぇからな」

 「仲間は」

 「チンピラを二人連れているが、この辺の奴じゃねえ」

 ヘブンねぇ~、地獄の生活から魔法が使える生活になったので天国に鞍替えかな。
 チンピラは王都の案内役にスカウトしたのだろう。
 此奴を見張り続けるか、その間に奴が王都を捨てるか何か別の事をやらかさないか。
 居場所が判らないってのがなぁ、狐人族で長身赤毛に金色に近い色の瞳なら警備兵の捜査網に引っ掛かる確率が高い。
 それでも捕まらないって事は、夜に行動している事になる。

 アパートに戻りヘルシンド宰相宛てにベイオスが時々現れる店の名前と通り名を記し、見つけ次第連絡をくれる様に頼む。
 発見しても決して攻撃せず、追跡と居場所確認だけにする様に注意しておく。
 ホリエントが居ないので下の警備兵のところへ行き、ヘルシンド宰相宛の書簡を託す。

 * * * * * * * *

 「コランドール宰相閣下、賢者フェルナンド男爵様からの書簡です」

 「フェルナンド・・・あの男か、何と書いてある」

 「手配の、ベイオスの立ち寄り先を知らせてきました」

 「ベイオスとはあれか、魔法部隊と騎士団や兵に多大な損害を与えた下賎な奴だったな」

 「はい、ヘルシンド宰相は第二の賢者と期待していました」

 「ふん、所詮下民を賢者になど無理があるわ。騎士団長と魔法部隊の長を呼べ!」

 「如何なさるおつもりで」

 「貴様は命じられた事に黙って従え! 引き継ぎが終わればお前には暇を出すので、引き継ぎだけは怠るなよ」

 補佐官は一礼してさがるが、不快感に反吐が出そうであった。
 あの猫野郎のしたり顔が目に浮かぶ。
 あの時強烈な威圧に思わず腰が落ち、王族の一員たる我に恥を掻かせてくれた奴。
 何れ爵位を剥奪して王国から放り出してやる。
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