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149 不安

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 陽が暮れて店じまいをしている所へ、伯爵家の紋章入り馬車を横付けし「ロスラント伯爵様の代理人だ。店主のランゴットを呼べ」と横柄に命じる。

 「私が店主のランゴットで御座いますが、何の御用で御座いますか?」

 「此処にベイオスなる男が居るであろう。呼んで来い!」

 「ベイオスが何か致しましたでしょうか」

 「聞こえなかったのか、呼んで来いと申したが不服か?」

 軽く威圧を掛けながら問いかける。
 どうも俺の外見は猫の仔と揶揄されるほど威厳がないので、はったりが効きにくい。

 「おい、ベイオスを呼んで来い!」

 店の者に声を掛けるが、命じられた男は俺の顔を見て驚いている。
 そりゃそうだろう。
 昼に金貨一枚を貰った男の顔だ、そう簡単に忘れるはずがないよな。

 「何をぐずぐすしている! さっさと呼んで来い!」

 ランゴットに怒鳴られて慌てて奥へ行き、暫くするとベイオスを連れて出てきた。

 「ベイオス、ここへ来い」

 俺の顔を見て驚き喜びに溢れ、慌てて俺の側に立つ。

 「跪け!」

 ポカーンとするベイオスを、怒鳴りつけて跪かせる。
 その間に、男がランゴットに耳打ちをしていて野郎の目がキツくなる。

 「ランゴット、お前に聞きたい事が有るので此処へ来い」

 「その前に少し効きたいのだが、本当に伯爵様の使いなのかい?」

 ペドロフに書かせた書類を示し「何か不服か?」と問いかける。

 「いえね、昼にコッコラ商会で貴男を見たと店の者が申しますもので。それに、伯爵様の代理人にしては胸に紋章が見当たりませんが」

 「当然だ、人身売買をしている疑いが有って俺がやって来た。紋章を付けて此処に立つと、お前と使用人達を捕縛しなければならなくなる。言っている意味は判るな」

 「人身売買とは、またご大層な事を。私共の使用人は全て奉公を願って来た者ばかりです」

 「此れが何か判るな。お前がベイオスの父親ルークスに渡した借用書の写しだ」

 「はい、それが何か問題でも」

 「お前、貸金業の許可を貰っているのか?」

 「いえ、私は金貸しなんてやっていませんよ。友達に金は貸しましたけど」

 「友達にな。ベイオスを父親の借金のカタに奉公させているが、そんな事が許されるとでも思っているのか」

 「とんでもない、そんな事はしていません」

 「ほう、間違いないな」

 「アッシーラ様に誓って嘘は申しません!」

 「ベイオス、聞いたな」

 「えっ・・・何を?」

 「借金のカタに奉公なんて、させていないって明言したぞ。なら、お前が何時辞めようと自由って事だ。そうだよな、ランゴット」

 〈ウッ〉と言ったきり何も言えず、黙って俺を睨んでいるだけ。
 もう一押ししてやるか。

 「ベイオス、お前給金は幾ら貰っている」

 「給金! そんなもの鉄貨一枚貰った事はないぞ! 親父の借金の利子だと言って。飯が食えるだけでも感謝しろって、散々言われたが冗談じゃねぇ!」

 「ランゴット、どうも見逃す訳にはいかない様だな」

 ランゴットの表情が変わり、狡猾な野獣の様な雰囲気を醸し出している。
 奴の子飼いの使用人達も、さり気なく俺の周囲に回り込んでいる。

 「どういう事だ。意味が判らない事を言うな」

 「どう見ても金貸しをしている。ベイオス以外の使用人とその家族にも聞いてみようか。ベイオスを巣立ちの儀の前に借金のカタに働かせているが、人身売買にあたるな。父親の借金のカタにするには早すぎたな」

 「好き勝手な事を言っているが、お前一人で何が出来る。貴族の使いだと言えば何でも通ると思っているのか」

 ランゴットが片手を上げて指を弾くと、後ろから殺気が襲って来る。
 戦闘開始のコングは鳴らされた。

 な~んちゃって、正面のランゴットに体当たりをした序でに土魔法で手足を拘束する。
 俺にナイフで突きかかって来た男が、倒れたランゴットと俺を見て慌てているが、両手足をアイスニードルで貫き動けなくする。
 俺の周囲を取り囲んでいた奴等は、成り行きにについて来られず棒立ちなので、アイスニードルを全員にプレゼント。

 ランゴットの奴は格好良く指パッチンをしたが、しょぼい攻撃に阿呆くさくなる。
 所詮チョロい相手に金貸しをしていた男だ、荒事専門じゃないのでこの程度か。
 倒れている五人の手足を拘束してから、アイスニードルの魔力を抜く。

 「ベイオス、ランゴットの首にロープを掛けろ」

 マジックポーチから取り出したロープを投げてやるが、此奴も何が起きたのか理解出来ずに呆けている。
 使い物にならないので自分でやった方が早い。
 ランゴットの首にロープを掛けると足の戒めを外す。

 「さてと、お前が持っている借用書を見せて貰おうか」

 歩け、と言って尻を蹴りあげ事務所に案内させる。
 借用書を出せと命じたが渋るので、一々痛めつけるのも面倒だ。
 幸いベイオスという、ランゴットに恨みを持った奴がいるので任せる事にした。

 「ベイオス、此奴を殺さない程度に痛めつけても良いぞ」

 「えっ・・・でも・・・」

 「俺の乗ってきた馬車を見ろ、御領主様の所の馬車だ。俺は御領主様の使いで、此奴は人身売買と違法な金貸しで捕縛される事になる。お前を縛っていた借用書を取り上げるんだから、遠慮無くやれ!」

 そこまで言うと、今度はベイオスの態度が変わった。

 「てめえぇぇ、散々殴ってくれたよな!」

 怒鳴りつけた瞬間腹を蹴り、倒れたランゴットに飛びかかると馬乗りになり顔面を殴りつける。

 「舐めやがって、俺を誰だと思っていやがる!」

 いやー殴る殴る、しかし栄養状態の悪い痩せっぽちの力じゃ顔が腫れる程度なので、立ち上がって蹴り始めた。
 うんうん、手より足の方が力がこもるしダメージも大きいからね。

 体力不足で肩で息をしている間に、血塗れのランゴットに(ヒール!)
 目の上が切れて血塗れだったが、傷が綺麗に治り痛みも消えたので驚いているランゴット。

 「凄え、あんた治癒魔法が使えるのか?」

 「ああ、だから殺さなければ幾ら痛めつけても良いぞ」

 「ありがてぇが、この身体じゃ力が入らねぇ。死ぬ前なら、俺に逆らった奴は徹底的に痛めつけて命乞いさせたんだがな」

 ん・・・?、ちょっと気になり台詞だが、取り敢えず借用書を差し出すまでお仕事するか。
 木剣を取り出して軽く素振り、〈ヒュン〉と鼻先をかすめる木剣を見て震えているが借用書を出そうとしない。
 自由にしている足の、向こう脛を〈ゴン〉
 骨が折れない様に手加減しているが、その分痛さは身に染みている様で悶絶している。

 痛さが収まるのを待ち、ほっとしている所で反対の向こう脛を〈ゴン〉
 涙目で俺を睨んでくるが、他人の痛みは百年耐えられるって言葉通り、睨まれても痛くも痒くも無い。

 「さて、泣いて許しを請うまで痛い思いをするが、借用書を出さないお前のせいだから恨むなよ」

 にっこり笑って告げ、痛みの収まった足を叩き折り反対側の足も叩き折る。
 此れで俺の本気を悟ったのか漸く泣きを入れてきた。

 「出します! 出すから止めてくれ!」

 「最初から出せば痛い思いをしなくて済むのに、馬鹿だねぇ~。まっ出さなけりゃ警備隊に引き渡して、ズタボロになるまで責められるだけだぞ。さっさと出しな」

 「あっ足が、足が、此の儘じゃ動けない。お願いですから治して下さい」

 「あれっ、俺に治してくれと言ってるの?」

 「お願いします。治して下さい」

 オイオイと泣き出したが、俺の治療費は高いぞ。
 他人に金を貸すほど稼いでいる様だから治療費くらい払えるか。

 取り敢えず折れた両足に(ヒール!)
 痛みの無くなった足を見てホッとしているが、ちゃっちゃと仕事を済ませたい。

 「泣いてないで借用書を出しな」

 尻を蹴飛ばして借用書を催促する。
 よろよろと立ち上がり、懐から取り出した鍵を壁の穴に差し込むと板が外れた。
 手を差し込んで掴み出したのはマジックバッグ、ブツブツ言いながら書類の束を差し出したが、小狡い顔に殺意が溢れているし殺気がダダ漏れ。

 書類の束の下にナイフでも隠しているのだろうが、面白いので黙って見ていると〈死ね!〉の掛け声と共にナイフが突き出される。
 それを黙って見ていたが、踏み込みも突きも甘いく素人丸出し。
 少しは練習をしておけよと、忠告したいくらいだ。

 而も、ナイフは服にすら突き刺さらずに止まっている。

 「ご苦労さん」の一声とともに肘打ちを顎に叩き込み、借用書の束からルークスの物を抜き取りベイオスに投げてやる。
 ざっと見20枚近い借用書の束なので、それを持って待たせている馬車の所へ戻る。

 「違法な金貸しと人身売買の証拠だ。此れを執事のペドロフに渡して、警備隊の者を寄越す様に言ってくれ」

 御者に借用書を渡して帰らせると、ランゴットの所へ引き返す。
 ベイオスがマジックバッグを手に必死で開けようとしているが無駄な努力だ。

 「其奴は使用者登録を外さないと無理だぞ」

 「なんでぇ、なら此奴に出させようぜ」

 そう言うベイオスのポケットが膨らみ、倒れているランゴットの服が乱れているし、刃を布で巻いたナイフを腰に差している。
 ランゴットを殴っていた時の台詞といい、此奴の前世に不安がよぎる。
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