男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学

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 なるほど。確かにそうかも。

 あちらの世界に無いから、僕は魔法を使えないのかもしれない。

 でも、確証があるわけではない。

「僕にはわからないよ」

 僕の答えに、エニグマは納得した。

「だろうね。使えるのならば理由がわかるかもしれないが、使えないのだからわかるはずがない。これは、聞いた僕が悪かったね」

 エニグマは軽く首を横に倒して、すぼめた肩に寄せた。

「では話を元に戻そう。君は事故をきっかけにこちらの世界に転移した。そうだね?」

 僕はうなずいた。

「そう。事故で意識を失い、目が覚めたらこちらの世界に転移していたよ」

「そのとき、君の人格は入れ替わった。そうだね?」

 やはりそうくるか。

 仕方ない。答えるしかない。

「そうだと思う」

 僕は最後の抵抗で、少しだけ曖昧な言い方をした。

 だが、エニグマはそれを許さなかった。

「うん?その言い方だと確定ではないみたいだけど?」

 僕は観念して首を横に振った。

「いや、間違いない。間違いなくそのときに人格が入れ替わった。これでいい?」

 エニグマは満足げにうなずいた。

「ああ。今後も出来るだけ発言は正確に頼むよ」

 わざとらしく釘を刺された。

 嫌味なやつだ。

 だが僕はそんなことはおくびにも出さずに答えた。

「ああ、わかったよ」

 エニグマはまたも満足げにうなずくと、質問を続けた。

「そのとき現れた別人格は、以前から君の中にいたのかい?」

 僕は少しだけ考えた。

「……いや、そのときが初めてだと思う。いや、正確に言うんだったな……ああ、間違いなくそのときが初めてだ」

「ありがとう。では次の質問だが……」

 エニグマはそこで言い淀んだ。

 そして、少しだけ考えてから言った。

「少し僕からの質問ばかりが続いているけど、構わないかい?」

 案外そういうこと気にするんだな。

 僕は意外に思いながらもうなずいた。

「構わない。僕も質問するときは矢継ぎ早になるだろうし。気になることはその都度解決したいから」

 エニグマは、僕のこの回答を嬉しそうに何度もうなずきながら聞いた。

「それはありがたいし、同感だ。もちろん、君の質問の際も、続けてくれて構わないよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「では質問に戻るけど、その別人格は何故そのとき出てきたと思う?」

 来た。
 
 けど仕方がない。

 どうせいずれはこの質問になるだろうし。

 僕は覚悟を決めると、ゆっくりと口を開く。

「僕の脳が必要だと判断したんだと思う」

 エニグマが目を細める。

「ほう、脳がね……。それは何故なにゆえかな?」

 僕は大きく息を吸い込み、次いでゆっくりと息を吐き出す。

 そして気持ちを整えると、ゆっくりと言った。

「僕の心が現実に耐え切れないと脳が判断したんだろう。だから、本来の僕を秘密の部屋に閉じ込め、別人格を生み出したんだろうと思っているよ」
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