男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学

文字の大きさ
上 下
106 / 161

106 賢者の影響

しおりを挟む
 崩れ落ちたセリエナを談話室から医務室に運び込んだが、怪我はしていないし程なくして目覚めたので、貧血だろうと言われて早退することになった。
 一度に五人も担ぎ込まれた医務室ではパニックに陥りかけたが、次々と目覚めた少女達が震えながら家に帰りたいと言いつのるので、帰らせることにしたのだ。

 アブリアナ侯爵邸では、早退してきたセリエナの様子が余りにもおかしいので当主に報告がなされた。
 その為、学院に付き添うメイドと護衛を呼び寄せて詳しい話を聞こうとしたが、護衛の男は顔色を青くして言葉にならない。
 メイドはお嬢様が談話室で倒れたとしか連絡を受けていなかった。

 ただ、セリエナが倒れた場所が下位貴族の子弟達が使用する談話室と聞き嫌な予感に襲われた。
 その為に仕事の補佐として常に傍らに控える、嫡男のラングスに確認する。

 「お前、セリエナにきちんと言い聞かせたのか?」

 「はい、ミシェルには関わるなと申しつけました」

 「それだけか、お前はセリエナの護衛を見ただろう。そしてセリエナが倒れたと、先日のお前と護衛達とよく似ていると思わないか」

 「まさか・・・そんな。セリエナにはミシェルなる者には関わるなと申しつけました。それに貴族学院の中に、男爵風情が勝手に入れる訳が無いでしょう」

 アブリアナ侯爵は、セリエナの護衛に気付けの酒を飲ませ、見聞きした事を聞き出せと執事に命じた。
 ラングスは何かと考えや行動が甘く、今回もミシェルに関わるなと一言言っただけなのかもしれない。

 メイドの言葉から自分達の談話室ではなく、下位貴族の談話室で倒れたのならミシェルの所に行ったのは間違いない。
 疫病神の目の前でミシェルに絡めばこうなって当然だが、警告を受けたのは私だ。
 警備を強化するか、強化して彼を阻止出来るだろうか。
 陛下はあの男を魔法の賢者だと言ったし、十大魔法の内八つまでを自在に使い熟すと噂されている。
 それにあの魔法の威力だ、手勢を掻き集めても勝てるとは思えない。

 出来る事は少ない、周囲から手を回して王国に居られなくするか暗殺か。
 あの男を陛下が手放すとは思えないし、他国に追いやり恨まれて此の国に仇なす事になれば不味い。

 暗殺は出来るだろうか? 使えない魔法は水魔法と風魔法と言われているが怪しいものだ。
 四大攻撃魔法に転移魔法と結界魔法が有ればほぼ無敵だろうし、あの服には耐衝撃,防刃,魔法防御の魔法が付与されていると思って間違いない。
 彼には『敵対する気は無い』と明言している以上、取るべき手段は一つだけと覚悟を決める。

 「セリエナを呼べ!」

 「お嬢様は伏せっておりますが」

 「構わん、連れて来い!」

 「父上、何をなさるおつもりですか?」

 「お前の尻拭いだ。私の指示通り、あれにキツく言い聞かせておればこんな事にはならなかったのに」

  メイドに支えられて現れたセリエナの顔色は今も優れぬようだ。

 「お祖父様、御用でしょうか」

 「お前には貴族学院を退学して貰う。もう一つお前が引き連れていた者達の名を言え!」

 「何故で御座います! 私が何か致しましたか?」

 「お前はラングス、父親から注意を受けたはずだが何を聞いていた。お前の事を伝えに来た男はユーゴ・フェルナンド男爵、国王陛下が賢者と呼び称える者だ。お前が王妃の名を騙り、ミシェルなる少女に嫌がらせをして王妃に媚び、クラリスの立場を支えていたつもりだろうが逆効果だ」

 「私はそのような・・・」

 「それと、モーラント伯爵家の娘ルシアナからお前に『嫌味を言う為に、ミシェルの所まで来る必要は無くなった』とフェルナンド男爵からの伝言だそうだ。お前はゆっくりと療養しているが良い」

 「待って下さい、お祖父様!」

 セリエナは、侯爵に命じられたメイドと執事によって自室へ連れ戻された、

 「父上、少し厳しすぎませんか」

 「厳しいだと? お前も色々と報告を受けている筈だが、フェルナンド男爵のことをどう思っている」

 「彼の魔法を見ましたが国内随一の使い手に間違いないでしょう。あの威力と連射は貴族に取り立てるに十分値します。ドラゴン討伐を成したことも含めると子爵程度に取り立てても良いかと」

 「子爵程度か。初めて彼の魔法が披露された時、各国の大使達を見たか。あれ程の威力と連射能力に強力な結界魔法、彼一人で王国の魔法部隊以上の戦力だ。それを理解した大使達の顔は引き攣っていたな。エレバリン公爵邸の異変の際、彼は一人で公爵邸に乗り込んでいる。王国の騎士団や官吏達は後から片付けに回ったほどだ。その時公爵家の魔法部隊の一部を引き抜いたが、王家は黙ってそれを許した。引き抜かれた者の中には、数週間で格段に腕を上げた者が多数いる。ロスラント子爵に預けられた治癒魔法使いは、数ヶ月で王家の上級治癒魔法師を凌ぐ程だと言われている。判るか、治癒魔法を授かったがまるで使えなかった娘を数ヶ月でだぞ。クラリスを頼って王家に取り入るのも良いが、コランドール王国は陛下が治めている」

 「それは十分承知致しております。なれどエレバリン公爵家が消滅した穴を埋める位置に・・・」

 「もう良い。フェルナンド男爵が現れなければ、お前のやることを黙って見ていただろう。だが状況が変わったことを、お前は理解出来ていない様だな。もう一つ、ドラゴン討伐を陛下が内外に知らせたが、それ以前に異変があった事を知っているか」

 「はい、どこぞの伯爵家が取り潰されたと聞きましたが、それが何か?」

 「そうか・・・」

 どこぞの伯爵家か・・・ラングスにアブリアナ家を継がせるのは心許ないな。
 フェルナンド男爵に依頼を出して招待したが、陛下に目を掛けられるだけの器量が有るか試したのは不味かった。
 それに貴族学院内部にまで、身軽く入って行くとは思いもしなかった。
 フェルナンド男爵と敵対する気は無い、その言葉に嘘は無いが、なれどやる事なす事裏目に出ている。

 執事のムルバを呼ぶと、紹介状を書いて貰ったコッコラ商会長に無理を言った事を詫びに行かせた。
 ついでブルメナウ商会のミシェルに、セリエナが数々の無礼を働いた事を詫びる手紙を認め届けさせた。

 その後先触れの使者としてムルバを送り、訪問の許可を貰った。

 * * * * * * * *

 翌日アブリアナ侯爵はムルバを伴ってリンガル通り15番地を訪れ、フェルナンド宅のドアをノックした。
 フェルナンドとの会見は簡潔なものだが、セリエナを御しきれなかったことを詫び、ミシェルの学院生活に支障が出ない様に取り計らったと伝えた。
 其れに対し、ユーゴは謝罪を受け入れると同時に侯爵邸での無礼を詫びた。

 アブリアナ侯爵が帰った後、又々質問の嵐がユーゴを襲ったが今回は何も話さなかった。
 ただホリエントだけが『侯爵の身で直接謝罪に来るとはな』と言い、エレバリンが配下に喚き散らして逃げ出したのと比べている様だった。

 俺も黙って引き下がると思っていたのだが、執事が先触れとして現れた時に(あの男は、国王とはタイプの違う狐か狸に間違いない)と感じたことが当たっていたと知った。

 その日の夕暮れ前にはブルメナウ会長から、アブリアナ侯爵よりミシェルに対して、セリエナの無礼を詫びる書状とお詫びとして宝飾品が届いたと連絡が来た。
 翌日にはコッコラ会長より、アブリアナ侯爵の執事が紹介状を書かせた謝罪に現れたと連絡が来たが、その後を濁して書いている。

 ホニングス侯爵の様な事はしていないのだが、その方面を心配している様なので、自分の所へは侯爵本人が来て話し合って和解したと連絡しておく。
 俺ってそんなに乱暴者に見えるのかねぇ~。

 やれ此れで収まったと思ったが、レオナルに見られていたことを忘れていた。
 学院の休みの日にレオナルが突撃してきて、どうして談話室にいたのか、何故其れ迄誰も気付かなかったのか?
 俺の姿が突然ミシェルの後ろに現れたように見えたけれど、どうなっているのと質問の連射を浴びる。

 それをルッカスやホウルが興味深げに聞いているが、俺の隠形スキルを知っているのでニヤニヤと笑って見ている。
 俺を助ける気が全然無いようなので、今夜の対人戦の訓練では腕の一本もへし折ってやろうかしら。

 学院では数日後にセリエナの取り巻き達が談話室に現れ、ミシェルに謝罪した後は近寄らなくなったそうだ。
 ただ、俺の名は学院でも結構知られていた様だ。
 と言うか魔法を授かった者達が指導を受けるのだが、魔法の指南係から俺の事を聞かされていて、レオナルやミシェルの所へ紹介してくれと頼みに来る者がいると聞いた。

 一難去ってまた一難、もう一度貴族学院へ行く必要が出来てしまった。
 発行して貰った身分証は無期限の物なので、近々副学院長に面会して紹介を強要しないようにお願いしておくと約束した。

 * * * * * * * *

 再び王立貴族学院へ出向いて副学院長に面会を求め、レオナルやミシェルに俺を紹介するように要求するのを止めさせてくれとお願いする。
 副学院長はそんな事になっているとは知らなかったと、即座に止めさせると約束してくれた。
 而し、耳の早い者が居るのか、魔法指導の教官が学院長室に飛び込んで来た。

 「フェルナンド男爵様にお願いが御座います! 是非魔法を授かった生徒達の手ほどきをお願いしたい!」

 やれやれ、後先見ずに跳び込んで来る奴は何処にでもいるな。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

処理中です...