トレード・オフ

大淀たわら

文字の大きさ
上 下
44 / 50
第五章「月の川」

(4)過去の光

しおりを挟む
『前にも同じことを訊いたな。前にも同じ答えを返したはずだぞ』
 武田は、電話口でそう呆れた。面倒臭さを隠そうともしない声だった。さもありなん。俺と武田は友人ではない。高校の頃たまたま教室が同じだった間柄に過ぎない。俺に付き合う義理はないし、俺も、あえて付き合いたいとは思わない。ただ武田の交友関係の広さは、俺にはないものだった。
 もっともその有用性が成果に繋がるとは限らない。それは武田の返答で十分に分かった。これ以上会話を続けても意味がない。頭では分かっていたが、すごすごと引き下がるのも癪だった。
 休憩時間はまだ少しある。手の内で煙草を弄んだ。
「前と同じじゃないかも知れないから聞いてるんだけどな」
『そっちが同じならこっちも同じさ。お前が知らなきゃ誰も知らんだろう。これでも心当たりには全員当たってやったんだぜ? 何しろ他ならぬの頼みだ』
「……その心当たりの範囲を広げては貰えないのか」
『無茶を言うなよ。女房がいるんだ。バレたら何を言われるか』
「俺に頼まれたと言えばいいだろう」
『それで家庭が崩壊したら責任を取ってくれるのもお前か? 馬鹿馬鹿しい。こっちにゃガキも仕事もあるんだ。どうして親しくもない女の連絡先を調べなきゃならん』
 俺は、舌打ちをした。
 室外機の音が煩かった。店の裏手で話をしているのだから仕方ない。仕方がないが、煩いという事実に変わりはない。殴りつけて黙らせてやりたかった。
 露骨な溜息が耳に触れた。
『別に行方不明ってわけでもないんだろ? 探してどうする。会ってを戻したいのか? ガキの頃に付き合ってた相手と?』
「……俺と水無瀬は付き合ってたわけじゃない」
「誰もそんなこと信じやしないさ。誰もサンタクロースを信じないようにな」
 そんなことを言われても本当だった。水無瀬とは男女としての関係は一切ない。恋愛話すらしたことがない。彼女はどこまでも友人だった。だからこそ……武田の言葉が引っかかった。
(探してどうする?)
 俺は、彼女と会って、どうしたいのだ?
 何のために彼女を探すのか。考えれば考えるほど、小癪な声が煽ってくる。
 貴方には望むものなど――
『安倉、感傷に俺を巻き込むな。忙しいんだよ。今日も残業で嫁さんの機嫌が悪くなる。ついでに上司とお前の機嫌まで取らなきゃならんのか? 勘弁してくれよ。そんなのは卒アルでも開いて一人でやってくれ』
 武田はそう毒吐いて通話を切った。抗弁の隙も与えて貰えなかった。だが何を言ったところで無駄だろう。武田に俺の言葉は届かない。今を生きている武田には。
 ダクトから漏れ出る調味料の臭気。空腹の虚しさを感じながら天を仰いだ。暗くなり始めた空にうっすらと星が浮かんでいた。見慣れた配置だがちっとも名前を思い出せない。確かに覚えていたはずなのに、すっかり記憶は褪せてしまった。星の光は過去の光だ。網膜に映るあの光も、既に何年も前に失われてしまっているのかも知れない。
 耐え切れなくなって顔を伏せる。火のない煙草を握り締めた。
 これが、奴が感傷と呼ぶものなのだろう。ならば、
(俺は、この傷をどうしたい)
 問いかけは、早く戻れと急かす声に掻き消された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カメをひろう

山碕田鶴
絵本
カメを拾いました。カメと生活してみました。

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

視える私と視えない君と

赤羽こうじ
ホラー
前作の海の家の事件から数週間後、叶は自室で引越しの準備を進めていた。 「そろそろ連絡ぐらいしないとな」 そう思い、仕事の依頼を受けていた陸奥方志保に連絡を入れる。 「少しは落ち着いたんで」 そう言って叶は斗弥陀《とみだ》グループが買ったいわく付きの廃病院の調査を引き受ける事となった。 しかし「俺達も同行させてもらうから」そう言って叶の調査に斗弥陀の御曹司達も加わり、廃病院の調査は肝試しのような様相を呈してくる。 廃病院の怪異を軽く考える御曹司達に頭を抱える叶だったが、廃病院の怪異は容赦なくその牙を剥く。 一方、恋人である叶から連絡が途絶えた幸太はいても立ってもいられなくなり廃病院のある京都へと向かった。 そこで幸太は陸奥方志穂と出会い、共に叶の捜索に向かう事となる。 やがて叶や幸太達は斗弥陀家で渦巻く不可解な事件へと巻き込まれていく。 前作、『夏の日の出会いと別れ』より今回は美しき霊能者、鬼龍叶を主人公に迎えた作品です。 もちろん前作未読でもお楽しみ頂けます。 ※この作品は他にエブリスタ、小説家になろう、でも公開しています。

ささやかな願い

ツヨシ
ホラー
ある日、私の前に悪魔が現れた。

怪奇短篇書架 〜呟怖〜

縁代まと
ホラー
137文字以内の手乗り怪奇小話群。 Twitterで呟いた『呟怖』のまとめです。 ホラーから幻想系、不思議な話など。 貴方の心に引っ掛かる、お気に入りの一篇が見つかると大変嬉しいです。 ※纏めるにあたり一部改行を足している部分があります  呟怖の都合上、文頭の字下げは意図的に省いたり普段は避ける変換をしたり、三点リーダを一個奇数にしていることがあります ※カクヨムにも掲載しています(あちらとは話の順番を組み替えてあります) ※それぞれ独立した話ですが、関西弁の先輩と敬語の後輩の組み合わせの時は同一人物です

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 ※7月22日第2章完結。 ※カクヨムにも投稿しています。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

処理中です...