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第三章「トレード・オフ」
(4)トレード・オフ
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ドアノブを掴み、よろめく身体の支えにした。倒れ込むように扉を開く。解放された生臭さが通路の空気と入り混じった。地下の空気はとても新鮮とは言い難い。それでも室内のそれと比べれば随分とまともだった。胸の濁りが僅かにクリアになる。私は、突き上げる吐き気を辛うじて留めながら通路の壁に手を着いた。
顔を上げると、阿南と小倉がぽかんと口を開けていた。
「……どうしました?」
阿南は、文庫本を開いたまま固まっていた。小倉は……ゲームでもしていたのだろうか。スマートフォンに指を当てたまま、媚びるような笑みを浮かべた。
「えと、気分でも悪いんスか?」
何も答えないでいると二人はゆっくり顔を見合わせた。立ち上がり恐る恐る近付いてくる。だが何をするでもない。轢き殺された猫でも眺めるように、ただ戸惑い、立ち尽くしている。私も似たようなものだった。やがて無言の時間に耐えられなくなったのだろう。小倉が、私の脇を慎重に通り過ぎ、部屋を覗いた。
「……あの、もう、終わりっスか?」
「見れば分かるだろう」
小倉が息を呑む、その気配がした。続く言葉は少し裏返っていた。
「それは、まあ。でもまだ三十分ぐらいしか経ってないじゃないっスか? それに、今回は随分と綺麗っスね」
「綺麗?」
脳裏に記憶が……いや、記憶と呼ぶには真新し過ぎる光景が映し出された。男は今まさに私の背後で事切れている。傷はひとつ。頸から噴き出た鮮血は、天井を赤く染め上げていた。
「それが、綺麗か?」
小倉は一層戸惑ったようだ。おずおずと答えてくる。
「いつもの、グチャグチャなのと比べれば」
「わかりました。あとのことはお任せください」
阿南が割って入った。
「すぐに清掃業者に連絡を入れます。前倒しになりますが恐らく何とかなるでしょう。今回は殺り方にオーダーもありません。廃棄さえしておけば先方も文句はないはずです。今日のところはもう撤収してください。……小倉、桜井さんとこに連絡を入れろ。こっちの事情は伝えるな。多少ふっかけられても構わん。社長には俺から説明する。それと……安藤さん。代金については後で相談させていただきますよ。それは構わないですね?」
私は、答えなかった。阿南も同じだ。困惑の気配を残しつつも、それ以上は何も言わなかった。私は、通路の出口へ向かって身体を引き摺った。くたばりかけの老人のように。辛うじて両脚を動かす私の横を、小倉が小走りで駆けて行った。追い抜かれ様に彼の視線を感じた。聞こえないと思ったのだろう。彼は、ぼそりと呟いた。
バケモンにも体調不良っつーのはあるんだな。
「貴様、知っていたな!」
玄関の扉を叩き開けた。土足のまま廊下を突っ切りリビングへ向かう。何故かはわからない。だが必ずそこにいるだろうと思った。その確信の通り女は窓辺で佇んでいた。人を虚仮にするような生意気な笑み。それを認めたとき、私の頭は真っ赤になった。一気に距離を詰め、縊り殺してやろうと掴みかかった。女は微動だにしない。後ろ手を組み、静かに視線を送ってくる。そして、
「が……っ!」
女の姿が忽然と消えた。私は、硝子戸に盛大に突っ込んだ。表面に大きな亀裂を走らせ、ずるずると床に沈み込む。衝撃。痛み。そして羞恥心。醜態を曝しているという意識が、私をさらに熱くさせた。背後からくすくすと嘲りが聞こえてくる。女は嗤笑を引きずったまま言った。
「どうかしら? 満願成就した今の心境は?」
「ふざけるな!」
私は、床に拳を打ち付けた。
「知っていたな! 貴様! こうなることを知っていたな!?」
女は、見下してくるばかりだった。まるで御馳走でも眺めるように。その紅く染まった瞳が、私から記憶を引き摺り出した。
血で塗りたくられた部屋。剥き出しの骨。溢れ出る臓物。糞尿の臭い。懇願。絶叫。濁った瞳。死。死。死。死! 見せつけるかのように!!
私は、込み上げるままに嘔吐した。饐えた臭いが鼻を衝く。彼らが呑み込まれた絶望と恐怖。それらが私を侵食した。私の心を蝕んでいた。
一体どれほど痛かったか。
一体どれほど苦しかったか。
どれほど……生きていたかったか。
考えるだけで肺と脳味噌が破裂しそうだった。生まれて初めて感じる痛みだった。
神経の痛み。否、感情の痛み。
これは共感だ。
感情が有する機能の一端。私が生来持ち合せておらず、手にしてみたいと願ったもの。
そうか。
「望んだのは俺か……」
「そうよ」
悪魔は、喜々として保証した。
「望んだのは貴方よ」
吐瀉物には細切れの肉片が混じっていた。私が噛み砕き呑み込んだもの。胃液でのたうつそれらの破片が私に呪詛を吐きつけているようだった。私は、重ねて嘔吐した。
「果たして楽園とは何か」
見上げた。
悪魔は、艶めかしく舌を蠢かせた。
「アダムとイヴはなぜ楽園を追放されたと思う? ひとつ木の実を齧ったことが子々孫々まで呪われるほどの罪だったのかしら? 神の言いつけをたったひとつ守らなかったことが? それとも善悪を裁くという彼の権利を侵したから? あるいは……純粋無垢な存在でなければエデンに住まう資格はないのかしら? ええ、そうね。私はこの解釈を支持するわ。より具体的に表現すればこう」
彼女は、胸元に手を当てた。
「楽園は状態よ。無知という状態そのものが楽園に住まうということなの。飼い犬が主との生活を世界の全てだと信じるように。歩き始めた幼児が誰もが自分を愛してくれると疑わないように。この世の残酷など何も知らず、何も煩わされるものがない究極の自然状態。目を逸らす必要がないほど身を浸していられる無知の極致。それが楽園に住まうということなの」
ゆったりと両腕を広げた。
「貴方は楽園の住人だった」
ああ、そうだ。その通りだ。私は知らなかった。知らなかったのだ。
知らなかったから平気でいられた。知らなかったから手に取ってみたくなった。
それが、こんなに苦しいものだと知っていたなら絶対に手を出したりはしなかった。
「知恵と楽園は裏表。片側を覗けばもう片側は覗けない」
悪魔が微笑んでいる。私を誘惑した者が。
「両立できないの。得るということは失うということでもある」
その微笑みは、もはやひとの見せるそれではなかった。
あまりにも邪悪で、あまりにも……美しかった。
「酷いありさま。次の依頼はいつくるの?」
彼女は、髪を垂らして耳打った。
私は、うなだれた。
「分からない。三日で来ることもあれば半年は来ないこともある。どんな事情で処分されることになったのかも……」
そう答えて、愕然とした。
事情があったのだ。皮を剥いだあの男にも。爪先から刻んだあの老人にも。それぞれの人生と、事情があった。確かに彼らは何かの失態を犯したのかも知れない。何者かの怒りに触れたのかも知れない。だがそれは死ぬよりも苦しい罰を与えられなければならないほどのものだったのだろうか? 生きたまま脳を剥き出しにされなければ清算できないほどの罪だったのだろうか?
顔を上げた。
ひび割れた窓硝子に、ひび割れた男の顔が映し出されていた。自らが犯した罪の重さに、今さらになって押し潰されようとしている男。度し難く愚鈍で、救いようのない恥知らず。それが私だった。
もはや取り返しがつかない。
痛烈に破滅を自覚したとき、男の顔は一層惨めに崩れた。
「何ということだ……」
両手が戦慄いた。彼らに理不尽をもたらした、汚らわしい手が。
頭を抱え、獣のように呻いた。
「俺は、何ということを!」
そうすることしかできなかった。
マンションを出た。部屋でうずくまっていたら窒息する。あるいは遠からず発狂すると思った。寒さに凍えても構わない。外の空気が吸いたかった。脚は自然と街へ向いた。クリスマス前の今の時期、街頭は一層煌びやかだった。繁華街はイルミネーションで彩られ、音楽は絶え間なく高揚を促してくる。安っぽい趣だと理解しながら、時にその幼稚さを自嘲しながら、結局は皆その雰囲気に酔いしれている。
手を繋ぐ二人の少女とすれ違った。腕を組む男女が目を細め合っていた。ウィンドウの向こうには家族の団欒があり、孫へのプレゼントに悩む老夫婦の姿があった。誰もここに殺人鬼がいることを知らなかった。誰もここに薄汚れた害虫が這っていることを知らなかった。
ここもまた楽園のひとつだった。
私は、背を丸めて東へ逃れた。
やがて喧騒も遠ざかっていく。景色は、いつの間にかひっそりとしたものに変わっていた。寝静まったビルの群れが墓場のように影を伸ばしている。足を止め、ふと脇を見やった。建物の隙間に埋もれるようにして教会が建っていた。天を突く三角の屋根に白い十字架が高々と掲げられている。私は信仰を持ち合わせていない。だから何か想うところがあったわけではない。ただ少しだけ息苦しさを覚えた。
教会の敷地は周囲よりも高く正面には階段が設けられている。その段の中央に、道を分かつようにして一体の像が佇んでいた。聖母の像だ。雪よりも白いその手には小さな赤子が抱えられていた。赤子は母の胸に頬を預け、幸せそうに瞼を閉じている。母もまた小さな頭に頬を寄せ眠るように瞳を閉ざしていた。寒空の下、互いが互いの温もりを分け合うように。
目に熱が溢れた。
拳を握り、堪えようと食い縛ったが、無駄だった。
私は、それを止める術を知らなかった。
膝を着き、歪んだ顔に爪を立てた。額を地面に擦り付け、崩れるように泣いた。
深く、深く、沈み込むように泣いた。
依頼が届いたのは、三日後のクリスマスイヴだった。
顔を上げると、阿南と小倉がぽかんと口を開けていた。
「……どうしました?」
阿南は、文庫本を開いたまま固まっていた。小倉は……ゲームでもしていたのだろうか。スマートフォンに指を当てたまま、媚びるような笑みを浮かべた。
「えと、気分でも悪いんスか?」
何も答えないでいると二人はゆっくり顔を見合わせた。立ち上がり恐る恐る近付いてくる。だが何をするでもない。轢き殺された猫でも眺めるように、ただ戸惑い、立ち尽くしている。私も似たようなものだった。やがて無言の時間に耐えられなくなったのだろう。小倉が、私の脇を慎重に通り過ぎ、部屋を覗いた。
「……あの、もう、終わりっスか?」
「見れば分かるだろう」
小倉が息を呑む、その気配がした。続く言葉は少し裏返っていた。
「それは、まあ。でもまだ三十分ぐらいしか経ってないじゃないっスか? それに、今回は随分と綺麗っスね」
「綺麗?」
脳裏に記憶が……いや、記憶と呼ぶには真新し過ぎる光景が映し出された。男は今まさに私の背後で事切れている。傷はひとつ。頸から噴き出た鮮血は、天井を赤く染め上げていた。
「それが、綺麗か?」
小倉は一層戸惑ったようだ。おずおずと答えてくる。
「いつもの、グチャグチャなのと比べれば」
「わかりました。あとのことはお任せください」
阿南が割って入った。
「すぐに清掃業者に連絡を入れます。前倒しになりますが恐らく何とかなるでしょう。今回は殺り方にオーダーもありません。廃棄さえしておけば先方も文句はないはずです。今日のところはもう撤収してください。……小倉、桜井さんとこに連絡を入れろ。こっちの事情は伝えるな。多少ふっかけられても構わん。社長には俺から説明する。それと……安藤さん。代金については後で相談させていただきますよ。それは構わないですね?」
私は、答えなかった。阿南も同じだ。困惑の気配を残しつつも、それ以上は何も言わなかった。私は、通路の出口へ向かって身体を引き摺った。くたばりかけの老人のように。辛うじて両脚を動かす私の横を、小倉が小走りで駆けて行った。追い抜かれ様に彼の視線を感じた。聞こえないと思ったのだろう。彼は、ぼそりと呟いた。
バケモンにも体調不良っつーのはあるんだな。
「貴様、知っていたな!」
玄関の扉を叩き開けた。土足のまま廊下を突っ切りリビングへ向かう。何故かはわからない。だが必ずそこにいるだろうと思った。その確信の通り女は窓辺で佇んでいた。人を虚仮にするような生意気な笑み。それを認めたとき、私の頭は真っ赤になった。一気に距離を詰め、縊り殺してやろうと掴みかかった。女は微動だにしない。後ろ手を組み、静かに視線を送ってくる。そして、
「が……っ!」
女の姿が忽然と消えた。私は、硝子戸に盛大に突っ込んだ。表面に大きな亀裂を走らせ、ずるずると床に沈み込む。衝撃。痛み。そして羞恥心。醜態を曝しているという意識が、私をさらに熱くさせた。背後からくすくすと嘲りが聞こえてくる。女は嗤笑を引きずったまま言った。
「どうかしら? 満願成就した今の心境は?」
「ふざけるな!」
私は、床に拳を打ち付けた。
「知っていたな! 貴様! こうなることを知っていたな!?」
女は、見下してくるばかりだった。まるで御馳走でも眺めるように。その紅く染まった瞳が、私から記憶を引き摺り出した。
血で塗りたくられた部屋。剥き出しの骨。溢れ出る臓物。糞尿の臭い。懇願。絶叫。濁った瞳。死。死。死。死! 見せつけるかのように!!
私は、込み上げるままに嘔吐した。饐えた臭いが鼻を衝く。彼らが呑み込まれた絶望と恐怖。それらが私を侵食した。私の心を蝕んでいた。
一体どれほど痛かったか。
一体どれほど苦しかったか。
どれほど……生きていたかったか。
考えるだけで肺と脳味噌が破裂しそうだった。生まれて初めて感じる痛みだった。
神経の痛み。否、感情の痛み。
これは共感だ。
感情が有する機能の一端。私が生来持ち合せておらず、手にしてみたいと願ったもの。
そうか。
「望んだのは俺か……」
「そうよ」
悪魔は、喜々として保証した。
「望んだのは貴方よ」
吐瀉物には細切れの肉片が混じっていた。私が噛み砕き呑み込んだもの。胃液でのたうつそれらの破片が私に呪詛を吐きつけているようだった。私は、重ねて嘔吐した。
「果たして楽園とは何か」
見上げた。
悪魔は、艶めかしく舌を蠢かせた。
「アダムとイヴはなぜ楽園を追放されたと思う? ひとつ木の実を齧ったことが子々孫々まで呪われるほどの罪だったのかしら? 神の言いつけをたったひとつ守らなかったことが? それとも善悪を裁くという彼の権利を侵したから? あるいは……純粋無垢な存在でなければエデンに住まう資格はないのかしら? ええ、そうね。私はこの解釈を支持するわ。より具体的に表現すればこう」
彼女は、胸元に手を当てた。
「楽園は状態よ。無知という状態そのものが楽園に住まうということなの。飼い犬が主との生活を世界の全てだと信じるように。歩き始めた幼児が誰もが自分を愛してくれると疑わないように。この世の残酷など何も知らず、何も煩わされるものがない究極の自然状態。目を逸らす必要がないほど身を浸していられる無知の極致。それが楽園に住まうということなの」
ゆったりと両腕を広げた。
「貴方は楽園の住人だった」
ああ、そうだ。その通りだ。私は知らなかった。知らなかったのだ。
知らなかったから平気でいられた。知らなかったから手に取ってみたくなった。
それが、こんなに苦しいものだと知っていたなら絶対に手を出したりはしなかった。
「知恵と楽園は裏表。片側を覗けばもう片側は覗けない」
悪魔が微笑んでいる。私を誘惑した者が。
「両立できないの。得るということは失うということでもある」
その微笑みは、もはやひとの見せるそれではなかった。
あまりにも邪悪で、あまりにも……美しかった。
「酷いありさま。次の依頼はいつくるの?」
彼女は、髪を垂らして耳打った。
私は、うなだれた。
「分からない。三日で来ることもあれば半年は来ないこともある。どんな事情で処分されることになったのかも……」
そう答えて、愕然とした。
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顔を上げた。
ひび割れた窓硝子に、ひび割れた男の顔が映し出されていた。自らが犯した罪の重さに、今さらになって押し潰されようとしている男。度し難く愚鈍で、救いようのない恥知らず。それが私だった。
もはや取り返しがつかない。
痛烈に破滅を自覚したとき、男の顔は一層惨めに崩れた。
「何ということだ……」
両手が戦慄いた。彼らに理不尽をもたらした、汚らわしい手が。
頭を抱え、獣のように呻いた。
「俺は、何ということを!」
そうすることしかできなかった。
マンションを出た。部屋でうずくまっていたら窒息する。あるいは遠からず発狂すると思った。寒さに凍えても構わない。外の空気が吸いたかった。脚は自然と街へ向いた。クリスマス前の今の時期、街頭は一層煌びやかだった。繁華街はイルミネーションで彩られ、音楽は絶え間なく高揚を促してくる。安っぽい趣だと理解しながら、時にその幼稚さを自嘲しながら、結局は皆その雰囲気に酔いしれている。
手を繋ぐ二人の少女とすれ違った。腕を組む男女が目を細め合っていた。ウィンドウの向こうには家族の団欒があり、孫へのプレゼントに悩む老夫婦の姿があった。誰もここに殺人鬼がいることを知らなかった。誰もここに薄汚れた害虫が這っていることを知らなかった。
ここもまた楽園のひとつだった。
私は、背を丸めて東へ逃れた。
やがて喧騒も遠ざかっていく。景色は、いつの間にかひっそりとしたものに変わっていた。寝静まったビルの群れが墓場のように影を伸ばしている。足を止め、ふと脇を見やった。建物の隙間に埋もれるようにして教会が建っていた。天を突く三角の屋根に白い十字架が高々と掲げられている。私は信仰を持ち合わせていない。だから何か想うところがあったわけではない。ただ少しだけ息苦しさを覚えた。
教会の敷地は周囲よりも高く正面には階段が設けられている。その段の中央に、道を分かつようにして一体の像が佇んでいた。聖母の像だ。雪よりも白いその手には小さな赤子が抱えられていた。赤子は母の胸に頬を預け、幸せそうに瞼を閉じている。母もまた小さな頭に頬を寄せ眠るように瞳を閉ざしていた。寒空の下、互いが互いの温もりを分け合うように。
目に熱が溢れた。
拳を握り、堪えようと食い縛ったが、無駄だった。
私は、それを止める術を知らなかった。
膝を着き、歪んだ顔に爪を立てた。額を地面に擦り付け、崩れるように泣いた。
深く、深く、沈み込むように泣いた。
依頼が届いたのは、三日後のクリスマスイヴだった。
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