トレード・オフ

大淀たわら

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第三章「トレード・オフ」

(2)エデンの園

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「君は、友情というものについてどう考える?」
 私は、彼に問いかけた。
 対面の彼とは、テーブルを挟むでもなく椅子と椅子だけで向き合っている。これ以上話し易いシチュエーションもないだろう。まさに対話だ。だが彼は何も答えなかった。
 私は首を捻った。
「友情だよ。知らないわけではないだろう?」
 やはり無言。待つ時間を無駄に感じた。話を進めることにした。
「先日、街で少し飲んでいた。二丁目にある『ソフィア』という店だがこれは覚えなくていい。隣にいたのは冬川という男で、彼は医者だ。彼と私の関係は……つまりは、ここが重要なのだが……古い知人だ。学生のときから二十年来の付き合いになる。その彼が私にこう言ったのだよ。余計なお世話かも知れないが」
 彼は黙っている。私は続けた。
「君の生き方について心配をしている。友人として……とね。彼に私の仕事について話したことは一度もない。彼は私が何をしているのか知らない。だがどのような職業であるかは薄々気付いているのだろう。人様に顔向けできる生き方をしてみてはどうかとそんなことを言っていた。私は少しばかり不思議に思った。彼が私の仕事に感付いていたことにではない。彼が私をと表現したことについてだ」
 天井を見上げた。意味のある動作ではなかった。過去のこと思い出すと自然と後頭部が傾いた。この部屋は狭い。心理的に狭い、などと表現で遊ぶつもりはない。事実として狭かった。背伸びをすれば頭が届くというほどではないが、それに近い状態ではある。
 屋敷の主は何を考えてこんな部屋を作ったのか?
 疑問を覚え、至極真っ当な結論に辿り着く。
(つまりは)
 このために用意された部屋なのだろう。
 私のため、などと傲慢を口にするつもりはない。しかし私のような人間のために造られた。
 成る程、作業をこなすだけなら可もなく不可もない。必要な面積が必要なだけ確保されている。照明も、設備も、過不足なく備えられている。前任者がいたという話は聞いたことがある。その人物がアドバイザーとして関わっているのかも知れない。
 部屋の隅にある排水溝。そこへ流れる赤黒い液体を目で追った。対話を再開する。
「確かに、彼とは長い付き合いだ。彼の窮地を私が救い、それ以来の付き合いになる。だが私は彼のことを友人だとは認識していなかった。彼は今までにも友人という言葉を使ったことがあるだろうか? あるかも知れないし、ないかも知れない。少なくとも私の記憶にはない。だが彼はずっとそう考えていたらしい。それは何故だろう? 知り合ってからの年月が根拠になるのだろうか? 彼と顔を合わせる機会は……成る程、他の人間と比べれば多い。特に私は、仕事柄頻繁に顔を合わせる相手は限られている。大抵は一度きりの間柄だ。今の君のように。面会した回数が友情を成立させるのならば、確かに彼は私の友人だろう。そしてそこにこそ疑問がある。君に問いたい」
 ふと思った。まるで面接のようだと。私が面接官で彼が受験者。もっとも私には面接の経験などなかった。受けたことすらない。本題に入る。
「君には二人の友人がいたね? 聞くところによると中学校に通っていた頃からの悪友だったとか。君たちは……三十過ぎだったか? 年月にして十数年。私と冬川ほど長い付き合いではないが一般的に友情を成立させるには充分な時間を共に過ごしてきたはずだ。実際三人で随分と悪さをしてきたと聞いている。君たちはともがらと呼ぶに相応しい関係だった。それがなぜ君は裏切られた?」
 うなだれた頭から呻きが漏れた。返事ではないだろう。泣いているのかも知れなかったが判別はできなかった。固く閉ざした瞼からは肉色の筋が垂れ下がっている。
 質問を重ねた。
「なぜだ。顔を合わせた回数が友情を成立させるのならば君は何故裏切られた。君は彼らと十数年間友情を培ってきたのではないのか? 彼らは私にこう言ったよ。全部あいつが勝手にやったことだ。あいつのことなんて知らない。仲間でも何でもない。煮るなり焼くなり好きにしていいから、どうか俺たちを助けてくれと。……どうしてだ。私と冬川は友人なのに、どうして君と彼らは友人ではなかった?」
「うううううううゥゥゥ」
「聞こえているだろう? 質問をしているのだよ。私は」
 彼は、また獣のような唸り声を上げた。
 奇妙なことだ。聞こえていないはずがない。私はまだ聴覚器には何もしていない。声帯にしても同じだ。まだ右の眼球と、左の眼球を順番にくり抜いただけだ。質問を聞いて答えるだけなら何ら支障はないはずだ。なぜ彼は答えない?
「答える気がないということかね? それとも君には分からないか……」
「あああああああああああああ!」
 彼は、唐突に悲鳴を上げた。悲鳴と云うより大声だろうか。だが飛び抜けて大きな声量でもない。この部屋で響いたもののなかでは並だ。防音性の壁面には如何ほどの効果もない。
「こ、こここ、こたえます!」
 彼は、ようやく人の言葉を喋った。
 脂ぎった顔から、必死に唾を撒き散らした。
「こ、こ、ここここここ……答えますッ! がねのありかもやとい主のこともぜんぶ! 全部吐きますから!! おねがいだすげて! おおおねがいだがらすたすけて! たすけて!!」
「それはできない」
「ああああああああああああああああああ!」
 私は、一つ咳払いをした。事務的なやり取りには徒労も覚えない。ただ事実を伝えるだけだ。
「君は勘違いをしている。彼らもそうだった。……いや、ほとんどの者がそうなのだが、私には君たちを許す権限などない。付け加えれば尋問する必要すらない。私はただの請負業者だ。雇い主の指示に従って作業をこなす。そして、その契約の中に君からの聴取や処遇を決めることまでは含まれていない。正確には処遇が決まった者が私のところへ送られてくる。これは拷問ではない。事後処理なのだ」
「ああああああああああああああああああああああッ!」
「ちなみに、君の友人たち……いや、知人たちか? 現在、彼らは樽の中で塩漬けの肉になっている。私も詳しくは知らない。世の中にはそういう物好きもいるそうだ」
 悲鳴がひときわ大きくなった。固定された椅子の上で上半身が狂ったように暴れた。激しい動きではある。しかし両脚とアム―レストの留め金は、成人ひとりの膂力でどうにかできるものではない。無駄だと指摘してあげるべきかも知れないが、それは試しているうちに理解できるだろう。それより……と私は工具箱のペンチを掴んだ。彼にはもうひとつ伝えておくべきことがあった。
「そうだな。伝えたほうが親切だろう。君は……あと八時間は死ねない。できるだけ長く苦しませることが依頼人の意向だからだ。とは言え、まともに喋ることができるのはせいぜい一時間といったところだ。大抵そのあたりで意識が壊れる。なので遺したい言葉があるのなら今のうちに喋っておいたほうが良い。何を遺すかは君の自由だ。発言は私が記憶しておく」
「うああああああああああああァァァァいやだいやだいやだいやだあああああああァァあははははははじにだぐないじにだぐないしにたくないしにたくないもうしませんもうじまぜんもうしませんもうじまぜんからだすげでだずげでだずげで助けておねがいですだずげでおねがいひひひいいいいいだやだやだやだやだやだやだやだよおおおおおおたすけてだれがだずげでだすけでえええええおがあざんおがあざんおがあざんおかさああああああああああああああん」
「無理だ。さすがに知っているだろう?」
 私は、彼の前歯を刃先で挟んだ。それが順番だった。
「君の母親は、君が幼い頃に亡くなっている」
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