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第31話
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「君が?」
「はい、左様でございます。」
ルシアの答えを聞くと、暫く彼は口を閉ざした。おそらく、彼女の姿が想像していたルシア・ロンディネ嬢と大きく異なっていたからだろう。こんなの、何度も想像していたじゃないかと思いながら、ルシアはレイナードの一挙一動を緊張しながら伺う。
「……そうか。」
長くも短くも感じた沈黙の後、レイナードはぽつりと一言呟くと、何かに納得したようだった。
「うん、うんうん。そうか、そうか!」
外野を置いてきぼりにして納得を続けるレイナードをカトルも、ルシアも、他のパーティーの参加者もただ見守るだけであった。レイナードの奇行が落ち着き始めると、彼はカトルを呼ぶ。
「ロンディネ伯爵。」
「いかがいたしましたか、殿下。」
突然呼ばれたカトルは心做しか嫌そうな顔である。それと対照的に上機嫌に笑うレイナードがとんでもないことを言い出す。
「ご息女を貰い受けたいと言ったら、どうする?」
一言でパーティー会場はまるで水を打ったように静まった。何拍かの空白の後、皆がようやくレイナードの言葉を理解したようで、ザワザワと参加者たちが騒ぎ立てた。ルシアやレイナードに対して変な憶測や妄想を繰り広げる参加者たちの言葉を他人事のように聞きながら、ルシアは呆然とレイナードを見ていた。今彼の言ったことは何かの間違いの類だと信じていたから。
「……、この場ではお答え致しかねます。」
カトルはそう答えを捻り出した。王族直々の申し出に即答で、是非にと答えなかったからか、彼は何やら覚悟を決めた顔だったが、それとは対照的にレイナードにこにこと幸せそうに笑っていた。
「うん、後でちょっと話を詰めようか。せっかくの祝いの席だしね。」
カトルの返答に、レイナードは機嫌を損ねることなく、そう返した。それから、レイナードはルシアへ顔を向ける。
「ルシア嬢。」
「は、はいっ、殿下。」
想像もしてなかった展開に、ルシアは呆然としていてレイナードに声をかけられたにも関わらず反応が遅れてしまった。不敬だと言われないか、内心彼女はヒヤリとしたが、レイナードは表情も動きも硬いルシアに優しく声をかける。
「今日が君のデビューの日だったね。」
「左様でございます。」
レイナードの言葉にルシアは素直に答えると、彼はにっこりと華やかな笑みを浮かべた。
「ならば、僕も一緒に挨拶回りをしよう。君にとっては初めての舞台だ、詳しい者がいれば心強いだろう?」
彼の言っていることが何を意味するか、わからないルシアではない。
本来であれば、社交界デビューして初めての挨拶をするときに付き添うのは母親か父親、それか後見となる地位あるもの、だ。レイナードが共に挨拶をするということは王家が後見につくと言っているのと同意義、といってもいい。
あまりにも信じられないことだ。しかし、話の流れからいえばそうおかしいことでもない。本気で婚約を申し込んでいるのであれば、遅ればせながらデビューした婚約者と共に挨拶をすることもあり得ることだからだ。
でも、それは先程の言葉全てが単なる戯言では済まされないということ。レイナード王太子は聡明かつ有能なことで有名だ。すでに国王陛下からいくつか公務を譲られているらしく、先程話をしたルシアから見ても世間知らずの王太子ではない。
状況的にも、評判的にも、このことがわからないはずがない。なのに、あえてするということは、本当に、本当に、信じられないことだが……。
王太子殿下は、ルシアとの婚約を本気で考えているということだ。
「……はい、有り難き幸せに存じます。」
考え直してくれと伝えたかったが、公衆の面前でそれをいうのは不敬にあたると知っているルシアは笑顔を作ってそう答えるしかなく、レイナードはそれを聞いて浮かれた様子で彼女をエスコートした。
こうして、二人は婚約者として周知されることになった。それは、ルシアにとって苦難の始まりでもあった。
「はい、左様でございます。」
ルシアの答えを聞くと、暫く彼は口を閉ざした。おそらく、彼女の姿が想像していたルシア・ロンディネ嬢と大きく異なっていたからだろう。こんなの、何度も想像していたじゃないかと思いながら、ルシアはレイナードの一挙一動を緊張しながら伺う。
「……そうか。」
長くも短くも感じた沈黙の後、レイナードはぽつりと一言呟くと、何かに納得したようだった。
「うん、うんうん。そうか、そうか!」
外野を置いてきぼりにして納得を続けるレイナードをカトルも、ルシアも、他のパーティーの参加者もただ見守るだけであった。レイナードの奇行が落ち着き始めると、彼はカトルを呼ぶ。
「ロンディネ伯爵。」
「いかがいたしましたか、殿下。」
突然呼ばれたカトルは心做しか嫌そうな顔である。それと対照的に上機嫌に笑うレイナードがとんでもないことを言い出す。
「ご息女を貰い受けたいと言ったら、どうする?」
一言でパーティー会場はまるで水を打ったように静まった。何拍かの空白の後、皆がようやくレイナードの言葉を理解したようで、ザワザワと参加者たちが騒ぎ立てた。ルシアやレイナードに対して変な憶測や妄想を繰り広げる参加者たちの言葉を他人事のように聞きながら、ルシアは呆然とレイナードを見ていた。今彼の言ったことは何かの間違いの類だと信じていたから。
「……、この場ではお答え致しかねます。」
カトルはそう答えを捻り出した。王族直々の申し出に即答で、是非にと答えなかったからか、彼は何やら覚悟を決めた顔だったが、それとは対照的にレイナードにこにこと幸せそうに笑っていた。
「うん、後でちょっと話を詰めようか。せっかくの祝いの席だしね。」
カトルの返答に、レイナードは機嫌を損ねることなく、そう返した。それから、レイナードはルシアへ顔を向ける。
「ルシア嬢。」
「は、はいっ、殿下。」
想像もしてなかった展開に、ルシアは呆然としていてレイナードに声をかけられたにも関わらず反応が遅れてしまった。不敬だと言われないか、内心彼女はヒヤリとしたが、レイナードは表情も動きも硬いルシアに優しく声をかける。
「今日が君のデビューの日だったね。」
「左様でございます。」
レイナードの言葉にルシアは素直に答えると、彼はにっこりと華やかな笑みを浮かべた。
「ならば、僕も一緒に挨拶回りをしよう。君にとっては初めての舞台だ、詳しい者がいれば心強いだろう?」
彼の言っていることが何を意味するか、わからないルシアではない。
本来であれば、社交界デビューして初めての挨拶をするときに付き添うのは母親か父親、それか後見となる地位あるもの、だ。レイナードが共に挨拶をするということは王家が後見につくと言っているのと同意義、といってもいい。
あまりにも信じられないことだ。しかし、話の流れからいえばそうおかしいことでもない。本気で婚約を申し込んでいるのであれば、遅ればせながらデビューした婚約者と共に挨拶をすることもあり得ることだからだ。
でも、それは先程の言葉全てが単なる戯言では済まされないということ。レイナード王太子は聡明かつ有能なことで有名だ。すでに国王陛下からいくつか公務を譲られているらしく、先程話をしたルシアから見ても世間知らずの王太子ではない。
状況的にも、評判的にも、このことがわからないはずがない。なのに、あえてするということは、本当に、本当に、信じられないことだが……。
王太子殿下は、ルシアとの婚約を本気で考えているということだ。
「……はい、有り難き幸せに存じます。」
考え直してくれと伝えたかったが、公衆の面前でそれをいうのは不敬にあたると知っているルシアは笑顔を作ってそう答えるしかなく、レイナードはそれを聞いて浮かれた様子で彼女をエスコートした。
こうして、二人は婚約者として周知されることになった。それは、ルシアにとって苦難の始まりでもあった。
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